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リュウと海底都市の物語  作者: 松本遊心


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ー6

 そこには長身の男が立っていた。手には十五センチほどのテーザーガンをグローブを嵌めた手に持っている。軍用スーツの襟には、保安局特務隊の紋章。

 テーザーガンとは、圧縮窒素で電極を発射して対人を一時的に無力化する銃のことで、すなわちスタンガンの遠距離機器だ。射程はおよそ三十メートルある。

 彼が口火を切った。「君たちはずいぶん課外活動が激しいようだな。本分の学業は横に置いて」

 ケインが半歩、前に出た。

「カイ・ヴェルナー隊長、僕たちは、ただ観測ドームの課外授業のようなものをしていただけです」

 保安局で研修を受けているケインは床を向いていった。

「ほぅ。……君はたしかロッソ・ケインだったな。そしてシステムの研修を受けている。……そうだな?」

 片側の瞳が銀色に光った。テーザーガンを左の掌に、ぱしぱしと打っている。

「はい。その通りです」

「君はリーサ・カルアか」視線を移してそういうと、最後にリュウを見つめた。「そして君が一番の問題児、リュウ・サガラ。通信局での行状を我々が把握していないとでも思っていたか」

 三人は力なく俯いた。

「建造物侵入、器物損壊、不正アクセス禁止法違反等の併合罪。さぁ、どう説明するつもりだ?」

 するとミーナが、およそ十メートルほどの距離で対峙する彼らの間に割って入った。

「個人のアクセス記録に対する司法令状が未発行です」

 カイが片方の眉を動かした。「AIロボットか。笑わせてくれるじゃないか。だが、そんなものは必要ない。わたしの権限だ。三人とも保安局まで同行してもらおう」

「任意同行には賛同しかねます」ミーナが抵抗するが、リュウが口を開いた。

「ミーナ、ありがとう。もういいよ。……隊長、従いますけど、一つお願いがあります」

「おそらく聞けない願いだろうが一応いってみろ」

「このミーナだけはここで解放してもらえませんか。自宅に帰したいんです」

「だめだ。……彼らを連行しろ」

 カイはにべもなくいうと、くるりと踵を返して先に歩き出した。

 いつのまにか、ミーナを二回りほど大きくした群青色の丸い三体の警備ドローンが、彼らを取り巻いて浮遊していた。


 ーー保安局の拘留室。

 灰色の壁と金属製のベッド。壁自体が照明となって薄暗く無機質な室内を照らしている。

 長い聞き取りがひとまず終わり、リュウはベッドに横たわっていた。ぼんやりと天井を見つめている。

 保安局に着くと、すぐにそれぞれ個別での聴取がはじまり、すべての調べはカイ・ヴェルナー自身が行った。書記官はおらず、音声認識した端末が会話記録を残していた。順番はリュウが最後だった。

 観測ドームや通信局でのリュウの行動はほぼ把握されていた。いつからか、警備ドローンに行動確認対象者としてマークされていたらしく、その指示をしたのは、この特務隊長に違いなかった。

 気が()いて、あまりに迂闊な行動だった自分自身にリュウは苛立っていた。鼻先にぶら下がったエサに目を奪われて周りが見えずにいた。後悔先に立たず、とはまさにこのことだった。父にあれほど忠告を受けていたのに、自身の至らなさに怒りの感情でいっぱいだった。

 ミーナは観測ドームで、警備ドローンに瞬時にサイバー攻撃を受けて無力化されると、彼らと共に捕獲、連行された。なので、リュウを含めて三人がいくら黙秘や虚偽の発言をしても無意味だった。彼女のデータ解析をされると、共有したすべてを知られることになるわけだ。


 昨日、地上の夢を見たあと、工具の手入れをしていると、父が部屋のドアの所に立ってコンコンとノックした。顔を洗った後、ドアは開けっ放しだった。

「ずいぶん早いな」

「うん、眠れなくて……」

 父は部屋に入ってくると、リュウのそばに屈んで工具箱の中からハサミを手にした。両面の刃の部分を見て笑みを浮かべた。

「よく研げてる」

「週に一回は研いでるから。それより、父さんも今日は早いね。それともトイレ?」

 彼はハサミを元の場所に戻すと、作業机のもう一つの椅子に腰かけて足を組んだ。

「最近、勉強以外で忙しくしてるみたいだな」リュウの質問には答えず、窓の外の闇を見ながら彼はいった。

 リュウは逡巡したがすぐに顔を上げた。

「父さん、じつは何回かこっそり通信局に行って調べものをしていたんだ」侵入という言葉は使わなかった。

 それを聞いても父は特に驚いた様子もなく、「地上のことか?」と返してきた。

「旧通信局で未使用のポートがいくつかあって、それを調べてたら、その内の一つに五分くらいの短い映像があったんだ。ミーナも地上の映像だっていってる」

 リュウは観たままをいって聞かせた。父は足を組み替えると両腕も胸で組んだ。

「そうか……。地上からわたしたち海底人へのメッセージかもしれんな。まだ、現在も生存者がいる可能性はある」

「僕もそう思うんだ」

「リュウ、まさか地上へ行きたいと考えているわけではあるまいな」

「……」彼は図星を指摘されて下を向いた。

「やはりそうか。だが、どうやって地上へ行く気だ?ここは深度九千八百メートルの都市だぞ。それにドーム外に出れば規律違反でおまえもわたしも、ただでは済まない。仮に地上へ行ったとて、何をする気だ?生存者がいたとして何ができるんだ」

 リュウが返事を返せずにいると、彼は立ち上がって部屋を出ていこうとしたが、途中で足を止めた。

「おまえが上に強い関心を持っているのはわかるし、理解できる部分もあるが、目的地までのひとつ一つの問題を理解して解消する手段を得ないと話は前に進まない。思いつきだけで動いても十分な成果は得られないし不確実だ」

「父さん……」

「こうと思ったら周りが見えずに突き進むところは、母さんにそっくりだ。わたしは石橋を叩いてもなかなか渡らない性分だからな」

「ごめん。友達にも迷惑かけてるんだ、いつも」

 しばらくドアの扉に手をかけていた父が、小さな吐息を漏らしていった。

「爺さんの、さらに爺さんの代から伝え聞いてる言葉があってな……。地上にノーベル賞というのがあって、いろいろな分野で世界的に優れた功績や実績をあげた人に、その賞は贈られるそうだ。……その受賞者の一人がこんな言葉を残している。『幸運は準備した心に宿る』とな。リュウ、おまえもよく考えなさい。……さて、わたしはもう少し寝るとするよ」

 そういうと、父は部屋を出ていった。

 おやすみもいえずに、リュウの頭に、その言葉は強く刻まれた。 

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