1.魔女の森へ
暗い夜道を、一台の馬車が疾走していた。
マリアンヌ王国の現王アルバートは、薄闇に沈みつつある街道を、
焦りを隠せぬまま馬車を急がせていた。
護衛として同行しているのは、わずかな騎馬隊のみ。
王の護衛としては明らかに少ない。
それでも彼は、迷うことなく城を飛び出したのだ。
理由はただ一つ。
愛娘フィオナが危篤に陥ったからである。
フィオナは今年で四歳。
目に入れても痛くないほどの愛しい娘だが、
生まれつき身体が弱く、ほとんど部屋から出られない生活が続いていた。
そのフィオナが今日、大きな発作に襲われた。
主治医の懸命な治療も効果はなく、
ついには「危険な状態です」と告げられてしまった。
その知らせを聞いた瞬間、アルバートは城を飛び出した。
王妃――フィオナの母は、出産後まもなく亡くなっている。
娘の弱さは、血筋ゆえなのかもしれない。
王族付きの名医が匙を投げた以上、
王国内にさらに頼れる医者などいるはずもない。
それでもアルバートには、ひとつだけ心当たりがあった。
南の森に“魔女”がいるという噂だ。
藁にもすがる思いで、アルバートは馬車を南へと走らせていた。
◇
魔女の森の近くに着く頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。
高台から森を見下ろすと、奥の方に小さな灯りが見える。
あれが魔女の住処なのだろうか。
「アルバート様、ここから先は馬車では入れません」
従者が、道が狭く馬車では進めないことを告げる。
「ここからは徒歩で行く。数名だけ付いて来い。他は待機だ」
アルバートは松明を手に取り、森の中へと踏み込んだ。
護衛たちが慌てて後に続く。
森の道は獣道で、人が通った形跡はない。
それでも、奥に見える灯りだけを頼りに進んでいく。
やがて、灯りの元へ辿り着いた。
そこには丸太を組んだ小さな家があり、
窓から温かな光が漏れていた。
アルバートは恐る恐る扉を叩く。
しばらくして、扉が開いた。
現れたのは、奇妙な狐面をつけた女性だった。
顔は見えないが、黒髪の長髪と体つきから、若い女性であることが分かる。
護衛が警戒してアルバートの前に出ようとするが、
アルバートは手で制した。
突然の訪問である以上、礼を尽くすべきは自分だ。
「夜分遅く恐れ入る。私はマリアンヌ王国のアルバート王だ。
こちらは……魔女殿のお宅で間違いないだろうか?」
狐面の女は驚く様子もなく、
「王様が、儂に何用か」
と静かに言った。
古めかしい口調だが、声は若々しい。
「娘のフィオナが重篤なのだ。主治医も匙を投げた。
どうか……助けてもらえないだろうか」
フィオナは生まれつき弱く、発熱と呼吸困難を繰り返していた。
アルバートは国中の名医を探し、薬を集めたが、
症状は良くなるどころか、年々悪化しているように思えた。
焦る気持ちを必死に抑えながら、症状を伝える。
魔女はしばらく黙って聞いていたが、
やがて家の中に戻り、鞄を手に再び現れた。
「案内せい。急ぐぞ」
その言葉に、アルバートは深く頭を下げ、
魔女を伴って馬車へと急いだ。




