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あの日以降も三人とミーナは講義後に毎日、観測ドームに様子を見に行ったが、収獲は何もなく、結局、そこで彼女が聴いたという音の正体はわからないまま一週間が過ぎた。
だが、リュウの頭の中はすでに別のことでいっぱいだった。観測ドームと同様、彼は通信局内のあらゆる場所に、人目を盗み無断侵入をひとりで繰り返していた。自分が生まれる前のネレイドと地上のことを探っていた。絶対に何かがここにあると信じて。
そして昨日、ついに通信局の旧設備に接続されている未使用ポートを偶然見つけた。どのアプリやサービスからも利用されていないポート番号だった。地上はもう死んだ、と教えられて育ってきた十六年間。もし本当に地上が死んでいるなら、なぜ“通信断絶”という言葉があるのか。断たれたということは、繋がっていたということの裏返しではないのか?そのささいな疑念はリュウの中でどんどん大きくなっていった。その日は長居はせず、ポートの発見に満足して局をあとにした。
都市の深部では、最近になって外界通信障害が続いている。上層との連絡が途絶え気味になり、電力供給にも微細な乱れが見えはじめていた。復旧工事が急がれている。
「リュウ!」背後から声が飛んできた。
彼が振り返ると、赤茶で坊主頭のケインが走ってきた。並んで歩きだす。ミーナには今日、用事を頼んでいたので帯同していなかった。
「おまえ、また通信局の夜勤区画に忍び込んだろ。四号棟巡視ログ、たまたま見つけて削除しといたから感謝しろよ」
「消し忘れがあったか……。ありがとう、助かる」
「助かるじゃねえよ、何をこそこそやってんだよ、リュウ。俺も手伝うか?」
「いや、いいよ。僕も正直なとこ何を探してんのかわかってないんだ。なぁ、それより地上って本当に死んだのかな」
リュウの唐突な問いに、彼は眉をひそめた。
「……さあな。俺らはそう教わってきただろ。……おまえ、何を考えてるんだ」
「いや、ただ……ふと思ってさ」
「地上なんて、もう何百年も前に崩壊してんだろ」
いいながら、ケインは天井を見上げる。青白い光が二人の顔に斜めに差していた。
リュウは、とぼとぼと歩きながらため息をついたが、ふと、近くの公園の電光掲示が視界に入り、目を見開いた。「ケイン!まずい、授業に遅れる!今日の一発目の講義、シャハラだ」
「やばっ!急ご。あいつの授業で遅刻はまずい」
ケインも慌てた声をあげると、二人はダッシュした。
アカデミーに着くと、既に授業が始まっていた。二人はこっそり入室すると、ドアから近い席につく。講義室の前列に講師の、シャハラ・イヴァーノフの姿が見えた。銀色の髪が背中まで滑り、端正な横顔がスクリーンの光を受けて冷たく輝いている。
「リュウ・サガラとロッソ・ケイン。遅刻八分」
二人の着席と同時に講義の話を止めると、シャハラが抑揚のない声を発して二人を見た。
「すみません。偶然ふたりともお腹を壊してて、トイレに行ってました」ケインが頭をかいた。
「言い訳は統計的に無意味。この後の講義はあなたたち二人に遅刻分の授業対価を支払ってもらうことにします」
講義内容は”原圧炉の流体安定化”で都市の心臓部、アトランティス・スパインの制御理論だった。
「二人ともこちらにきなさい」シャハラが腕組みをしていった。
彼らは渋々といった表情で、スクリーン下まで行くと並んで講師の前に立った。
「さて、わたしに代わって制御理論の読み上げをしてもらいましょうか。前半部をサガラ、後半部をケイン。補足説明を挟むときは止めるので、上段の席まで聞こえるように声を出して読み上げなさい。はい、スタート」
反論の余地もない。リュウとケインは階段席を横目に見た。二十人ほどが散らばって彼らを見下ろしていた。問題児の二人組に同情の視線はない。リーサが最上段のいつもの席で頬杖をついて彼らを見下ろしている。
リュウは一つ息を吐くと、スクリーンを見上げ、声を張って読み上げ始めた。反論したところで事態が好転することはない。
「原圧炉は冷却材を高圧力下に保つように設計されている。これによりーー」
彼の隣でケインは後ろ手に組んで文字を追っていた。
長い共同講義が終わり、他の生徒がはけて最後に残された二人は、いかに決められたスケジュールを破ることが多大な迷惑を周囲に与えるのかという説をシャハラ・イヴァーノフ講師に教わって教室をでた。つまり説教だ。
リーサが辛抱強く、教室の外の壁にもたれて待っていた。
「君たち何やってんの。もう十八時過ぎてるし、どうすんの、今日」
二人とも内心、観測ドームは今日はパスしようと考えていたが、こうやってわざわざ待ってくれていたことに罰の悪さを感じて、リュウが口を開いた。
「日課みたいなもんだし、行こうよ。なぁ、ケイン?」
「あ?……ああ。そうだよ、サッと行って何もなかったらサッと帰ろう」
リーサは先に歩き出すと、「リュウ、ミーナは?」と訊いた。
彼は申し訳なさそうに下を向いた。「今日は家の用事をしてて……いないんだ」
それを聞いた瞬間リーサの足が止まった。
「あたし帰るわ」そういうと、二人に背を向けたまま廊下の角を折れて姿を消した。
リュウとケインは顔を見合わせて、同じ思いだったのかケインがいった。
「今日は解散……だな」
「……うん」
その日は通信局に行く気分にならず、リュウは早々に帰宅してベッドインした。




