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怪冷汽車

作者: 潤聞子
掲載日:2025/05/11

 時は二〇世紀に満ちた頃――。

 奇術師「有栖川(ありすがわ)幻斎(げんさい)」という男がいた。

 今日も幻斎は、奇術を披露して客を楽しませていた。

(檻からの水中脱出、驚いてたなー)

 駅のホーム、一人佇んでニヤニヤしていた。

 そこに汽車が到着。

「おー、キタキタ」

 上機嫌で汽車に乗り込んだ。

(次は、なにしよーかなー)

 頬杖をついて外を眺めていた。

(今日も月が綺麗だ)


 ――15分ほど走行した。

 その時、急に汽車は止まってしまった。

(アレ?)

 幻斎は、自分が置かれた状況を瞬時に理解した。

 辺りを見渡すと、さっきまでいたはずの乗客が消えていて、窓を開くと氷に覆われていた。

(今は七月、ありえない……)

 氷の表面を触る。確かに冷たかった。

 氷は硬くて破れなかった。

(奇術師に怪奇事件とはな……)

 とりあえず、他に乗客がいないか探した。

 その結果、別の車両に十歳くらいの少年がいた。

「おーい、少年」と、声をかけた。

 少年はすぐに答えた。

「この氷、どうすればいい?」

 少年は氷を破ろうとしていた。状況は理解しているようだ。

「俺の名前か? 有栖川幻斎、奇術師だ」

「そんなの聞いてねぇ」

「安心しろ、これが最終便だ」

 その言葉を発した瞬間、少年の目が少し鋭くなった。

「ッ……違うよ、今日は一本遅れてるんだ」

「……」

 この情報が確かなら、後から来る汽車との衝突は避けられない。


 タイムリミットは13分――。

 幻斎は、知恵を絞り、策を考えた。

 その結果……。

「無理だ、諦めよう……」

 この言葉が漏れた。

 少年は牙を剥いて幻斎に言い放った。

「諦めんな、なんか策はねぇーのかよ」

「……」

「あんた奇術師なんだろ。だったら特等席で見させてくれよ、最高のショーってやつを」

 少年の言葉に、幻斎は目を見開いた。

(……俺は何を見失っていたんだ。こんな少年、いや、この男に――)

 幻斎の雰囲気が、ほのかに変わった。

「有限の(とばり)、開かざる衝動、風(なび)く――。見せてやるよ、最高のショーを」

 少年は嬉しそうに笑みを浮かべた。

(やっぱり少年かな)


 ――幻斎は工具箱からハンマーを取ってきた。

 そして、ハンマーで氷を叩き始めた。

「トントントントン! トントントントン!」

(それ言う必要ねぇーだろ)

 少年は呆れ顔で言った。

「奇術師の風上にも置けねぇーな」

「こうするしかないんだよ」

(こんなことダサくてやりたくないんだけどな、死んだほうがマシだぜ、全くよぉ……)

 幻斎は、ほんのわずかな微笑みを浮かべていた。


 ――叩き始めて、8分が経った。タイムリミットは、あと3分。

「もう少しだぜ、少年。準備運動を始めろ」

「準備運動?」

「あぁ、お前が通れる程度の穴を作る。そこから脱出して走れ。そして、レバーを動かして進行方向を切り替えろ。頼んだぞ――」

 少年には、重みのある言葉が降りかかった。

 苦笑いしながら答えた。

「……任せろ、アンタを死なせはしない」

「頼んだぜ」

 ハンマーを振り下ろした瞬間——。

 バリンッッ!

 厚く張った氷は、まるでガラスのように砕け散り、子ども一人分の穴ができた。

「行けッ!」

「行ってきます」

 汽車の中、一息つく幻斎、ひどく疲れた様子だ。

「はぁ、力仕事しんどい。もうムリ……」

 ぐったりし、座席に寝転んで考えた。

(レバー、一人で動かせるかな……?)


 タイムリミットは2分――。

 少年は走った。

(間に合うかな……)

 片手にはハンマー、もう片方には分厚い本を持っていた。


 少年は1分ほど走った――。

(よし、着いた)

 レバーを手で動かそうとしたが、案の定、重くて動きやしない。

 ハンマーと分厚い本で、テコの原理を使おうとした。

(コレはこうで……)

「アレ……?」

 少年は焦っている。やり方がわからない。ましてやコレじゃできやしない。

 ハンマーと本を放り投げ、レバーに手をかけた。

「……動けッ」

 レバーは、びくともしない。

「クソッ!」

 時間は刻一刻と迫っていた。

 少年は、叫んで助けを呼んだ。

「誰か! 誰かいねぇーのかよ!」

「……」

(俺じゃダメなのかよ……)


 汽車の走る音が聞こえてきた――。

 少年は今にも泣き出しそうだ……。

(もう、無理だ……)

 少年が諦めた、その時――。

「呼んだか?」

 少年が顔を上げると、目の前には幻斎がいた。

「なんでここに……?」

 幻斎はレバーに手をかけながら言った。

「脱出、それは奇術師の基本トリックなんだよぉ……」

(アレ……? これ意外に重いな……)

「おい、どうした?」

 この時にはもう、幻斎の体力は消耗し切っていた。

「お前も手伝え」

「う、うん」

 レバーに手を添えた。

「せーのッ」

「せーのッ」

 二人で力を合わせて、少しずつ、少しずつレバーが動いていく。

 だが、このままじゃ間に合わない。


 すぐ目の前まで、汽車が迫っていた――。

「ヤバいよ……」

「最後に全てを賭けるぞ」

「……うん」

 二人は諦めていなかった。

 レバーに力を込めた。そして、声を合わせて……。

「「せーのッッ!!」」

 ガシャンッ!

 これが今日一番、息が合わさった瞬間だった。


 数秒後、汽車が通り過ぎた――。

 汽車の中から、人が睨んでいるような気がした。

(なんかごめんなさい)

悪戯(いたずら)じゃないんです)

 何はともあれ、作戦は成功した。

「はぁ、疲れた……」

 幻斎は肩の荷が下り、ぐったりしている。

 少年はハンマーと本を拾った。

 それを見て幻斎は言った。

「そんなんでテコの原理を起こそうとしてたのか?」

「ワ、悪いかよ」

 少年は顔を赤らめ恥ずかしがった。

 幻斎は微笑んだ。

「とりあえず戻るか」


 二人は凍った汽車に戻った――。

 少年は目を疑った。

「……穴の大きさ変わってなくない?」

「ん? 気になるか?」

 少年は目を輝かせながら返事した。

「うんッ」

「秘技、関節外し!」

(うわーしょうもねー)

「本当に奇術師なのかよ」

「いつか、奇術師・有栖川幻斎って名を轟かせてやるから待ってろ」

「……待ってる」

 二人は凍った汽車を眺めた。

「こんなことあるんだね」

「この世は不思議なことばかりなんだ。こんなことがあってもおかしくはないだろ、少年ッ」

 幻斎は笑みを浮かべながら、少年に背を向け歩き出した。

「じゃーなー少年、元気でなー」

 去り行く幻斎に少年は手を振った。

(少し寂しいけど、さようなら)

「……あ」

 幻斎は振り返り言った。

「お前の名前なんだ? 聞いてなかったよな」

「……柏餅太郎(かしわもちたろう)、覚えとけよ」

「いい名前だな、忘れねぇーよ少年。じゃあ」

 手を振り、本当の別れを告げた。


(有栖川幻斎……)

(柏餅太郎……)


 夜道を一人で歩く幻斎は考えていた。

(この怪奇事件、一番の謎は消えた乗客だ。確かにいたはず、どこに行ったのだろうか?)

 もう1つ……。

(それと、柏餅太郎……。偽名か? それとも芸名?)

「……まぁいっか。なんだかんだ楽しかったなー」

 今日も陽気な幻斎さん。

 奇術師ならぬ奇術師、有栖川幻斎の物語はまだまだ続く――。

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