第一章 出会い 【20XX年 2月9日】
20XX年 2月9日(日) 天気:晴れ
昼営業は、相変わらず静かだった。
隣のラーメン屋でのワンオペ。日曜の担当はもう慣れたけど、暇すぎて時間が経たない。
片付けを始めたころ、ドアの鈴がチリンと鳴った。
「もう閉めてるんだけどな……」と顔を上げると、見覚えのあるやつが立っていた。
タカオ。
「お前、今日も暇そうだな〜」
「うるせぇ。入ったならラーメン2杯は食ってけよ」
軽口を叩きながら視線を横にずらすと、彼の隣に見慣れない女の子がいた。
「この子! この前話した知り合い!」
そう言ってニヤニヤするタカオ。
私は、言葉より先に目が釘付けになった。
モデルのような整った立ち姿に加えて顔立ちは可愛らしい。でも、それ以上に目が印象的だった。
泣いているわけでもないのに、水を湛えたような、深い瞳。
その奥にある、かすかな陰りが気になった。言い方が正しいかは分からないけど……壊れそうに見えた。
「はじめまして、ミオです」
声は小さく、少し震えていた。
「はじめまして。大丈夫、緊張しなくていいよ」
なるべく優しい声を心がけたつもりだったけど、タカオがすぐ茶々を入れてきた。
「いや、緊張じゃない。お前が怖いんだよ」
……まぁ、確かに。
身長180cm、体重100kg、坊主にヒゲ。
少女目線で見たら、相手が人間かヒグマか区別つかないだろう。
「こ、怖くないよ? こう見えて、けっこう優しいし……」
ぎこちない笑顔を浮かべながら言ってみたけど、たぶん逆効果だった。
ミオは少しうつむいたまま黙ってしまった。
(やらかしたな……)
ラーメンを作るために背を向けながら、気まずさをごまかすようにタカオと雑談を続けた。
それからしばらくして、
「私、ここで働きたいです……」
不意に聞こえたその声に、手が止まった。
さっきよりも少しだけ大きな声。けれど、まだ震えが残っていた。
私が振り返ると、ミオはまっすぐこちらを見ていた。
その目は、さっきとは違っていた。
怖がっていた少女の目じゃない。ほんの少し潤んでいるが決意のある目だった。
「……よし、じゃあ、店長に相談してみる。2月の後半からなら、なんとかなるかも」
そう答えると、ミオは小さく、でも確かに笑った。
17:00
「お疲れさまです!」
いつも通り、売上表を持って本店に戻る。
カウンター奥の店長がこっちを見て言った。
「今日も売れてねぇな〜。お前の顔が原因なんじゃないのか?」
「いや〜、今日はバリバリ営業スマイルでしたよ?」
ニヤリとしながら売上表を渡すと、店長はクスッと笑った。
いつもこんな感じだ。軽口を叩きながら、芯ではちゃんと見てくれている。
(どう話すか……)
と迷っていたら、先に店長の方が言った。
「なんか、今日あった?」
私は少し驚いた。
でも、隠すようなことでもない。
ミオのこと、店に来た理由、働きたいと言ったこと。そのすべてを伝えた。
「……もちろん、お店にとってリスクがあるのは分かってます。
でも、それでも彼女にここで働く場所を与えてあげたいんです」
覚悟を持ってそう言った。
ダメでも仕方ないと思ってた。
すると店長は、煙草を吸いながら肩をすくめた。
「なんかあったらお前が責任持て。今バイト足りてないし、むしろ助かるわ」
あっさりだった。
(……この人は本当に、器がでかすぎる)
またしても、店長に惚れ直した。
少女が決意した時に見せた少しの目の潤み…
何を背負ってうちに来たのかは分からない…
でも、あの目を見た時に私は思った。
ここが、あの子にとって【何かが始まる場所】になるのかもしれない…
そうしてミオは、うちの店で働くことになった。