第1章 第8話「実地調査」
巨獣は、天に顔を上げると、咆哮した。褐色の肌に覆われた強靭な肉体が波打つ。その鳴き声だけで、辺りがビリビリと振動する。
そうして巨獣は、そのまま強靭な前足を振り下ろした。不意の一撃だったが、一行は難なくかわす。
「くそっ…………」
思わずガンホルダーから拳銃を抜き放ち、魔物へと向けたファインを、レインシアを庇うようにして飛び退ったマクスが手で制す。
「やめろ!」
「何でさ!?」
「まだ話を聞いていない! 事情が解らない内に殺してしまったら、取り返しの付かないことになるかもしれないんだぞ!」
「じゃあどうするのさ!」
「やりすごす! てめえら、早くその辺に隠れろ!」
マクスの叫びに、ひたすらどこかへ隠れた。
巨獣はしばらくの間村の中を物色するように歩き回り、申し訳程度に残されていた食料を平らげると、もと来た道を戻っていった。
「………ふぅ、どうやら行ったみたいだね」
ファインが、マクスとレインシアと共に隠れていたファインが冷や汗を拭いながら物陰から姿を現す。
「ありゃ予想以上だな。さて、こうしてても仕方ねえ、さっさと村長のところに行くぞ」
そうして一行は、村人に村長の居場所を訊くと、村長宅へ急行した。
入り口のドアを数回叩くと、中から老婆が一人現れた。
「おやおや、こんなに大勢で………何か御用ですか?」
「村長はいるか?」
「生憎ですが、主人は今出ておりましてな。済みませんが、教会へ行っていただけませんかのぉ?」
「教会だな? 解った、サンキュ」
老婆がドアを閉めると、ファインが不思議そうに呟いた。
「教会に何の用があるんだろう?」
「ただのお祈り…………というわけではないだろうな、絶対」
「………ってことは」
「そのガキの言葉を思い出してみろ。きっと、神父とやらに何か話をしに行ったに違いない。行くぞ」
一行は再び、教会に向けて移動を開始した。村の最奥まで行くと、ぽつりと古びたそれらしき建物が建っている。
「ここかな、マクス」
「ふん、建築様式から見ても間違いねえよ。さて、まずは様子を伺うとするか………」
「え、入らないの!?」
「こら、何でそんな目で俺を見る! どうやら先に話を始めちまってるみてえだからな。俺達が聞いてると気付かれない方が、色々聞けて都合がいいだろ」
なるほど、とファインは相槌を打つ。一行は、扉のガラス部分から内部の様子を伺った。
中では、二人の人物が相対していた。一人は、寂れた様子の着物を身に纏う老人―――――おそらく、彼が村長だろう―――――であり、もう一人はゼフュロス教という、グランヴァール帝国の国教である宗教の僧侶が着る僧服を身に纏っていた。中でもその男が着ているのは、上位の神官にしか着ることを許されない上等なものだ。
村長が口を開いた。
「まだですか、まだあの化け物を殺してはならんのですか!?」
「ええ、まだです」
「もう我慢ならん! あの化け物をこのまま放っておけば、いずれこの村は食料不足で滅びてしまいますぞ!」
「いいのですか? あの魔物を殺せば、災厄が訪れるのですよ? それこそ、村が滅びかねないほどの災厄が…………」
「だからそれは一体何なのです!?」
「それは………私の口からはとても申し上げられないほどの残酷な…………」
「いつもそう言ってはぐらかしてばかりではないですか! 一体いつになればあの魔物は引き上げると言うのです!?」
「まあ待ちなさい。もうすぐですよ、もうすぐ………」
そんなやりとりがしばらく繰り返され、やがて無駄だと判断したのか、老人はくたびれた様子で帰っていった。
「何か怪しいね、あの神父」
「ああ。こりゃ確実に何かあるな」
「マクス、あの村長のおっさんに話聞いた方がいいんじゃねえか?」
ベリアルの提案に、マクスは頷いた。
「ああ、そうだな。おっさんの家に行ってみようぜ」
「我らの村は、緑に恵まれ、農作物に恵まれた豊かな村でした」
長老は、皆が見守る前でぽつり、ぽつりと話し始めた。
「それこそ、今の食糧不足が嘘のように。だが、あの魔物が来てから全ては一変しました。田畑は食い荒らされ、それを阻もうとした村人達は、その強さの前に蹂躙されて。そして時を同じくして、一人の男が現れたのです」
「さっきの神父、だな?」
「そうです。彼は我らにこう言いました。あの魔物を殺せば、その血肉は地に沈み、もっと酷い災厄が起きると」
「ええと………つまり、どういうこと?」
そんなことも解らないのか、とでも言いたそうな目でマクスはファインを睨むと、
「………つまり、殺した死体が毒となって地面に染み込み、この村の土を汚す。結果、この辺りの地は荒れ、この辺りを荒野に変える。そういうことだろ?」
「そうです。それを言われては、僅かでも食料のある今の状態の方がましだと思い、我らは諦めるしかありませんでした」
「もう一つ訊きたい。あの神父、もうすぐだとかなんとか言ってたが、それはどういうことだ?」
「彼はこうも言ったのです。『もう少し我慢してさえいれば、あの魔物の毒は消え去り、殺しても問題はなくなる』と」
「じゃあ、もうちょっと待ってれば、その毒が消えるから、その時になったら倒してもいいんだね?」
「あの男は少なくともそう言っておりました。…………しかし」
「何だ、言ってみろ」
マクスに促されると、村長は続きを話し始めた。
「私にはどうも、あの男が本当のことを言っているとは思えんのです」
「何故そう思う?」
「確証はありません。ただ、あの男がもう少しと言い始めてから既に一月経ちます。いくらなんでも、遅すぎではありませんか?」
「そうだな…………」
考え込むマクスに、村長はすがりつくようにして懇願する。
「お願いします、どうかこの村を………この村をお救いくださいませっ…………!」
「どう思う、マクス?」
村の宿屋のベッドに横になり、ファインは夜食のスイートポテトにかぶりつくマクスに尋ねた。
「何がだ?」
「村長の話だよ。神父さんの言ってること、嘘だと思う?」
「確証はねえが、胡散くせえのは間違いねえな。第一、魔物から毒が消えるってのが都合良過ぎる」
「何かあるよね、絶対。でも、やっぱり確証はないんだよねぇ…………」
「だから」
う~ん、と唸るファインを横目に、口元を拭いながらマクスは立ち上がる。
「これからそれを確信に変えてくるぜ」
「え、それって?」
「と、いうわけで俺は言ってくる。少しの間任せるから、ベリアルと上手くやってくれ。じゃあな」
荷物を手早くまとめると、マクスはさっさと出て行ってしまった。
「…………………………なんていうか、不幸だ」
ファインはしばし呆然とした後、そう呟くしか出来なかった。
「と、いうわけで、マクスがいなくなった」
事の顛末を話し終えたファインは、最後に盛大に溜め息をついた。早朝になり、マクスを探しているというベリアル達と宿の廊下で鉢合わせしたため、事情を説明する必要に迫られたのだ。
「あいつ、また勝手なことしやがって………。ま、それがあいつらしいんだがな」
ベリアルは溜め息をつきつつ、どこか楽しそうにそう答えた。
「で? ベリアルさん達の用って何なの?」
「いや、あの神父の野郎がどうにも怪しいから、調べてやろうと提案しに来たんだよ」
「へえ、そうか。ねえベリアルさん、それ、マクスがいない間に僕達だけでやっちゃわない?」
「何?」
「どうせ、待ってなきゃいけないんなら、少しでも情報集めておこうよ! その方がマクスが帰ってきてから動き易いと思うんだ」
「なるほどな…………」
「ボス、やりましょうよ。どうせ皆、手持ち無沙汰で退屈していたところですし」
ベリアルの後ろからジャックがそう言うと、ベリアルも頷いた。
「そうだな。よし、一丁やってやるとするか!」
「そう来なくっちゃ! じゃあ、教会へ行こう!」
未だ専用の部屋の中ですやすやと寝息を立てているレインシアの警護としてジャックを置き、その他の神の牙の団員の希望者の中から人数を数人に絞って、ファイン達は教会へと向かった。この前とは違い、入り口ではなく教会の脇の窓からそっと中の様子を伺う。
「あ………あいつだ!」
中では、先日の神父が一人、何やら慌ただしく何やら準備に追われていた。鞄に、何やらたくさんの仰々しい箱を詰め込んでいる。
「一体何してんだ?」
ベリアルが訝しげに呟く。
「さあ?」
と、ファイン。
やがて箱を鞄に詰め終えた神父は、教会を出て何処かへと向かう。
「追うぞ!」
「うん!」
ファイン達も、慌てて、だが気付かれないように慎重に後を追う。
教会を出た神父は、村長の家の前を通り過ぎ、民家の前を次々と抜け、最後に村の出入り口にある、ファイン達も泊まっている宿屋も通り過ぎ、出入り口から村の外に出る。
「どうなってんだ? 村の外に出ちまったぜ?」
「どうする? まだ追う、ベリアルさん?」
「ここまでやったんだ、行けるとこまで行ってみようぜ」
「うん、解った!」
ファイン達は静かに駆け出した。
村を出た神父は、的確な足取りで何処かへと向かう。到着したのは、村の近くにあった洞窟だった。道幅も天井の高さも、異様に大きい。
「こんなところに入って、何するつもりなんだろう?」
「奥に行ったようだな。行くぞ」
「うん」
ファイン達は、足音を立てないように、気配を殺して進む。
すると、最奥まで行ったところで神父の姿を発見した。地面に散らばる、何やら黄金色の綺麗な宝石を掻き集めては鞄に入れていた箱の中に入れている。
「何やってんのかな、あれ」
「さあな。何か宝石でも集めてるようだが…………」
そうしている間に全てを集め終えた神父は、そわそわと辺りを見回す。
「何やってんだ?」
「あ、誰か来たよ!」
ファインが指差す方向に目をやると、見ただけで只ならぬ身分の者であると解る服を身に纏った男が、足早に歩いてくる。
「やあ、お待ちしておりましたよ」
神父の方も鞄を持ち、男に近づく。
「早速だが、今日の分を渡してもらおうか」
「はい、こちらでございます」
神父が鞄を手渡すと、男は中身を確認する。
「なるほど、間違いないな。それで、首尾はどうだ?」
「ええ、アクログラントは順調にディヴァイライトを回収してますよ。村人もなんとか抑え込んでいます。このままいけば、悠々ノルマを越えられましょう」
神父がそう言うと、男は笑みを浮かべる。
「ふふ、そうか。これで我が野望は果たせたも同じだな。お前はそのまま、ノルマに達するまでディヴァイライトを回収するのだ。よいな」
「はっ。了解致しました」
とんでもないものを見てしまった、という焦りからか、ファインは近くにあった小石を軽く蹴ってしまう。カランカラン、という乾いた音が辺りに響く。
「誰だ!?」
「やばっ、気付かれた!」
「何やってんだ、てめえ!」
気付かれては仕方ないので、一行は物陰から姿を現す。
「何者だ、貴様ら?」
「あんたらこそ、こんなとこで何やってんだ? 普通じゃないぜ?」
「うるさい。この場を見られたからには、ただで済ませるわけにはいかんな。始末しろ!」
「はっ」
神父は懐から笛を取り出すと、吹き鳴らした。洞窟の壁に音が反射し、幾重にも重なって音色が響き渡る。そして、少しも経たない内にズシン、ズシンという、地響きを伴う足音が聞こえてきた。
やがて、村を襲っていた魔物が、洞窟の入り口の方から姿を現した。
「あ、あいつは、あの魔物!?」
「さあ、踏み潰されてしまえ!」
神父の言葉に答えるように、魔物はファイン達に襲い掛かる。
「うわっ!」
「ちっ…………!」
ベリアルは舌打ちすると、背中に背負った戦斧を構える。しかし、
「ふっ、戦うのは勝手だが、いいのかな? その魔物を殺せば、この地はその屍より流れ出る腐食の毒によって汚されるぞ。そうなれば、あの村はどうなるかな?」
「くっ、汚ぇぞ!」
「何とでも言え。さあ、アクログラント。邪魔者を排除しろ!」
ゴアアアァァァ、と咆哮し、アクログラントは再び襲い掛かる。
だが、次の瞬間―――――。
「シュトゥルムヴェインッ!」
無数の雷球が次々にアクログラントに直撃し、その巨躯を焼き焦がす。痛みからか、アクログラントは痛々しい叫びを上げる。
「この術…………」
「まさか、マクスか!?」
両者の間に、二人の男女が割り込んだ。
「待たせたな」
そう言うと、マクスはにぃ、と不敵に微笑む。
「遅いよ、マクス!………姫様まで、どうしてここに?」
と、レインシアが申し訳なさそうな苦笑を浮かべて、ぺこりと頭を下げる。
「遅かったな…………と、待て待て、何でここにリュネの奴がいやがる?」
「話は後! 来るわよ!」
アクログラントの前足の攻撃を、ぎりぎりで気付き、かわす。雷のエネルギーで痺れているのか、動きが著しく鈍い。苦しみに悲鳴を上げ、アクログラントはその動きを止める。
「反撃するぞ!」
「ちょっと待って、毒は!?」
「んなもん、ねえよ!」
「え?」
「だから、ないの!」
マクスではなく、レインシアを後方に下げたリュネが後を引き取った。
「毒なんてあいつらのでっち上げた嘘よ! アクログラントはね、ディヴァイライトっていう特殊な鉱石を巣に集める習性があるの! 神術の触媒として、その力を何倍にも増幅する、宝石をね!」
「じゃあ、あいつらは………」
「おそらく、ディヴァイライトを大量に手に入れるためにあの化け物を利用してたんだろうな。だがあいつは大喰らいでな。大量の餌が獲れねえと死んじまう。だがこの辺には奴の腹を満たせるほどの食料はなかった。だから、村に出て行ってしまったんだ」
「ちっ、なんてことをしやがる………」
ベリアルが舌打ちすると、それを嘲るように男が笑みを浮かべて言い放つ。
「ふん、それは我々も計算外だったのだ。まさかアクログラントが人前に出てしまうことになろうとはな」
「だろうな。そしてそれを解決するために、その神父がやってきた。それがこの事件の筋書きってわけだ。ま、尤もそいつもおそらく偽神父だろうが」
「ふふふ、やはりばれていましたか」
「どうする? この事実を俺達が公にすれば、首が飛ぶぜ?」
「ばれようがどうなろうが構いやしませんよ。毒があろうがなかろうが、アクログラントの凶暴性は間違いないですから。さあ、もう痺れも取れたでしょう? やってしまいなさい!」
偽神父の言葉に答えるように、アクログラントはゆっくりと動き始め、低く咆哮する。
「来るぞ!」
マクスが叫び、一同は一斉に武器を構えた。
「はああああああぁぁぁぁっ!」
咆哮するアクログラントに、高く跳躍したマクスの剣が迫る。その刃は、防ごうとしたアクログラントの腕に突き刺さり、そのまま切り裂く。
「ベリアル! そっち行ったぞ!」
「何っ!」
不意にアクログラントがマクス達に背を向けたかと思うと、代わりに長い尾が極太の鞭のように勢いを伴って迫り来る。いち早く気付いたマクスは高く跳躍してかわし、ファイン達は範囲外にいたので傷はなかったが、前線で戦っていて一歩反応が遅れたベリアルは、斧を盾に防御しようとするも、勢いを殺しきれず、また尾を切断することも出来ず、弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「がっ…………!」
「ベリアルさん!………このぉっ!!」
ファインが放った無数の拳銃の銃弾が、アクログラントに直撃する。しかし、見事貫いたかに見えたそれは一定の深さで止まっていて、致命傷には至らない。
「くそっ、的はでかいから当て易いけど、全然効いてないよ!」
「アクログラントは皮膚層が異様に厚いのよ! 火器類は効かないわ!」
「そ、それ先に言ってくれない!? うわっ!」
ファインは銃をしまい、今にも自分の頭上に落ちてこようとしていたアクログラントの前足を間一髪で避ける。
「だから俺の神術でも倒せなかったって訳か。面白ぇ、やってやるぜ!」
「どうするって言うのさ!?」
「なあに、簡単なことだ。遠距離攻撃が効かねえなら、ぶった切ってやればいいんだよ」
「簡単に言ってくれるわね。こいつ結構凶暴なのよ?」
「なめるな。こんなやつにやられる俺様じゃねえよっ!」
マクスはそう言って突撃した。文字通り、真正面から剣を構えて、アクログラントに迫る。
一方、アクログラントもマクスに気付き、口から大きな火球を乱射する。しかし、全く捉えることが出来ていない。これは決して、アクログラントの狙いが甘いからではない。マクスの動きが速過ぎるのだ。
そうしてアクログラントの目と鼻の先まで接近したマクスは大きく跳躍し、剣を大きく振りかぶった。剣が雷のように猛る神力のエネルギーを纏う。エネルギーは刃の形をそのまま模ったように剣を覆い、さながら剣そのものが数倍にも大きくなったように見えた。
「喰らえ!」
渾身の力で、マクスはそれを突き出した青白く帯電したようにバチバチとスパークする剣が、アクログラントの胴を貫く!
「グゴアアアアアアァァァァァァァッ!」
アクログラントは痛みに悶絶し、咆哮に似た凄まじい悲鳴を上げる。その間にも、その胴を貫く光の刃は雷のようなエネルギーを放出し続け、アクログラントの体を着実に焼き焦がしていく。
「これで………仕上げだ。消し飛びやがれっ!」
マクスはそのまま、アクログラントの体を縦に大きく切り裂いた! それにはさすがの巨獣もひとたまりもなく、ズズン、と大きな音を立てて倒れると、動かなくなった。
「ふん、手応えねえな」
「ば、馬鹿な、普通なら軍でも手を焼くほどのアクログラントを、たった一人で倒すだと!?」
男はその上等な服を振り乱して驚きに目を見開く。
「はっ、俺に普通なんてのを求めることこそが間違ってんだよ。さあ、どうするよ? 後はあんたをふん縛って憲兵に突き出すだけだが」
「くっ、捕まってたまるか! おいお前、何とかしろ!」
そう男が言うと、神父は懐から何やら紙を取り出して、地面に勢いよく叩きつける。紙に書かれていたのは円形の紋様が描かれた陣で、やがてそれは発光を始めた。
「アクログラントを倒したのは見事でしたよ。ですが捕まるわけにはいきません。またどこかでお会いしましょう。ハハハハハハッ!」
「待てっ!」
ファインは拳銃を素早く乱射する。だがその銃弾は二人が消えた虚空を捉えただけで、後に残ったのは神父の、嘲笑うかのような笑い声だけであった。
「くそっ!」
「どうするマクス、追いかけるか?」
「いや、今連中が使ったのは転移神術だ。となると、行き先を特定するのは簡単じゃない。神威陣の術式を解析すれば何か解ったかもしれねえが、この有様じゃな………」
そう言ってマクスは、二人が転移に使った神威陣が描かれた紙を指差す。術の行使でその力を使い果たしてしまったのか、紙はすっかり焼け焦げ、原形を留めてはいなかった。
「そうか………」
「ボス、とりあえず宿に戻りやしょうぜ。話も訊かせてもらわなきゃなりませんしね……」
そう言って、ベリアルの部下はリュネを横目に睨む。その視線に、リュネは体をびくっ、と震わせ、俯いた。
「…………そうだな。よし、引き上げだ! とりあえず村の宿まで行くぞ!」
ベリアルの言葉に反対する者はいなかった。
「…………というわけで、今回の件に関しては、こいつにも協力を要請した」
一行は宿に戻ると、マクスが事の次第を説明した。
「マクス、何でそんな奴に頼るんだよ! そんな……裏切り者に!」
ジャックが忌々しげに吐き捨てると、他の団員も同じ様に捲くし立てる。
「そうだ、そうだ!」
「こんな奴より、俺たちのほうがよっぽど信用できるぜ! そんなこと、あんたなら解ってんだろ!?」
「ボス、こいつがいる依頼なんて受けるこたぁねえですぜ!」
「いい加減にしねえか、てめえらぁ!!」
ベリアルが一喝すると、盛んにブーイングを起こしていた彼の部下達が一気に静まり返る。どうやら、余程ボスとして慕われているようだ。
「どんな奴がいようと依頼は依頼、受けるのがギルドの筋ってもんだ。それにな、こいつらは俺達の町を救ってくれた恩人なんだぞ。なら尚更受けるのが義理ってもんじゃねえのか? 先代はそんなことで、その義理まで潰しちまうようなお方だったのかよ、ええ!?」
ベリアルの言葉のおかげで、少しずつ団員達の怒りは沈静化に向かっていた。
「ボスがそこまで言うなら…………」
「仕方ねえよな」
「ああ、あくまで義理を果たすために、な」
だが、口々に発せられる彼らの言葉から、決してまだわだかまりが消えたわけではないということは明らかだった。
「さあ、今日はもう早めに休め! 明日になったら仕事を再開するぞ!」
おう! と声を上げ、神の牙の団員達は解散した。
「すまん、ベリアル。助かったぜ」
「なぁに、礼には及ばんさ。それよりもこっちの方こそすまねえな。部下達の躾がなってねえもんだから、いつまでも引き摺っちまってよ」
ベリアルの謝罪は、マクスではなく、リュネに向かって発せられたものだった。リュネは頭を横に振りながらそれに答える。
「ううん、いいの。仕方のないことだもんね。あいつらが私のこと憎むのも。ベリアル、あんただってそうでしょ?」
「おいおい、俺はずっとあんたのこと信じてるんだぜ? そんな風に言ってくれるなよ」
「そ、そうだったの…………?」
驚きに目を見開いて、リュネは俯きかけた顔を上げる。
「ああ。あいつらはああ言ってるが、先代が一番頼ってて、また先代を一番慕ってたお前が、裏切るなんてことするわけねえだろ?」
「あ……ありが…とう………」
思いがけない言葉に、リュネは泣きそうな顔を見られないようにしながら、自室へ駆け出していった。
「じゃあ、また明日な。依頼内容なんかの確認もその時だ」
「あ、ああ、おやすみ」
あのような台詞を言った後で照れくさいのか、ベリアルも早足で自室へ帰っていく。
「よかったです」
いつの間にかマクスの隣にちょこん、と立っていたレインシアが呟いた。
「何がだ?」
「リュネさんですよ。何があったのかは解りませんけど、神の牙の方々の中にも、彼女を信じてくれる人がいたんですね」
「そうだな。それが、唯一の救いなのかもしれねえな」
「それが、ベリアルさんみたいな考えが、他の団員さんにも伝わっていくといいよね」
「難しいだろうがな。あいつにかかってる疑惑は、それほどの重みを背負ってんだ」
「何があったのかは………話して頂けないのですよね?」
「いずれ、時が来たら、あいつの………リュネの方から話してくれるさ。………ほら、俺達もさっさと寝るぞ! 寝れる時に寝とくのが鉄則だ!」
マクス達もまた、こうして自室へと戻っていった。
一方その頃、帝都。
「一体どうすればよいのだ!? アクログラントの一件がばれれば、我らは首が飛ぶぞ! ええい、お前も黙ってないで考えんか!」
先程洞窟で会った男が、自分の家の客間で右往左往してうろたえていた。空間転移であらかじめ用意してあった脱出ポイントに逃げたはいいが、追われる身となるのは確実だからだ。
「そんなに慌てないで下さい。見苦しいですよ」
「これが慌てずにいられるかっ!」
「まあまあ。次の策ならちゃんと考えてありますよ」
「おお、本当か!? して、どんな策だ?」
「フフフ、簡単なことです。あの場にいたやつらの中に、茶髪の少女が一人混じっていたのを覚えていますか?」
「あ、ああ。確かにいたような気はするが」
「彼女、今帝都から手配されている皇女様ですよ」
「何と!? まさか…………」
男は驚いた。一応彼も貴族であったため、皇女が指名手配された旨は届いていたのだ。だがそれがまさかあのような場にいたとは、夢にも思っていなかったのである。
「皇女様を手土産に取り入りましょう。見ていてください。お尋ね者どころか、反逆者を捕らえた英雄として差し上げましょう」
偽神父は、そう言って、ほくそ笑んだ。
神崎「神崎はやてのぉ~!」
一同「神の黄昏、in SPIRITUAL ARMS!」
神崎「さぁ~、今回もやってまいりました、神の黄昏! 司会は私、神崎はやてと!」
マクス「マクス=トレンジアでお送りするぜ」
神崎「さあ、今回は特に新キャラも出なかったので、キャラ設定裏話Part2と題しまして、裏話2個目をやらせていただきたいと思います。今回のテーマはずばり、レインシア皇女!」
マクス「明らかに物語の鍵を握るであろう人物の登場だな」
神崎「そうです。でもどう重要なのかはこれからの展開を読んでみてくださいね! では、彼女のキャラについて。本作品では、当初ヒロインはリュネのような………否、むしろリュネが務めるはずでした。が、製作途中でそれがストーリー上無理が生じると解り、今の形に落ち着いたというわけです。どう無理なのかはこれからのストーリーを参照してね」
マクス「じゃあ一歩間違えば、あいつがメインヒロインってことになってたってのかよ!?」
神崎「そういうことです」
マクス「ああ、よかった………。あんなうるさくて絡みづらい女がヒロインなんかになったらストレスでぶっ倒れちまう」
神崎「ま、マクス、後ろ………」
マクス「あん? 後ろ?」
リュネ「悪かったわねえ、うるさくて絡みづらい最悪の女で………!」
マクス「げっ! ていうかそこまで言ってねえ!」
リュネ「吹っ飛べーーーー!」
マクス「作者、あとは頼んだ!」
神崎「ちょっ、鬼神覚醒させた挙句丸投げ!? ていうかこっち来る! ぎゃああああああああああ!」
リュネ「あっ、いけない。あたしったらついうっかり。大丈夫、作者さん!?」
神崎「…………」
リュネ「………え、ええと、返事がないのでこれでお開きにします。またね。ばいば~い!」
マクス「作者よ………安らかに眠れよ」
神崎「死んでないっての!!」
終わり。