あなたの近くに“何か”がいる
あき伽耶さん、この度はバナーをありがとうございます<(_ _)>
「みなさん。本日、私は、とても衝撃的な事実をお知らせしなければなりません」
二〇XX年。夏。
南米某国の大統領が記者会見を開いていた。
もうすぐ五十歳となるその大統領は、時々だがTVで見かける時以上に、眉間にしわを寄せている。
集められた記者達は……大統領が、その表情からして自国で主に取り上げられる大規模麻薬カルテル絡みのニュース以上に、重要な事柄を告げるつもりだと察し、ごくりと唾を飲み込んだ。
「我が国の調査団は先日、とても恐ろしい発見をしてしまいました。人類史の一部を覆しかねない発見です」
そして告げられたその一つの事実は。
記者達のテンションを大いに上げるだけの威力を秘めていた。
途端にカメラのシャッター音や、大統領への質問が、より多く、連続して飛ぶ。
しかし大統領は、いちいち質問に答えなかった。それより自分が知ってしまった事実を早く言いたくてたまらないのか、すぐに話を再開した。
「発見の経緯などは、ひとまず省略します。それよりも私は、すぐにこの事実を、世界へと発信しなければなりません!」
大統領のテンションが、徐々に上がっていく。
そしてそれに伴い、記者達のテンションも……もしも大統領がつまらない発言をしたら、すぐに暴徒化しかねないレヴェルまで上がり――。
「先日、私達は――」
だがしかし。
大統領の発言が世に出る事はなかった。
重大な事実を告げようとした、まさにその瞬間。
大統領の喉と頭部が、同時に撃ち抜かれたからだ。
一瞬、記者達、さらには大統領の取り巻きや記者会見の会場となっている某国の施設のスタッフまでもが、いったい何が起きたのかを把握できなかった。
けれど、大統領が頭部と喉から大量の血を噴出させながらその場に倒れ、さらには頭蓋骨の部分から嫌な音が響いた瞬間……その場にいる全員が、ようやく事態を把握し、会場はパニックに見舞われた。
その場に伏せる者。
大統領にすぐ駆け寄る者。
大統領を撃った狙撃犯を捜す者。
様々な人の動きが、会場内で展開される。
だがしかし、それから目立った出来事が会場内で起きる事はなく。
そして大統領は、ボディーガードにその身を隠されつつ、すぐに病院に運ばれたものの。医師達の懸命の処置にも拘わらず、一言も声を発する事なく、そのまま息を引き取った。
一方で、大統領を撃った狙撃犯は。
その場にいた警備員と警察の、懸命の捜索にも拘わらず発見する事は叶わず……事件は迷宮入りする事になった。
そしてこの……おそらく大統領が考えていたのとは違う形で、世界を驚愕させる事になってしまった暗殺事件は。
一つの可能性を、一部視聴者に想像させた。
大統領は、暗殺されるどころか。
万が一にも喋ってしまわないよう、喉まで撃たれるほどの何かを知ってしまったのだと。
そしてこの暗殺事件を機に。
ありとあらゆるメディアにおいて、様々な憶測が飛びかい……主に陰謀論を始めとする都市伝説が好きな者達のテンションを、大いに上げる事になった。
そして、そのお祭り騒ぎのせいで……視聴者達は知る由もなかった。
大統領直属の調査団の団員達が、人知れず暗殺されている事に。
大統領の暗殺という騒ぎのどさくさに紛れる形で、何者かが、その某国と親交の深い、とある国のとある倉庫に秘密裏に収められていた〝あるモノ〟を……精巧な偽物とすり替えている事に。
※
最近視線を感じる。
朝起きてから眠るまでの間に……何度か視線を感じる。
特に着替えている時や、お風呂に入っている時にそれを強く感じる。
まさか家の中――天井裏や、壁の中に造られた私の知らないスペース……そこにストーカーが潜んでいるのではないか、と何度も思うほど。
だが天井や壁を調べてみても。
誰もいないし、穴らしき物もなかった。
できれば壁は破壊して調べたいけど……私が住んでいるのはアパートだ。
誰かに覗かれている確たる証拠がなければ。
大家さんに壁を壊させてほしいとはとても言えない。
なので私は、視線を感じる度――これでもう三度目だけど、とにかく引っ越しを繰り返した……けど、いまだに私は視線を感じる。
まさかこれは私の気のせいなのだろうか。
それとも相手は物理法則に囚われない存在なのか。
「いやいやまさか」
さすがにそれはないと思いつつ、私は今日も登校する。
転校生が来て以来。
少々騒がしくなった学校に。
※
川村桔平。
東京から来たらしい転校生。
彼は不思議な人だった。
勉強や運動は人並みではあるものの、相手がどんな人であろうとも平等に接する人格者で……そして、オーラと言うのか。
彼は時々だけど、それを強く発しているみたいで。
だけどその時の彼の行動はまちまちで……クラスでできた友人と、談笑をしてる時とか。体育の授業の後にだらけている時とか。なんでオーラが強くなるのかよく分かんない時だらけ。
とにかく、私が感じるそれと、クラスで感じる彼の言動が微妙に一致しない時があって……とにかく私は、彼を只者とは思えなかった。
そして、そんな私と同じように。
彼は只者ではないと見抜いてる人がいる。
「川村くん、話があるんだけど」
まだ転校生の話題で持ちきりなのか。
その転校生こと川村桔平が移動教室で、私を含むクラスメイトと一緒に、廊下を歩く中。いまだに転校生を、遠目で見つつ騒いでいる多くの女生徒の中から一人の生徒が出てきて、転校生に声をかける。
古坂七緒。
私が所属するこの学校の、カーストの最上位に位置する生徒で……世界的に有名な大企業こと『オラシオン・エンタープライズ』の傘下企業こと『レーテ・コーポレーション』の社長令嬢だ。
「グループに入らないかって話?」
「そうそう、それそれ! で、その気になった?」
古坂七緒には、所属しているグループがある……いや正確には、彼女の取り巻きで構成されたグループが存在する。
彼女のようなお嬢様には、いてもおかしくない集団にして……彼女の好みだけで集められた、つまり彼女にとって都合の良い、甘言しか言わないグループだ。
古坂七緒はそんな集団に、事あるごとに川村桔平を入れようとしてくる。
容姿はともかく、誰にも平等に接する彼の人格に、そして時々感じさせるオーラに惹かれるものがあったのだろうか。それともそんな平等主義の彼に自分への忠誠を誓わせる事を、目的にしているのか。
私はお嬢様じゃないし承認欲求に正直に生きるような性格をしていないので理解できないけど……とにかく最近、古坂七緒は川村桔平を狙っている。
だけど、
「ごめん、光栄な話だけど、俺には家業の手伝いがあるから。そんな俺が入ったら古坂さんと仲良くしてるグループのみんなの空気を乱しちゃうよ」
「……ッ!! ……そう、残念だわ」
その度に古坂七緒は、断られる。
「で、でも……その手伝いはご家族のためにしてるのよね? だったら、なおさら私のグループに入った方がいいわ。どんな仕事をしているのかは分からないけど、そこよりも給料が高い私の会社との繋がりが――」
「いや、ほんとにごめん! 今の仕事が楽しいんだ」
「……分かった。今日のところはこれくらいにしておくわ」
「ああ、ほんとにごめんな」
そして、今回も。
いつもより粘ったみたいだけど……結末は変わっていなかった。
いい気味だと、正直ちょっと思った。
学校で偉ぶっている古坂七緒……かつて、私の友人だった人達を取り巻きとして引き抜いた彼女の、思い通りにならない展開に毎度なるから。
「……ん?」
だけど、その時は……いつもとちょっとだけ違った。
視線を、また感じたのだ。
私へと向けた、何者かの視線を。
けど、いつも感じている視線とはなんとなく……違う。
私はいつも、私のすぐ近くからその視線を感じている。
けれど今回のは。
後方――それも、廊下を歩いている私の、後ろから歩いてきている川村桔平の、さらに後ろの方から感じる視線だ。
「あ、ごめんな村垣さん」
「あ、い、いえ」
そんな事を考えていると、私を追い越した川村桔平が声をかけてきた。
急いでいたのか、私とぶつかりかけたらしいが……それよりも私は、川村桔平の後ろから感じた視線が気になったので、顔を向けて――。
「……ん?」
一瞬、混乱した。
その視線の正体があまりにも……想像以上に小さかったからだ。
そしてこの時、私は知らなかった。
この瞬間こそが、私のこれからを左右するキッカケだったとはと――。
※
「いったい、アレって……」
私は、学校で感じたモノ――川村桔平の後ろをついてきていた何かについて考えながら湯船に浸かっていた。
感じたモノの、姿形は……今までと同じく、まるで分からない。
そこに何かがあるとは分かるけど……さっき思った通り、どんな姿形なのか一切分からない。
そして、その異常に。
その場にいた私以外の生徒はなぜか気づいていない様子だった。
「まさか、幽霊? そんなバカな」
今までも、そして今も、幽霊の存在を信じていない。
けれど周囲の反応からして、視線の正体はあまりにも……幽霊じみていた。
まさか、本当に幽霊なのか。
そして、私へと向けられた視線の正体も?
しかしそれなら、もしも本当にそれらが幽霊ならば。
私は、その視線を感じる前から幽霊の存在を感じててもおかしくないハズ。
なのになぜ、今になってそんな存在を感じられるようになったのか。
「……分かんない。全然、何も分からない」
いくら考えても答えは出ない。
そして、いつまでも考えている場合ではない。
湯船に浸かっている今この瞬間に、またその何かが現れるかもしれない。
だから私は、すぐに風呂場を後にした。
今は……正体不明の視線を感じなかった。
※
『ごめんねショウちゃん』
私にはかつて友人がいた。
小さい頃から何度も助けてくれた友人が。
だけど、その友人は……ある日。
謝っているけど反省の色が感じられない口調でこう言った。
『勝手に明日からショウちゃんを無視するのは、さすがに陰湿だと思うから今言うけど、私ね……明日から古坂さんのグループに入るから』
『え、待って。いきなり何!?』
『いきなりも何も。私知っちゃったのよねぇ。これからの人生を、ショウちゃんと一緒に過ごすのと古坂さんと一緒に過ごすの……どっちが得するのか。確かに古坂さんは傲慢な性格だけれど、怒らせる事だけはしなければ私の人生がどれだけ色がついたモノになるのかを』
『そ、そんな勝手に!!』
『じゃあ、そういうワケだから。明日からは声かけないでね。私の貧乏臭さが復活して古坂さんから不興を買うかもしれないし。ショウちゃんも古坂さんのグループに入るんなら話は別だけど……ま、ショウちゃんじゃ無理だよねぇ♪ そんじゃ、バァイ♪』
あまりにも理不尽な、友情の終わりだった。
まさか、金につられて簡単に所属するグループを変えるだなんて……でも、逆に良かったのかもしれない。
とても早い段階で……友人だと思っていた人の本性を知れただけ。
そして、そんな呆気ない友情は。
他の友人にも当てはまり……私の友人達は、金につられて古坂七緒の引き抜きに応じ、私は学校で独りになった。
さすがに、授業でペアを組む相手はいるけれど。
それ以外じゃ誰も私に声をかけてくれない……そんな孤独な状況に。
でも、私はこのままでいいと……いつからか思うようになっていた。
さすがにこれは、親も心配するような、イジメと言ってもいい状況かもしれないけれど……友人が金につられて私から離れていったせいで、少々人間不信になったから……当分、このままでいい。
そのせいで、時々不便に感じるけれど。
私には、それをカバーできるほどの経験もあるから。
大抵なんとかなる、かもしれな――。
※
久しぶりに、過去の夢を見た。
そして私は……またしても目が覚めた。
視線にも、敏感になってしまったがために。
またしても、何者かが私を見ているのを感じたがために。
条件反射で、気配がある方へと顔を向ける。
それは、うつ伏せで倒れている私から見て左側。
暗くて何も見えやしない。
だけど、気配だけはそこにちゃんとある。
私をじっと見つめている何か――とても小さい何かの気配だ。
「おっどろいた」
そして、次の瞬間。
驚くべき事に……今回は、私ではない何者かの声も聞こえた。
驚いたのはこっちだ。
というか、いったい誰が声を?
まさか、私を見つめている何者かの声なのだろうか。
「反響定位、だったっけ? まさかね、ショウちゃんがそれを……しかも私の愛機の存在を把握できるほど習得しているとは思わなかったわ」
「……馬場さん?」
私をショウちゃんと呼ぶ人は、この世に一人しかいない。
かつて……全盲である私を、小さい頃からサポートしてくれた友人だったけど、古坂七緒のグループに移った馬場富美子だ。
けど、いったいどういう事だろうか。
相手の大きさが……あまりにも小さく感じる。
「もう名前では呼んでくれないんだ。ま、しょうがないか。ショウちゃんとは友達やめたんだし。それに……私達が会う事はもうないんだから、呼び方なんて今さらどうでもいいかもね」
「?? い、いったい何言ってるの!?」
ワケが分からない事だらけで。
いったい何が起きているのかを知りたくて、私は思わず、馬場さんだと思われる気配へと近づいた。
すると次の瞬間。
馬場さんの気配はすぐに移動し。
直後に私の上腕筋にかすかな痛みが走った。
続けざまに、ワケが分からない事態が起きて。
私は、反射的に危険を察知して、そのまま立ち上がって……とりあえず番場さんだと思われる何者かから離れるために、部屋の隅に移動して……そこで、私の意識は薄れ始めた。
「……ッ!? ……な、に……これ?」
「睡眠薬よ」
薄れゆく意識の中。
さ、さ、さ、と……小さい何かが。
声からして、馬場さんとしか思えない存在が。
畳を踏みながら、ゆっくりと……私へと近づいてくる。
「ショウちゃんはさぁ、七緒様のやってる事を知ってしまいそうだからさぁ。七緒様に、あなたを誘拐するよう頼まれたのよねぇ」
「…………ぇ……?」
そして、ワケが分からない独白が始まった。
ただでさえ、目が見えないというのに…………古坂七緒のやってる何かを知ってしまう????
こんな私に、何が、できるのか……。
意味が、分からない事だらけ……だけど、それでも……いったいどういう事なのか、考える……けどもう……あまり……睡眠、薬のせいか……考えられない……。
「私の取り巻き仲間が、偶然ショウちゃんに仕事してるところを認識されてさぁ。で、その訳を探るために私がショウちゃんの監視役……まぁ? 私が裏切らないかどうかのテストも兼ねていたかもしれないけどね? とにかく私がショウちゃんの監視役になって……で、ショウちゃんが、反響定位で私達の仕事を把握できちゃうような人種だってここ最近で分かったからね……ケガとかしたくなかったらおとなしくしててね♪ あと、これからショウちゃんは監禁されるけど、とりあえず衣食住は保証されるから安心は――」
クス、リが……回ってきたのか。
私は、もう…………聞く、事しかでき……。
「させるか!」
だけど、次の瞬間。
窓が割れる音、さらには誰かの声も聞こえて――。
※
「R市○▽区で敵機捕捉!」
「ビンゴ! やはり古坂家も関わっていたか!」
組織のモニター室で、歓声が起こる。
そしてそのモニターには、今も、この組織が追っている犯罪者達に繋がるだろう手がかり……一機の人型ロボットが映っていた。
そして、その様子を眺める俺の名前は川村桔平。
忍者……それも御庭番集の末裔というだけでこの組織に勧誘された……少し周囲の気配に敏感なだけの普通の高校生だ。
「キッペーっち、頼むのねん!」
「りょーかい!」
ちなみにこの組織は、俺のアルバイト先でもある。
なのでボランティアとは違い、ちゃんと給料も出る。
時々夜勤があるのはつらいけど、それなりに楽しい仕事なので俺は満足してる。
古坂七緒……俺達が今回追っている犯罪組織の関係者である彼女が、俺を悪の道に誘ってきたとしても断るくらいには。
「川村桔平、スクナN15、行くぜ!」
そして、そんな俺を夢中にさせる仕事が何かといえば。
超小型――三センチ程度の人型ロボットの操縦。
そしてそのロボットを使って、同じタイプの、犯罪組織が使っているロボットを破壊する事だ!
俺のかけ声と同時。
俺が所属している組織のモニター室にある椅子の一つに座ってる俺の、被ってるバイザーに、俺が操縦しているロボットであるスクナN15の撮影している映像が映る。
撮影してるスクナN15は、俺の思念によって思い通りに動くロボットだ。それこそ、本気を出せば常人には絶対に視認できないほど速く動ける。なので走らせる速度を間違えると、俺自身が周囲を視認しにくいので、適度な速度で移動させる。
まぁそれ以前に、このロボットは……俺のような第六感に優れた存在以外には、絶対に見えないレヴェルのステルス機能を持っているので、常人に見られる心配はないんだが。
「向かう場所は……ああ、やっぱ村垣さんちか」
俺が所属している組織がこの町に来た目的――この町でスクナシリーズの超小型ロボットを使っている犯罪者と思しき古坂家の罪を暴くために、俺はまずその古坂家の令嬢である古坂七緒に近づいてみたんだが。
その時に俺は、その学校で唯一の全盲の生徒である村垣咲子さんが……俺と同じくらい空間把握能力が優れている事、そして俺の後を追ってきた……最終的には、うまくまいたスクナシリーズの存在に、気づいた事を知ってしまった。
そしてそれに、敵である古坂七緒も気づいたハズで。
近い内になんらかのアクション……村垣さんの誘拐などを目論むかもしれないと思っていたが、ドンピシャだったぜ。
「ッ!? 敵機に動きが! 川村氏の同級生に何かした模様! 急いで!」
「そう急がせんなよレーニャ」
ちなみに俺のいるこの組織は、長年に亘る研究の末に。
スクナシリーズの使うステルスを破れるシステムを開発したため、その動きなどをすぐ追えるのだが……モニター映像によれば、さすがにこのままじゃまずいかもしれん。
「こうなったら強引にいくぜ!」
「え、まさか!?」
俺の操縦するスクナN15の動きを見た職員達が、思わず目を見張る。
いつもなら、ピッキングなり建物の穴を探すなりするんだが……緊急事態だ。
「させるか!」
そして、俺は……村垣さんの今の家に強引に侵入した。
※
「ッ!? なに!?」
村垣さんに何かしようとしていたスクナシリーズが、こちらに視線を向ける。
それが命取りに繋がるとは知らずに。
次の瞬間、俺はそのスクナシリーズの顔に両膝蹴りをした。
窓を割ってそのまま、そのスクナシリーズのもとまで跳んでいったのだ。
声がした瞬間に回避や防御をすればいいものを。
もしかすると相手は、工作員であって戦闘員じゃないかもしれない。戦闘経験があまりないんじゃないかとしか思えない反応だ。
とにかく隙をつき、俺は相手をその背後の壁まで吹っ飛ばす。
ドカァッ! と目立つ音がした。
やばいな。村垣さんが住んでるこのアパート……壁が薄そう。早く処理しないと隣人が来るかも。
「くっ、私の愛機に……よくも……ッ」
おっと、まだ相手は立てるようだ。
しかも、右腕にカスタムした注射器を俺に向けて……その姿が消えた。
「ッ!!」
すかさず俺も、高速移動をして姿を消した。
とはいっても、幼い頃から両親に体術やら何やらの特訓をさせられていた俺は、ギリギリ認識できるレヴェルの速度である。
ちなみに、それ以上速く移動したら、何が起きているのか一切把握できず……壁とかにぶつかるなどの弊害が出る。
「やっぱりお前はただの工作員か」
しかし、分はこっちにあった。
どうやら相手は、俺の予想通り……こちらとしては幸いな事に、そこまで高度な戦闘訓練は、受けていないようだった。
もしかするとこれから先……古坂家の影としての道を歩むのであれば、その訓練を受けていたかもしれないが。とにかく相手は、そこまで戦闘力に優れているワケではなかった。
自分がちゃんと認識できるレヴェルの速度で。
俺と相手のスクナシリーズは、村垣さんの今の家にある机やタンスを足場にして跳び回る。
部屋のところどころで、スクナシリーズ同士がぶつかり合い、激突音がする。
スクナシリーズを見られない常人が見たら、ラップ音がしているように見える、奇怪な状況である。
そして交差する度に俺は、相手の右腕にカスタムされた、注射器の針を受け流しつつ相手に拳や蹴りを入れる。すると相手は俺が只者ではないと認識したらしい。すぐに距離をとろうとして……おっと、俺が割った窓に少しずつ近づいていたか。
「だが逃がさん!」
そろそろ決着をつけようか。
お前のバックにいる組織の本拠地に早く踏み込みたいし。
俺はすぐに相手の間合いへと踏み込んだ。
するとその瞬間、相手はかすかに顔を歪めた……まさか罠か!?
「なめんな! 『ソニック・スティング』!」
ッ!? 注射器を構えたままさらに加速した!?
なるほど。カメラ映像とかを気にせず出した捨て身の技か。
だが甘い。
それ故に軌道が丸わかりだ。
相手の突き出した針が刺さりかけた瞬間……俺はスクナシリーズに開脚をさせ、姿勢を低くし針を回避した。さらには開脚する事により、相手のスクナシリーズの足元にスクナシリーズの足という障害物を作り……相手を、直後に転倒させた。
相手の敗因……それは自他がスクナシリーズ……人体には容易くできない動きもできる超小型人型ロボットを操縦しているのを忘れた事だ。
「四肢蹂戮!」
さて、それはともかく反撃だ。
転倒した相手の四肢……さらには、技名詐欺かもしれんが相手のカメラなども、一応破壊すべく、立ち上がるなり連続で突きを打ち込む。
我が家に伝わっている体術の一つだ。
ご先祖様は果たして、この体術で敵対した相手をどうしたのか……考えるだけで恐ろしいぜ。
まぁそれはいいとして。
とにかくなんとか相手を……重要なユニットを破壊しない程度に、何者かが操縦していたスクナシリーズを無力化できたぜ。
そして、肝心の被害者である村垣さんは……うつ伏せで倒れていた。
一応もしもの場合も覚悟して、スクナN15を使い生命反応などを確認する……バイタル、呼吸ともに正常。良かった。どうやら眠っているだけのようだ。
だけど安心はできない。
今回、俺が戦ったスクナシリーズを介して敵組織――古坂家だけじゃない。そのさらに後ろにいる連中に、村垣さんが俺と同じく、スクナシリーズを感知できる、特殊な感覚を持っている事がバレたかもしれない。
近い内に、彼女にはこちら側に来てもらって……全てを知ってもらわなければ。
大昔、この世界には今の文明レヴェルに匹敵する高度な文明が存在した事を。
その文明が存在した証拠――遥か昔に廃棄されたと思われる、スクナシリーズのオリジナルとでも言うべき超小型の人型ロボットが南米の某国で発見されたけど、その存在を世界に公表しようとした国の大統領や、大統領直属の調査団の団員達が暗殺された事を。
そして、その事実からして。
もしかするとその事実が知られたら困る相手――その文明の技術を継承する存在がいて……世界の裏で、暗躍しているかもしれない事を。
組織のスクナシリーズが、南米某国と仲が良い日本に、南米某国が事前に保険として送ってきた超小型人型ロボットのデータを基に生み出された存在である事を。
もしかすると、スクナシリーズやその基となった超小型ロボットが、世界各地に伝わってる小人や妖精や、数年前からいろんな人に目撃されている『ちいさいおじさん』の正体かもしれない、トンデモ説を。
そして、このスクナシリーズのスペックからして。
もはやこの世には守れるプライバシーが存在しない、という事実を。
「ッ!? こ、古坂邸から火の手が!」
「なにっ!?」
そして、これからの事を考えていた時だった。
あまりにも急展開な出来事の発生を、職員の一人に告げられ……俺はすぐにバイザーを外し、モニターを確認した。
するとそこには、確かに火の手が上がった古坂邸の映像。
正確には、火の手が上がった古坂邸について伝えるニュース映像があった。
「グムム~~ッ! どうやら敵は、村垣さんを襲撃した相手を切り捨てて、証拠となる物品も破棄してすぐ逃げたみたいなのねん!」
俺の職場――その司令官である矢神さんが悔しそうに言った。
というか、俺も……アルバイト要員だけど悔しいぜ!
もう少しで、古坂家の関与を裏づける証拠を挙げれると思ったのに!
「……どうやら敵は、一筋縄じゃいかない相手みたいなのねん。でも、とりあえず今は村垣さんとやらを保護して、そして彼女を襲ったスクナシリーズと、その操縦者を確保するのねん!」
しかし、悔しい気持ちのままではいられない。
俺達は戦い続けなければいけないんだ。スクナシリーズ関連の事件を、少しでも減らすために。
だから俺達は、すぐに気持ちを切り替えて。
そして警察組織などと連携して事件の後始末を開始した。
続け、られたらいいなぁ。
ちなみに古坂さんちがやってた事についてはご想像にお任せします。
まぁ超小型人型ロボットですからね……いろいろ用途はあるんですよ。