すごく寂しい
駅前の古い喫茶店で、僕はひとりコーヒーを飲んでいた。十一月の風は、どこか遠い国の言葉みたいに冷たくて、意味がよくわからなかった。
店のスピーカーから流れる古いジャズピアノは、昔読んだ本の、読み飛ばされたページのように薄くて静かだった。
昼過ぎに、彼女からの荷物が届いた。中身は薄い青色のマフラーと、封筒に入った一枚の紙切れだけだった。
「冬が来るね。身体に気をつけて。」
それだけ。名前も、季節の挨拶も、余計な言葉もなかった。むしろ書かれていない言葉のほうが多いように感じられた。
まるで彼女が何か大切なものを置き忘れて、その影だけが紙の上に残ったみたいだった。
僕たちは三年間付き合って、別れて、それから互いの生活に触れないように注意深く暮らしてきた。
だけど、十一月の午後に届く青いマフラーの重さは、別れの手順書に書かれていない種類のものだった。
喫茶店の窓の外を、風が通り過ぎていく。何も持たずに、誰も連れずに、ただ淡々と通り過ぎていった。
その動きを見ていると、ふいに世界がひとつ深い穴に沈んでいくような気がした。
僕はマフラーを取り出して首に巻いてみた。彼女の匂いはもうどこにも残っていなかった。
糸と色と温度だけがある。彼女のいない冬を予告するみたいに。
不思議なものだ。人はこうして少しずつ消えていく。
声が消え、癖が消え、手の温度が消え、記憶が輪郭を失い、
最後には「気をつけて」という短い文字だけが残る。
店を出ると、空には淡い月が出ていた。昼と夜の境界みたいに頼りなくて、触れれば壊れそうだった。
僕はゆっくり息を吸った。冷たい空気が肺まで落ちていく。
そして、自分が確かにひとりであるという事実が、胸の奥で静かに光っていた。
世界はこんなふうに、誰にも気づかれず静かに寂しさを積み上げていくのだろう。
気づけば、足元に薄い雪の層のように。




