第一章 出会い 【20XX年 2月20日】
20XX年 2月20日(木) 天気:晴
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
時計は16時20分を指している。
そうだ、今日はミオの初出勤だ。
何があるわけでもないのに、胸のあたりがそわそわする。
後輩ができることへの期待か、トラブルへの不安か……自分でも分からなかった。
とりあえず起きてから、頭の中で今日の段取りをざっくり組み立てる。
最初はテーブル番号を覚えてもらって……いや、その前に自己紹介か。
でも店が混んだらどうしよう――
考え始めたはずが、気づけばまた同じことを堂々巡りしていた。
アラームが鳴って、慌ただしく準備を始める。
頭の中のごちゃごちゃは片付かないまま、店に向かった。
店の前に、すでにミオが立っていた。
制服姿がやけに新鮮で、どこか頼りなさそうにも見える。
「おはよう! 今日からよろしくね!」
「お、おはようございます……。よろしくお願いします……」
元気よく言ったつもりだったが、返ってきたのは小さな声。
緊張してるんだろう。無理もない。
でも、彼女の背景を思い出すと――その緊張が、普通の新人生とは少し違って感じられた。
18時。営業開始。
奇跡のように予約ゼロ。これならゆっくり自己紹介ができる。
アルバイトの女の子3人と顔を合わせて、ぎこちなく挨拶を交わすミオ。
店長も輪に入って、6人で会話をしようとするけど……空気は重い。
「……この番号が呼ばれたら、こっちのテーブルね。
あと、ドリンクはこうやって作るんだよ」
なるべくやわらかく教えるようにしていた。
ときどき話題を振ってみる。
「そういえば、趣味とかある?」
――あぁ、質問が浅いな。自分の下手さが情けなくなる。
それでも、ミオは少しずつ口を開いてくれるようになった。
「そういえば……私の高校の先生が、先輩のこと知ってるって言ってました」
「え? なんて先生?」
返ってきた名前に、思わず声を上げる。
「あの人、今先生やってんの!? うわ、めっちゃ久しぶり……!」
思わぬ繋がりに驚きつつも、なんだか嬉しくて笑ってしまった。
ミオもつられて、少しだけ笑った気がした。
退勤時間。
(どうだったかな……)と心配になっていた。
今日のお客さんはたった1組2名だけ。
“想像と違った”って思われたら、明日から来なくなるかもしれない。
でもそれ以上に――彼女がまた、どこかで一人になってしまうことが怖かった。
帰り道。スマホに2通の通知。
1通目はミオからだった。
「今日はありがとうございました!」
猫のスタンプが1つ、添えられていた。
ほっとする間もなく、2通目の差出人に目を止める。
ミオの元担任であり、俺の尊敬する大学時代の先輩だった。
「ミオがお世話になります。
ミオから、“すごく楽しかった。ここで働けて本当に嬉しい”って連絡が来たよ。
ミオのこと、よろしく頼むな。」
その言葉に、胸の力がふっと抜けた。
安堵と、どこかくすぐったいような嬉しさがこみ上げる。
それから数日。
ミオは少しずつ、他のバイトたちにも自分から話しかけるようになっていった。
厨房の中からその様子を眺め、店長と顔を見合わせる。
「……大丈夫そうっすね」
「な? ちゃんと馴染んでるじゃん」
気づけば、ミオは敬語もほとんど使わなくなっていた。
笑うと頬がほんのり赤くなるのが、妙に子どもっぽくて可愛い。
私の目に映るミオは、どこにでもいる普通の明るい美少女だ。
闇の片鱗なんて、どこにも見えない。
そう――この頃までは。




