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不安ざわめく

 それから数日の間、ロザリーは夢を見た。


 内容は、いつも同じだ。


 ロザリーはリディアーヌの屋敷を訪れる。


 そこで彼女と会って話をし、やがて彼女が自分にキスをする。


 そして目が覚める。その感触は生々しく、最初は現実と混同するほどだった。


 その甘さ、切なさのリアルさが、ロザリーを悩ませた。


(あれは、なんだったのかしら? 夢? 幻? 願望? 私は、本当に色欲に囚われた変態となり果ててしまったのかしら?)


 薔薇の香りの甘い誘惑に幻覚を見たのか。


 はたまた現実だったのか。現実だったとしたら、本当に起こりうることなのか。


 ロザリーは小さな頭と可憐な心を悩ませていた。


 その頃、アーサーもまた同じように頭と心とを悩ませていた。

 

「あの時、キミは本当はドコに行っていたの?」


 アーサーは自室で窓の外を見ながらつぶやく。


 外の世界は闇に包まれて、アーサーの心のなかのよう。


 あの日。薔薇の咲く庭で、一瞬、ロザリーの姿を見失った。


 だが、そんな筈はないのだ。


 あの場所は行き止まりで、目前には壁のようにトゲだらけの蔓が絡まり咲き乱れる薔薇しかなかった。


 それなのにロザリーの姿は消えた。そして、いつのまにか後ろで倒れていた。


 だから、リディアーヌの屋敷を後にして、姉の屋敷に着いたあとに改めて聞いたのだ。


 キミはどこに居たのだのだと。


「私は、あの場にいたわ」


 彼女は平気な顔をして答えた。


 だが、そんなはずはないのだ。


 アーサーは日にちをおいて何度かロザリーに尋ねた。


 キミはどこに居たのだ? と。


「私は、あの場にいたわよ」


 彼女の答えは変わらない。


「そんなわけがない」


 アーサーが断言すると彼女は首を傾げる。


「なぜ?」


「だって、ボクは見ていたんだよ? ロザリー、キミの姿は完全に消えていたんだ。短時間ではあったけれど」


 アーサーの言葉に、ロザリーは目を見開いた。


「何のことですか? 私はずっとあそにいたではないですか」


「違う。キミは突然消えたんだ」


「どうして、そんなことを言うの?」


 ロザリーは悲しげに目を伏せた。その姿は確かにロザリーのものに違いない。


 しかし。アーサーには以前の彼女とは違うものが見えていた。


「それはキミがリディアーヌさまそっくりになってきたからだ」


 アーサーが言うと、ロザリーの顔は青ざめた。その反応を見て確信する。やはり、リディアーヌが関係しているのだと。


「何が言いたいの?」


「そのままの意味だよ。ロザリー。まるでキミは少しずつリディアーヌさまになっていくようだ」


「まさか……」


 否定しながらも何処か心当たりのあるような、怯えを帯びた表情がロザリーに浮かぶ。


(一体、何があったんだ。ロザリー)


 聞いても答えてはくれない婚約者に、アーサーは苛立った。だから、言葉も自然ときつくなる。


「気付いていなかったのか?」


 ロザリーは黙り込んだ。


(こんな聞き方をしたら、余計に答えてもらえないよ)


 それを十分に分かっていながら、こんな聞き方しかできない。


 自分の不器用さと婚約者の強情さに、アーサーはため息を吐いた。


「キミは、分かっているのか? その本当の意味に」


「意味?」


 ロザリーは小首を傾げた。


 その姿は可憐で美しく、魅力的だ。


 だが、アーサーの知るロザリーの姿ではない。


 本人は気付いてはいないようだが、そこに居るのはリディアーヌ、その人のよう。


 だとしたらロザリーは。


 本物のロザリーは、どこだ?


 あの日から愛しいロザリーが少しずつ消えていくようで、アーサーは不安だった。


「ロザリー。キミがリディアーヌさまになってしまうのなら。あの方のところへ嫁ぐのは、キミということにならないか?」


「あの方のところへ……嫁ぐ?」


「そうだ」


 アーサーは誠実な青い瞳でロザリーを見つめる。 


 彼女は本当に分かっていないようだ。


「キミが魔王の花嫁になるんじゃないのか? どうなんだ?」


 アーサーの言葉に、ロザリーの表情が一転した。


 ロザリーは青ざめて震えだした。そして、絞り出すような声で言う。


「……嫌です」


「嫌だと言っても。白羽の矢がキミに立ってしまったのなら、僕には、どうしようもないよ」


「絶対に嫌だわ!」


 ロザリーは叫んだ。


「お姉さま以外の方と結婚するなんて! ありえないわ!」


 叫ぶなり、ロザリーは自分の部屋に駆けこんだ。そして、扉を固く閉めた。


「……やれやれだな」


 ひとり残されたアーサーは扉の前で呟く。


「なぜ結婚相手が、リディアーヌさまになっているんだ。キミはボクと結婚するんだろう?」


 本当に、あの日から一体何がどうなってしまったのか。


 アーサーは自室の窓に向かって溜息を吐いた。


 不思議な不安は今日もまだ解けることはない。


 あの日、屋敷の中でリディアーヌの姿を見つけることは出来なかった。庭でも同じだ。


 彼はリディアーヌの姿など見ていない。彼女は消えてしまった。


 なのに、可愛い婚約者殿ときたら。幻でも見たような顔をしていた。


 ロザリーのリディアーヌに対する執着は、アーサーも知っていた。


「だからって。結婚したい相手がリディアーヌさまって……話が飛躍し過ぎだろう」


 そもそも、女同士で結婚など出来ない。それはロザリーも承知しているはずだ。


 また、貴族の結婚というものが、愛のみによって行われるものではないことを、彼女は知っているはずだ。


「リディアーヌさまの結婚相手が魔王だったとしても。ロザリー、キミの結婚相手はボクだよ」


 アーサーはつぶやく。


 リディアーヌ・ド・ラ・ヴェロアン侯爵令嬢。


 アーサーは彼女のことが嫌いではなかった。


 むしろ、好ましいと思っていた。


 見た目は全く異なる二人であったが、彼女はロザリーとよく似ている。


「だけど……」


 彼女は、魔王の花嫁。魔王への貢ぎ物だ。


 リディアーヌもロザリーに対して、特別な思いを抱いているのは知っていた。


 だが、彼女たちが互いに抱くのは恋などではなく。


「崇拝だ」


 アーサーは、そう思っていた。


 崇拝に近い感情は、彼にとって恋未満のものであった。


 恋とは、愛とは、そこを踏み越えた先にある、と、いうのがアーサーの考えだった。


 アーサーの考えるそれは即物的であり、心よりも肉体により近い場所にある。


 だから、ロザリーのリディアーヌに対する気持ちも、リディアーヌのロザリーに対する気持ちも、否定する気などアーサーにはない。


 崇拝を止める術などないし、女性相手のそれが結婚にとっての障壁になるとも思っていないからだ。


「ロザリー、キミの幸せは僕の手の中にある。キミは僕の側にいるべきなんだ」


 アーサーは、自分に言い聞かせるようにつぶやきながら目を閉じた。


 そして考える。


 固く閉じた扉の向こうにある未来を、どうすればロザリーにとっても、自分にとっても幸せなものにすることができるのかを。

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