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8/13

「我々は動物の扱い方によって、その人の心を判断できる」—イマヌエル・カント

 その後、一週間は何事もなく過ぎ去った。俺がこの世界に来て二週間が流れた。

 ルナちゃんの護衛を全うすべく、学校の送り迎えと、授業への参観。

 相変わらずルナちゃんは男子とは話すが(というか、一方的に話しかけられるが)女子とは会話が一切無し。

 子供というのは正直な生き物だ。好き嫌いを誤魔化さない。それが例え自分より立場が上の相手に対してでも。

 そんな彼女に投げかける言葉を探していたら、もう一週間も経ってしまうとは。

 土日もルナちゃんは家庭教師から哲学の指導と、組手の指導を施されている。

 フランの進言により、俺も一緒に城の中で授業を受けた。

 哲学の授業の方は、俺の世界でにいなさんから教えて貰っていただけあって、それなりについていけている自信はあった。

 問題は組手だ。家庭教師の生徒は俺とルナちゃんしかいない都合上、彼女と組手をさせられる事が何回かあった。

 まるで歯が立たなかった。中一の女の子に22歳の男がぶん投げられて吹っ飛ばされた。

 この時のルナちゃんはもちろん学校の時とは違い、腕輪を外している状態……つまり全開全力フルパワー状態だ。

 俺と彼女の理力(イド)量の差が、如実に現れていた。

 滅茶滅茶悔しかった。22歳の俺が10歳も年の離れた子に負けた事がじゃない。彼女に俺がしてやれる事が何一つ無いと思い知った事がだ。

 勉強も運動もロリに教えてやれないロリコンお兄さんは、ただのロリコンだ。

 俺は、ルナちゃんの兄替わりすら務まらないナメクジ野郎だと思い知った。

 ……ところがそんな俺に対し、ルナちゃんの方から話しかけて来たのだ。

「テッシン……さん」——日曜の夕方。家庭教師の授業も全て終わった後のフリータイム。

 ルナちゃんが俺に与えられたマイルームの戸をノックし、やってきたのだ。

肩まで地肌の見える白いワンピースを着ていて、スカートは長すぎず、短すぎない。清楚な印象を与える。

右肩から左わき腹へショルダーバッグを掛けている。 

「ルナちゃん……どうしたの?」

 俺は心の中でガッツポーズを取った。初めてルナちゃんに名前を呼んで貰えた!(二週間経ってまだそんな段階かよとセルフツッコミを入れながら)。

 ついでだが俺はスーツから寝巻に着替えようとしていた所だったから、危うく彼女に肌を晒す所だった。  

「ルナ……今から行きたい所があるんです。付き合って頂けませんか?」

 この城の中において、ルナちゃんにはほぼ自由が無い。安易な外出は許可されていない。

 王様という守られるべき立場である都合上、ある程度は仕方が無いとはいえ……年頃の女の子が友達と自由に遊ばせて貰えないなんて、可哀想だ。

「行きたい所って……もうじき暗くなるよ?」

「テッシンさんにだけ、お見せしようと決めたんです。付いてきてください」

 そう言って彼女は俺の手を握る(ドキッとした)。

この城は高い壁で覆われている上、壁の前に等間隔で兵士が見張りしている。どうやって抜け出そうというのだ? この城を抜け出すには正門をくぐるしかないが、当然門番がいる。

 俺が次の言葉を口にするより先に、ルナちゃんは「異能(イデア)、『我思われおもウ、ゆえわれアリ』」と言霊を口にし、異能を発動させた。

 彼女の額に紋様が現れる。次にポケットに忍ばせていたらしいナイフで自分の指を切り、血を注ぎ込む。

 彼女の体が白い光で覆われる。

「ワレ……コノ者とワレノ色ガ存在スル事実ヲ疑ウ」

 光が彼女の体から俺の体へと指先から伝う。その光は十数秒して鎮まっていく。

 光が消えた後に、異変はすぐやってきた。

 目の前にルナちゃんの姿が居なくなっているのだ。

「ルナ……ちゃん? どこだ?」

「いますよテッシンさん。目の前です」——何も無い所から彼女の声がした。

 見えないが彼女はそこにいるようだ。しかもまだ手を繋ぎっぱなしだから、彼女の肌のぬくもりすら感じる。そこに誰もいない筈にも関わらずだ。

「今ルナは、ルナとテッシンさんの色を消滅させました。ルナ達は今、透明人間になったんです」

 いつもながらの低いテンションで、淡々とそう言う、見えない彼女。

「色を……奪った?」

 俺の部屋の中に置いてある姿見鏡を覗き込んだ。そこには、俺も含め誰も映っていない。

「安心してください。後で『色が存在しない事実』を疑えば元に戻れます。このままお外に行きましょう。ルナの手を離さないで下さいね? お互いがどこにいるか分からなくなっちゃいますから」

「君の異能(イデア)は——?」

「ルナの異能(イデア)は、『自分が疑った事柄を真実に書き換える』異能(イデア)です」

 そういう能力だったのか。俺はてっきり回復能力なのかと思っていた。

 見えない手に引っ張られながら、俺は自室を……城の中を……そして門の外へと、易々と抜けた。

 

 手を繋いだまま、透明な俺と彼女は最寄りの街を屋根伝いに駆け抜ける。

 街の先にあったのは、森だった。

 僅かに残る夕暮れが木々を照らしつつも、もう夕日は沈みかけている。夜闇は、すぐそこまで迫っている。

 ルナちゃんは再度異能(イデア)を発動し、俺達の透明化を解除した。

「ルナちゃん、こんな場所に一体どんな用が?」

「ついてきてください」——俺の先頭を行くルナちゃん。夜闇に怯える様子は微塵も感じない。

 森の奥へ、奥へ、奥へと進んだ所で、ルナちゃんは立ち止まった。

 段ボール箱が置いてある。

 その箱の中に、銀色の産毛を持つヒヨコが一匹。

 異様なヒヨコだ。銀色なのもそうだが、その銀は闇を照らす程の輝きを持っている。

 ルナちゃんがショルダーバッグから物を取り出した。

 ミルク入りの瓶と、パンが数枚。皿が二枚。

「お食べ」と言って片方の皿にミルクを注ぎ、もう片方にパンを細かく削って置いた。

 彼女の合図に、ヒヨコはすぐさまミルク入りの皿に口を付け始めた。

 彼女は腰を下ろし、目線をヒヨコに近づけてその食事を愛おしそうに見守る。

「この子は銀色朱雀ぎんいろすざく……世界一美しいと言われている鳥のひなです。この国の特定保護動物なのですが、その美しさから高値で買う人が跡を絶ちません。だから密猟者も沢山この森にやってくるんです」

「ルナちゃん……この子の為に食料を?」

「王様の仕事の一つとして、国中を渡り歩き、現地の治安を調査するお仕事があります。ルナがこの子と出逢ったのはこの森の調査に来た時です。密猟者に親兄弟を殺されてしまい、この子も銃で脚を撃たれてしまっていました。この子を治してあげたのですが、保護動物である以上お城に連れて帰るワケにも行きませんでした。だから……」

「だからこうして毎日、ここに食料を運びにやってきているの? わざわざ自分を透明にして城を抜け出してまで?」

「この子は……ルナと同じなんです」

彼女は寂し気に微笑んだ。諦めたような、悟っているような、深い瞳。

俺は暫く無言で立ち尽くし、腰を落としてヒヨコを見守る少女の瞳の中を覗き込んだ。

 世界一の美しさを持つヒヨコ。それと同じくらいの美しさを持つ少女。

 美しさ故に捕獲されるヒヨコ。美しさ故に同姓の友達が作れない少女。 

 あのクラスの男達はルナちゃんに話しかけてはいるが、決して彼女と対等にはなれない。

 それは彼らが戦えない人間であるからという理由もあるが、同姓の友達と異性の友達では、友達としての文脈がまるで違うからだ。

 加えて、このヒヨコと少女は同じく、親兄弟を失っている。

 独りぼっち……そういう意味でこのひな鳥とこの子は同じ、か。

 ——その時、森にドンッ、という銃声が響き渡った。

 反射的に音のした方へ俺とルナちゃんは振り向いた。

 視線の先は木々で覆われている。誰かが俺達に向けた発砲じゃない。

「密猟者です。行きましょう、テッシンさん」

 ルナちゃんは素早くポケットからベールを取り出し、それで顔を隠した。

「念の為にテッシンさんの分も持ってきました」——黒いベールを俺に渡す。

 ベールで顔を隠した俺達は、理力(イド)で思い切り地を蹴り上げ、木々で隠れた向こう側へと一っ飛びした。

 そこに居たのは……銃で撃たれて羽に傷を負った、大きな銀色の成鳥。

 成鳥に向けて銃を構える、三人の男。歳は中年くらいだ。

「何だ、お前ら? 変な恰好しやがって」——三人の内の一人が野太い声で尋ねた。

「こっ……この森では狩りは禁止されています! それにこの子達は……」

 ルナちゃんが自信の籠っていない声で男達に訴える。

「声小さすぎて何言ってるか聞こえねーよ! あ?」——別の男が逆切れした。

 男の恫喝に、ルナちゃんは萎縮してしまう。

 だから代わりに——、

「その鳥は国の保護指定動物だろ? そんな動物に発砲するなんて、何考えてやがんだ?」

 俺がルナちゃんの想いを口にした。

 男達は、内輪でこそこそ会話し始めた。

「どうすんだよ? 異能(イデア)使われたら勝ち目ねーぞ俺ら」

「でもよ、女の方見て見ろよ? まだガキだぜ? あの年で異能(イデア)に目覚めてると思うか? 理力(イド)だけなら、ただ身体能力が高いだけの女だぜ?」

 内輪話が終わったようで、三人の中の一人が一歩前に出る。

「お前ら、お役人か? ここは見逃しちゃくれねえか? これをやるから勘弁してくれよ?」

 男はポケットから布を取り出し、中の物を地面にぶちまける。

十数枚の金貨だ。

「おい男の方! 今の時代で役人なんて勤めたって、給料はたかが知れてるだろう? 俺達はお互い、女尊男卑の時代に産まれた被害者だ。どうせそのガキもお前より身分高いんだろ? ただ女ってだけでよ。そんなガキに使わて悔しくねーのか? 男ならよ、かつてあった時代のように、大金掴んで生きようや?」

 どうやら俺に交渉を持ち掛けているらしい。

 男が生きづらい時代……か。気持ちは分からないでもない。俺も俺の世界で、「生きづらい男」側の人間だったからな。

 だがこの場面においては……金より恋心が勝つ。

「ルナちゃん、俺がコイツらと戦っている間に、あの朱雀の手当を」

 彼女に耳打ちしてから、俺は理力(イド)で全身を覆い、彼らへ突進した。

「んだよ、交渉決裂かよ!」——男の一人が叫び、銃弾を俺へぶっ放した。

 弾は見事、俺の膝当たりに命中。だが——、

 弾は俺のスーツのズボンすら貫通せず、煙を上げながらその場に落ちた。

「ハアッ!? 何だ今の!? まさか理力(イド)か?」「けどコイツ男だぜ? 理力(イド)があるワケが……」——連中が動揺を見せる。

 連中が次の行動に出る前に、俺は彼らのみぞおちに拳を叩き込み、彼らを沈め、眠らせた。

 ……しまったな。この世界で理力(イド)を使える男性は俺だけだった。余計な情報が流れないと良いが。

 ルナちゃんの方へと向く。既に彼女は成鳥の羽の傷を治した後だった。

 

 その後、俺達は最寄りの街で三人の密猟者を在中の警備兵へ引き渡した。

 事が済み、俺達はまた姿を透明にして、屋根に伝いに城へ向かって駆ける。

 どうやらこの世界の犯罪率も、俺の世界と同じく女より男の方が高いらしい。

理力(イド)により、女性の身体能力が男性の身体能力を上回ったこの世界においても。

 男という生き物のさがなのだろうか? 闘争本能というのは。

 ……あっ、そういえば……

「ルナちゃん、何で今日わざわざ俺を呼んだんだ? いつも通り君一人でも充分だったんじゃ?」——空を駆けながら、姿は見えないが手を繋いでいる彼女に聞いた。

「テッシンさんならば……黙ってくれると思ったので……」

「もちろんフランには伝えないさ。けれど、今日まで一人城を抜け出してあんな危険な森に行っていただなんて……。次からは俺も連れてってくれよ? 君の護衛として見過ごせない」

「はい……ありがとうございます……」

 透明なのでどんな表情をしているか分からないが、いつも通り淡々とした口調で、彼女はそう答えた。

「後もう一つ、お礼を言わなければいけませんね」

「え?」

「ルナの代わりに怒ってくれて……ありがとうございました」——無表情に礼を口にする。

 代わりに怒る? ……ああ、密猟者達がルナちゃんを恫喝した時か。

 この子は、粛々として礼儀正しい子だな。お礼をするべき時にお礼を言う。クラスメイトの前でも、彼らを元気付ける為に愛想をまく。


 ……こんな子が、一体どうして寿命を縮めてまで?

 俺はそれを口にする事にした。

「ルナちゃんは、何で哲学者になろうと決めたの?」

 ルナちゃんは空を駆けるのを止め、脚を止めた。俺達は、見知らぬ人の家の屋根に立つ。透明化も同時に解除された。

「お母さんがそう育てたからです。ルナはただ、お母さんの言う通りにしていたら、いつの間にか異能イデアの適合者になっていただけです」

 自嘲するように笑った。「ルナには自分が無いんです」と付け加えて。

 そうか。ルナちゃんのお母さんは、娘を大切にする事より国民を大切にする方を選んだんだな。

 ルナちゃんに、自分と同じ運命を歩ませた。他国と戦う為……旧時代の、男の王達と戦う為。

 母親としては酷いが、王としては正しい選択だ。

「でも強いて言うなら……」とルナちゃんが続けた。

「お兄ちゃんの為、でした」

 俺は無言を続ける。彼女の丸い瞳から目を逸らさない。

「お母さんの教育が嫌で家出したくなった時、いつもお兄ちゃんが励ましてくれたんです。ルナの為に花飾りを編んでくれたり、海から綺麗な貝殻を取ってきてくれたり。ルナに、お母さんから逃げない理由を作ってくれたんです」

「いいお兄さんだったんだね」

「お兄ちゃんに恥ずかしくない自分でいたいって、そう思ったんです。王様として頑張ろうって、思えたんです」

 ……でもそのお兄さんは……。

「でもテッシンさん。ルナは皆が思っているような、綺麗な人間じゃないんです。ルナはいつ死んでも構わない。構わないから、どうしても叶えたい願いがあるんです」

「……何?」


 ―ある人を殺したいんです―


 ルナちゃんの瞳が、静かに闇に沈んだ。空っぽの人形であるかのように。

 その生気の無い瞳に、俺は怖気だった。

 初めて……ルナちゃんを怖いと思った。

 しかし同時に気付いた。彼女の目尻が濡れている事に。赤らんでいる事に。

 その瞳には憎しみと同時に、悲しみがこもっている事に。

 ……そうか……ルナちゃんのお兄さんは……ソイツに……。

「テッシンさん……約束してくれませんか?」

「……え?」

「ルナの事、サポートしてくれるって。力になってくれるって」

 亡霊のような天使だと思った。

 支えてあげなきゃ脆く崩れて、消えてしまいそうな、亡霊のような天使。

 彼女の瞳の中に、俺は殺意以上の悲しみを見いだした。

「……もちろんだよ。君の力になる」

「指切り……しましょう?」

「……指切り?」

「指切りげんまん、です」 

 ルナちゃんが、小指を立てて、指先を俺に向けている。

 亡霊のような天使の瞳は、尚も怒りと涙で歪んでいた。

「……わかった、指切りげんまんだ」

 俺達は小指と小指を絡めた。少女ロリと絡め合う指には背徳感があった。 

 


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