第1章 第1話「運命の風」
近くに小川が流れるのどかな山間。そこに、ジセル村はあった。田舎の小さな村で、住んでいる住民も、家の外に出てみれば知らない顔はいないというほどで、数えられる程度しかいない。
旅人も滅多に訪れることのない農村。が、今日ばかりはそこに見慣れぬ顔があった。背中に長剣を背負った男が村の入り口に立っていた。歳は20程の青年で、所々跳ねた青の短髪がやけにこざっぱりとしている。一方で身体には旅の傭兵が着る簡素な胸甲と服に黒のズボンを身に纏い、背中には長い紺のマントが靡いているが、いずれも相当使い込まれているのか、ところどころほつれたり傷が入ったりしている。
「ふう、ここらで少し一休みするか」
男は天を仰ぎ、村へと足を踏み入れた。品定めするように付近の家屋を眺めると、とある一軒の古ぼけた家の前に立つ。
「ほう、喫茶か。丁度いい」
喫茶と書かれた看板を見て満足そうに頷くと、男はドアを開けて中に入り、背中の長剣を壁に立てかけどっかりと椅子に座り込む。
「いらっしゃい。ご注文は?」
「ホールケーキ1個とシュークリーム5個だ」
「は、え……? あの……お客さんにこんなこと言うのもなんだけど、そんなに食べられるの?」
とても1人で食べきれるとは思えない量の注文に面くらい言葉に詰まった店員の娘は、ややあって呆れたように訊く。器量のいい顔でじとりとした視線を向けてくるのもどこ吹く風で、男は笑みを浮かべて答えた。
「当たり前だ。俺が食いたいと言ってるんだぞ」
「……はいはい、解りました。代金はちゃんと払ってくださいよ? おばあちゃ~ん、ホールケーキ1個、シュークリーム5個!」
「はいよ~~!」
娘が叫ぶと、奥から景気のいい声が返ってきて、娘も店の奥に下がっていった。
待つこと数分。片手にケーキを、もう片方にシュークリームを乗せた皿を持ち、娘が戻ってくる。
「お待たせしました。ホールケーキ1個、シュークリーム5個」
「おお、来た来た」
男は物凄い勢いで食べ始めた。そして、
「上手い! 今まで色々なスィーツを食ってきたが、ここのは格別だな」
「甘いもの好きなの?」
「全てのスィーツは俺のためにあると言っても過言じゃねえ」
そう真顔で言う男を見て、娘は思わず吹き出した。
「フフフ、面白い人ね。村では見かけない顔だけど、旅の人?」
「ああ、まあそんなとこだ。ここには休憩がてら立ち寄っただけだが………こんなに上手い甘味が食えるならもっといるのも悪かねえかもな」
「そんなに褒めても何も出ないわよ?」
「金を払えば甘味が出てくるだろ。俺にはそれで十分だ」
「やっぱり面白い人」
そう言って再びくすくすと笑い始める娘に、男も自然と笑みがこぼれた。
そこへ突然―――――。
「うわーーーーーーっ!」
けたたましい悲鳴が聞こえてきた。男はそれに反応し、壁に立てかけてあった長剣を背中に背負うと、銀貨を数枚テーブルに置く。
「釣りはいらねえよ」
そう言い残し、男は外へ出た。
外では、数人の男が一人の青年を取り囲んでいるところだった。取り囲んでいる側の男達の手には剣や斧などの武器が光っていて、服装は簡素な服に胸甲を付けている。
「おい、そんなに俺は難しいこと言ってるか? なあ、兄弟」
「いいや? 俺たちはちょっと金出してくんねえかと言ってるだけだぜ、兄弟」
男達は下劣な笑みをその顔に浮かべながら、舌なめずりなどして輪の中の青年にその視線を向けていた。どうやらこの一帯にはびこる山賊のようなものらしい。青年はただひたすら許しを請おうと謝っているが、山賊達は当然のごとく、全く聞き入れようとはしない。
青年の態度に次第にいらいらしてきたらしく、山賊の一人が声を荒げた。
「いい加減にしやがれ! 俺達の忍耐にも限界があるんだぜ!?」
「そ、そんなこと言われても、持ってないものは持ってないんだ!」
「言い訳は聞きたくねえな。こうなったら、体に直接訊いてやろうじゃねえか!」
「ひいっ!」
山賊の斧が、青年に叩きつけられる。が、寸前で何者かが割って入り、長剣で斧を受け止めた。先ほどの旅人の男だ。
「な、何だてめえ!」
「何だはこっちの台詞だろ。せっかく、絶品スィーツを堪能してた真っ最中だったってのによ。てめえら、俺の極上のティータイムを邪魔してくれた覚悟は出来てんだろうな、おい」
「知ったことか! 構わねえ。野郎共、こいつから先に片付けちまえ!」
おう! と山賊たちが叫びを上げ、男を取り囲んだ。
それに対し、男はやれやれ、と仕方なく長剣を構える。
「言っとくが、今の俺は機嫌が悪い。どうなっても責任取れねえぞ」
「ぬかせ! やっちまえ!」
山賊の一人の合図で、山賊達は一斉に男に襲い掛かってくる。
しかし――――。
「な………」
「あ、あいつどこ行きやがった!?」
山賊たちの視界から一瞬にして男が消えた。否、男が素早く男達の視界の死角に抜けたため、消えたように見えたのだ。
「! ぐあっ!」
突然、山賊の一人が声を上げて倒れ伏した。男の背中がざっくりと切れ、血が流れている。
「何!?」
「どうなってやがる!?」
山賊は口々にそう言って辺りを見回すが、男は再び彼らの死角に回りこみ、姿を捉えられない。そしてその間にも、山賊達は次々に男の剣の餌食となってゆく。
そしてようやく男が山賊の視界に姿を現したときには既に半数近くの山賊達が餌食となり、地に伏して苦しそうに呻いていた。
「手ごたえねえな。この前襲ってきた野良犬の方がもうちっと粘ってたぜ?」
「ふ、ふざけるな! 何やってるてめえら、早く仕留めろ!!」
山賊の一人が必死に叫ぶ。が、余裕のある男に対し、山賊達は仲間をやったのが目の前の男だとようやく理解すると、やがて恐怖に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「お、おい、こら、てめえら、どこに行きやがる! 戻って来ぉ~~~~~い!!」
山賊の男は喚き散らすが、元々一枚岩ではなかったらしい。一旦恐怖に駆られたら最後、誰一人として戻ってくる者はいなかった。
「さあて、どうする? 後はお前だけだぜ? お前一人でも俺のティータイムを邪魔しようってんなら、もう容赦しねえが」
意地の悪い笑みを浮かべ、「もっとも、元々するつもりもねえがな」、と男は付け加えた。
「く、くそう、覚えてやがれっ」
最後に残った男も、ついにはそう言って逃げ出していった。
「………たく、在り来たりな捨て台詞吐いていきやがって。もう少しボキャブラリーってもんはねえのか?」
男がそう呟いて溜め息をつくと、村人の青年がおずおずと話しかける。
「あ、あの………ありがとうございました」
「何、お前は関係ねえよ。さっき言ったろ? 俺のティータイムを邪魔する奴は即死刑だ」
「は、はあ………。でも、何かお礼を…………」
「関係ねえっての。………否、待て」
男は少しの間何か考えたようにすると、びし、と真っ直ぐに先ほどまで男がいた喫茶を指差す。
「あそこのスィーツをお前が奢れ。そして今夜の宿を紹介しろ。礼ならそれでいい」
「は、はい。それで、あなたのお名前は…………」
「俺か?」
男は気取ったような仕草で天を指差し、高らかに言った。
「俺の名はマクス。マクス=トレンジアだ。覚えておけ」
さあさあ、いよいよ始まりました、SPIRITUAL ARMS! まずは第一話脱稿です。
では、早々にキャラ設定に参りましょうか。
マクス=トレンジア
性別:男
年齢:18
属性:光・雷
武器:ヴァイステイン(長剣)
備考:物語の主人公。傍若無人で俺様思考の持ち主で、甘党。超絶的な戦闘能力と判断力、行動力を持つが、その裏には底知れぬ闇を持った人物である。
以上です。属性や武器の名前はいずれストーリー上鍵になる時が来るので、お楽しみに。
以上、神崎はやてがお送りしました!