第1章 第13話「血塗られし過去 ―前編―」
俺は知っての通り、ベルネール公国王家の嫡男として生まれた。ベルネール公国は昔から機械産業が発達した国でな。親父に頼んで、よく見物に行かせてもらったもんだ。
そして親父はある日、とても貴重なものを手に入れたんだ―――――。
「父上、それは何ですか?」
見せたい物があると言われ、その日俺は親父の部屋を訪れていた。俺がちょうど、17歳になった時だな。え? 口調がかなり違うって? そこは突っ込むな。俺だって礼儀正しい時もある。
「いいから、もう少し近くに来な」
言われたまま、俺は親父の近くに歩み寄る。
「マクス、これはな、不死になれる薬だ」
「不死、ですか?」
「そうだ。ついに手に入れたぞ! 神獣を倒し、その血を持って帰ってきたんだ!」
いや、そう言われても。親父が見せたのは、小瓶に入った赤い液体。そんなものが不死の薬だの神獣の血だの言われても、「はい、そうですか」と信じられるやつがいるわけがない。
俺は当然、反論した。
「いや、有り得ないでしょう」
「はは、やはりそういう反応か。我が息子ながら、頭が堅いな」
「ほっといてください」
「むう、まだ信じていないという顔だな、お前」
「そりゃ、いきなり不死になれるとか言われても信じる人なんか普通いませんよ。どうしてもというなら、証拠を見せてくださいよ」
「ああ、それは無理だ」
「何故です?」
すると親父は大きく胸を反らし、
「俺は生憎、不死になる気はない!」
「どうしてですか?」
俺は驚いた。親父はこれまで神獣を追い求め、その血を手に入れることに心血を注いできた。そして今回、龍の神獣が遠方にいるという目撃例を頼りに、重役達の制止を無理矢理振り切り単身挑み、勝利した。あくまでも親父の言葉を信じると仮定すればの話ではあるが、不死になること以外に、どんな目的があって神獣の血を欲したというのか?
「だってよ、不死になんてなってみろ、時間がありすぎて毎日ぐうたら過ごすに決まってんだろ」
なるほど、冒険家の親父らしい意見だ。
「はあ、それなら使用人にでも………」
「それもだめだ! ていうか何さり気なく人体実験やろうとしてるんだお前は」
「冗談です。でもそうなると、尚更それが怪しくなってきますね………」
「だから本物だってのに。ほんと頭堅いな、お前」
親父が失望したようなわざとらしい表情で俺を見る。
「いや、だから信じろって方が無理でしょう。そりゃ、父上の強さはよく解ってますが、滅多にお目にかかれないばかりか、会ったとしても10個師団引き連れても敵わない化け物相手に一人で勝ったなんて、正気の沙汰とは思えませんよ。そうでしょう?」
「だから、俺が証人だ」
「はぁ………」
このままでは一生会話が終わらない。そう考えていた時だった。
こんこん、と扉をノックする音が響く。
「はいはい、開いてるぞ~」
王族らしからぬ口調でそう返事する親父。全く、使用人とかだったらどうするつもりだ?
「失礼します」
そう礼儀正しく一礼して入ってきたのは、弟のユークリッドだ。ああ、言い忘れていたが、俺には弟がいる。といってもあまり似てないが………。
「おお、ユークリッド、お前もこいつを見に来たのか?」
親父、さり気なく俺がこれを見に来たことにしてやがる。
「違います。父上が呼んだのではないですか」
「おお、そうだった、そうだった。俺が呼んだんだったな。
自分で呼んでおいて忘れてんのかよ、この馬鹿親父。
そんなことを考えていると、親父は近くの棚から一通の封筒を取り出すと、ユークリッドに手渡す。
「……父上、あの、これは?」
「ヒュンケルの神術学校への推薦状だ。しばらくここで、じっくりと神術について学んでくるといい」
すると、ユークリッドは
「………そんなに…………そんなに父上は、兄上が大事なのですか!」
と搾り出すように怒鳴った。
「ユークリッド………」
「父上はいつもそうだ! 兄上ばかり重用して、私のことなど何一つ考えていない!」
「そんなことはないぞ、ユークリッド。私はお前の将来を思って………」
「では何故『この時期』………王座譲渡の日なのです!?」
親父の表情が僅かに変わった。
「やはりそうなのですね………。父上は、私よりも兄上の方が大事! 私の方が兄上よりも、遥かに優れているというのに!」
何一つ、否定することはできない。
信じられないかもしれないが、この頃の俺は、武術、学業、そして人を動かす器量、全てにおいて弟であるユークリッドより遥かに劣っていた。
だからこそ、解らなかった。何故親父が、俺のような駄目息子を王にしようとしているのかが。
俺が困惑し、ユークリッドが憤慨していると、親父は大きく溜め息をついた。
「では逆に訊こう、ユークリッド。お前は、自分に何が足りないのだと思う?」
親父の言葉には、静かなる覇気が感じられた。いつもの馬鹿っぽい態度とは違う、王の風格がそこにはあった。
(いつもこうなら、全く言うことないんだけどな………)
俺は一触即発の雰囲気もそっちのけで、そんなことを考えながら二人の様子を見ている。
「そんなこと、解るわけないでしょう。何度も言いますよ! 私の方が、兄上よりも遥かに優秀です! 劣っているところなどありはしない!」
そう自信を持って言うユークリッドを強い眼差しで見つめ、やがて親父は2度目の大きな溜め息をつく。
「だからだというのに………。まあ、こればかりはお前が自分で気付くしかない。だからこその神術学校だ」
親父は立ち上がり、部屋のドアノブに手をかける。
「何が自分に足りないのか。この神術学校で、よく考えてみることだな」
そう言い残し、親父は部屋をあとにした。
「ふんっ!」
「あ、おい、ユークリッド!」
ユークリッドもまた部屋をあとにし、俺もそれを追うようにして部屋を出る。
「待てったら」
つかつかと早足で歩いていくユークリッドの肩を、部屋を出て数メートル離れたところでようやく捕まえる事が出来た。
「何ですか!」
そう言って心底嫌そうに俺の手を振り払い、ユークリッドは腕を組んだ。
「いや~~その~~~………あれだ。親父は本当のこと言ってると思うぜ」
「兄上も、自分の方が優れていると?」
「違う、そこじゃない。親父がああいう風にするのも、全てお前のことを思ってのことだ。お前が嫌いだとか、別にそういうわけじゃないんだ。分かってやってくれ!」
「………ふっ、では何故、父上は私を王にしようとしない! 私が大事だというのなら、私を王に選ぶはずだ。なのに、父上は兄上を………!」
「それも父上は仰っていたじゃないか! お前には足りないものがある。落ちこぼれの俺には、完璧なお前に何が足りないのかは解らない。だが、親父は幾多の地を冒険し、このベルネール公国を纏め上げた偉大な人物だ。信じてもいいんじゃないか?」
「……………ふん、いいでしょう。なら、神術学校でさらなる力をつけ、兄上から王座を奪い取ってみせましょう! では、失礼」
そう決意を新たにして、ユークリッドは自分の部屋へ向かっていった。
そしてその数日後、ユークリッドはヒュンケルの神術学校へ向けて旅立った。
「弟さんが………いらしたのですね」
マクスの横に座り、静かに話を聞いていたレインシアがそう呟く。
「ああ。俺には出来のよすぎる、自慢の弟だったよ」
マクスもまた、星空を見上げながら、懐かしむようにそう答える。
「………だが、そんな幸せもそこまでだった。ついに、『その時』が来たんだ」
それは、ユークリッドが城を出てすぐのことだった。
いつものように夕食を食べ、いつものように勉強をして。
そして、いつものように寝たはずだった。
そんな、いつもと何も変わらないはずの夜。
ただ一つだけ違うこと。
それは、『奴ら』がいたこと。そしてそれが、全ての悲劇の始まりだった。
がたん、という僅かに聞こえた音に、俺はその夜目を覚ました。いつもは剣術の訓練や勉強でへとへとになってベッドに入るためこの程度の音で起きることはないのだが、どうやら眠りが浅かったらしい。
「何だ、今の音………?」
音の正体はさして気にならなかったが、ちょうど用もたしかったこともあり、ベッドからそろそろと這い出る。
廊下に出ると、辺りは静まり返っていた。
「おっと、トイレ、トイレと」
廊下の闇に意識を吸い込まれそうになりながら、真っ直ぐにトイレを目指す。
王族のトイレは、ちょうど親父の部屋へ向かう途中にあった。
そうして俺がトイレに駆け込もうとした、その時―――――。
物凄い轟音と揺れが、辺りを襲った。
「な、何だ!?」
さすがにこの揺れは不審に感じた俺は、すぐさまそれの発生源に向かって駆け出す。
「そんな………親父の部屋!?」
振動はどうやら、親父の部屋から発生したらしい。
焦る気持ちを必死に抑えつつ、そっと扉を開け、隙間から中を確認する。
中には、3人の人物がいた。
2人は、黒いローブで全身を覆っている謎の人物。顔には仮面を付けており、一人の手には神力の刃が生えた神力剣、もう一人の手には、木製の神術用の杖が握られている。
そしてもう一人の人影は、床にもたれ掛かって腹から血を流す親父の姿だった。
「父上っ!」
「マクス!? く、来るなっ!」
親父は、血の流れる腹を押さえながら必死に叫ぶ。痛みからか、その表情は苦痛に歪んでいる。
「ほう、公子のご登場ですか」
彼らの様子を伺いつつ、親父に駆け寄ろうとした俺に殺気にも似た圧力が飛んだ。
全身から冷や汗が止まらない。膝なんか、早くも笑いかけている。
それは、恐れ。そう理解している。だが、だからといってここで逃げ出すわけにはいかない。
「お前達………何者だ! ここがベルネール王城と知っての狼藉か!?」
「ふふふ、勿論存じておりますとも。ベルネール公国第1公子、マクス=G=ベルネール殿?」
心まで凍るような冷たく、嘲るような口調。背筋にぞくりとするものを感じながら、俺は続ける。
「こんなことをして、ただで済むと思ってはいないだろう! 今の揺れは、城中に響いたはずだ! すぐに警備兵が駆けつけてくる」
「はっ、無駄ですよ。人払いをしておきました。ここでいくら暴れたところで、誰も助けには来ませんよ」
そう淡々と死刑宣告をする男。
「ふん、だが………」
俺は、近くに転がっていた親父の剣、ヴァイステインを拾い上げる。
「俺がお前達を倒せば問題ないだろう?」
言ったはいいが、やせ我慢もいいところだ。自分が目の前の男一人にすら勝てないことはよく解っていた。それだけの、断言できるだけの実力の差を感じる。
だが、何度でも言う。ここで退くわけにはいかない。
「くっ……くははははははは!」
突然、目の前の男が笑い出した。
「何が可笑しい!」
「ははは、否、失礼。随分無謀な公子様だと思いましてね?」
「ぐっ……………」
「ですが、いいでしょう。その意気に免じて、相手をして差し上げます」
「何を言ってるの? 命令違反よ」
今まで沈黙を保っていたもう一人が口を開く。口調や高い声から察するに、女性のようだ。だが、そんなことは今の俺には無駄な情報だ。
「はは、いいじゃないですか。まだ時間はあるのでしょう? もともとこんな流血の乏しい仕事、気乗りはしなかったんですから。ちょっとは遊ばせなさい」
「仕方ないわね。いいわ。ただし、ちょっとだけよ」
「はいはい」
そう満足そうに誠意のない返事を返しつつ、男は神力剣を構える。
紫色の刀身が、怪しげに輝いた。
「マクス、だめだ、お前の敵う相手じゃない………。退けっ!」
「退きません!」
「命令だ!」
「聞けません! 父上をおいていくなど、有り得ない!」
親父の渾身の叫びに俺はそう叫び返し、ヴァイステインを構える。真の所有者である親父が持てばその刀身は淡い青白い光を放ち、神力剣としての真の力を発揮する。だが、俺はこの所有者として契約していない。ヴァイステインは沈黙したままだ。
「俺が…………父上を守る!」
俺はヴァイステインを大きく振りかぶり、男に斬りかかった!
だが―――――。
「ふっ、悪くない動きだ。だが………」
一閃。男の神力剣が、ヴァイステインを弾いた。
弾かれた神力剣は、空しく弧を描き、近くの壁に突き刺さる。
「その程度では、私には勝てませんよ」
俺は呆然としていた。解っていた結果ではあるが、こうも歴然な差だとは思わなかった。
だが、悔しさを噛締める暇もなく、男の神力剣がまるで蛇のように俺の体に纏わり付いて拘束する。
「ぐっ………は、離せ!」
「ふっ、意気のいい獲物は大好きですよ。ですが残念です。もう少し成長してからお会いしたかった」
そう言って、男は舌なめずりをする。
「さようなら、公子さん」
そう言った途端、俺を拘束していた神力剣の刃が、俺を切り裂いた。
「マクスっ!」
親父の声が遠く聞こえる。感覚もあまりなくなってきた。
俺は死ぬのだろうか。そんな予感と、視覚と聴覚から聞こえてくる親父の叫びだけが、俺の体を支配していた。
「貴様ら………よくもマクスを!」
「おや、まだ生きていましたか。しかし変ですねえ。そろそろ毒が回っている頃だというのに、まだ立ち上がるとは」
「驚きの生命力ね」
「舐めるなよ…………。俺は、これでもっ………神獣を倒した男だぜ…………!」
親父が立ち上がる。ぼろぼろで、毒の回った体で尚、守るために。
「お前達は俺が倒すっ! 食らえっ、シュトゥルムヴェインッ!」
十数もの光球が親父の頭上に出現し、男達に襲い掛かる!
「何っ!」
「くっ!」
二人が声を上げて呻く。数発が直撃し、苦しげな声を漏らしている。
だが、それは親父も同じだった。痛々しい傷を負い、ましてや毒の回った体で撃った渾身の一発が削り取った体力は、並のものではなかった。
「くっ、この私が、傷を負うなどと………」
「これ以上は無理ね。目的も果せたことだし、撤退しましょう」
「………仕方ありませんね。その傷ではもう生きていられないでしょう。最後は、苦しみながらあの世へ行きなさい」
そう言い残し、二人の姿は夜の闇へと消えていった。
「ぐっ…………」
限界になってきたのか、親父はそのまま倒れこんだ。
「ま……マク…ス………」
弱弱しい声で、俺の名を呼ぶ。
返事をしようと俺は口を動かそうとする。が、力が入らない。
「お前……だけ、は…死なせない。絶対……死なせ…るもの……かっ………」
残り少ないはずの体力で、親父は近くの書棚に這っていく。そして、一番下の、一見何の変哲もない引き出しに触れ、
「我、拘束を……解除、す…る」
と唱えると発光し、ひとりでに引き出しが開いた。
「奴ら……本物、を…持って行った……気に、なって、いた………ようだが、残念、だった……な。本物は………こっち、だ」
親父は震える体で再び俺の元に這ってくると、手に持った小瓶の栓をそっと開ける。
「生きろ。お前は………生きるんだっ…………」
小瓶の中身である赤い液体が、俺の口から注ぎ込まれていく。
直後、焼けるような熱さとともに、俺の意識は闇に墜ちていった―――――。
神崎「神崎はやてのぉ~!」
一同「神の黄昏、in SPIRITUAL ARMS!」
神崎「始まりました、神の黄昏! 司会は私、神崎はやてと!」
マクス「マクス=トレンジアでお送りするぜ」
神崎「さて、今回はマクスの過去です!」
マクス「人の傷えぐるようなことしやがって」
神崎「仕方ないでしょ、物語なんだから」
マクス「まあな。だが、さすがにきついものがあるぜ…………」
神崎「まあねぇ。僕もちょっと筆が進まなかったよ。まあ、やっと今までにない暗いシーン書けて、書いてる分には楽しかったけど」
マクス「こんなシーン書いてて面白いとは………外道だな」
神崎「違うって!」
マクス「どこが違うってんだよ」
神崎「わかってないねえ、こういうシーンがあるから明るいシーンが映えるんだよ。君にもそれくれい解るでしょ?」
マクス「くっ………正論だ」
神崎「よし、勝った!」
マクス「何にだよ、ったく。ま、いいか。早いとこ最終回まで書けよ」
神崎「おう!」
マクス「というわけで、今回はこれで終わりだ」
神崎「また次回まで! ばいば~い!」