薔薇迷宮
再会
※ 花言葉を使った意味わかりにくいポエムが挟まっています。
薔薇を抜けた先には薔薇が咲いていた。
「薔薇の庭なのね……」
低く切りそろえられた薔薇が花壇に広がっている。
「それに……この光はどこからきているのかしら?」
薔薇のアーチを越えた先は、まるで日中のように明るい。
不思議な場所だった。
世界から切り離されて宙に浮いているかのような場所だ。
緑豊かで花が咲き乱れているのに、よく見ればそれらは全て薔薇だった。
薔薇の花が一本なら、あなただけしかいない。二本なら、この世界にはあなたと私の二人だけ。
三本なら愛の告白。四本なら死ぬまで気持ちは変わりません。
五本なら、あなたに出会えて本当に良かった。六本ならあなたに夢中。
九本なら、いつも貴方を思っています、いつまでも一緒にいてください。
十本なら、あなたは完璧な人。
十一本なら最愛で、十二本なら付き合って下さい、九十九本なら永遠の愛。
三百六十五本なら、あなたが毎日恋しい。
ならば、ここに咲き乱れる薔薇の花は何を表しているのだろうか。
「リディアーヌお姉さま……どこにいらっしゃるの? お姉さま」
赤にダークレッド、ピンクに白、オレンジにイエロー、パープルにブラウン。
此処にはどんな色の薔薇も咲いている。
『告白』を意味する赤い薔薇も、『愛情』を表す『赤いスプレー薔薇』も咲いている。
『至福の喜び』である『ダークレッドのスプレー薔薇』、『あなたの魅力に目を奪われる』『オレンジ色の薔薇』。
『美しい少女』に『感銘』を受けた『私を射止めて』、『君のみが知る』『愛を誓います』。
『淑やか』なあなたに贈る『愛』は『幸多かれ』と願う。
お願い。『不安を鎮める』答えをちょうだい。
『新たな気持ち』で『深い尊敬』と『恋の誓い』を、『上品』で『麗しい』あなたに捧げたい。
『私はあなたにふさわしい』と『素直』に感じさせて『全てを捧げます』から。
願わくば『和み』『穏やか』な時間を共に刻みたい。『新鮮』な『絆』で。
それとも『富と繁栄』を表す『パープルのスプレーバラ』にあなた自身が囚われているの?
「お姉さま? リディアーヌお姉さま」
会いたい人の名を呼びながら、ロザリーは一歩踏み出す。
足を踏み出した瞬間、身体が勝手に動き始めたような感覚に襲われた。
まるで誰かに操られているかのような動き方。
妙な気分だったが、それでもロザリーは足を止めたりはしなかった。
「私、行きますわ」
この先に求める人の姿があるのを信じて。
ロザリーは躊躇なく一歩、また一歩と前に進んだ。
薔薇の香りに包まれる。ふと気付けば、一緒にいたはずの男は姿を消していた。どこにもない。
振り返った先には噴水があった。噴き出た水が細かいしぶきをまき散らしながらキラキラと光る。
「お姉さま!」
ロザリーは声をあげる。返事はない。
「お姉さま、どこ⁉ どこにいらっしゃるの⁉」
再び声を上げるロザリーの背後で、聞き覚えのある声が響いた。
「ここにいますよ」
振り返ると先ほどまではなかったはずの姿があった。
「リディアーヌお姉さま!!」
ロザリーは叫ぶように声を上げ、嬉々として彼女の側に駆け寄った。
そして、リディアーヌの右腕を両手で掴む。
(いる。いるわ、お姉さまが此処に!)
再び彼女が消えてしまうのを恐れて、ロザリーはきつくリディアーヌの腕を握った。
「会いたかったです」
「ロザリー」
「どうしてこんな所へ? 私に一言も告げずにこんな所へ閉じこもるなんて。私が嫌いになったのですか」
「違うわ」
「では、なぜ……?」
「落ち着いて聞いてちょうだい。わたくしは、もうすぐ死ぬのよ」
「……へ?」
ロザリーは固まった。目の前にいるのは間違いなくリディアーヌだ。
なのに、彼女は自分の死を語る。
ロザリーは混乱した。
「何を言ってらっしゃるの? お姉さま」
「だから、死ぬと言っているの」
「そんな嘘を言ってまで、私から離れたいのですか、お姉さま」
「ロザリー、本当なの。お願いだから、信じて」
「信じられるものですか! だってお姉さまはこんなにも元気じゃない。とても病気とは思えないわ」
「違うの。ロザリー、本当に死んでしまうの」
リディアーヌは妖艶に微笑んだ。そして、首筋の傷痕を見せる。
「まぁ」
ロザリーは驚きの声を上げた。そこには。小さない小さな薔薇が芽を出していた。
「わたくしは、薔薇に取り込まれてしまうのよ」
「えっ?」
「あの壁のように蔓を絡ませ合う薔薇たちは、元は人間なのよ。いえ、厳密には、人間だけではないのだけど」
「薔薇が……人間?」
「わたくしたちの体には、少しずつ魔王の血が入っているの。血の契約のせいで」
リディアーヌは一族の秘密を話し始めた。
「力を欲した先祖が魔王と契約をしたの。その結果、一族の血筋には少しだけど魔王の血が混ざっているわ。普通とは違うの。あなたも、それは薄々感じていたでしょう?」
リディアーヌの言葉に、ロザリーはコクンとうなずいた。
「もう既に血は薄くなり一族の殆どには傷痕が出現しないのだけれど。時折、先祖返りが起きてしまう。その印が……この傷痕よ」
リディアーヌはもう一度、首筋を見せた。
生々しさを失った傷痕があるはずの場所に、生き生きとした薔薇が蔓を伸ばそうと待っている。
「薔薇の呪いよ。体は耐えられない。もうじき、わたくしの体を畑として、薔薇が咲くのよ」
あまりに残酷な事実に、ロザリーは言葉を失った。
「わたくしの死を少しでも先送りにするため、魔王はわたくしを此処に留め置いたのよ」
「此処に居れば、お姉さまは死なずに済むのですか?」
「そうもいかないの。症状は少しずつ、でも確実に進んでいくのよ。わたくしは、もうじき死ぬ。そして薔薇になるの」
「嫌よ、お姉さま! 死なないで!」
悲鳴のような声を上げながらロザリーはリディアーヌに縋った。
「わたくしも、死にたくないわ」
「方法は……方法は、ないのですか?」
「あるよ」
聞き慣れない声がしたので、ロザリーはそちらを見た。
そこには、魔王の姿があった。
「やあ、こんにちは。私は魔王だ」
美しい男と言うには、あまりに禍々しいオーラをまとった姿がそこにはあった。
「あなた……あなたのせいで、お姉さまが死ぬのねっ」
ロザリーは魔王に食ってかかった。
「おいおい、私のせいではないよ。魔王といっても、私は一族と契約した代の魔王ではないし」
魔王は笑った。
「そうよ、ロザリー。その人のせいではないの。魔王は魔王だけど、我が一族と契約したのは、その魔王ではないわ」
リディアーヌは慌てて言った。
「それじゃあ誰ですの? 誰がお姉さまに呪いをかけたのです!?︎」
ロザリーは怒り狂った。
大切な大切なリディアーヌを苦しめる存在は許せない。
だが、リディアーヌはそれを止めた。
「ロザリー、その魔王はもういないのよ。大丈夫。魔王だって滅びるときには滅びるのよ」
リディアーヌの言葉に、魔王は悲しげな表情になった。
「魔王は愛を知ると滅びるの。また次の世代が出てくるから、魔王という存在が消え去るわけではないけれど。この魔王も、消えるのよ……」
リディアーヌの表情から、ロザリーは全てを悟った。
「お姉さまは、魔王を……この魔王を愛しているのね」
ロザリーは魔王を見た。
「そしてあなたも……魔王も、お姉さまのことを愛しているのね……」
ロザリーは絶望的な気分になった。
( 愛が。滅びの、死の、原因になるなんて。なんて悲しいの!)
「お姉さま……ああ、お姉さま。私でどうにかできるものならば、救って差し上げたい……」
ロザリーは言いながらも、それは無理なことだと考えていた。
だが、降ってきたのは思いのほか陽気な声だった。
「救えるよ」
魔王は言った。
「……へっ?」
ロザリーは、なに言っちゃってんのコイツ、という気持ちをそのまま表情に出して魔王を見た。
「知ってる? 人間の体って、魂が複数入るのですって」
「へっ?」
(初耳ですけど~)
叫びたい気分だったが、呆気にとられたロザリーは叫びそびれた。
「君がリディアーヌの魂を受け入れてくれるなら、彼女は死なないで済むよ」
「ほへっ?」
呆けた声を上げたロザリーだったが、リディアーヌに向き直ると叫ぶように言う。
「お姉さまっ。私はウエルカムですわ。大歓迎ですわ。ウエルカムボード作ってパレードしたいくらいの大歓迎ですわ。それでリディアーヌお姉さまが死なずに済むのなら、そうしましょ。是非、そうしましょ」
「でも……」
リディアーヌは悲しげな顔をした。
「わたくしが生き残ったとしても、魔王さまが……」
「リディアーヌ……」
「お姉さま……」
ロザリーはリディアーヌの悲しげな顔を見て自分も悲しくなった。
そして、どうにかしてあげたいと心の底から思った。
「そうだね。私にも、入れ物があれば……」
魔王はつぶやきながら、薔薇の壁の向こうを見る。
つられてロザリーは振り返った。
そこには、驚いて呆然としているアーサーの姿があった。
「えっと……。どういうことかな?」
戸惑うアーサーをよそにして、魔王とロザリーとリディアーヌは、顔を見合わせて悪戯な笑みを浮かべた。




