原点に帰るための七日間
一週間後に資格試験がある。
それはもう動かせない事実で、季節の変化や電車のダイヤと同じくらい確かなものだった。
僕はその日のために、分厚い参考書を一冊、最初から最後まで読み終えた。
本を閉じると、部屋の中が少しだけ広くなった気がした。
実際には何も変わっていない。
机と椅子と、冷めかけたコーヒー。
窓の外では、いつものように車が通り過ぎている。
でも、僕の内側では、何かが静かに一巡した。
理解できたところもあれば、
線を引いたまま理解しきれなかったページもある。
それでいい、と僕は思った。
知識というのは、すべてを掌握した瞬間に完成するものじゃない。
むしろ、わからない部分を抱えたまま前に進む力のほうが大切だったりする。
夜になって、部屋の明かりを少し落とした。
椅子に深く腰かけ、天井を見上げる。
学生のころ、同じように試験前の夜を過ごした記憶が、不意に浮かんだ。
あの頃の僕は、未来がもっと単純で、
努力すれば正解にたどり着けると、どこかで信じていた。
今は違う。
世界はずっと複雑で、
正解はたいてい複数あって、
しかもどれも完全ではない。
それでも、勉強をする理由は、あの頃とあまり変わっていない気がした。
自分が何者かを確認するため。
資格試験というのは、紙の上で行われる小さな儀式だ。
でも、その裏側では、
「まだ学ぶ気があるか」
「まだ積み上げる意思があるか」
という、もっと個人的な問いが投げられている。
僕はもう一度、本の背表紙を撫でた。
紙の感触は現実的で、少し安心した。
ここまで来た、という感覚があった。
合格するかどうかは、まだわからない。
でも、読むべきところまでは、確かに読んだ。
原点に帰る、というのは、
初心に戻ることじゃない。
むしろ、
「なぜ今でも続けているのか」を
もう一度、静かに肯定することだ。
窓の外で、夜風が木を揺らした。
僕はコーヒーを一口飲み、
明日もう一度、要点だけを読み返すことを決めた。
七日後、結果は出る。
でも今夜は、
学ぶという行為そのものに、ちゃんと戻ってこられた
その事実だけで、十分だった。
世界は相変わらず複雑だ。
それでも、本を読み、考え、前に進む。
その単純な動作が、
僕を何度でも、ここに連れ戻してくれる




