「お前を愛したことはない。だからこれから愛そうと思う」
⚠主人公の口調に特に意味はありません。
⚠この物語の世界観は史実に基づいたものではございませんのでご了承ください。
⚠全体的にギャグです。細かいところで「そんなわけない」ことが色々起こります。
「お前を愛したことはない」
ええと、はい、知っていますけれど。
ロイド様、ご公務がお忙しそうでしたから恋愛にかまけている時間も無かったでしょうし、政略結婚如きで嫁いできた女なんて気にもとめてなかったご様子でしたもの。
そもそもわたくしたち今日が初めての会話ですよね?
「だからこれから愛そうと思う」
なんて仰りまして?
□ □ □
エリゼ・レンブラント、わたくしは歴史だけが無駄に由緒正しい、単なる小さな貴族の令嬢である。
けれどお母様やお父様はご自分のお粗末な現状を昔から憂いていらっしゃった。
先代はそれなりに王との付き合いもあってレンブラント家も栄えていたそうだけれど、今となっては遠く色褪せた記憶。
レンブラント家は小さな小さな領地を治める主でしかない。
そういうわけでなんとまあ、両親たちは苦肉の策として、力を持ち国を支えている侯爵家とあれこれ密通やら取引をし、あろうことか嫌がる愛娘を嫁がせやがったのでございますわ。ごほん、失礼。
けれどわたくしだとて覚悟はしていた。
元々レンブラント家は小さな家だ、きっと政略結婚だかなんだで家を追い出され、わたくしはいつか権力拡大のための道具になるのだと。
両親たちにはなんだかんだ昔からそれなりにいい暮らしをさせて頂いたし、感謝している。だからわたくしはこの境遇も甘んじて受け入れましょう。
そうして、わたくしは数少ない嫁入り道具を携えて、グルフィード侯爵家の跡取り、お顔も知らないロイド様に嫁ぐことになったんだけれど────。
「えっ⋯⋯⋯ええ⋯⋯⋯」
「も、申し訳ありませんエリゼ様! 今夜⋯⋯今夜こそは、ロイド様もスケジュールを調整し、エリゼ様へお会いになられることと思います⋯⋯いや、もう信じております! 執事は昨日教会へお祈りに行っていました! メイド一同も同じ思いです!」
まさかの屋敷入りしてから1週間、完全放置!
いや⋯⋯確かに愛のない政略結婚とは言え、お家の道具にされたとは言え。わたくしも少しは? 少しは期待していたのよ。
初めての旦那様なのだし、しかも噂によるとロイド様はとんでもない美丈夫だとか。
乙女心もブチ上がるというものではなくて?
けれど⋯⋯流石にお忙しいとはいえ、ここまで放置されるとは思ってもみなかったわ。
「気にしないで、アデリー。ほら、ロイド様も急用というものがあるでしょう。別に今日来なくたって⋯⋯良いじゃない?」
「いいえ、奥様! そう奥様は言ってくださいますけれど、もう1週間⋯⋯奥様が屋敷入りされてからもう1週間も経つのですよ!?
食事は全く時間が合わず、かと言ってお茶の席を設けられるわけでもない! ずっと公務室にこもりっぱなしで、ひたすらお仕事お仕事⋯⋯もうアデリーは我慢なりません、先日メイド長は心を病まれて寝込んでしまわれました!」
こ、こんなにメイドたちにも気を遣わせてしまっているなんて⋯⋯彼女たちが優しすぎて申し訳なくなる。
あと、ありがたいけれどそんな風に屋敷の主人を悪く言って貴方たちの首は大丈夫なの?
そう、グルフィード侯爵家に嫁いだはいいものの。
旦那様とのご挨拶もなしに、食事を共にすることもなく、なんなら屋敷ですれ違うこともなくて、気付けば1週間が経ってしまっていた。
元々嫁入り前の両家の挨拶も簡易的なもので、ロイド様がご公務でお忙しい理由から彼は欠席という、果たして何のために行われているのか分からない顔合わせをしたものだから、気が付けばわたくしは本当に自分の夫となったひとと一言も会話を交わしていないどころか顔すら見た事がないという事態に陥っていた。
旦那様、流石に働きすぎではないだろうか。
わたくしと会いたくないからわたくしを避けている、と言われた方がまだ分かるというもの。
本当に来る日も来る日も眠らずに公務をして、それでも終わらない仕事の数々。
ロイド様、大丈夫ですの?
あなたまず民たちに向けて働き方改革をされる前に、ご自身を見つめ直してみてはいかが?
「大丈夫よアデリー、ね? そんなに気を張らないで。ああほら、紅茶はいかが? お父様からレンブラント領で採れる有名な茶葉が送られてきたの。
ふふふ、自分が無理やり嫁に出したというのに、やはり少しは申し訳なく思っているのかしら。ほら見て、こんなにも種類が⋯⋯⋯」
「お、奥様⋯⋯! お気を確かに!」
そばかすがチャームポイントのアデリーはそのくりりとした瞳を悲痛に歪める。
え、ええと、別に貴方が思っているほど落ち込んでいないわ、わたくし。
焦って彼の公務室に突撃したところで変わらない。彼のお仕事の邪魔はしたくないもの。
ゆっくりのんびり待ちましょう、わたくしは、そんな風に呑気に考えていた。
□ □ □
──そして話は冒頭に戻る。こんな雑なフリがあって? わたくしもそう思うわ。
「⋯⋯えっと、ロイド様、申し訳ありません。わたくしは何か聞き間違いをした可能性が⋯⋯」
「お前をこれから愛する、と言った」
グルフィード侯爵家に嫁いでから1週間目の、夜。
まさかのロイド様がわたくしの部屋においでになられたのである。
ドアを静かにノックされたかと思えば、金髪に碧眼の恐ろしいまでに顔の整った美丈夫がぬっと顔を見せたので軽く悲鳴を上げたものだ。
アデリーは一体何をしているの!? この男誰!? と大混乱に陥っていると、「すまない。部屋に入れて頂いても構わないだろうか」とアポも無しに現れたにしては低姿勢でお願いされて、呆然とするまま首を縦に振ってしまった。
彼はつかつかと背筋を真っ直ぐに伸ばして私の部屋へ足を踏み入れ、それからふと思い出したように私へと視線を向ける。
「申し遅れた。⋯⋯グルフィード侯爵家の現当主、ロイドだ」
あ、ああああの!? あの例の私の旦那様!? それを先に言ってくださる!?
な、なんて麗しい顔立ちをされていらっしゃるのかしら⋯⋯とはしたなく彼を見上げてぼうっと見惚れてしまったのは許して欲しい。
悪いですけれどわたくし、自分の旦那様を初めて目にしましたのよ!
とにかく、こうしてはいられないとロイド様に椅子をすすめ、わたくしも向かい合って別の椅子に腰掛ける。
すると待ってましたとばかりにアデリーが部屋に入ってきて、華やかな香りのするお茶のティーセットをワゴンに乗せて運んできてくれた。
何食わぬ顔して私とロイド様の前に湯気の立ち上る紅茶を起きながら、立ち去る間際、わたくしに向かってひたすら目を輝かせてしきりに頷いていた。
ちょっとアデリー、まさかあなた泣いていないわよね?
そして黙っていたロイド様が口を開いたかと思えば、先程の発言である。
「わたくしをこれから愛すると⋯⋯? えっと⋯⋯そのように宣言されましてもわたくしは何が何だかさっぱり⋯⋯」
というか、一体どういう風の吹き回しかしら。
ここまで1週間完全放置だったというのに、いきなり「お前をこれから愛そうと思う」だなんて意志を宣言されても、困惑が先なのが正直なところ。
それに、恋愛ってこんな風にまるで決定事項のように形式的に始まるものかしらね。なんだか少しがっかりしたわ。
やっぱり政略結婚に本当の愛なんて存在しないのね。
「ロイド様。お言葉ですけれど、恋愛というものはそんな風に宣言されたからといって始まるものでもありませんわ。
それにロイド様は妻との交流をまるで公務だとでも言うような言い方をされるのね。
大丈夫ですわよ、そんな風に無理なさらなくて。
結婚とは言いますけれど、わたくしとあなたは良くある政略結婚で結ばれた身。
頑張って愛を育まなくても良いのではなくって?
でもわたくしも人として、夫であるあなたの支えになるよう頑張りますから、そこはご安心を。
お互いが気持ちよく生活出来るよう努力しましょう、ロイド様」
言いたいことは全て言った。
夫に反抗的な妻であると思って頂いても結構。どうせ愛のない政略結婚なのだから、慎ましくいる必要もないでしょう。
さあ、どうでるか。ロイド様はサファイアのように蒼い瞳をぱちりと瞬かせた。
「⋯⋯成程。女性は夫に愛されることが何よりの望みだとばかり⋯⋯私の認識が間違っていたようだ。謝罪しよう」
「ん?」
今度はこちらが固まる番だった。
ロイド様⋯⋯あなたさっきから馬鹿正直な顔をして何を仰って。なんだか雲行きが怪しくなってきたわ。
「すまない。今まで屋敷に籠るばかりで、女性を相手にしたことが殆ど無く⋯⋯私の妻として嫁いでくれたからには、君の望むように振る舞いたいと思っていたんだが。君が私の愛を望んでいないとすれば、この方向性は取りやめよう。
他に希望はあるか?」
「いえ少しお待ちになって」
この方⋯⋯まさか⋯⋯とわたくしは内心プルプルと震えた。
私の望んでいることを一生懸命に考えた結果、私が「夫からの愛」を望んでいると、そう思いになったとでもいうの!?
どこから突っ込めばいいのだろう。いや、というか別に「夫の愛」を望んでいようといなかろうと、屋敷入りしてから1ヶ月超も放置されたら、誰だって寂しいんじゃありませんこと!?
「べ、別に政略結婚如きにそこまで求めていませんわ! わたくしが言いたいのは、仮にも屋敷入りした妻を1週間も放置するなんて何事か、ということです!」
「それは、本当にすまなかった。積み上がった公務をいつもの倍の速度で消化していたんだが、それでも1週間かかってしまった⋯⋯」
「あ、あれで努力した方ですの!? グルフィード侯爵家はもっと人手を雇うべきですわ! 何故当主のあなたばかりがそんなげっそりとしたお顔でご公務に勤しんでおられますの!?」
「別に⋯⋯私一人いれば部下に任せなくとも」
「頑張りすぎではなくて!!??」
なんということでしょう。わたくしは軽く目眩を覚え、ふらふらと椅子の背に身をもたれさせた。
本当に⋯⋯ただただ忙しかっただけなのね。しかも本人は結構、わたくしに会うために努力をされていた。なんてこと。
この方涼しい顔をされているから裏での努力というものが見えにくいのよ、今まで誤解されることも多かったんじゃないかしら。
わたくしはため息をついて、冷めかけてしまったアデリーの紅茶をひとくち啜った。
「⋯⋯そうですね。わたくしがあなたに求める希望が見つかりましたわ」
「良かった。ぜひとも教えてくれ」
カップを置き、わたくしは自分の旦那様を真っ直ぐに見つめた。
真剣な表情のロイド様も、わたくしに一心に視線を送ってくる。
「ロイド様に1日3回は休憩を取って頂きたいです」
「そうか。休憩⋯⋯ん、休憩だと?」
「ええ。そして、アデリーのいれてくれた紅茶を飲んで、わたくしとお話してください」
───それだけで十分ですわ。
実際、わたくしは徐々にこのロイド様というお方に惹かれ始めていることに気が付いていた。誰よりも真面目で一生懸命に空振ってしまうお方。
政略結婚だというのに、わたくしの希望なんて聞いて、彼なりにわたくしを大切にしようとしてくれているのを感じる。
この方となら、愛を育むとまでいかなくても、楽しくやっていけそう。
ロイド様はぽかんとした表情で、わたくしをまじまじと見つめている。
「⋯⋯本当にそれだけでいいのか。もっとこう、待遇を改善して欲しいだとか」
「待遇には満足しております。屋敷の者たちも余所者のわたくしをいつだって歓迎してくれますしね。あなたの人柄が彼らをそうさせるのでしょう」
「⋯⋯」
「まあ、初めてのご挨拶はこれくらいにしておきましょうか。改めまして、あなたの妻のエリゼと申します。旦那様、よろしくお願いしますね」
呆然としている彼に向かって、とびきりの笑顔を向ける。言葉も表情も、全部わたくしの本心からくるものだった。
ところが、一体どうしたというのだろう。何故かロイド様は「うぐ」とまるで心臓を貫かれたかのように呻いた後に、左胸あたりを押さえられた。
え、え。一体どうなされたの!?
「ろ、ロイド様? 仕事のし過ぎでお疲れなんじゃありませんこと!? アデリーを呼びますわ、早く寝室に⋯⋯」
「おかしい⋯⋯君を見ていると、胸が苦しい」
「は?」
いま、なんて仰られて。
緩慢な動きでロイド様ともう一度視線を合わせた時、彼は青白かった頬をほのかに薔薇色に染め、どこかうっとりとした表情でわたくしを⋯⋯見て⋯⋯⋯。
「その⋯⋯、休憩の時を、1日4回にしても構わないだろうか? もっと君と話したい」
【Fin】
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