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05.運命後の彼


「ごきげんよう、アーネスト様。毎日お見舞いに来てくださっていたと聞きました。今までお会いできず申し訳ありません」


父から話を聞いた午後、アーネストの来訪を告げられた。

フローラは今、侍女数人と護衛と共に応接室でアーネストと面会をしている。


このヒルストン公爵家で、アーネストがフローラに無礼を働くとは思えないが、それでも彼は初対面と変わらない関係の人だ。警戒するに越した事はない。


それに愛の女神ララーの運命を辞退した事は、多くの人に知られている。もはや他人となった男女が同じ部屋で会うなんて体裁が悪すぎるだろう。

念をいれての面会の場にしていた。




「お元気になられたようで良かったです」と微笑むアーネストは、どこか疲れて見えた。

女神ララー像の前ではあれだけ輝いて見えた彼の面影はどこにもない。整った顔立ちはしているが、精彩さに欠けてどこか色褪せて見える。


かけられるアーネストの優しく響く声に、フローラの心が動く事もない。

ただ『綺麗な声ね』と感じるだけだ。


『恋愛フィルターがかかっていたのね』とフローラは冷静に自分を分析する。

『私ったらすごく失礼な事を考えてるわね』と、少しおかしくなってしまい、緩みそうになった口元を引き締めた。





侍女や護衛に囲まれるこの部屋は、アーネストにとっては圧を感じる空間になっているのだろうか。

目の前に置かれた紅茶にも手を付けず黙り込む彼に、フローラは声をかけた。


「アーネスト様、それで今日はどのような……?」


アーネストは父に、私と話がしたいと伝えていたはずだ。お見舞いだけが面会の目的ではないだろう。



「あ……。申し訳ありません。どこから話すべきか悩んでしまって。ここに来るまでに、お話しするべき事を考えてきたはずなんですけどね」


悩む様子を見せるアーネストの声に力がない。


そんな彼を見つめても、フローラの心は静かだった。

彼をまともに見る事も出来ず、恥ずかしくて俯いた自分はもうどこにもいなかった。


「アーネスト様。感謝や謝罪は結構ですよ。気にしないでくださいね

「え?感謝……?」

「キャロル様と婚約を結び直されるのでしょう?」


思ってもみなかった言葉を聞いたとばかりにアーネストに聞き返されて、『感謝を伝えに来たのではなかったのね』とフローラは気がつく。


アーネストが戸惑う様子を見せている。

フローラも彼の戸惑う理由がよく分からない。

お互いに話が噛み合っていないのかもしれない。どうやら私達はあまり息が合わないらしい。


『祝福の辞退は懸命な判断だったわ』とフローラは改めて胸を撫で下ろした。




「いいえ。キャロルとは婚約を結び直すつもりはありません。……元々家同士が決めた、互いの事業を見据えての婚約でしたし」


「あら……?そうなんですか?……あの、私に遠慮なさる事はありませんよ。私はもうアーネスト様に何も気持ちを残していませんし、どうぞお幸せになってくださいね」


アーネストの顔に翳りが見えて、フローラは重ねて「本当に大丈夫ですよ」と伝えておく。

アーネストとキャロルが幸せになっても、フローラにはもう関係のない話だ。好きにしたらいいと思っている。



「違うのです!……あ。……いや、違うなんて言えませんね。僕が悪いのでしょう。

申し訳ありません。フローラ嬢のでたらめな噂は……キャロルが流していたようなのです。噂話は、私の屋敷で信頼していた者から聞いた話だったので、調べもせず信じてしまいました。

謝ったところで許されるものではないと分かっていますが、いい加減な噂を鵜呑みにしてしまって本当に申し訳ございません」


「もういいのですよ。キャロル様には相応の慰謝料は払っていただく事になっていますし」


顔色を失くしながら謝罪するアーネストに、ケロリとフローラは言葉を返す。


本当に別にもういいのだ。

フローラの悪い噂を流した犯人がキャロルだという事は、オードリーの家のサリバン商会が調査に乗り出して、すぐに突き止めてくれた事実だった。




祝祭日の()にキャロルの罪の公表をする事。

そしてフローラの家と、ティナの家とオードリーの家それぞれに、名誉毀損に対しての莫大な慰謝料を納めさせる事でケイズ伯爵家とは話がすでについている。


たとえケイズ伯爵家が莫大な慰謝料で家が傾くとしても、婚約者のアーネストが助けてやればいい。愛があればそこはカバー出来るところだろう。

二人で幸せになってもらって、大いに結構だ。




キャロルの罪の公開を「祝祭日の()」と指定して、祝祭日の前にキャロルの罪をヒルストン公爵家からアーネストに知らせなかったのは、フローラがアーネストの気持ちを知りたいと願ったからだ。


キャロルの罪が公のものとされるまで、それまでアーネストは誰を信じるのか。

――それを知りたかった。


アーネストの心を知るのは怖かったが、知らなければならなかった。

もし噂の真相を調べようともせず、アーネストがキャロルを盲目的に信じて彼女への愛を見せるならば、フローラはアーネストに縋りつきたくはなかった。

他の女性を愛する人をあれ以上愛したくはなかった。

そんな絶望しかない未来など、受け入れられるはずがない。


どれだけ辛くても、女神の祝福を辞退しなければと決心していた。





アーネストは静かにため息をついた後に口を開いた。


「そうですか。フローラ嬢はキャロルが噂を広めた者だとご存知でしたか……」


「ええ。でももう噂話の件も終わった事です。ですから私の事は気にしないでくださいね」


にっこりとフローラは笑顔を返す。

そんな自分を眩しそうに見つめたアーネストは、脇に置いていたカバンの中から手紙の束を取り出して、テーブルの上に置いた。

かなりの量の手紙だった。それに一通の手紙がみんな分厚い。



「これは……?」

「これは僕がフローラ嬢に書いた今までの手紙です。今さらですがお渡ししたいと持って参りました。

愛の女神ララーから運命を教えられてから、毎日フローラ嬢に手紙を書いて送ったつもりでいましたが……

手紙を託した者がキャロルと繋がっていたようで、全ての手紙は隠されていました。

祝祭日の後にキャロルの悪事の全てを知って、取り戻した手紙を確認したら、僕が今まで書いた手紙が全て揃ってました。フローラ嬢へは一通も届いていなかったのですね」


「そうですね。今までアーネスト様からは手紙は受け取っていませんね」


どうやらアーネストから手紙が届かなかったのは、キャロルに通じた者が止めていたかららしい。

キャロルはなかなかの悪女のようだ。


テーブルに置かれたアーネストの手紙の束を眺めながら、フローラはふと気がつく。

「あら?もしかして私からの手紙も全部届かなかったのかしら?」


「いえ。最初の手紙だけは受け取っています。手紙からフローラ嬢が感じられるようでとても嬉しくて、宝物にしておりました。

僕が受け取っていたのはその一通だけで、そこからは返事の手紙を受け取る事はなかったのですが、毎日懲りずに手紙を送り続けていました。書かずにはいられなかったのです。

あの……フローラ様からの手紙も全て、祝祭日の後ですが受け取りました。たくさんの愛の言葉を送ってくださっていたのですね。……ありがとうございます」



アーネストの言葉にフローラはギクリとした。


「あの……もしかして……残りの手紙は読まれてしまいましたか?」

「はい。全て読ませてもらいました」


なんということだ。

今となっては読んでほしくない手紙だった。

あれは過去の自分なのだ。愛に浮かれた言葉なんて、自分の言葉でも思い出したくもない。


「時効の手紙ですから!絶対に今は違いますから!書いてあった事は忘れてください!」


ぎゃあああと叫び出したい気分だった。

違う違う違う違う!!!と転げ回りたい。



運命が切れた後に受け取った手紙を、アーネストはどのような思いで読んだのだろう。

運命が切れた後の面会では、羞恥プレーが待っていた。





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― 新着の感想 ―
冷静になった後に恋心クライマックスで書いた恋文を読まれたと……これは叫びたくもなりますね!
なろうに限らずラノベの恋愛物って、純愛が鉄則(ハーレム物でも主人公が愛するのは生涯ただ一人、或いは誰ともくっつかない)のように思いますが、恋なんて醒めたら恥ずかしいものですよね。
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