朝からタバコ
朝、目を覚ましたとき、世界はまだ完全には起きていなかった。
カーテンの隙間から差し込む光は、やる気というより確認作業のような顔をしていた。
僕はしばらく天井を眺め、それから起き上がった。
コーヒーを淹れる前に、タバコに火をつけた。
朝からタバコを吸うのは、あまり褒められた行為じゃない。
でも、誰に褒められる必要もない朝というのは、
ときどき人を正直にする。
煙はゆっくりと立ち上り、
昨夜の夢の残骸を、空気の中に溶かしていった。
味は少し苦く、少し乾いていた。
身体が「まだ完全にこっち側じゃない」と言っているみたいだった。
窓を開けると、朝の街が見えた。
ゴミ収集車の音、早足の人影、
コンビニの看板が昼の顔に切り替わる途中の中途半端な色。
世界はちゃんと進んでいる。
僕が吸っていようといまいと。
朝のタバコは、
これから始まる一日を歓迎するというより、
「今日は無理に前向きにならなくていい」と
自分に許可を出す儀式に近い。
一口吸って、息を吐く。
白い煙が消えるのを見届ける。
消えるものを見ていると、
自分の中の余計なものも、少しだけ消えていく気がした。
もちろん、何かが根本的に解決するわけじゃない。
仕事も人生も、相変わらずそこにある。
でも、この一本が終わるまでの数分間、
世界と自分のあいだには、ちょうどいい距離が保たれていた。
火を消し、灰皿を軽く叩く。
コーヒーを淹れる時間だ。
朝はまだ残っているし、
一日はこれから始まる。
タバコの煙が完全に消えたころ、
僕はようやく、
今日という日と向き合える気がしていた。




