第1,5章 第2話「はじめてのお遣い? ―後編―」
「レイファン姉ちゃんは、この町に住んでるのかい?」
歩を進めながらバギにそう質問され、レインシアは迷わず
「はい」
と答えた。
「ふぅん」
「バギは、ここの生まれなのですか?」
「いんや。おいらは捨て子ってやつさ。物心つくまえにあの貧民街に捨てられて、偶然通りかかったホームレスのおっちゃんに拾われたんだ。家族がいなかったから、寂しかったんだと。そのおっちゃんも数年前に死んじまってるから、今は1人だな」
「そう、なのですか………」
レインシアは俯いた。
聞くべき事ではなかった、と後悔するが、もう遅い。
そんなレインシアの気持ちを察してか、バギは努めて明るい口調で、
「大丈夫、平気さ。確かにおっちゃんが死んじまったのは悲しいけど、おいらには同じ貧民街に住んでる仲間がいる。寂しくなんてないよ!」
と笑みを浮かべた。
その様子に、レインシアもまた
「そうですか」
と言って笑い返した。
この少年は強い。
こんなに貧しく孤独な生活を送っていても、弱音や恨み言1つ吐くことがない。
それは偏に、この少年が強いから。
こんな逆境にも負けない、強い精神力を培っているから。
そんな少年の強い心が、レインシアにはなんだか羨ましく思えた。
と、そんなことを考えている間に、
「おっ、着いたぜ。あそこだよ」
いつの間にか、大通りまで出ていたらしい。
大きな幅を持ち人で賑わう道の脇に、大きくHAMBERGER SHOPと書かれた看板のついた店があった。
「ま、まさかこんなところにあったなんて…………」
見ると、この位置からグランヴァール城の正門は目と鼻の先の位置にあった。
自分がよほど見当違いな方向へ進んでいたことを自覚して、レインシアの顔は真っ赤になった。
「姉ちゃん。気持ちは解る。今度から、方向音痴だけは治そうな。うん」
「うぅ…………」
バギに慰められ、余計に情けなく思ったレインシアはついに項垂れてしまった。
「さ、いつまでもこんなところにいないで。中に入ろうぜ」
「あ、はい」
そうして、レインシアは未だに外まで続く長い行列の後ろに並ぼうとした。
が、
「何やってるのさ。そっちじゃないよ」
「え? でも入り口はあそこに…………」
「いいからいいから。あんなところに並んでたんじゃ、いつまでも順番回ってこないぜ? まあ、着いてきな」
訝しみながらも、レインシアは言うとおり少年の後についていく。
すると連れてこられたのは、ハンバーガー店の裏手だった。
「あの、どうして………」
こんなところへ、と続けようとしたレインシアだったが、その質問は
「お~い兄ちゃん! いるかーーーい!」
というバギの叫び声にかき消される。
事態の解らないレインシアが不思議そうに眺めていると、やがて裏手の勝手口のドアが開き、中から人の良さそうな青年が顔を出した。
「おお、バギ。待ってたぞ。………って、あれ? その美人の女の人は、どちらさん?」
「び、美人…………」
いきなり美人と呼ばれ顔を赤めるレインシア。
「うん。ここに来るつもりだったけど道がわからなくなったらしくて、それで連れてきてあげたんだ」
「そうか、偉いぞバギ。ちゃんと道案内できたんだな」
「へへっ…………」
そう言って頭を撫でられるバギの顔には、笑顔が浮かんでいた。
「さてと。俺はこのハンバーガー店の店長、ガイスっていうんだ。よろしく。さ、そんなことより中に入ってよ。こんな店だ。ハンバーガーくらいしかないけど、この店に来たってことはそれ目当てなんだろ? 食わせてやるよ」
「本当ですか!」
「ああ。バギの相手をしてくれたせめてもの礼だ。ささ、どうぞ中へ」
言われたとおりレインシアは中へ入る。
中は外見より広く、通路が奥へと延びていた。
ガイスが言うには、左手へ行くと厨房、右手へ行くと店員の詰め所や休憩室、倉庫などがあるらしい。
レインシアたちは、右手の通路をとおり、休憩室へ通された。
中は広く、中央にテーブルが、脇には仮眠用だろうか、2段ベッドが置かれていた。
ガイスに勧められるがままテーブルの椅子にバギと隣り合うようにして座り、待つこと数分。
「いやぁ、お待たせ! 思った以上に混んでてさ………」
ガイスが、ハンバーガーや飲み物を載せたトレイを手に帰ってきた。
「いえ。ありがとうございます」
「はいよ。こいつがハンバーガーさ」
「これが…………」
目の前に出された円盤状の物体をしげしげと珍しそうに見つめる。
「はは、そんなに珍しいかい? ハンバーガーが」
「あ、いえ、そんな………。い、いただきます」
「どうぞどうぞ」
そう笑顔で会釈するも、ハンバーガーを数秒見つめ、一言。
「…………あの、ナイフとフォークは使わないのでしょうか」
それを聞いたガイスとバギは顔を見合わせ、
「いや~、貴族とは思っていたけど、まさかこれほどとは………」
「まあ、帝都で道に迷っている時点で世間知らずだって言ってるようなものだけどね」
そう、呆れたように言うしかなかった。
そして、彼らがどうして呆れているのか全く解らないレインシアはというと、
「え? え?」
戸惑ったように2人を交互に見ては、ハンバーガーに視線を落としている。
「いや、レイファン姉ちゃん。これ、ナイフもフォークも使わないぜ」
「え? ではどうやって食べるのです?」
「こうやって手で持って、ガブッと」
ジェスチャーをして身振り手振りで教えるガイス。
それにはレインシアも合点がいったようで、
「ああ、おにぎりと似たようなものですね」
と手を合わせた。
「そうそう。ほら、どうぞ。早くしないと冷めちまう」
「そうですね。では、改めて。いただきます」
気合一発、がぶりとハンバーガーに噛み付くレインシア。
その様子を、バギとガイスが固唾を呑んで見守っている。
そして。
「美味しい………! 美味しいです!」
それを聞いて満足げな笑みを浮かべ、バギとガイスは拳を打ちつけた。
「それはよかった。まだまだあるからな、どんどん食べてくれよ」
「はい!」
そうして、3人はしばらく談笑しながら、ハンバーガーの味を楽しんだのだった。
「今日はありがとうございました、バギ」
貧民街の中の道ゆっくりと歩きつつ、レインシアはバギに礼を言った。
何故またここを歩いているかと言うと、ガイスのハンバーガーを貧民街に住む子供たちに配って歩くのだということで、彼女がその手伝いを買って出たからだ。
「なんのなんの。おいらも、ガイスんちの客が増やせてよかったさ。ぜひまた買ってやってくれよな!」
「ふふ、解りました」
そう笑顔で歩いていると、不意にレインシアが立ち止まり、
「? 姉ちゃん?」
「バギ。私もまたここへ遊びに来ますね」
バギは、レインシアの言葉に最初はきょとんとしていたものの、すぐに笑顔になって、
「うん! ありがとな!」
と元気よく頷いた。
それはもう、心底嬉しそうに。
その様子に満足し、レインシアが再び歩き出そうとした、その時。
「見つけたぜ、姉ちゃん」
後方から、野太い男の声が聞こえてきた。
「何ですか、あなたたちは?」
レインシアは自分の後ろにバギを庇うようにして、目の前の男達を睨む。
いきなり敵意を見せているのは、男達がただ用がある、というだけならば到底必要ない、銀の光沢を放つ得物を持っていたからである。
「あんた、随分金持ちみたいじゃねえか。俺達は金が大好きでよ。特に………」
先頭にいる男の剣の切っ先が、真っ直ぐにレインシアに向けられる。
「貴族の姉ちゃん相手に分捕った身代金なんか、特別に好きなんだよ!」
「逃げますよ、バギ!」
もと来た道から逃げようとするも、背後に別の男達が立塞がり、退路を完全に塞がれる。
「そんな!?」
「諦めた方が身のためだぜ、嬢ちゃん」
そういいながら、先ほどから喋っていたリーダー格の男が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
と、そこへ、
「ね、姉ちゃんに触れるな!」
「あん?」
果敢にも、バギが立塞がった。
だが、男はそんなバギにも一瞬視線を移しただけで、
「しゃらくせえんだよ、ガキが」
腕を一振りし、殴り飛ばした。
「がぁっ……………」
「バギ!」
バギのまだ小さな体が、数メートルはあるだろうかという距離をとび、どさりと石で舗装された地面に叩きつけられる。
「さあ、俺たちと一緒に来てもらおうか。貴族の譲さんよぉ!」
もう目と鼻の先まで迫っている男を直視できず、レインシアは目を瞑った。
この世で一番、駆けつけてきてほしい男を思い浮かべながら。
そして。その思いは、
「シュトゥルムヴェインッ!」
現実となった。
無数の雷球が頭上から降り注ぎ、レインシアとバギを取り囲んでいた男達に次々と着弾する。
それはまさに、神の鉄槌が如く。
天から降り注いだ捌きの雨はついに、意識ある者をレインシアとバギ、後はリーダー格の男という3人にまで減らした。
そこへ続け様に割り込む、1つの影。
「姫さん、無事か?」
それは、レインシアが尤も待ち望んでいた人物だった。
「はい、マクス」
「そうかそうか。たく、皆心配してたんだぜ?」
「す、すみません…………」
そう申し訳なさそうに項垂れるレインシアの肩を無言で叩き、マクスは目の前の男に向き直った。
「よう。どこのどいつだか知らねえが、この国のトップに手を出そうたぁ、いい度胸してんじゃねえの、ええ?」
そう挑発しつつ、マクスはすかさず殺気を飛ばした。
表情は笑っている。だが、放つ雰囲気はまるで敵を射殺すかのように、眼前の男を容赦なく貫く。
「あ……あ………」
途端、目の前の男は先ほどからの態度から一変、ガタガタと震え出した。
悟ってしまったのだ。
この男には何があっても勝てないと。
否応なしに感じてしまったのだ。
絶対的な格の違いを。
それでも男が逃げ出さないでいられるのは勇気でもなんでもなく、ただ単に恐怖に足が竦んで動けないという、情けない理由からだった。
「さあ。覚悟しろよ? 大丈夫、ちーっとばかし痛いだけだ。そう。ただ、な………」
「ひ、ひいっ!?」
漸く棒のようになった足を動かすも、だがそのときにはもう既に遅かった。
詠唱を終えたマクスの神術が、容赦なく男の体に炸裂した。
「ハハハハハハハハハ! まさか姫さんがこんなもんのために町へ出るたぁ。意外だったな。しかも、地図があるくせに道に迷うって………ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「もう! 笑わないで下さい!」
城へ辿り着いたマクスとレインシアは、2人で、あの演説を行ったテラスにて茶を飲んでいた。
あの後、合流したロストンがレインシアの姿を見るなり号泣したり、駆けつけたファインが再びこっぴどく叱られたりと一悶着あり、結局落ち着いたのは夜になってしまった。
今は、レインシアの希望でハンバーガーでの夕食中である。
その際レインシアは事の次第を話したのだが、ご覧のとおり見事に大笑いされてしまったというわけだ。
「ははは、すまんすまん。いや、しかしこれは………ククク」
頬を膨らませて拗ねるレインシアに謝るも、笑いが堪えきれないマクス。
「もう……………」
「ははは、本当に悪かった。そう拗ねないでくれ。…………だがな、姫さん」
「はい?」
急に真剣な顔になったマクスに、レインシアも自然と居住まいを正す
「今回は無事だったから笑い飛ばせるが、次回からは勝手に外へ出るな。今回のようになりたくなかったらな。お前のその命はもう、お前だけのものじゃねえ。この国の大地、自然、国民。その全てを背負ってるってことを忘れるな」
「……………はい」
頷くも、レインシアの表情は暗かった。
無理もない。
事実上、城から勝手に出ることは許さない。そう言われてしまったのだ。
だが、そんなレインシアの心情を察してか否か、マクスの口から次に出てきた言葉は、レインシアの予想を斜め上を行くものだった。
「で、だ。ここで勘違いしてもらっては困るんだが、要は『勝手に』外へ出歩くなってこった」
「え?」
「回りくどい言い方はやめるか。つまりだな、俺に一言言ってくれさえすりゃあ、いつでも外くらい連れ出してやるって言ってんだよ。政務中だろうがなんだろうが構わず、な」
にっ、と笑みを浮かべるマクスの言葉に、レインシアの顔は忽ちはぱあっ、と笑顔になって、
「はい! 宜しくお願いします!」
と心底嬉しそうに言った。
「おうよ。さてと、ご馳走さん。そろそろ部屋に戻るわ」
そう言って立とうとしたマクスの軍服の袖を、
「あ、待ってください!」
レインシアの手が掴んだ。
「ん?」
振り返るマクスの顔を、呼び止めた本人もまた驚いたように見つめる。
「どうした、姫さん?」
そう言って笑いかけるマクスのその笑顔が、いつになく優しく見える。
そんな彼の顔をいつまでも見ていることが出来なくて、
「あ、いえ…………」
思わず目を逸らしてしまった。
「? そうか? じゃ、また明日な」
「はい。お休みなさいませ」
マクスはおう、と短く返事をすると、手をひらひらと振りながら部屋を後にした。
(どうして私、あんなこと………)
部屋に1人残されたレインシアは、ぼーっ、と町の夜景を眺めていた。
帝都であるせいか、夜になったにも関わらず町は活気に包まれ、様々な色の光芒が夜の闇を照らしている。
あの時、助けに来てくれたマクスの背中を見た時、言い様のない頼もしさとともに、不安が一気に拭い去られるのを感じた。
それと同時に、速くなった鼓動。
これは一体、何なのだろうか。
「私、どうしてしまったんでしょう…………?」
溜め息をつくレインシアの顔は赤い。
また1つ、胸の鼓動が速くなるのを感じ、レインシアは何かを労わるかのようにそっと胸を抱いた。
~神の黄昏~
神崎「はい、というわけで、レインシアのフラグ確定話でした~」
マクス「ちょっと強引過ぎやしないか?」
神崎「いいのいいの。恋なんて所詮はそういうものさ」
マクス「恋愛経験ゼロのお前が言っても説得力ないがな」
神崎「ぐっ、言い返せない………!」
マクス「で? まだフラグは立つのか?」
神崎「え? 立てないとでも?」
マクス「何当然のことみたいに言ってやがる。俺にどこぞの幻想殺しのようになれと!?」
神崎「大丈夫大丈夫。あそこまでにはならないから。……………たぶん」
マクス「……………まあ、いいだろう。ではそろそろ次回予告か?」
神崎「ですね。では次回。世界を練り歩く何でも屋。ある日訪れた山間の村にて、女は、とある依頼を受ける」
マクス「次回、『望んだ力、望まぬ力』」
神崎「今こそ解き放て。それが己が選んだ道であるならば」