死は愛する者を奪う
それは十年前に起きた悲劇。
陰鬱な晩秋の寒さを切り裂くように幼い声が斎場に響いた。
「お父さまっ! お母さま! ウソよっ!」
ロザリーは七歳。
死というものが分からない年齢はすぎ、さりとて一人で生きていくには年若い。
日中だというのに薄暗い斎場で泣き崩れる幼い少女の姿は、列席する人々の胸を締め付ける。
両親の棺を前にして見苦しくも泣き崩れ、叫び、悲嘆にくれていても咎める者は誰もいなかった。
「大丈夫だ、ロザリー」
「私たちが貴女の側にいるわ」
アーサーの父母は、未来の嫁に寄り添った。
継ぐべき爵位のない息子と、継げない爵位を持つ幼馴染の一人娘との婚約は結ばれたばかりであった。
女性が爵位を継ぐことは出来ない世界で、後ろ盾もなく放り出されていたのならロザリーはもっと悲惨な目に遭っていたことだろう。
ロザリーの父はアーサーとの婚約を整えた後、馬車の事故で命を落とした。
母と二人してこの世を後にしたけれど、最低限の命綱は娘に残していた。
「私たちが君の面倒を見る。大丈夫だ、心配はいらない」
「だから今は泣いていいのよ。思い切り嘆いていいわ。この先のためにも、悲しみは全て吐き出していいのよ」
温かな手でロザリーを優しく撫でた二人は、事務的な手続きのために彼女の側を離れた。
「ロザリーさま」
「ぅぅっ……リディアーヌお姉さま……」
淑女の礼をとろうとしたロザリーを、リディアーヌは静かに抱きしめる。
「いいのよ、ロザリーさま。何も心配しないで。いいのよ……」
そっと耳元で囁かれる声音に、ロザリーは安堵と胸を突くどうしようもない悲しみを弾けさせた。
沸き上がる悲しみを外に吐き出すように声を上げ、溢れ流れる涙は乾くことを知らない。
「ロザリー。ボクもいるよ」
アーサーは小さな手で幼い婚約者の髪を撫でた。
ロザリーは両親を亡くした。
その喪失を埋められるものなどない。
それでもリディアーヌとアーサーが、この二人がいてくれれば生きていけるとロザリーは思った。