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08.運命との別れの後


「……ごめんなさい」

涙で潤んだ瞳でフローラが謝る。


「いえ……。楽しんでいただけて幸いです」

「ブッ!」


一度ツボにハマると何もかもがおかしくなってしまう。笑いの沸点が低くなってしまうのだ。

真面目にそんな言葉を返されたら、せっかく引いた笑いがまた止まらなくなる。


「もう!本当にそれ以上笑わせないでください!お腹が痛いんです」

「大丈夫ですか?!」

「ブッ!」


本当に止めてほしい。

なんの心配をしてくれているのだ。


ひとしきり笑って、やっと落ち着いてフローラは息を整えた。

あまりにも淑女らしくないところを見せてしまった。



「ごめんなさい。馬鹿にしたつもりはないんですよ。ただ思ってもない言葉だったのでおかし過ぎて」

「いいえ。私も誰にも言えなかった事が言えてスッキリしました。かなりお恥ずかしいところを見せてしまいましたが」


アーネストも自分の話した言葉を思い出したのか、赤くなった顔を両手で覆った。


「先ほどは、せめて去り際だけでも格好よく見せたいと思って屋敷を出たのですが、あまりの未練に足が動かなくなってしまいました。……私も、愛の女神ララーの運命がもっと上手く断ち切れたら良かったのですが。

ああ――でもこの想いを全て忘れてしまいたくはないですね……」


両手で顔を覆ったままアーネストは深いため息をつく。

そして決心したように立ち上がった。


「そろそろお暇します。フローラ嬢とこれ以上一緒に過ごすと、想いが深くなり過ぎてしまうかもしれませんから。ご迷惑をおかけしました。最後にお話ができて嬉しかったです」


「あ、はい。私もお話ができて良かったです」


寂しそうにアーネストは微笑むが、フローラにこれ以上はどうしようもなかった。

アーネストに自分への想いがまだ少し残っていたとしても、愛の女神ララーが知らせてくれた、彼との運命はすでに切れてしまっている。

ここで別れるのが、お互いにとって最善になるはず。


部屋を出て、今度は二人並んでゆっくりとまた玄関に向かった。







玄関ホールに向かう途中、廊下に掛けられた絵画の前で、アーネストの足が止まった。

じっと絵に見入っている。

彼が見ている絵は、フローラが気に入って購入したものだった。


「素敵な絵でしょう?『春の歓び』という絵なんですよ。春の柔らかい日差しと、芽吹く草花が香るようでとても気に入っている絵なんです」


「――はい。先ほど通った時は余裕がなくて、この絵に気づきもしませんでした。

これはホリンヌ画伯の絵画ですよね。彼は温かみのある素敵な絵を描きますよね。まさかこんな場所で見られるとは。僕もホリンヌ画伯の『冬の訪れ』という作品を持っているのですよ」

「え!!!」


フローラは目を見開いた。

ホリンヌ画伯は若手で、それほど注目されているような画家ではない。たまたま展覧会を開いていた時に前を通りがかって、ふらりと立ち寄った時に気に入って購入した絵なのだ。

ホリンヌ画伯はひとつの作品へのこだわりが強く、売りに出された絵画もまだ数枚しかないという。なんとか他の絵も見てみたいと思っていたが、まさかアーネストが所有していたとは。


『羨ましい!』という思いが顔に出すぎただろうか。


「良かったらいつでも絵を観に来てくださいね。この素敵な絵を見せてくれたお礼です。もちろんご友人が一緒でも構いませんよ」


フローラが愛の女神ララーの祝福を辞退した事は、すでに世間に知られている。

無関係であるはずの自分達が二人で会っていたなんて、それこそ面白おかしく噂されるに違いないだろう。

そこを気遣って「友人も」と声をかけてくれたアーネストはとても優しい人だと思う。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただいてもいいですか?」

「もちろんですよ」


にこやかに笑い合って、アーネストとはまた会う約束を交わした。







その日の夕食の席で父に問われた。

「アーネスト君との面会は楽しかったようだな。ずいぶん長く話し込んでいたらしいじゃないか」


「お聞きになりましたの?――ええ。そうですね。とても楽しかったです。

アーネスト様もホリンヌ画伯の絵がお好きなんだそうですよ。廊下に掛けられた『春の訪れ』がホリンヌ画伯の絵だと、一目で気づかれましたのよ」

「あのぼんやりした絵を?」


父のヒルストン公爵が片眉を上げる。

母も「珍しい趣味の人が他にもいるのね」と失礼な言葉を返してくる。


「お父様、お母様。ホリンヌ画伯の絵はぼんやりなんてしていませんわよ。とても温かみのある絵ではないですか。あの素晴らしい絵の価値が分かる方だったなんて、アーネスト様を見直しましたわ」


むうっとしてフローラが答えると、父が遠慮がちに声をかけてきた。

「フローラ、大丈夫か?アーネスト君に泣いて縋られたんじゃないのか?彼に情けなどかけなくてもいいんだぞ」


「泣いて縋られて……はないですよ。色々とお互いに誤解はあったようですが、私がアーネスト様を想っていたように、アーネスト様も私を想ってくださっていたようです」

「フローラ……」


母が心配そうにフローラを見つめている。

運命が切れてしまった事を哀れんでいるのだろう。


「お母様。私は愛の女神ララーの祝福を辞退した事は後悔していませんよ。

確かにアーネスト様とは多くの誤解がありましたが、それはこうして運命が切れたからこそ、解けた誤解でもあるのです。これで最後だと思ったからこそ、打ち明けられた話でもありましたから。

もしあのままアーネスト様と結ばれていれば、誤解を抱えたまま、ずっと苦しい思いで過ごしていたかもしれません」


「ですから心配しないでください」とフローラは母に微笑んだ。




そうだ。アーネストのカミングアウトは、私達の関係が終わったからこそ聞けた話だ。

祝福を辞退していなかったら、「アーネストは、キャロルを守るために私との祝福を受け入れたのではないか」と疑い続けるまま過ごす事になったかもしれない。


手紙の件も、フローラに祝福を辞退された事で、初めてヘイマー家で調査されて判明したという事だった。


もし祝福を受け入れたままであれば、受け取れなかった手紙の存在を、お互い知る事なく終わっていたかもしれない。

――「どうして一度も手紙を届けてくれなかったのですか?」とアーネストに聞けないままに。


『アーネストはキャロルを愛しているから、私に手紙を書く気にもなれなかったのだ』と思い込んでいたのだから。



アーネストの本音を聞けたのは、たまたまの流れだ。

あんな話は通常なら、人に話せる話ではない。



――あんな話。

ヒクッとフローラの口元が緩む。

つい昼に聞いたアーネストの言葉を思い出してしまう。


「あんな噂に浮かれてしまったせいで……」と話す、しょぼくれた彼の姿も思い出して、フローラは思わず「ブッ!」と吹き出した。





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