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第1,5章 第2話「はじめてのお遣い? ―前編―」

「陛下ーー! レインシア陛下は何処(いづこ)かーーーーー!!?」


とある平和な昼下がり。マクスが廊下を歩いていると、そんなけたたましい声が響いてきた。


何事か、と思い声の主に尋ねる。


「おう、ロストンじゃねえか。どした?」


「おお、これはマクス殿! レインシア皇帝陛下を見かけませんでしたかな?」


「いや、見てないが?」


「そうですか………。ああ、何処へ行ってしまわれたのか!」


そう言って、途端におろおろするロストン=オーギュスト。


マクスと同じ、帝国将軍職の1人である。


普段威風堂々とした彼がここまで当惑している様子を見るのは初めてなので、マクスは表面上は微笑みという表情をとりつつ、心の中で大爆笑した。


ポーカーフェイス。激しく使い方を間違えている気がするが、競争の激しい縦社会の中で生き残るためには必要なことだ。


「レインシアがどうかしたのか?」


「城のどこを探してもいないのだ! ああ、陛下はまだあまり城の外へ出たことはないというのに………!」


大仰に手を天(天井)に掲げるロストン。………彼はこんなキャラだっただろうか?


「おい、1人で行ったってのか? 確証はあるのかよ?」


「侍女を1人も連れて行かなかったのだ! 護衛の騎士も全員いる! 間違いない!」


話を聞いている内に、マクスもことが大きいような気になってきた。


「まずいな…………」


マクスは考え込んだ。


事件の後、レインシアは事件以前より遥かに外出する機会が多くなった。

時には、隣町まで足を伸ばすほどである。


だがそれはほとんどは政務であり、その全てにおいて護衛の騎士や侍女がついてくる。今回のように誰も連れずに人知れずいなくなるのは初めてのことだ。


それだけに、ロストンがここまで慌てるのにも頷ける。


「何を落ち着いているのだ、早く陛下を追いかけねば!」


「待て待て。焦るのは解るが待て。冷静に考えてみろ。お前、姫さんの居場所知ってるのかよ?」


「そ、それは…………」


ロストンは押し黙った。

図星だったのだろう。


「とにかくだ。今は情報を集めるのが先だろう。城中のやつらに聞いて回るぞ。俺はこっちに行くから、お前はそっちを頼む」


「り、了解した!」


マクスが指示を出すと、慌ててロストンはマクスが指差した方角に走っていく。


「………ったく。面倒なことになったな、こりゃ」


マクスは溜め息をつき、逆の方向へ駆け出した。

















一方、1人街に出たレインシアはと言うと―――――。


「ええと、この辺りだったはずなのですけど………」


期待に漏れず、現在絶賛迷子中であった。


「おかしいですね。それらしきものは何も………」


そう言ってきょろきょろ辺りを見回すレインシアの手には、一枚のチラシが。


そこには、でかでかと「西方の食べ物! ハンバーガー新発売!」と書かれていた。


「ぜひ一度食べてみなければ!」


意気込み、レインシアはぐっ、と拳を握った。


何故、レインシアがこんなことになっているのか。それは、数時間前、城内でファインに出会ったところまで遡らねばならない。


レインシアがいつものように訓練を終えたマクスを迎えにいこうと廊下を歩いていると、向かい側から歩いてくるファインと鉢合わせになった。


「ファイン。お勤め、ご苦労様です」


「レインシア殿下! いえ、今は陛下でしたね。陛下もお変わりないようで」


そう言って、2人は微笑み合う。


事件が終わってから、旅の仲間は方々へ散っていった。


リュネは、活動範囲を国中に広げはしたものの未だに元の万屋を営んでいるし、バルクはレインシアの計らいで正式に騎士団団長へ。スラムの長も正式に認可されたため、時々帝都には帰ってくるが、忙しなく国中を飛び回っているらしい。


そしてファインは、帝都にはいるものの軍の中でも下っ端の部類に入るため、あまり登城の機会はない。マクスとレインシアのように、生活を共にしている例は少なかった。


「あなたはどうしてここに?」


「はい、騎士団長に昼食の差し入れを持って来たんです」


彼の言う騎士団長とは、バルクとは違う人物のことである。そういえば、彼は部下の給与を弾む代わりによくこうやって雑用に走らせていると聞いた記憶がある。給与待遇の問題であり贈収賄には該当しないため法的にはなんの問題もないが、ロストンのような騎士の礼節を重んじる将軍らにあまり評価はよくない、とも聞いた。

何よりこの騎士団長、酒癖や女癖が悪すぎ、人となりとしての評価もよくないのだ。ファインも全く、変な人物の下につかされたものである。

自分がもっと機転が利けばこれも防げたのかと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


そんなことを考えていたレインシアだが、ふとその視線がファインの持ってきた差し入れに留まる。


「あの、ファイン。それは一体何なのです?」


指差して訊くレインシアに、ファインは「ああ、これですか?」と言って袋に入ったそれを少し持ち上げる。


「ハンバーガーとかいうものですよ。最近城下で流行ってまして」


「はんばーがー?」


はて?といった様子で小首を傾げるレインシアに、ファインは説明した。


「なんでも、最近西洋から交易で伝わった食べ物らしいです。うちの団長ケチなんでまだ僕は食べたことないんですけど、凄く美味しいらしいですよ」


そうなのですか、と曖昧に返事をしたレインシアの視線はしかし、ファインの持つハンバーガーの袋に向けられていた。


「では、僕はこれで」


「あっ…………」


待って、という暇もなく、ファインは廊下を歩いていってしまった。


伸ばしかけた手を引っ込め、レインシアははぁ、と溜め息をついた。


それほどまでに美味しいのだろうか、ハンバーガーという食べ物は。


食べてみたい。


ぜひ食べてみたい。


そんな風に思いばかりが募っていくと、不意にぐぅ、と腹の虫が鳴った。


「………………こうなったら」


レインシアは何かを決意したような面持ちでぐっ、と拳を握ると、廊下を歩いていった。

















そして、舞台は再び現在。


レインシアは、未だにハンバーガー屋を探して1人道を歩いていた。


しかし、何分1人で外へ出たことのないレインシアは当然、1人で町を歩くのも初めてである。

いつもならお供の侍女や騎士と話して気を紛らわせることも出来るが、それもない。


レインシアは、段々心細くなってきた。


「どうしましょう………」


不安げに辺りを見回す。


すると、彼女の視界にあるものがとびこんできた。


「あれは、確か………」


レインシアの先にあるもの。それは、アイスクリーム屋の屋台だった。

以前、マクス達と旅をしていた時にマクスに教えてもらったことがあった。


ハンバーガーの値段が分からなかったので、幸いお金は多めに持ってきている。


「………アイスクリームでも食べて一息つきましょうか」


レインシアは、屋台に向けてとぼとぼと歩いていった。

















一方、再び場所は移り、グランヴァール城内。


「いない! 一体どうなっているのだぁーーーーー!!?」


マクスの目の前で、この世の終わりだといった様子でロストンが絶叫している。


結局、どれだけ城の者に話を聞いてもレインシアの情報は得られなかった。あろうことか、門番ですらその姿を確認していないというのだ。


確かにレインシアも気にはなるが、マクスにとって目の前で絶叫している将軍の性格が壊れないかということの方がよほど心配だった。


………本当に、この男はこんな性格の人物だったか?


「落ち着け。城の奴らが誰も知らんとなると、普通に外へ出たのではないのかもしれん。もう1度、詳しく情報を洗ってだな………」


「あれ、マクスじゃん。何してるの?」


声のした方にマクスは振り向いた。ロストンも叫ぶのをやめ、そちらを見やる。


「なんだ、ファインか。まあちょうどいい。レインシアを見なかったか? 今城中総出で探してるんだが」


「ああ、さっき会ったけど今はどこにいるか知らないよ。僕も探してるんだけど………」


会った、という言葉に活力の戻りかけるロストンだったが、続いて出た今は知らないという言葉に再び意気消沈する。


その横で、マクスは訝しげにファインを見ていた。


「待て。お前が姫さんに用事だと? 下っ端のお前が?」


「下っ端言うな! 事実だけど! まあ、ちょっと陛下にプレゼントがあってね。ほら、マクスにも1個あげる」


「プレゼント? こりゃ、ハンバーガーじゃねえか」


「うん、さっき会った時に陛下が食べたそうにしてたから」


「そうか。……………待てよ? もしかして…………」


「もしかしなくても………!」


同じ結論に至ったらしいマクスとロストンは顔を見合わせる。そして次の瞬間、その顔にはこの上ないほどの黒い笑み。


顔は笑っているが、目が笑っていない。


「てめえの仕業だったのか………」


「え、ど、どうしたの、マクス!? ロストン将軍も!」


2人の只ならぬ空気を感じ取ったのか、ファインは1歩後ずさる。


先ほどまで浮かんでいた笑顔は、すっかり引き攣っていた。


「俺の貴重なティータイムを奪いやがって。そんなにあの世が見たいか。そーかそーか。じゃ、地獄へ行くか奈落の底へ行くか好きな方選べ」


「どっちも同じ意味だよ!? ていうか死ぬのは決定なの!!?」


突っ込みつつも恐怖で涙目になりつつあるファイン。

実はマクス、これからティータイム、というところで皇帝捜索に駆りだされてしまったのである。極度の甘党のマクスにとってそれは拷問のようなものであり、なんとか平静を保っていたものの全ての根源を目にした途端、それが爆発してしまったのだ。


しかしファインもまさかこんなことになるとは予想だにしておらず、完全にとばっちりである。


「安心召されよ。すっぱりといかせていただく」


「それ、ちっとも安心できないですよ!!!」


「大丈夫大丈夫。一瞬で終わるからな…………」


逃げようと踵を返すが、肩をがっしりと掴まれて逃げられない。


「俺のティータイムの恨み…………」


「陛下をよくも危険な目に…………」


2人の影が、涙目のファインに覆いかぶさる。


次の瞬間、城中に少年軍曹の断末魔が響き渡った。


~神の黄昏~


神崎「神の黄昏」


マクス「開演だ!」


神崎「まず言わせて貰おう。書いてて楽しかったです!」


マクス「全く、仕方のない奴だ」


神崎「はっはっは、褒めても何も出ないよ?」


マクス「褒めてねえ!」


神崎「さあ、そんなことより今日はこのコーナーに以前届いていた赤飯と紅白餅を賞味したいと思います!」


マクス「どれどれ………うむ、美味い」


神崎「うん、よく出来てるね」


マクス「ご馳走さん、と。さて、次回はいよいよ後編か?」


神崎「そうだね。いよいよ次回でレインシアの珍道中を描きます!」


マクス「楽しみにしてろよ!」


神崎「では次回。『はじめてのお遣い? ―後編―』に、ご期待あれ」

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