3時半
時計を見ると、三時半だった。
正確には三時二十八分だったが、四捨五入すれば三時半でいい。
この時間帯では、細かさはあまり意味を持たない。
眠れなかった。
理由はいくつか思い当たったが、どれも決定打ではなかった。
カフェインかもしれないし、昼間の会話かもしれない。
あるいは、単に眠る準備ができていなかっただけなのかもしれない。
部屋は静かで、冷蔵庫の低い駆動音だけが規則正しく続いていた。
その音は、世界がまだかろうじて機能している証拠のように思えた。
僕は天井を見つめ、そこに小さな染みがあることを思い出した。
いつからあったのかは覚えていない。
たいていの重要なものは、そんなふうにして始まる。
ベッドから起き上がり、キッチンで水を飲んだ。
水は冷たすぎず、温すぎず、
今の僕にちょうどいい温度だった。
夜は、人間の感覚を少しだけ正直にする。
窓を開けると、街は深い眠りの底にあった。
遠くを走るタクシーのテールランプが、
ゆっくりとした赤い点になって消えていく。
誰かは眠り、誰かは起き、
その中間にいる人間は、たいてい行き先を持たない。
僕は考え事をやめようとしたが、
考えないという行為ほど難しいものはない。
思考は、消そうとすると逆に存在感を増す。
まるで、無視されるのを嫌う猫みたいに。
三時半という時間には、
明日も昨日も、同じ重さで並んでいる。
後悔も期待も、
いったんは同じ棚に置かれる。
だからこの時間は、少しだけ公平だ。
ソファに腰を下ろし、
昔好きだった音楽を、音量を最小にして流した。
旋律は、部屋の空気を静かに撫でるだけで、
何も要求してこなかった。
それがありがたかった。
僕は思った。
人が眠れない夜を過ごすのは、
怠けているからでも、壊れているからでもない。
ただ、心がまだ今日を手放していないだけだ。
時計は三時四十五分を指していた。
少しだけ、時間が前に進んだ。
それで十分だった。
ベッドに戻り、目を閉じた。
眠りが来るかどうかは、もう気にしなかった。
夜はいつか終わるし、
終わりは必ず朝につながっている。
それを知っているだけで、
この眠れない時間も、
それほど悪くはなかった。




