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第1章 第9話「双子要塞」

「ねえ、まだ着かないの~~~?」


後ろから、弱弱しいファインの声が聞こえてくる。

彼らは今、クランジスを出て一路帝都を目指していた。十分とはお世辞にも言えなかったが、それなりに補給も済ませられたため、ここで一気に行った方がいいかもしれない、というのはベリアルの案だ。


しかし、まだそれほど近いとは言えない距離であったため、この策はまるで強行軍のような厳しさがあった。ファインが弱音を吐くのも、仕方のないことだといえる。


「しっかりしなさい。皇女様だって弱音も吐かず歩いているのよ?」


それは本当に、驚嘆に値することであった。てっきり途中で倒れるのかと心配していたくらいなのだ。しかし、青い顔こそしているが、皇女は弱音一つ吐いていなかった。


「すみません、ファイン。私のせいで、あなたにこんな真似をさせてしまって………」


弱弱しい声で、申し訳なさそうにそう謝るレインシアを見ていると、忽ちファインの中に罪悪感が沸き起こる。


「たく、だらしねぇな。それでも軍人か? しかも主君にあんな風に言わせちまって。あ~~あ、情けねえ」


「ううぅ、解ったよ、歩きますよっ!」


マクスの言い様に、ファインは半ば涙目になってずんずんと歩いていった。


「ははは、扱いやすい奴」


「マクス、あまり苛めないであげなさいよ。ただでさえあんたってたち悪いんだから」


「やだね、あいつ面白ぇ。息抜きに丁度いいぜ。さ、お前も口を動かす体力があるなら、体動かせよ」


そう言って、マクスは軽やかな足取りで鼻歌など歌いながら歩いていく。


「ど、どうして、マクスさんはあんなに元気なんです?」


レインシアが苦しそうな声で尋ねる。


「ああ、あいつは………なんていうか、あたしらとは根本的に違うからね」


「え? それって……どういうことなんですか?」


「それは、あたしの口からはちょっと言えないかな。あいつが話してくれるのを待つしかないわね」


「そうですか…………」


「お~~~~い、何やってんだ、置いてくぞ~~~~~!」


前方から、マクスが大声で叫んでいるのが聞こえてくる。


「行こう、姫様。あいつのことだし、本当に置いて行きかねないわ」


「そうですね。頑張りましょう」


そう言い交わし、二人は男二人の後を追った。

















一行がしばらく歩いていくと、視界に大きな門が飛び込んできた。この門こそが、帝都へと繋がる長い街道、バインディングロードに入るための門である。


「よっしゃ、どうやら着いたらしいな」


「やっと着いたね…………もうへとへとだよ………」


「さすがに………疲れましたね…………」


「ここを抜けりゃすぐに帝都だ。あと少しの辛抱だぜ、姫さん」


「はい、頑張ります………」


「でもさ~、あの門の警備は半端じゃないわよ? 何か策はあるわけ?」


「心配ねえよ。その辺は神の牙のやつらに根回ししてもらってるからな」


「もしかして、あの警備員の中に神の牙のメンバーが?」


ファインがそう言って門の方を眺めると、マクスは心底呆れたような、哀れみさえ含んでいそうな眼差しでファインを見た。


「馬鹿か、てめえは。こんな短期間の間にそこまで出来るわけねえだろ。やつらに頼んだのは、あくまでもあそこを通り抜ける準備だけだよ。そろそろ行くぞ。ここでやつらと落ち合う手筈になってる」


「一体どうするつもりなの?」


「来れば解る。何だ、怖気づいたのか?」


「ば、馬鹿言わないでよ! 僕がいつ怖気づいたってのさ!?」


「ふん、その意気だ。行くぞ」


そうして一行は、マクスが神の牙と約束したというポイントまで移動する。


「待ってたぜ、マクス」


いきなり闇の中から、一人の男が現れた。顔は覚えていないが、おそらく神の牙のメンバーなんだろうな、とファインは思った。


「おう。例の物は?」


「これだよ」


そう言って男が茂みの闇から取り出したのは、4輪タイプの一つのリアカーだ。


「おし、申し分なさそうだな。さあ、じゃあ作戦を始めるぜ」


こうして、マクスは考えてあった『作戦』の説明を始めた。

















「はあ…………」


門番が、これ以上ないくらいの大きな溜め息をつく。彼と、今反対側で同じ様に退屈そうに欠伸をしている彼の同僚とは元々帝都中央部の衛兵で、とあるミスをしたため数日前からこの門の番兵として左遷させられてきたのだが、本当に門番など必要なのかと問いたくなるほどに、そこは平和だった。通るのはさながら観光客やら行商人やらで、怪しい人物など誰一人通らない。


そこへまた一組、おそらくは行商人であろう者達が門を通ろうとしたため、門番は便宜上声をかける。


「待て、そこの者達よ」


「俺たちのことかい?」


先頭にいた男が、にっ、と人懐こい笑みを浮かべてくる。


「そうだ。荷を検めさせてもらおう」


門番はもう片側にいたもう一人を呼ぶと、二人で荷の中身を確認した。新鮮な果物や野菜、さらには、クローラマテリアルと呼ばれる、常に冷気を放ち続けるという北国でしか採れない特殊な鉱石で冷凍保存された、新鮮な肉や魚が所狭しと詰め込まれていた。


「ふむ、確かに食料のようだな。よし、通っていいぞ」


「はいはい。ご苦労様~~~」


行商人の一団は、手をひらひらと振りながらそう言い残し、門をくぐっていく。


「ご苦労様、か………」


「うん? どうしたよ?」


門番が思わず呟くと、隣にいた同僚が尋ねた。


「ああ、いや、俺たちみたいな末端の仕事でもよ、せめてあんな風に言ってくれる人がいるってだけで、ありがてえよな、って思ってな」


「そうだな………。ああ、早く中央勤務に戻りたいぜ…………」

















「上手くいったみたいだね、マクス」


「ああ。よし、脇道に行くぞ」


行商人に扮したマクス達は、門を抜けると、リアカーを脇道に停めて、食料を取り出す。そして全ての品物を出し終えると、


「おい姫さん、もう門は抜けたぜ。もう出てきていいぞ」


底の蓋を開けて、レインシアが姿を現した。万一荷物をチェックされても大丈夫なように、二重底で、その中に隠れられるような構造のリアカーを、特別に神の牙に用意してもらったのである。


「乗り心地はどうだった?」


「………い、息苦しかったです」


荒い息を整えながら、レインシアは言った。入れるようになっているとはいえ、中は手狭。窮屈なのは間違いなく、とてもではないが長時間は言っていられるようなものではないのは、至極当然のことだ。


「よく我慢したな。だが後2回、我慢してもらうぜ」


「2回ですか?」


「そうだ。バインディングロードに入れば帝都へは一直線………だが、その途中には要塞が二つあって、そこを抜けねえと帝都までは行けねえんだよ」


「ラ・ジィナ要塞とレ・ミィナ要塞………双子要塞って言われてる、あれだね?」


「そうだ。さすが軍人、それくらいのことは知ってたか」


馬鹿にされていると即座に気付き、ファインは顔を赤くして怒った。


「あ、当たり前じゃないか! 一体僕のことを何だと思ってるのさ!」


「軍人以外」


「………不敬罪で訴えてやる」


「俺がお前を訴えないだけましと思え。さ、早いとこ行くぞ。見つかんねえ内にな」


「うん」


「はい」


マクスが歩き出すと、その後ろにレインシアとリュネも続く。


「………何かこの中で、異様に僕の扱い悪い気が……。ああ、早く帝都に帰りたい…」


ファインはうな垂れながら、とぼとぼと後を追った。

















「さて、着いたはいいが…………」


マクスは、眼前に聳え立つ巨大な建造物の頂上を見上げつつ、呟いた。一行は現在、双子要塞の一つである、最初のラ・ジィナ要塞の目の前まで来ていた。帝都へ行くには、こことレ・ミィナ要塞の関所を突破しなければならない。


「どうしたの、マクス? またさっきの荷台で姫様隠して、通り抜けようよ」


「ああ、それなんだがな、どうやらここでは無理っぽいな」


「ええっ!? 何でさ!」


「ファイン君、あれ見てみなさいよ」


リュネが指差した先にあったのは、縦に伸びた背丈ほどの高さの黒い機械だ。ちょうど頭の部分に、赤い宝石のようなものが埋め込まれている。


「…………何、あれ?」


「………おい。てめえ、仮にも軍人の癖にそんなことも知らねえのかよ」


「な、何だよ! いいだろ、別に!」


マクスが哀れみにも似た視線を向けると、ファインはむきになって顔を赤くする。そんなファインに、リュネはやれやれといった様子で苦笑いをしながら溜め息をつくと、解説を始める。


「あれはね、目の前の神力を感知する機械よ。ま、結局のところ、あれを使って通行人の中に変なものを持ってる奴が混じっていないか調べてる、ってわけ」


「えっ、じゃあ…………!」


「そ。あそこをさっきみたいにして通り抜けようものなら、箱の中にレインシア隠してるってモロバレなわけ」


「だからマクスさん、悩んでいたんですね」


「そういうことだ。しかしどうするかな。……………いっそ、ぶっ壊して進むか?」


「いや、それじゃ余計騒ぎになるから!」


平然と言い放つマクスに、慌てて突っ込むファイン。


「冗談だ。何本気にしてんだよ」


「…………はぁ、毎度のことだけど、疲れるなぁ」


「まあ、手がねえわけじゃねえぜ?」


「え? マクス、それほんと?」


「ああ」


マクスが得意げに言うと、腕を組んで考え込みながらリュネが訊く。


「でもマクス、あの機械の感知能力は完璧だし、ジャミングするような手段も今のあたし達にはないわよ? 一体どうする気なわけ?」


「簡単だ」


マクスは、びっ、と勢いよく要塞を指差した。


「表入り口から要塞内部に潜入し、裏口から出て行く。そうすれば、ここを通ることなく向こう側に出られるだろう。見つかる可能性は高いが、逆に言えば見つかりさえしなければあっさり抜けることも可能だ」


「な、なるほど、それなら確かに向こう側に出られるかも。………あれ? でもマクス、何で表口がこっちで裏口があっち側にあるなんて知ってるの?」


「ハハハ、俺は何でも知っている。当然要塞の事だってな」


マクスは踵を返し、そう言って、目の前に聳え立つ巨大な要塞を見上げた。


「さあ、そうと決まれば実行あるのみ。準備開始だ」

















「どうやら、無事に潜入できたみたいだね」


ファインが小声で呟く。

一行は現在、神の牙に入手してもらった軍の制服に着替え、要塞内部に潜入していた。マクスが神の牙のメンバーをバインディングロードの広範囲に渡って待機させており、不測の事態に備えていたのが幸いしたのだ。


「しっかし、身分証もないのに存外あっさり通してくれたな。こんなんで大丈夫なのかよ、正規軍」


「………今回ばかりは、返す言葉もないよ」


そう言ってがっくりとうな垂れるファインの背中を、マクスはばしっ、と叩く。


「同情してやるよ。…………さ、そろそろ行くぜ」


「う、うん。よっし、頑張るぞ~!」


ガッツポーズをして気をとりなおしたファインは、勢いよく廊下を駆け出していった。そして、曲がり角を曲がろうとした、その時、


「うわっ!」


「ぐおっ!」


曲がり角から走ってきた何者かに、見事に勢いよくぶつかってしまった。


「あいたたた………」


「おいおい、のっけから何やってんだ、てめえは」


「う、五月蝿いなぁ………。ごめんなさい、大丈夫ですか?」


尻餅をついた尻を払うと、ファインはぶつかった相手に手を差し出した。

老人の男だった。短い白髪に鼻の下には髭を生やしている。黒のタキシードという、荘厳な軍の拠点には似つかない格好をしていた。


「ひっ…………」


男は、ファインを見るなり怯えたような表情になり、ファインの手を取りかけた自身の手を引っ込めて、足がもつれそうになりながら走っていってしまった。


「な、何だったんだろう、あのおじさん…………」


「あの方、どこかで…………?」


一行が訝しんでいると、すぐに老人が走ってきた方向からばたばたと足音が聞こえてきて、数人の兵士が姿を現した。


「おい、お前達、こっちにじじいが来なかったか? 黒のタキシードを着ている男なのだが」


兵士の一人が、マクス達に尋ねた。


「ああ、そいつならあっちに走っていったぜ」


マクスがそう言って指差した先は、老人が走っていった方向とは見当違いの通路だった」


「そうか、すまん」


「ちょっと待て。そのじいさん、何かやらかしたのか?」


「ここで拘留していたじいさんだ。だが、さっき牢番が居眠りした隙に鍵を奪って逃げおってな」


「何で拘留されたのか知ってるか? 何かやらかしたのかよ?」


「さあな。罪状はないらしいが、上のお偉いさんの指示で拘束してるんだと。それ以外は俺達末端には何も知らされてねえよ。じゃあな、早く追いかけねえと」


「ああ、すまん」


話を終えるとすぐに、兵士達は急ぎ足で廊下を駆けていった。と、そこで、


「ああっ!」


先程から何やら考え事をしていたレインシアが、突然思い当たったように叫ぶ。


「どうした?」


「思い出しました! 先程のお爺さん、私の友人の執事をしていた方です。お名前は、確か………シュペイゲルさん」


「ふむ、そうか」


それだけ言うと、マクスは先に進もうと歩き出す。


「あ、あの、マクスさん!」


「………お前の言いたいことは解ってる。あのじいさん助けたいってんだろ?」


「…………はい」


「気持ちは解るがな。だが今はそんなことに構ってる暇はねえ」


「無茶なお願いなのは解っています! でも、どうしてもあの方を助けてあげたいんです! そして、話を聞いてあげたい。そうでなければ、私は次に友人に会った時、合わせる顔がありません………」


二人の間を少しの間静寂が支配した。が、


「ハハハ、まあいいか。俺がいれば万事問題なしだからな。よし、作戦変更だ。さっきのじいさんを追うぞ!」


「ええ~~~~っ! いいの、そんなんで!?」


「細かいこと言うな! それとも何か? お前は主君の友人の執事がどうなったっていいってのか? あのじいさんが捕まれば、姫さんはその友人に合わせる顔がないそうだ。主人をそんな立場にするのは、軍人としてどうなのかな~~?」


「ぐっ…………」


ファインは押し黙る。言い返したいが、マクスの言っていることは至って正論なので、何も言えないのだ。


「諦めなさい、ファイン君。こいつ、言い出したら聞かないから」


「…………解ったよ、助けりゃいいんでしょ、助けりゃ!」


「ああ、そういうことだ。さて、そうと決まれば、軍のやつらより先にあのじいさん見つけなきゃな。ハハハハハ、腕が鳴るぜ」


そう言って、マクスは黒い笑みで指をボキボキと鳴らしながら歩き出す。


「お、お手柔らかにお願いします……ね?」


「………レインシア、先に誤っておくわ。ごめん。あいつにかかったら、普通じゃ済まないかも」


マクスの後姿を、一行は何故かこの上ない不安を感じながら見つめた。


















シュペイゲルは、要塞内をただひたすら疾走していた。軍人ではないので要塞の中がどうなっているのかなど見当もつかないが、迷子のようにただのろのろと歩いているわけにもいかない。体力の続く限り、ひたすら走り続け、逃げるしか道はないのだ。


(どうして、こんなことに………?)


彼は焦りに加え、そのような疑問を抱かずにいられなかった。今まで自分は、貴族令嬢専属の執事として、可能な限りの努力を重ねてきたのだ。失敗したことも人並みにはある。だがしかし、このように犯罪者のような扱いを受けるほどの罪を犯したことは一切ないと確信している。


だがそのような彼の思いとは裏腹に、現実に彼は要塞内で兵士と鬼ごっこを続けているのだ。彼はひたすら疾走した。


すると、たくさんの兵士相手に奮闘していた彼の前に、無情にも壁が立ちはだかる。


「い、行き止まり………!」


するとちょうど、後ろから兵士達がばたばたと走ってくる足音が聞こえてくる。そして、彼の背後に一個小隊ほどの人数の兵士が現れ、一斉に銃を向けた。


「散々掻き回してくれおって。もう逃げられんぞ」


隊長格らしい男が一歩前に出て言う。


「くっ、お前達、何なんだ! 何故私を捕まえようとする!?」


「ふん、そんなものは知らん。全ては上の意向だ。………捕らえろ」


隊長格の男が号令すると、兵士達は銃を構えた姿勢のまま、じりじりとシュペイゲルに接近する。


と、その時―――――。


「ちょっと待ったぁ!」


突然後方から聞こえてきた声に、一同は一斉に振り返った。


「な、その軍服は…………」


「控えよ! この方は将軍閣下であらせられるぞ!」


小柄な少年のような兵士が叫ぶと、兵達はシュペイゲルに注意を払いつつ敬礼する。


「はっ、失礼致しましたっ! して、将軍閣下ともあろうお方が、何故このような場所に?」


隊長格の男が前に出て訊くと、将軍服の軍人はいちいち気取ったような仕草でそれに答える。


「それはな、上から正式な命を受けてきたのだ」


「命………でありますか?」


「そうだ。その男は無罪放免だそうだ。自由にしてやれ」


「は、はい!? しかし、我らはこの老人を捕らえておくよう命ぜられておりまして………」


「ほう、貴様、上からの命令に逆らうと言うのか? 私はそれでも構わんが………果して、上がどう思うかな?」


「し、失礼しましたっ! 命に従いますっ!!」


「うむ、よろしい」


将軍服の男はわざとらしく頷いて見せると、シュペイゲルを連れて行こうとする。


「お待ち下さい、将軍。その老人なら、我らで外へ送り届けます」


「いや、いい。私も少しこの老人と話がしてみたいのでな。散歩がてら、私が送り届けよう」


「はっ、了解しました。では、我らはこれにて失礼致します」


そうして、兵士達が引き上げていくのを見計らって、将軍服の男はシュペイゲルを連れて、外へ出て行った。

















「上手くいったね、マクス」


外へ出たところで、少年兵が小声で囁いた。シュペイゲルが「え?」と言う間もなく、二人は軍服を脱ぐ。忽ち、下に着ていたらしい旅装が露わになった。


「ふん、お前もなかなかの演技だったぜ。ま、俺様ほどじゃねえがな。しかしあれだ、お前は軍人よりそっちのが合ってるかもな」


「あ、酷っ」


と言ってハハハ、と笑いあう二人をシュペイゲルが呆然として見つめていると、横の茂みから、同じく旅装に身を包んだ人物が姿を現す。その姿に、シュペイゲルは見覚えがあった。


「あ、あなたはもしや、レインシア皇女殿下では?」


「はい。シュペイゲルさん、無事で何よりです」


「おお、生きてこうしてあなたとお会い出来ようとは………。長生きはするものですなぁ」


感動して涙を拭うシュペイゲルの手を、レインシアはそっと取った。


「シュペイゲルさん。何があったのか、話してはいただけませんか? あの子………シルフィーはどこです?」


レインシアの言葉にシュペイゲルは手を止め、話し始めた。


「解りません。私はいつものように、あの方に仕えておりました。いつもどおりのよい朝でした。が、しかし、突然屋敷に兵士達が現れたかと思うと、お嬢様を連れ去ろうとしたのです!」


「軍が貴族令嬢を攫う? 一体どういうことだろうね、マクス?」


いつの間にか後ろで話を聞いていたらしい少年兵が、男に話しかける。


「あの、レインシア様、この者達は?」


「ああ、紹介がまだでしたね。彼らはマクスとファイン。私に協力していただいている方々です」


「おお、左様でございますか。私は、クインハート家にて、令嬢シルフィー様の執事を勤めさせていただいております、シュペイゲルと申します。どうか以後、お見知りおきを」


「おう。そんなことより、続きを聞かせてくれ」


「は、はい。私はシルフィー様をお守りしようとしたのですが、兵士に気絶させられ、それも叶わず………。気がつけば、この要塞の牢に入れられていたのです」


「それで、シルフィーは? シルフィーはどこにいるのです?」


「………お嬢様は、おそらく別の場所に捕らえられていらっしゃいます。私のいた地下牢には、他には誰もいませんでしたから」


「…………そうですか」


俯くレインシアの横で、マクスは腕を組んだ。


「ふむ、確かこの要塞に地下牢は一箇所にしかない。そこにいなかったというと、この要塞にはいねえな」


「う~~~ん……ってマクス、何でそんなこと知ってるの?」


「言ったろ? 俺は何だって知っている」


そう言って、にっ、と笑ってみせるマクスを訝しげにファインが見ていると、不意にリュネが姿を現した。


「お取り込み中かしら? 言われたとおり、先に様子見に行ってきたわよ」


「お、サンキュ。んで? どうだった?」


「向こうの方も、どうやら同じ方法でいけそうよ。それで、ちょっと小耳に挟んだんだけど………。今話してたお嬢様の話なんだけど、聞く?」


「なんと!?」


「ぜひ聞かせてください!」


猛烈な食いつきを見せたレインシアとシュペイゲルの二人に気圧されつつ、リュネは話し始めた。


「どうも兵士達の様子が変だったのよね。それで、変装して事情を聞いてみたら、最近要塞に来た新しい長官の貴族が出しゃばって、勝手に好き勝手してるらしいわ。それで、その貴族ってのが、一人の貴族の少女を地下に厳重に監禁してるんだって。におわない?」


「ああ、におうな。つまりその貴族の少女ってのが、シルフィーとかいうお嬢様かもしれないってわけか」


「確証はないんだけどね。ただ、今のあんた達の話を聞いてると、そんな気がするのよ」


「ああ、俺も同意見だ。よし、それなら早いとこその貴族様とやらをぶっ飛ばして、シルフィー譲さん救い出そうぜ」


「えっ?」


間抜けな声を上げるファインを、マクスは面倒そうな顔で睨む。


「何だ、不満か?」


「あ、いや、そうじゃないんだけど。ただ、マクスがそういうこと自分から言うのって意外だなって」


「何だ、そんなことか。いいか? シルフィーさんってのは仮にも姫さんの親友だ。そいつをやつらが知っていたら、肝心なところで人質として使われる可能性が高い。ま、そんなことになったとしても俺がいればどうってことはないが、不安の芽は摘み取っておくにこしたことはねえからな。つまりこれは、人道的にも、理屈的にも理にかなっているわけさ」


「なるほど、解ったよ」


「よし、それじゃあ早速次の要塞に突入する作戦でも考えるか。リュネ、手伝え」


「はいは~い」


こうして、一行は救出作戦の作戦会議を開始した。

















一方その頃、レ・ミィナ要塞内部―――――。


「やあ、首尾はどうです?」


要塞の管制室に、二人の男が入ってきた。白を基調としたローブに、高価な錫杖。彼は、以前アクログラントを使ってディヴァイライトを集めていた、あの偽神父だった。もう一人、横にそれを指示していた貴族の男の姿も見える。


「はっ、ご命令どおり、例の少女は地下牢に入れてあります。他、異常ありません」


「ふむ、そうですか。引き続き、警戒を怠らないでくださいよ」


「はっ」


敬礼する兵士に満足そうに微笑むと、偽神父は管制室を出て行った。


「ふぅ…………」


偽神父の質問に答えていた兵士は、彼が出て行ったのを確認すると、大きく溜め息をつく。


「お疲れさん」


横から、彼の同僚が声をかけ、ドリンクを差し出す。


「サンキュ」


ドリンクを受け取った兵士は、一息にそれを飲み干す。


「ぷはぁ、生き返った…………」


「しっかし、あいつらやりたい放題だな。一体何様のつもりだ?」


「知らねーよ。解ってんのは、俺たちの首はあいつらに握られちまってるってことだけだな。精々、食いっぱぐれないように気をつけねえとな」


「はは、違ぇねえ」


そうして笑いあう二人の兵士の目の前のモニターの中で、怪しい影がさっと横切ったことに、二人は気付かなかった。


一方、マクス達はと言うと―――――。


「ふう、これがレ・ミィナ要塞か」


要塞の近くの物陰から様子を伺いながら、マクスは小声で呟く。


「やっとここまで来たね」


「ああ。まずは姫さんとシュペイゲルを向こう側に渡すぞ。ファイン、リュネ、手伝え」


「は~い」

そうして、一行はレ・ミィナ要塞の時と同様、変装して内部に侵入した。


「またまたあっさり侵入できたな」


「ねえファイン君、本当に大丈夫なの、正規軍………?」


「…………僕も心配になってきた」


そう言って頭を抱えるファインを尻目に、マクスはさっさと歩き出す。


「ほら、行くぞ。ぐずぐずしてて姫さん取られたら元も子もねえ」


「そうだね、行こう」


そうして、裏口へと抜け、シルフィー奪還に向け再び要塞内に入ろうとするマクス達を、レインシアは呼び止めた。


「皆さん!」


「あ? どうした?」


「私も連れて行ってください!」


「いいぞ」


「えっ?」


素っ頓狂な声を上げ、驚いたように目を見開くレインシアに、マクスは振り返って答える。


「どうした? 助けに行くんだろ?」


「え? ええ、まあ、そうですけど…………」


「へぇ、意外。あんたってそんなやつだったっけ?」


心底意外そうに、リュネが腕を組んで言う。


「馬鹿、勘違いすんな。姫様に来てもらわねえと、誰がシルフィー嬢さんだか解んねぇだろうが。それにだ、さっきくらいの間ならまだしも、仮に爺さんに来てもらったとして、ずっとここに姫さんだけにしておくわけにはいかねえだろ。さっきは少しの間だけだったから大丈夫だと判断できたが、今回はどれくらいかかるか解らねえからな」


「フフフ、そういうことにしといてあげるわ」


「あ、ありがとうございます」


レインシアはそう言って微笑んだ。どんな理由であれ、自分の要望を聞いてもらえたということが嬉しいのだ。


「よし、行くぞ。爺さんはここで待ってろ」


「はい、お気をつけて」


振り返らずにシュペイゲルに向かって手を振ると、マクス達は要塞に足を踏み入れていった。

















その頃、要塞内。

「侵入成功。……ふむ、中は結構入り組んでいるのだな………」


一つの影が、廊下を突き進んでいた。監視カメラは捉えていない。壊れているわけでもないのに、その姿を写せずにいる。


「第一段階終了。これより、第二段階、目標の捜索を実行する」


影は、感情の感じられない無機質な声でそう呟くと、廊下を物凄い勢いで走っていった。

















一方マクス達は、要塞の内部を慎重に進んでいた。レインシアを連れている立場上、出来るだけ迅速に行動しなければならないが、今彼らは変装をしているのだろう。ここで慌てては、余計に不自然に見られるだけだ、というのはマクスの意見である。それに、レインシアがついてこられないほどの速度では、彼女を連れてきた意味がない。


「この先の階段を降りれば、地下牢に出られるはずだ。ついて来い」


そう小声で言いながら身振り手振りで合図するマクスに頷き、一行は歩を進める。


やがて階段を降りると、そこは広い石造りの部屋になっていて、壁一面に牢が敷設されていた。資材が入っているらしい箱の陰に隠れて様子を伺うと、入り口付近に一人の兵士が番をしているのが見える。


「どうするの、マクス? これじゃ、お嬢様がいても助け出せないよ」


「まあ見てろ」


マクスはそう言い残すと、物陰から姿を現し、兵士に近づく。


「よお」


いかにも軽い様子でマクスが話しかけると、男は怪訝そうな顔でそちらを見やる。


「ん? お前、誰だ?」


「おいおい、覚えてねえのかよ。まあ、無理もねえがな。要塞ともなれば人数半端ねえし」


「はは、同感だ。もう交代の時間か?」


「ああ。下がってていいぜ」


「サンキュ」


立ち上がり、兵士が出て行くのを見届けると、物陰に隠れたままだった一行も姿を現す。


「さて、じゃあ始めるぞ。姫さん」


「はい」


そうして一行は、一つ一つ牢をあたっていった。中には、所謂牢屋の正しい主というべきであろう、犯罪者達がひしめき、好奇の目でじろじろと見つめてくる。そして、いよいよ最後となった最奥の牢に辿り着いた。

中では、一人の少女が中央で行儀よく座っていた。歳は、おそらくレインシアと同じくらい、もしくは少し幼く見える。輝く金髪をツインテールにまとめ、オレンジ色の瞳には、囚われの身とは思えない光が宿っていた。


「おい」


マクスが声をかけると、少女はきっ、と彼を睨みつける。


「何の用じゃ? まだ私を痛めつけ足りないのか?」


彼女の問いに、すぐにも姿を現そうとするレインシア達を手で制しつつ、マクスは不敵な笑みを浮かべて答える。


「はっは、囚われの身の癖に、舌だけは威勢よく回るじゃねえか」


「やかましい。私をこんな目に遭わせて、中央の黙っておるとは、貴様らも思ってはなかろう?」


「はっはっは、確かにな。だがお前も、まさか何の目的もなく攫われたとは思っていないだろう?」


「ふん、それならば早いところ、その目的とやらに使えばよかろう。後がどうなっても知らぬがな」


「あの、マクスさん、そろそろ………」


横からレインシアが急かす。マクスは仕方ねえな、と呟いて、場所を譲った。途端、少女の顔つきが変わる。


「レイン……シア?」


「はい。助けに来ましたよ、シルフィー」


「なんじゃと? こやつは、奴らの仲間ではないのか?」


「はっ、一緒にすんな、馬鹿」


「ば、馬鹿じゃと!?」


マクスの言葉に顔を真っ赤にして大声を上げるシルフィーに、レインシアがしつ、と人差し指を立てるようにすると、シルフィーは慌てて口を塞ぐ。そして、一度咳払いをすると、今度は小声で捲くし立てた。


「貴様、私を愚弄するか! 大体何じゃ、その偉そうな態度は! 私が、由緒正しきクインハート家令嬢と知っての狼藉か!?」


「知っての狼藉だよ。大体、状況の解っていない馬鹿に馬鹿と言って何が悪い?」


マクスはシルフィーの静かな怒号を気にする風でもなく、懐から先程番兵の男から受け取った牢の鍵を取り出すと、牢の扉を開ける。


「お前を助けに来たと言ったろ。ほら、さっさと出ろ」


マクスの言い様に、シルフィーは希望半分、不満半分といった表情で牢を出る。


「ほう、少しは状況が解ってきたか」


「………貴様、後で覚えておれよ」


「お~、怖い怖い」


マクスは大仰に手を挙げると、ファインとリュネに目配せし、旅装用の大き目の布でシルフィーを隠すと、無言のままその場を後にした。


半分ほど進んだだろうか。不意に、先頭を歩いていたマクスがその歩を止めた。


「どうしたの、マクス?」


ファインが小声で問うと、しっ、と口の前で人差し指を立て、マクスは後続の仲間を手で制す。


「……………何か来るわね、マクス」


「………ああ」


「もしかして、気付かれたの!?」


ファインが少々上ずった、しかし小さな声でそう言う。


「解らねえが、この神力の感じとでかさは…………!」


そう話している間にも、謎の神力の発生主は、確実にこちらに近づいてくる。


「気をつけろよ………」


マクスは剣を抜き、リュネはナックルを手にはめ、ファインはガンホルダーに手をかけ、各々、急な襲撃にも対応出来るよう身構える。

やがて足音も聞こえるようになり、さらにそれがはっきりと聞こえるようになったところで、

『それ』が、一行の目の前に現れた。


「あんた、誰だ?」


マクスがまず、第一声を発した。目の前に現れたそれとは、極めて人間、とりわけ、青年に近い姿をしている。だが、それから感じられる神力の波動は、人間のそれとは微妙に違っていた。


「何じゃ、何がどうなっておる?」


シルフィーが布の隙間から目の前の事態を伺いながら言うと、青年はそちらをちらりと見やる。そして、


「………目標、視認」


「…………へ?」


思わず上げたファインの間抜けな声に答えるかのように、目の前の青年は、まるで機械のような、感情の起伏のない言葉を続ける。


「解析開始。声紋パターン、及び神力パターンより、ターゲットと断定」


そして、手にした槍を構え、


「これより第三段階………ターゲットの排除を実行する」


そのまま真っ直ぐに、シルフィーめがけて突進した!


「ちっ!」


「ひゃあっ!」


見たくないものを目の前にしたかのように目を閉じるシルフィーの前に、反射的にマクスが庇うようにして剣を構え、青年の一撃を受け止める。


「大丈夫か?」


「え……あ、ああ………」


呆然とした様子で自分を見つめるシルフィーを一瞥してそう問うと、マクスはすかさず眼前の青年を睨み付ける。


「この機械野郎がっ! お前、何者だ? ここの兵士じゃねえな!?」


「答える義務はない。邪魔をするなら、貴様も自分のターゲットと認定する」


マクスの、罵倒を言い含めた問いにも眉一つ動かさずそう告げると、青年はマクスの剣を弾き、素早く槍による連撃を放つ。


「くっ………!」


マクスはその一撃一撃を的確に剣で防ぐ。だが、その表情は険しい。


(は、速ぇ…………!)


目の前の青年は、目にもとまらぬ速さで連撃を放ち続ける。その動きは、明らかに常人の能力の限界を超えていた。

と―――――。


「何事だ!?」


「こっちだぞ!」


そのような声とともに、いくつもの足音が近づいてくる。


「気付かれた!」


「マクス、そろそろどうにかして逃げないと、まずいわよ!?」


「………ちっ、仕方ねえ!」


マクスは青年の槍を弾き返し、シルフィーの方を振り返る。


「シルフィー譲さんよ。ちょっと荒っぽいが、我慢してくれるな?」


「う、うむ」


「よし」


シルフィーは小さく頷く。それを確認し、マクスは青年に再び向き直り、剣を構えた。そして、神力を注ぎ込んでいく。みるみるうちに、剣がバチバチと雷のように猛る神力エネルギーに包まれていった。


「いくぜ………。神龍剣(ヴェルセルク)……出力、2分の1ぃっ!」


マクスは剣を大きく振りかぶり、そのまま勢いよく振り下ろした!


「ぐ、うぅ………ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁ!」


青年は少しの間持ちこたえていたが、やがてマクスの剣技のエネルギーに耐え切れず、後方にあった壁ごと吹き飛ばされていく。


「よし、今のうちだ!」


「マクス、逃げ道なんてどこにも………って、まさか」


「たぶんそのまさかだ。………譲さん、しっかり掴まってろ」


「うむ」


ぎゅ、と自分の肩にしがみ付いたのを確認し、マクスは後ろの仲間たちに向かって叫ぶ。


「飛び降りろっ!」


言うと同時に、マクスは壁の穴からダイブしていく。


「や、やっぱりぃ~~~!」


「覚悟決めなさい、ファイン君。あ、レインシアはあたしに掴まって」


「はい、ありがとうございます」


レインシアをしっかりと抱え、リュネも続けて飛び降りる。


「あ、ちょ、待って! くうぅ、これで死んだら、化けて出てやるからなぁ~~~~!」


ファインは遥か下方にいる仲間を恨めしげな視線で見下ろし、足を踏み出した。

















「皆いるか?」


マクスの言葉に、他の仲間は無言のまま頷く。現在一行は、要塞の近くの森の中まで逃げてきているところだった。リュネだけは、シュペイゲルを確保するため別行動中だが。


「何とかね~。でも酷いよ。飛び降りるんならそう言ってくれればいいのに! 第一、何で僕だけ一人で降りなきゃいけないのさ!」


「仕方ねえだろ、緊急事態だったんだ。それとも何か、お前だけ連中に捕まってた方がよかったってか? そうなれば、きっと相当な拷問を受けただろうな~。おお、怖っ」


わざとらしく肩を竦めるマクスの様子に、僅かながらファインの勢いが失せる。


「で、でも、怖かったんだからね!」


「ちゃんと受け止めてやっただろうが。第一、神力で体への衝撃をガードする、なんて、軍の神術養成コースで教わる初歩だろう。お前も仮にも軍曹なんて肩書きなわけだし、多少なりとも神術が使えるみたいだし、出来て当然じゃないのか?」


「それにしたってだね………!」


「ああもう、五月蝿ぇな。ちょっとは貴族コンビを見習え。文句の一つも零さなかっただろ」


レインシアは頷いた。


「怖かったですよ。でも、リュネもいましたし、マクスさんも下にいましたし、安心して任せられました」


「わ、私も平気だったぞ! お主がついておったしの」


レインシアの横で、顔を赤くしながら恥ずかしそうにしているシルフィーの様子に苦笑しつつ、ファインは渋々了解した。


「ああもう、解ったよ!」


すると、ちょうどリュネがシュペイゲルを連れて帰ってきた。


「マクス、連れてきたわよ」


「おっ、ご苦労」


「お、お嬢様! よくぞご無事でっ!」


シュペイゲルはシルフィーの姿を見つけると、感極まった様子で駆け寄り、抱きつく。


「お、おい、じいっ! わ、解った、解ったから抱きつくな! おい!」


その微笑ましい様子をしばらく見つめ、マクスは切り出す。


「さあ、もう今日は日も大分傾いてきた。このまま帝都まで行くのはきついだろう。もう少し要塞から離れたら、そこでキャンプだ」


マクスの言葉に頷き、一行は移動を開始した。


















「ふうぅ、美味しかったぁ~~♪」


ファインは満足そうに、空となった食器を置いた。


「リュネってこんなに料理上手だったんだね! 美味しいよ!」


「本当ですね。もう毎日食べたいぐらいです。ねえ、シルフィー?」


「…………」


しかし、シルフィーは一言も発さない。じっと、惚けたような顔でどこかを凝視している。


「………シルフィー?」


「えっ、あっ、何じゃ?」


レインシアに顔を覗き込まれ、あたふたとシルフィーは答えた。


「美味しいですよね、リュネの料理!」


何故か半ば興奮気味に、ファインが言う。


「あ……ああ、なかなかじゃ」


次々と賛辞を聞き、リュネは照れたように頭を掻く。


「そう? そう言ってもらえるとあたしとしても作ったかいがあるわね」


「さ、喰ったら早く寝ろ。明日は今日以上にきつい一日になるぞ。今の内に休んでおけ。じゃ、解散っ」


マクスはそう号令すると、自身の寝床に戻っていく。


「薄情だなぁ、マクス。こんなに美味しいんだから、一言ぐらい褒めてあげてもいいのに」


そう唇を尖らせるファインに苦笑しつつ、リュネはマクスの後姿を見つめる。


「仕方ないのよ。あいつはね………」


その言葉の意味は解らなかったが、なんとなく悲しげにレインシアはマクスを見つめた。


やがて食事の後片付けも終わり、各々がそれぞれの寝床へと帰っていった。


















しばらくし、夜も更けかけた頃。

森の中にある池のほとりで、シルフィーが、池をそっと見つめていた。


「こんなところにいたのですか」


いきなり聞こえてきた声に驚きつつ、シルフィーは振り返る。


「な、なんじゃ、じいか。脅かすでない!」


「申し訳ありません。心配だったものですから………」


「し、仕方ないのう。ほれ、座れ」


「はい。では、失礼致します」


そう言って、シュペイゲルはシルフィーの隣に腰掛ける。


「何か、悩み事でございますか?」


シュペイゲルは訊くが、シルフィーは答えない。しばらく、無言の時が流れた。


「じいが、お嬢様の悩みを当てて差し上げましょうか?」


「な、なぬ?」


「ずばり、マクス様のことでございましょう?」


「ま、マクス様がどうかしたのかの?」


「お惚けにならないで下さい。惚れたのでしょう? あの方に」


それを聞いた途端、シルフィーは真っ赤になって俯いた。


「図星ですね」


「むぅ。存外鋭いのう、じいは」


「恐れ入ります」


「何故解った?」


「何故って、マクス殿の方を見て、あれだけあからさまに惚けていては、誰が見ても解ります」


「くぅ、不覚」


真っ赤な顔のまま、恥ずかしそうにシルフィーは膝に顔を埋める。


「…………なあ、じい」


「何でございましょう?」


「私が……貴族が、平民を好きになってはいけないのじゃろうか?」


「………もちろん、構いませんとも。私は、お嬢様を応援いたしますよ」


「じい………。……ありがとう」










「こんなところで何してるの?」


後ろから突然声をかけられ、仰天してファインは思わず大声を出しそうになってしまった。寸前で堪えたが。


「わ、りゅ、リュネか! お、脅かさないでよ~」


あくまでも小声で、ファインは批難の言葉を述べる。


「いや、だってこんな木の陰から覗き見してるやつ見たら声かけたくなるでしょ、普通。で? どうしたの?」


「…………え、ええと」


返答に詰まるファイン。だが、


(あら、あれはシルフィーお嬢様。ふむふむ………)


奮闘空しく、リュネはすぐさま状況から答を理解してしまった。


「はは~ん、そういうことか」


「ど、どういうことだっていうのさ?」


「あんた、シルフィーちゃんに惚れたわね?」


「ぐっ………」


真っ赤になって、押し黙るファイン。真偽は火を見るより明らかだった。


「へえ~、ファイン君ってああいう子が好みなのね。いいじゃん、頑張りなさいよ! 応援してあげるから」


「それが……だめなんだ」


「へ? 何でよ?」


「実は…………」


ファインは、自分が聞いてしまった内容を、リュネに話す。


「そっか。………しかし、あいつのことをねぇ。また、物好きなのがいたもんね」


「どうしよう………」


「何て顔してんの? 情けないわね! 男の子でしょ? 相手が他の男に惚れてるなら、奪ってやろうってくらいの度胸がなくてどうすんのよ」


「………リュネ、それって場合によってはかなり危険な言葉だと思うよ?」


「そんな細かいことはどうでもいいの。要は、あんたがしたいようにすればいいじゃない、ってことよ。ま、頑張りなさい」


「うん、ありがとう」


「さ、もう寝ましょ。明日も早いんだし」


「そうだね」


二人は、寝床へ戻っていった。









一方、他の4人が池の畔にいる頃焚き火の側では、マクスが一人側に座り、火の番をしていた。

と、そこへ―――――。


「マクスさん」


振り返ると、上着を羽織ったレインシアの姿があった。


「何だ、お前か。まだ寝ていなかったのか?」


「眠れなくて。……隣、いいですか?」


「ああ」


レインシアは、マクスのすぐ隣に腰を降ろした。


「あの、マクスさん」


「何だ?」


「マクスさんは、私に言いましたね。この件が上手くいったら、褒美をよこせ、と」


「ああ、言ったな」


「よろしければ、それを教えてはいただけませんか?」


マクスが珍しく不思議そうな顔で、レインシアを見た。そして、


「………何故だ?」


「マクスさんほどの人物なら、私などに頼まずとも、地位も名声も、思うがままのはずです。強くて、賢くて、常に大局を見て行動できる、あなたなら。でもあなたは、あなたの欲しいものは私が一番近いところにいると言いましたね? それがふと、気になったのです」


「…………それを知ってどうする? どのみちこの件が終わればそれをお前に頼むことになる。今聞いたところで、あまり関係ないだろう。それとも、あまりに困難なことかと思い、本当に叶えられるか心配になったか?」


「あ、いえ、その………」


歯切れ悪いレインシアの様子を肯定と認識したのか、マクスはまたまた珍しく優しげな笑顔を浮かべ、レインシアの頭を撫でながら、


「大丈夫、無理難題を押し付けたりはしないから安心しろ。お前に無理そうなら、ちゃんと手を引く。約束しよう」


「え、あ、あの………」


訊きたい。彼の過去に何があったのか。何が今の彼を縛っているのか。しかし、口から出てくるのは、歯切れの悪い言葉だけだ。

マクスは上を見上げ、呟く。


「………星が綺麗だな」


「………はい」


二人はしばらくの間、満天の星空を静かに見上げていた。

















一方その頃、要塞内―――――。


「くっ、一体どうなっているのだ…………」


管制室から離れた居住区の中でも、最上級の司令室では、アクログラント事件の時の貴族の男が、忙しなく部屋の中を行ったり来たりしていた。


「もう少し、落ち着かれてはいかがです?」


近くの椅子でコーヒーを啜っていた、偽神父がそう告げる。


「これが落ち着かずにいられるか! 餌のつもりで捕まえた少女には逃げられ、それに何だ、あの男は!」


「ふむ、確かに気になりますね。一体何なのでしょう。しかしあの能力、あの剣士に勝るとも劣らない力を秘めていましたね。いやはや、興味深い」


「感心しておる場合か! このままでは、身の破滅だ………」


「まあ、待ってください。まだ負けたとは決まっておりませんよ」


「何、本当か!?」


「ええ。見ていてください。大逆転は、ここから始まるのですよ」


そこまで言ったところで、扉をノックする音が響く。


「どうぞ」


「失礼します! お客様がお見えです」


「客だと? 私にか?」


「いえ、そちらの方です」


そう言って兵士は、偽神父の方を指差す。途端、偽神父の顔に笑みが浮かんだ。


「ふむ、来ましたか。いいでしょう、応接間へお通ししなさい」


「はっ!」


兵士が部屋の外へ出ると、貴族の男が尋ねる。


「ほう、貴様に客とは珍しいな。誰が来たのかも解っている風だったが、一体何者なのだ?」


「お答えできませんな。ですが、我らに希望をもたらす者、とでも言っておきましょう。………では」


そうして貴族の男に深く頭を下げると、偽神父は司令室を後にした。

向かった先は、もちろん応接室である。


「失礼しますよ」


ノックもせず、偽神父は部屋の中へ入った。煌びやかな装飾が施された壁の中心に置かれたテーブルに、一人の女性が腰掛けていた。真っ白な肌にかかるルビーのように赤い長髪と、黒のドレスが蝋燭の炎に照らされ、艶美な姿を映し出している。


「久しぶりね。元気にしてた?」


「ははは、この通りぴんぴんしていますよ。………それより早速ですが、一体何の御用でしょう? まさか、私の様子を見にわざわざ館から出てきたわけではないのでしょう?」


偽神父の物言いに気分を害する風でもなく、そうね、と言いながら女性は切り出した。


「話は聞いたわ。計画、失敗に終わったそうね」


「人の悪いお方だ。一回目はまだしも、二回目は人の邪魔をしておいて」


「邪魔? 何のことかしら?」


とぼける女性に、偽神父はモニターの電源を入れる。そこには、昼間のマクス達と謎の青年との戦闘の様子が映し出されていた。


「監視カメラの映像です。あの槍使いに襲撃され、我々は彼等を捕まえることが出来なかった」


そこまで言うと、偽神父は女性に向き直る。


「この男、あなたの差し金なのではありませんか?」


「さあ、どうかしら?」


掴みどころのない様子で質問をかわす女性の様子に一瞬偽神父は顔を顰める。


「………まあ、いいでしょう。次は必ずやつらを捕まえてみせますよ。では」


「待ちなさい」


部屋を出て行こうとする偽神父を、女性が呼び止める。


「………まだ何か?」


上着のポケットから包みを取り出し、テーブルの上に置いた。


「これを使いなさい」


偽神父は訝しみながらも、包みを開ける。


「! これは…………!」


中に入っていたのは、黄金色に輝く宝石のようなものをあしらった指輪だった。


「これはもしや………」


「ええ、そうよ。感謝しなさい? 私が出来るのはここまで。次で絶対に決めなさい」


「…………ええ! フフフ、これでもう、誰にも負けませんよ! クフフフ……クハハハハハハハハ!」


偽神父の笑い声が響き渡り、蝋燭の炎が怪しく揺れた。




神崎「神崎はやてのぉ~!」


一同「神の黄昏、in SPIRITUAL ARMS~!」


神崎「さあ、やって参りました、神の黄昏! 司会はお馴染み、私神崎はやてと!」


マクス「超天才の俺様、マクス=トレンジアでお送りするぜ」


神崎「……………」


マクス「あ? 何だその目は?」


神崎「………うん、そうだよね、気にしたら負けだよね! さあ、気を取り直して、今回はゲストにお越しいただいてます! どうぞっ!」


シルフィー「お邪魔するぞ」


マクス「おお、誰かと思えば、嬢さんじゃねえか」


シルフィー「う、うむ、マクス。と、隣いいかの?」


マクス「? 別に構わないが、顔赤いな。熱でもあんのか?」


シルフィー「な、何でもないわっ!」


マクス「? 何なんだ、一体………」


神崎「(シルフィー、道のりは長そうだな………)え~と、じゃあ軽くでいいので自己紹介をお願いします」


シルフィー「うむ、私の名はシルフィー=クインハート。先ほど作者も言ったが、レインシアとは親友じゃ。よろしくな」


神崎「え~、というわけで、シルフィーのような新キャラも交え、いよいよ物語も佳境に差し掛かります!」


マクス「次回以降もお楽しみにな」


神崎「それでは、ばいば~い!」


神崎です。活動報告にも書きましたが、現在コラボしてほしい作品や2次創作を書いて欲しい作品を募集しています。こちらに限らず、ディケイドのほうでもいいので、どしどしお寄せ下さい。詳しくは、活動報告を参照の程宜しくお願いします。


それでは。

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