第1章 第7話「因縁のギルド」
「皆さん、おはようございます」
一階に降りてきたレインシアは、そう言ってぺこり、と頭を下げた。
「もう具合はいいのか?」
「はい、マクス。ご心配をおかけしました」
「それは別にどうでもいい。それより、昨日のあれは一体何だ?」
「………私にも解りません。急に意識が真っ白になったと思うと、気付けば既にベッドの上にいました」
「そうか。まあ今はいい。それより、回復したならすぐにでもここを離れるべきだ。昨日の今日、すぐに憲兵共がやってくるぞ」
「はい」
「で、次はどこに行くのさ、マクス?」
「次は…………」
「ねえマクス、本当に………行くの?」
マクスが答えようとすると、リュネがおそるおそる尋ねる。
「ああ。あれから考えたが、やはり一度はやつらに接触しておかねえと、後々都合が悪い。厳しいだろうが、解ってくれ」
「…………うん、解った」
「どうしたの?」
ファインが訝しげに訊くと、マクスは大仰に手を振り上げて、
「なんでもねえよ。次に俺たちが向かうのは、クランジスって町だ。そこにある神の牙ってギルドに協力を要請する。さ、行くぞ!」
荷物をまとめ、リュネの家を出ると、マクス達はジルヴェリストを後にした。
町からしばらく歩いていったところにある峠を越えると、大きな建物が立ち並ぶ町が一行の目の前に広がった。
「ここがそうなの、マクス?」
「ああ。農業と商業の町、クランジスだ。今言ったとおり、農作物を作り、その商取引により栄えた町だ」
「その割には…………」
ファインは辺りを見回す。町の入り口付近であるのに、近くに見える田畑は荒れ、店にはどこも人がいない。とてもじゃないが、商業で栄えた町とは思えない活気のなさである。
「寂れてますね………」
「どうなってるの? あたしが前いた時は、こんなんじゃなかったのに…………」
「何かあるな。………ま、ここでこうしてても仕方ねえ。神の牙に急ごうぜ」
「うん」
「そうだね」
マクス達は、目的のギルド、神の牙の本部がある建物を目指した。大通りから逸れ、脇道に入ってしばらく歩くと、閑静な裏通りに一軒の木造の建物に行き着いた。
「ここ?」
「ああ。………リュネ、覚悟はいいな?」
「う、うん」
マクスはドアをノックすると、扉を開けた。すると、ドアのすぐ近くに座っていた男がちらりとこちらを見た。
「邪魔するぜ」
「何だ、てめぇ………って、マクスじゃねえか! 久しぶりだなぁ!」
「元気そうだな、ジャック」
「お前こそ、相変わらずみてえだな。どうしたよ、今日は?」
「ちょっとお前らに頼みたいことがあってな。それでわざわざ来たってわけだ」
「そうか。ボス達は今依頼で出てるんだが、ま、お前なら大丈夫だろ。上がれよ」
「サンキュ。あと、連れも一緒にいいか?」
「? 連れ?」
「ああ。………入れ!」
マクスの合図と同時に、レインシア、ファインが入ってきて、そして最後に、ばつの悪そうな表情で、おそるおそるリュネが姿を現した。
「なっ…………てめえ、リュネ!」
リュネを見た途端、明らかにジャックの表情が嫌悪のそれへと変わり、リュネはジャックの怒鳴り声にビクッ、と震えて固まった。
「ジャック…………」
「てめえ、どの面下げて戻ってきやがった!」
ジャックが怒りの形相で声を荒げ、今にも飛び掛りそうなのをマクスが止める。
「離せ、マクス! てめえだって知ってるだろ! こいつが昔、俺達に何をしたのか!」
「落ち着け、ジャック! リュネは今回は俺が頼みたい件で協力してもらってるだけだ! お前達にどうこうしようとして来たわけじゃねえ!」
「…………ちっ」
ジャックは未だ憤怒の様相を見せたままだったが、とりあえずはリュネに掴みかかるのは留まったらしい。少し身を引き、そこから俯くリュネを睨み付けた。
「解ったよ。だが、ここに入れておけねえ。出て行ってもらおうか」
「…………ええ、解った」
「リュネ」
「大丈夫よ、マクス。あたし、宿屋で宿とってるから。じゃ、また後でね」
そう言い残し、リュネは逃げるように外へ飛び出していった。
「さ、マクス。こっちだ。何もねえが、コーヒーぐらい出せるだろ」
「…………ああ」
とりあえずは怒りを収めたらしいジャックは、マクスを奥へと案内する。
リュネとジャックのやり取りを不安そうな顔で見守っていたレインシアとファインは、一旦収まると安堵した様子で溜め息をつく。
「姫様…………」
「………リュネさんのことは心配ですが、ここは行きましょう、ファイン」
「………はい」
ジャックに出されたコーヒーを啜ってしばらくすると、入り口のドアが勢いよく開き、けたたましい大声と共に恰幅の良い中年の男性が中に入ってきた。その後ろから、十数人はいると思われる男達がぞろぞろと続く。
「おう、帰ったぞ!」
「あ、ボス。お帰りっす」
ジャックは男を見ると、立ち上がり、軽く会釈をする。
「おう。………ん? 客か?」
「よう、ベリアル。元気そうじゃねえか」
マクスは笑みを浮かべながらそう言って、手をひらひらと振る。すると、ベリアルの表情がみるみる変わっていった。
「おおおお!? マクスじゃねえか! 久しぶりだな」
ベリアルは驚きつつ、マクスのもとに歩いていく。
「変わってねえなぁ、お前」
「お前も相変わらずじゃねえか! 先代ボスの件の時依頼だから、6年ぶりか? その豪胆な性格、全く変わってねえな」
「お前はすっかり『ボス』が板についてきたじゃねえか。最初はあたふたしてやがったのに」
「言うなよ、小っ恥ずかしい。………ところで、お前の隣にいるこいつらは誰だ?」
ベリアルが、マクスの隣に座っている二人を指差す。
「ああ、紹介しておこう。こいつはファイン、帝国正規軍の軍曹だ」
「ほう、軍人か。まあ、よろしくな」
「あ、こちらこそ………」
ベリアルが手を差し出すと、ファインは恐る恐ると言った様子でその手を取り、握手を交わす。
「で、こっちが俺の今回の依頼の主本、帝国皇女のレインシア様だ」
「はいはい、皇女さんね………………って、何ぃ!?」
『皇女』と聞いた途端、周囲の男達がどよめく。マクスの後ろでも、ジャックが『ま、マジかよ………』と呟いて、口をあんぐりと開けたまま固まっている。
周囲のあまりの反響に、レインシアはどうしていいか解らないのか、戸惑いながらぺこりと頭を下げた。
「…………詳しく話してもらおうか」
マクスは無言で頷いた。
「なるほどな。とりあえずその姫さんを帝都に連れてって、帝位を継がせてやればいいわけだな?」
事の顛末をマクスから説明され、ベリアルはそう言って溜め息をつく。他の大勢の部下達は、とりあえず各々の部屋に引き上げさせているため、ここにはマクス達とベリアルしかいない。
「そういうことだ。お前達は護衛もやってるはずだと思ってな。今回の依頼にはうってつけだろう?」
「そうだな、普段なら一発で引き受けてやるとこなんだが…………」
「何か、あるのですか?」
レインシアが訊くと、ベリアルは頷く。
「ええ。我々はさっき、ある調査に行ってたところでしてね」
「調査ですか?」
「はい。この町の畑はご覧になりましたか?」
「はい……………………」
「そうなんです。今この町では畑が一つ残らず荒れ放題になっておりましてな。原因も一向に解らんのです。そこで、町の人々の依頼を受け、我々が原因究明と現状打破に努めてるわけなんでございますよ」
ベリアルは、流暢なのかそうでないのか解らない敬語を用いて、務めて丁寧に説明する。
「つまり、それが解決しない限り、俺達の依頼を受けてる暇はねえってことか………」
「すまねえが、そういうことだ。依頼されてるから、ってだけじゃねえ。俺達は、俺達が本部を構えたこの町に誇りを持ってるからな。この町をこんな状態に放っておいて、他の依頼を受けることなんざ、俺達には出来ねえよ」
「だろうな。お前達にそんな器用な真似は出来るわけねえよ」
「解ったら今は帰れ。事が終わったら、護衛でも何でも引き受けてやるよ」
「……あ、あの………」
レインシアが口を開き、三人は一斉に彼女の方を見る。それに一度びくりとしつつも、意を決したように切り出した。
「あの、私達でその件、解決してみてはいかがでしょうか?」
「ひ、姫様、本気ですか!?」
ファインが明らかに慌てる。当然だ、護るべき姫が自ら危険を犯すことを提案しているのだから。
「ええ。事が終わったら護衛をしていただけるのであれば、目の前の事件を解決するべきだと思うのです。ね、マクス?」
「…………ハハ、ハハハハハハハハ! こいつは驚いた。お前も言うようになったじゃねえか! ああ、全く以ってその通りだ。こいつ、俺が言おうとしたこと、言っちまいやがった! ハハハハハハ!」
最初は驚きに目を見開いていたマクスだが、やがて大声で笑いながらそう言った。
「ほ、本気、マクス!?」
「何だ、嫌なのか? もし嫌なら、てめえだけ宿屋で大人しくしててもいいんだぜ?」
「…………馬鹿言わないで。僕も行くよ。当然でしょ?」
「お前ら、協力してくれるってのか?」
「その方が手っ取り早いだろ。嫌とは言わせねえぜ?」
マクスはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
「………全く、やっぱり全く変わんねえな、お前」
そう言って、ベリアルは小さく苦笑した。
「ほんとにこんなんで解るのかな?」
疑いの眼差しで畑を凝視しながら、ファインは小声で呟いた。現在、マクスとファインは被害のあった中でもまだ比較的ダメージを受けていない方の畑を、近くの茂みに隠れながら監視している真っ最中である。さすがにレインシアを作戦に参加させるべきではないので、宿屋でリュネとともに大人しくしておいてもらっている。
「畑の作物を見ていて気付いたことがある」
隣のマクスが、同じく小声で話し始める。
「気付いたこと?」
「ああ。まず一つ目。荒らされていた畑はどれも酷い有様だったが、見事に実だけが消えている。見事なまでにな」
「ふむ、なるほど」
「そして二つ目。実が付いてたはずの部分は、ただ千切れたって感じじゃなかった。あれは明らかに、何か鋭い刃物で切断されたような切り口だ。これらから導き出される答は………何だ?」
「まさか、この事件が人為的なものだっていうの?」
「そこまでは解らねえよ。だが、ただの天災かなんかってわけじゃねえのは確かだな」
「なるほどね…………ってマクス。あれ、あれ!」
ファインが指差した先の暗闇で、はっきりとは見えないが何かが動くのが見えた!
「…………来たな。行くぞ」
「………うん!」
二人は頷き合い、勢いよく茂みから飛び出した。
二人は茂みから躍り出ると、一気に影に向かって駆ける。対する影の方もそれに気付き、今まさに持って行こうとしていた南瓜を放り出し、一目散に逃げていこうとする。だが、常人の数倍の速さを持つマクスには無駄な抵抗だった。その差はぐんぐん縮まり、程なくして完全に追いつかれる。
「おらっ!」
マクスの手がぬっと出て、影の一部をがっしりと掴む。
「うわっ!」
悲鳴を上げて、影がマクスの手から逃れようともがく。だが当然、マクスの力から逃れられるはずもない。
「大人しくしろ!」
「マクス!」
後ろから松明を持ったファインが駆けつけてきて、影を照らし出した。
「えっ…………」
ファインはマクスの手が掴んでいるそれを見て驚いた。
「こ、子供…………!?」
松明の炎に、まだ幼い少年のの姿が映し出された。
「で? 何でこんなことをしたんだ?」
神の牙本部に縄で縛った少年を連れて行き、マクスは訊いた。少年が座る椅子の周りを、ファインや、ベリアルを始めとする神の牙のメンバーが取り囲んでいる。
少年はそんな彼らの佇まいに気圧されながらも、ぽつりぽつりと話し始めた。
「…………おいらの村、最近食い物がとれないんだ。このままじゃ、皆飢えて死んじまう。だからおいら、仲間と協力して、村に食い物を持ってってやろうと思って………」
「それで、この町の作物を荒らしたってのか。どこの村だ?」
ベリアルが訊くと、少年はそちらを向いて答える。
「ジサラ村だよ」
「ジサラ村っていやぁ、隣村じゃねえか。全然そんなこと知らなかったぜ。だがよ、その原因は一体何なんだ?」
「村長の話じゃ、村の近くに住んでる魔物が食い荒らしてるっていう話だよ。おいらもその魔物、やっつけてやりてえんだけど、おいらの力じゃ倒せるかどうか解らねえ」
「そんなの、僕達でやっつけてやればいいよ! ね、マクス!」
ファインの提案に、マクスはにやりと笑って返す。
「へっ、そのとおりだ。ぶっとばして済むことならこれ以上簡単なことはねえ」
「だめだよ!」
一同は驚いて一斉に少年を見た。
「どうしてだ。魔物に食い荒らされているのなら、その魔物を倒せば済む話だろ!?」
ベリアルが尋ねると、少年は再びゆっくりと話し始めた。
「村長様、言ってたんだ。魔物は殺してはならないって。どんなことがあっても、絶対に魔物を殺したりしてはいけないって」
「どういうことだ? それだけ被害を被ってんなら、むしろ率先して倒そうとするのが普通だろ?」
傍らで聞いていたジャックが訝しむ。
「解らねえ。解らねえが、これはただ魔物が引き起こした出来事、ってわけでもなさそうだぜ」
腕を組んで考え込むような姿勢のまま、マクスはドアに向かって歩いていく。
「どうするの、マクス?」
「決まってんだろ?」
ファインの問いに、マクスはドアノブに手をかけつつ、気取ったように彼を指差す。
「百聞は一見にしかず。まずは実地調査だ」
「あ、待って、僕も行くよ!」
「俺達も行くぞ!」
にやり、と不敵な笑みを浮かべると、マクスは本部を飛び出していき、それを追うように、ファインや、ベリアルの掛け声に「おう!」と雄たけびを上げた神の牙のメンバーも、後に続いた。
「こりゃ酷ぇ……………」
ベリアルは、村の惨状に苦虫を噛み潰したような表情で手で顔を覆った。村は至るところが破壊され、石造りの壁が崩れ、木造小屋がなぎ倒され、池は破壊されて水がほとんどなくなっている。申し訳程度に木での応急措置が施された家々が、逆に痛々しい。
「よほどの化け物が暴れまわったんだろうな。そうでなければ、あれほどでけえ傷は出来ねえだろう」
「酷いですね………」
「ああ…………ってレインシア!? お前何でここにいるんだよ! 宿屋で大人しくしてろって言ったろ!?」
「ええ、ですが、私も実情を知っておかねばならないと思ったのです………」
「ファ~イ~ン~~~!?」
恨みのこもった黒い笑みで振り返るマクスの顔を正視しないようにして、ファインは恐る恐る答えた。
「し、仕方ないじゃないか。どうしてもって迫られちゃったんだから。あのうるうる眼で迫られたら、マクスだって絶対断れないよ」
「………はぁ。まあいい。とにかく、だ。まずは村長辺りに詳しい話をだな…………」
そこまでマクスが言いかけたところで、突然辺りに大きな鳴き声が響き渡った。まるで地獄のそこから響いてくるような、巨獣の鳴き声である。
鳴き声が収まると同時に、大きな地響きによる揺れが一行を襲う。一緒についてきた先程の少年が、ジャックの腕にしがみついてガタガタと震えている。
「な、何ですか!?」
「…………下がってろよ、姫さん」
ぴたりと、地響きが終わる。代わりに、一行に降り注いでいた月光を遮り、巨大な影が覆い隠す。
「どうやら、噂の上客のようだぜ」
一行を、二本足の巨躯が真っ直ぐに見下ろしていた。
神崎「神崎はやてのぉ~!」
一同「神の黄昏、inSPIRITUAL ARMS!」
神崎「さあ、やってまいりました、神の黄昏!」
マクス「司会はそこの馬鹿作者と俺でお送りするぜ」
神崎「いきなり酷っ!」
マクス「うっせえ。それより、今日はゲストが来てんだろ?」
神崎「おっと、そうだった。それでは紹介します。ギルド、神の牙より、ボスのベリアル、そしてその部下、ジャック!」
ベリアル「おう、よろしくな!」
ジャック「おっ邪魔しま~す!」
マクス「久しぶりだよなあ、お前ら!」
ベリアル「本当にそうだな。お前とは、あの事件以来だからな」
ジャック「そうそう。一切音沙汰ないからどうしちまったかと思ってたんだぜ?」
ベリアル「ま、お前のことだから心配はしてなかったけどな」
マクス「当然だ。俺を誰だと思っている?」
ベリアル「はいはい、そうだったな」
神崎「いやぁ、我が主人公ながら、とんでもない自信だねえ」
マクス「うっさい!」
神崎「では、また次回まで。ばいば~い!」




