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04.切れた運命


目を覚ますと、そこはフローラの部屋だった。

侍女のサリーが心配そうにフローラを覗き込んでいた。


「サリー……?」

「フローラお嬢様!お目覚めになられたのですね!」


「お嬢様、お気づきになられましたか。昨日お嬢様は女神ララー像の前で倒れたのですよ。どこか痛いところや苦しいところなどないですか?」


サリーの声に続いて、主治医に声をかけられる。

年老いた主治医の彼も、同じく部屋に控えてくれていたらしい。



「あら……?あれは昨日の話なのね。……そうね。どこも痛くも苦しくもないわ。お腹が空いているくらいかしら。昨日は緊張して朝からほとんど何も食べれなかったから」


「診察が終わりましたらすぐに食べられるように手配しますね!」

ブワッと瞳に涙を溜めたサリーが、転がるように部屋を出ていった。

いつも落ち着いている彼女が珍しい。きっとたくさん心配をかけてしまったのだろう。





久しぶりに―――愛の女神ララーの祝福を受ける前ぶりに、フローラの心は穏やかで落ち着いていた。


あれほど苦しかったアーネストへの想いは綺麗に消えている。どうして会った事もないアーネストにあれほど惹かれたのか、過去になった自分自身の想いが不思議なくらいだった。


ポッカリと胸に穴が空いたような感覚はあるが、重く沈むような息苦しさもなく、よく眠れてスッキリと目覚めた後の爽快感で心は晴れやかだった。


体に異常は見られなかったが、「念のために数日は安静に」と主治医に言われて、フローラは大人しくその言葉に頷いた。


今はゆっくり自分を見つめ直す時間が必要だろう。

それほどまでに自分の中の何かが抜け落ちて、空っぽになっていた。







「フローラ、もう大丈夫そうね」


フローラが数日ぶりに朝食の席に顔を見せると、母であるヒルストン公爵夫人が微笑んだ。

ヒルストン公爵である父も、無理はしていないかと確認するかのように注意深くフローラを眺めている。


「はい。お父様、お母様、ご心配をおかけして申し訳ありません。主治医ももう大丈夫だと言ってくれましたし、体の不調もありません。むしろ調子がいいくらいですわ」


目覚めてから数日が経ち、主治医から許可も出たので、今朝からは部屋ではなく食堂で食事を取る事にした。


以前よりも食欲を見せるフローラに、ヒルストン公爵夫人である母も安心したようだ。母の、フローラを見つめる目から心配の色が消えていた。



食事を終えると、フローラは今の正直な気持ちを両親に伝えた。


「これまで愛の女神ララーの運命を断った例を聞いた無かったので、本当は何か起きるのではないかと少し心配していましたが……特に何も起こらないようですね。

私の心も、運命を知る前に戻っただけのようです。

今はアーネスト様の事を考えようとしても、何を考えればいいのか分からないくらいなのですよ。

元々お会いした事もない人でしたし、こうして運命が解けると、ただ名前を知っているだけの人になってしまいましたわ」


自分の事なのにおかしくなって、ふふふとフローラが笑う。

おかしそうに笑うフローラに、母もつられたように明るく笑った。


「愛の女神ララーの運命で結ばれている時よりも、フローラの顔色は良くなったみたいね。食欲も戻ったようだし良かったわ」


「そうですね。食事も喉を通らないくらいの、あれだけの想いで誰かに惹かれるなんて素敵な事なんでしょうけど……。でもそれは返される想いがあってこその幸せなんだと思います。

……私には苦しいだけでしたわ。愛の女神ララーの運命のかけ違いだったのかもしれませんね」



運命のかけ違い。

これがこの数日間で、フローラが出した答えだった。

そうとしか思えなかった。


運命の相手だと知らされたアーネストに、フローラは胸が締めつけられるほどの愛を感じていた。

たとえ手紙の返事を受け取る事が出来なくても、愛の言葉を送らずにはいられなかった。何もしないでいるなんて事は出来なかったのだ。


もしアーネストがフローラを運命の人だと認識していれば―――幼い頃からの婚約者キャロルがいるとはいえ、運命の相手フローラに手紙ひとつ返す事もせず、キャロルを想い続けるなんて事は出来なかっただろう。


それを断言出来るほど、フローラは運命の相手アーネストしか見えなかった。運命の相手の存在を無視する事なんて絶対に出来なかった。

フローラの魂が、運命の相手のアーネストを強く求めていたのだ。


そしてその強い想いは、フローラだけが一方的に感じていた愛だった。




食後のお茶を飲みながら、過去になった出来事に思いを馳せていると、父に声をかけられた。


「フローラ、アーネスト君がフローラへの面会を望んでいるよ」

「アーネスト様が?」


「ああ。アーネスト君は実は毎日見舞いにも来ている。きっと今日も来るだろう。フローラ、どうする?

もう彼とは縁も切れたし、今さらする話などないのではないか?面会は断ってもいいと思うが」



父の言葉にフローラはふむと考えこむ。


アーネストがお見舞いに来る事は、別に不思議な事ではない。

祝祭日の日、会っていた者が目の前で倒れたのだ。

切れてしまった縁を持つ者だとしても、全く知らない者ではない。一応の義理は見せるものだろう。


アーネストは自分に会った時、何を伝えるだろう。

ただのお見舞いの言葉なのか。

フローラが身を引いた事で、再びキャロルとの道を選べる事に対する感謝の気持ちか。

愛の女神ララーの祝福を受け入れると言いながら、フローラを愛する事が出来なかった事への謝罪なのか。



別にどれも必要のない言葉だ。

だけどアーネストからどんな話が合ったとしても、フローラの心はもう乱れる事はない。

「そういえばあの時彼は何を話したかったのかしら?」と後で気に留めるより、聞いて全てを終わらせてしまった方が後々スッキリするだろう。



「お父様、私は別に構いませんわ。女神ララー像の前で倒れた失礼もお詫びしたいですし、もしまたアーネスト様が私に面会を求められたらお会いしようと思います」


フローラは父ににっこりと笑いかけ、紅茶に口をつけた。


愛の女神ララーにアーネストとの運命を知らされてから、ソワソワと落ち着かなくてずっと紅茶の味も感じられなかった。

今は口に含む紅茶が、こんなにも美味しく感じられる。


『私はもう大丈夫』

フローラは心からそう思えた。




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