マイノリティ
彼は視聴覚室の中で一人、異質な光を放っていた。
ここでは軽音部が活動している。バンド仲間で集まる部員たちの中で、彼は一人ギターを弾いていた。少し茶色がかった、クセの強い髪。思わず目を瞠るほど、彼はギターが上手だった。そして、まわりの人間を寄せ付けない雰囲気があった。誰も話しかけられない。
「あいつ、ダブってるらしいよ」
同じ一年の男子が声をひそめて言った。どうやら噂になっているらしい。どんな事情があるんだろう。いつも一人でいる彼が気にはなったが、私には何もできなかった。
「私、ボーカルなんだけど、楽器が全然できないから、教えてくれるかな」
あるとき、二年生の女の先輩が、そう言って彼の横に立った。視聴覚準備室に置いてあった、ボロボロのギターを手にしていた。私は内心はらはらしながら、二人を見守った。
彼女は彼のことを「シオンくん」と呼んだ。彼は初めはめんどくさそうに彼女をあしらっていた。でも、彼女は諦めることなく、毎日彼のところに行って、話しかけた。そして私は毎日、遠くからその様子を見ていた。しばらくすると彼は少しずつ打ち解けて、彼女にギターを教えるようになった。少し笑顔も見せていた。なぜかほっとした。
「彼のこと、バンドに誘ってあげてくれないかな」
彼女は私のところに来てそう言った。なぜ私なのかわからない。でも、ずっと気になっていた彼の、力になりたいと思った。うちのバンドには、まだドラムの担当がいない。
「よかったら、うちのバンドでドラムやってくれない?」
思い切って声をかけた。すると彼はギターを置いて、少し照れくさそうに笑顔を見せた。
「俺さ、ギターもうまいけど、ドラムもいけるのよ」
語り口も独特だった。親の仕事の関係で、家にスタジオがあるという。音楽の知識も豊富で、ユーモアのセンスもある。彼はいつしか話の輪の中心にいるようになり、みんなを笑わせた。でも中学のころの話になると、彼は口をつぐんだ。暗い目をしていた。
「一年遅れて入ってきたのは、受験の関係?」たまたま二人きりになったとき、なぜかそんな言葉が口をついて出た。彼はふっと遠い目をした。「親友をね、亡くしたのよ」
彼は重い口を開いた。彼と親友の仲を、まわりは放っておかなかった。言葉にするのも憚られるほどの、壮絶な日々。必死に耐え続けていたある日、親友は帰らぬ人となった。
「変なこと聞かせちゃってごめんね」
涙が止まらなくなった。彼の言葉は優しかった。「ごめんなさい」「いいのよ、別に」彼は笑った。「俺は、ここで生きていくって決めたから。バンド、楽しもうね」