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『呪われた公王』へ押し付けられた召喚聖女

作者: 無生物

※R15タグが必要だと公式から連絡が来たら対応します。




「聖女ナズナ樣。この地では、どうぞ貴女の好きにお過ごし下さい」


青い目に憐憫を込めそう口にしたのは、白い髪の見目麗しい男性。それに対し僅かに眉を下げながらも微笑んだ、女性。ナズナ。


王国の聖女召喚により突然この世界に拉致され、神殿預かりとされた上で王太子と婚約を結んだのは――もう10年前になるか。その時の王太子はまだ王子で、10才ながらも立派な王族だった。


神殿と王家の繋がりを強力にする為の駒。としての、10年。


その間、王太子は義務的な交流のみで心を通わせようとはしなかった。関係を良くしたいとナズナがどんなに努力しても、彼は幼馴染みの伯爵令嬢と仲を深め……彼等の仲は公然の秘密とされた。


そのような扱いを受けても、彼女の後ろ盾は王家との繋がりを盤石のものとしたい神殿の者達。大神官も神官達も王家の機嫌を取ることを優先し、ナズナを気遣う者は誰一人存在しなかった。


婚約者として公の場に出ても、王太子は早々にナズナを放置し伯爵令嬢の下へ。それにより令嬢達は彼女を嘲笑い、伯爵令嬢の友人達は嫌がらせとしてお茶会に招待しまた嘲笑う。


『聖女』で在る彼女へ何故そんな事をするのか。何故、誰一人として味方とならないのか。


それはナズナが、聖魔法を一度も成功させていないから。


王家としては絶好の“駒”だったのだろう。それは、神殿としても。特に大神官は自分よりも多い魔力を持たれて居ては、そのプライドを引き裂かれてしまう。聖魔法を使えないと知った時は、心底から安堵し見下していた。


貴族令嬢達からの嫌がらせ。神官達からの侮蔑に加え、毎日の少なく傷んだ食事。暴力が無かった事だけが救いだろう。


そんな、10年間。


その生活は唐突に終わった。


王太子の幼馴染みで在る伯爵令嬢が、聖魔力を封印されていた。……との、誰がどう解釈しても捏造だと分かる虚言。


それは『聖魔法を使えない聖女を国母とするのなら、愛する女性を“聖女”にしても問題は無い』――明らかな横暴と、ナズナへの侮辱だった。しかし王家も神殿も、貴族達すらも喜んでそれを後押しした。


16才の時に召喚された少女は、今では26才に。とっくに婚期を過ぎた売れ残り。


女性の花の期間を奪った王国はひとつの謝罪も無く、彼女――聖女を公国へ押し付けた。




遥か昔に王国から独立“させられた”公国。


『呪われた公王』へ。




青黒くぼこぼこと腫れ上がり、常に膿が流れる皮膚。目に溜まった脂。鼻水や涎で見るに絶えない相貌。だらしなく膨れ上がった肢体。ぼこぼこの皮膚により少ない頭髪。耐え難い程の強烈な……悪臭。


それは神話の時代、当時の大公爵が国に降り掛かる厄災をその身に受ける事を選んだ結果。その時から大公爵の一族は、男女関係なく産まれて来る全ての子供が同様の特徴を持っていた。


それでも、大公爵。独立“させられた”後は公王。


王国の恩人の血を絶やす事は出来ないと、当時の大公爵と王家との間で結ばれた神聖な力を用いた契約。それにより、王家は彼等の婚姻に責任を持たなければいけなくなった。


未来永劫。神の監視の下で。“生贄”を捧げるように。


王家より選ばれた女性も男性も。皆泣き喚き心を病み、若くして儚くなったのは仕方のない事。王家としても心苦しさはあった。


しかし今回、絶好の“駒”が存在して居る。


……っと、云う訳で。


「こちらの書類へ署名なさると婚姻は成立します」


淡々と。見目麗しい男と向かい合っての婚姻の確認。


婚約期間など無く、結婚式も挙げない事務的な婚姻。加えて、張本人の公王は姿を見せず伝言すらない。




……なるほど。


この綺麗な侍従を私に付けて、私の機嫌を取っているのか。懐柔する為に。


跡取りを産んだら彼を“愛人”としても良いと、今から公然の秘密とする為に。


もしかして……公王様は私の精神面を考慮しているのかな。優しい人なのかも。




なんとなく。“それ”は侮辱ではなく気遣いだと確信。己の『呪い』による姿を把握し理解しているからこそ、これ迄の“生贄”のようにはさせまいと。


そう考えながら躊躇なく書類へサインをするナズナに向かいに座る男は驚き、でも直ぐに安堵したように肩を落とす。例に漏れず、泣き喚くと思っていたのだろう。


「――確かに。これで夫婦と成りましたが、夫婦の営みは貴女がこの地に慣れる迄控えましょう」


「それは、有り難いですけど……大丈夫なのですか?」


「構いません。それに……先ずは栄養を」


少なく、傷んだ食事。成人女性としては痩せ過ぎで顔色も悪い。確かにこれでは閨事も叶わない。


純粋に納得する彼女にほっと息を吐いた彼は、控えるメイド達へ食事の準備を告げてから腰を上げた。


「慣れない環境でしょう。私共は席を外すので、好きにお過ごし下さい。ご用の際はこちらのベルを。貴女付きのメイドのイヤーカフスへ、音が伝わります」


「分かりました。ありがとうございます」


「ではこれで」


「あ。あの、何とお呼びすれば?」


「――ルカ、と」


「ルカ様」


「私なぞルカで構いません」


「はい。ルカ」


「それでは」


一礼して部屋を出て行った、見目麗しい男。ルカ。貴族令嬢ならば確かに心を奪われただろう。


ナズナは実際に公王を目にした事は無いが、その評判は耳に入っていた。特別な事が無い限りは城から出ず、一度……この10年の間に一度だけ王城へ訪れた時には何人もの貴族令嬢がその醜さに寝込んだ程だと。


幸か不幸か。その時ナズナは、神殿のチャリティとして各地の孤児院を慰問していた。


なので、公王の姿は写真で見た程度。確かに噂通りの相貌。女性ならば誰もが泣き喚くとの言葉に全力で同意した。


しかし。


「めっ……ちゃ美味しい……!」


ご飯が美味しければ何でも良い。


世界一食に煩い日本人にとって、少ない量で傷んだ食事は何よりも拷問だった。よく10年も我慢出来たものだと、己の事ながら感心する。


テーブルに並んだ食べ切れない程の料理。新鮮で、胃腸に優しい味付け。……どうやら事前に、今迄の食事環境を調べてくれたらしい。


加えて、この城の者達は良くしてくれる。慣れない環境だからとメイドすら退出して、穏やかな空間を用意してくれて。


更に。


「お呼びでしょうか」


「あの……胃が、小さくなっているようで」


「食べられるだけで構いません。残りは使用人で分けさせて頂きます」


「あ。じゃあ、一緒に食べませんか?」


「、それは……」


「お願いします。久し振りに、賑やかな食卓を囲みたいのです」


「……確認を取って参ります」


「お願いします。我が儘で、すみません」


思い付きの我が儘。なのに皆、付き合ってくれる。


メイドが確認へ行った時、公王が『聖女の望みは全て叶えろ』と。確認は要らないと口にしたお陰でもあるのだろう。




本当に好きに過ごして良いんだ。




それを聞き明確に実感したナズナは、本当に好きに過ごす事にした。


「城内の内装を明るくしたいです」


そう言えば皆直ぐ様カタログを持って来て、予算を訊けば好きにして良い。と。


どうやら公国は、何百年に渡っても採り尽くせない程の鉱山を所有しているらしい。宝石も、鉱石も。


凄いなー。と雑な感想を持ちながら、それでも一応今後を考慮しての選択。高級過ぎず、でも公国の城に相応しい清廉な家具。


1週間も経たない内に全ての家具が揃ったので、優秀な職人を多く保有しているのだと察した。高い技術は素晴らしい。







何かと気を回してくれるルカから公国の地図を見せてもらい、各地の説明を聞いて居た時。


「あの。その湖って死海ですよね」


「……しかい?」


「塩が取れる湖。塩湖よりも広い湖を死海と言います。琵琶湖よりも広そうですね」


「びわこ」


「あ。祖国にある湖の呼称です。死海ではなく普通の湖ですが」


「……この湖を『ビワコ』と名付けましょう」


「え。大丈夫なんです? それ」


「構いません。『死の湖』としか呼ばれていないので」


じゃあ良いか。


あっさりと納得した彼女は、ルカが『故郷を忘れないように』そう言ってくれたのだと察する。優しい人だと、あたたかい気持ちになった。


これにより公国は塩の生産国として知れ渡り、瞬く間に国家収入がトップクラスに。土壌に含まれるミネラルが膨大らしく、また降水量も一定で安定した気候。それは、枯渇する未来が計算出来ない程に。


国の収入が増えれば今迄以上に市政が整備され、国民を雇用しての工事なので民の収入は増える。収入が増えれば食事に金を使い、食事が豊かになれば心に余裕ができ娯楽事業も増える。


ともなれば公国全体が発展して行く。その好循環が、この先数年に渡り繰り返され安定した暮らしとなるのだろう。


その未来を確信する城の使用人達は、ナズナへ深い感謝を抱き心底から仕えるように。







「コルセットに代わる下着とそれに合うドレス、作っちゃダメですかね?」


「直ぐに針子を呼びます」


あ、良いんだ。


体型が安定したのでものは試しと言ってみれば、間髪を入れずに行動に移すメイド達。コルセットは必須の下着なので却下される覚悟は有ったのだが、それはもうあっさりと動いたので数秒程呆然としてしまった。


相変わらず向かいに座るルカから少しだけ笑われて、ちょっと恥ずかしかった。


その下着とドレスは革新的な下着とデザインだと、こちらも瞬く間に各国へ広がりまた公国の収入となった。王国に知られると面倒だからと、ナズナは自分の名を使う事はせず安直に『ローズブランド』と名付けておいたが。







「商品に出来ない小さな宝石、捨てるだけって勿体ないですね。集めればアクセサリーの細かな細工に使えますし、豪華に見えてドレスにも応用出来そうですけど」


「直ぐに手配を」


採り尽くせない程の鉱山を所有しているからこその、盲点。クズ石とされる物さえも活用できると、今迄で一番行動が早かった。


真っ先に宝石の加工工房に連絡し、研磨の際に出る欠片や規格に足りない宝石を確保。3日後にはサンプルが上がり、宝石商が物凄い笑顔で各工房へ発注を始めた。


こちらは下級から中級貴族達の御用達となり、ローズブランドの目玉商品となった。……と後日に聞いたナズナは、商魂逞しいな。と純粋に感心することとなった。







そんな……事が立て続けに起こったからか、使用人達はナズナの身辺を完璧に整え完璧に護衛するように。囲いではなく、過保護として。


因みに護衛はこっそり付けているので、彼女は気付いていない。


「庭師が、青い薔薇を開花させたと。良ければ見に行きませんか?」


「良いですね。青い薔薇。確か花言葉は……『奇跡』や『夢叶う』でしたっけ」


「それも祖国の知識ですか。では、そのように」


「簡単に決め過ぎだと思います」


「構いません」


ふっ。小さく笑うルカはエスコートとして手を差し出し、ナズナも躊躇いなくその手を取る。


この地に来て毎日が濃かったが、まだ2ヶ月と少ししか経っていない。


この短い間に様々な我が儘に応えてくれた皆に、個人的にボーナスでも渡そうか。そう考えながら庭へ案内される彼女は、後ろを付いて来るメイドや家令達に少しだけ不思議に思う。


が、皆も青い薔薇を見たいのだと結論付けた。現にそわそわとしている。微笑ましい、と目元が緩んだ。


「わっ。思ったより真っ青ですね。綺麗」


「彼の努力による成果です。報奨は何が良いと思いますか?」


「素晴らしい才能に見合う報奨は、簡単に決められません。無難に金一封くらいしか考え付きませんよ」


「では、そうしましょう」


そもそも最初からそのつもりだったのだろう。頬を緩めたルカは家令へ頷いてから、庭師から青い薔薇の花束を受け取った。


それを手にナズナへ向き直り、不意に――地面に片膝を突け彼女へ花束を差し出す。


「聖女ナズナ様。貴女のその柔らかな心に恋をしました。どうか、私と共に生きて下さい」


さも当然に。


庭師やメイド、家令。何人もの前でそう口にしたルカに目を見開いた彼女は、視界に映る花束。その青い薔薇とルカの瞳の色が酷似している事に気付き、無性に泣きそうになった。


なんで……




この人は公王様の采配で側に居てくれた。いつも、ずっと。


公王様を慕って居るから、捨てられた聖女の私を繋ぎ止める為に。私の心を、安定させる為の演技。……だった筈なのに。


どうして本気の目を。そんなにも、熱の籠もった甘い目をするのか。


命じられたからと。その上で、恋をしたからと。


主人で在る公王様を裏切るのか。




込み上げて来るのは怒りではなく悲しみで、それは周りの者達が期待するような目をしている。その要素も、悲しみを増幅させてしまった。


とても良くしてくれる優しい皆が、そんな事を望むなんて信じたくない。と。


とうとう堪えられなくなり流れた涙に顔を覆ったナズナに、それが“返事”なのだと悲痛そうに顔を歪めるルカ。俯けた顔を花束を包むラッピングへ埋め、こちらは込み上げる涙を必死に堪える。




この儘ではこの人を傷付けるだけだ。




そう考え顔を上げたルカは口を開き……でもその前に、ナズナが言葉を口にした。


「お気持ちは、嬉しい……です。でも、私は……っ」


「……はい。貴女の気持ちは分かります。嫌、ですよね。気を悪くさせて、すみません」


「い、やとかじゃ……なくて。私は……公王様以外の男性と、心を通わせる気はありません」


「……ぇ」


メイド達が楽しそうに施してくれた化粧。それが落ちないように、ドレスの袖で優しく目元の涙を押さえたナズナは手を下ろす。


驚愕――と云うよりも、呆然と見上げて来るルカに眉を下げての言葉は……


「ルカ程に優しい男性なら。直ぐに素敵な女性に出逢えます」


「……」


「ですので私の事は、」


「待って下さい」


呆然と。意味が分からないと言いたげな表情で硬直し続ける、ルカ。


なので。ナズナの言葉を止めたのは、事の次第を見守っていた家令。


こちらも意味が分からないと困惑した顔で、


「もしやと思いますが……ナズナ様。ルカ様が何者か、ご存知でない……と?」


「……公王様から、私の心を繋ぎ止めるように命じられた被害者……でしょう」


目を伏せての言葉。明確に言葉にしてしまえば、心底申し訳ない気持ちになってしまう。


己の存在で、人ひとりの人生に影響を与えてしまった……と。叶わない恋をさせてしまった、と。


しかしそれは、


「っ何故そのような誤解を! そのお方――ルカ様こそがこの公国の王ですよっ!」


………………?


理解出来ない家令の言葉に純粋に首を傾げてしまった。本当に意味が分からなかった。


あと、いつも冷静沈着な彼が取り乱している姿がちょっと面白い。


「なんっ……ほん……、ふーっ。改めてご紹介致します。ルチアーノ・カエサル・レオーネ。『ルカ』は、ルチアーノの愛称となります」


「ぇ。……え?」


「ルカ様のご相貌で一目瞭然でしょう。なのに何故、本当に……そのような誤解を」


「え……い、や。だって……え? どう見ても、ルカは美形ですし」


「はい?」


「身体も丸くなくて寧ろ筋肉が付いてて」


「は……」


「お肌もとっても綺麗で、あの有名な舞台俳優よりも見目麗しくて」


「……」


「公王様の写真と全然違うから誤解もなにもっ」


どこか必死そうに言葉を紡ぐのは、これ程の美形は人生で初めて見たとの認識によるもの。ナズナの目には最初から絶世の美形としか映っておらず、ともなれば噂の公王と同一視出来る筈もない。


しかも、ルカのフルネームを聞いた事がなかった。皆が『ルカ様』と呼んでいたので、公王の側近だと認識していた。


ともなればこれは、完全に……


その相貌で“わかる”と、自他共に紹介しなかった彼等の落ち度。ナズナは全く悪くない。


彼女の目には初対面からずっと、ルカは美形と映っているのだから。


「……まって、ください」


漸く。呆然と固まっていたルカが口を開き、家令やメイド達の方を向いていたナズナは彼へと向き直る。


目を見開いた儘に口を開いたルカは、期待――を瞳に灯し……


「もしや貴女の目には、私が普通の……醜くない只の人間として、映っている……と?」


「普通どころか世界が傾くレベルの美形ですけど!?」


大混乱である。


ナズナの目には、ルカは見目麗しい男。しかし周りの者の目には、ルカは醜い『呪われた公王』と映る。


もしや、これは……




『聖女』だからこそ呪いが通用しない?


だから初対面で顔を歪めず、泣くことも無く。笑顔で受け答えし、躊躇いなく私に触れていた。……のか。


私を“私”と認識していなかったから。純粋に、公王の侍従と思っていたから。


なのに、公王以外の男と心を通わせる事は出来ない。と。


醜いと知って居た“私”を選び、共に在ろうと。




急激に込み上げて来る熱い“ナニカ”。それは、歓喜に似たものだったのだろう。


もう一度。花束を差し出したルカは顔を綻ばせ、


「改めて申し上げます。ルチアーノ・カエサル・レオーネ。この公国の王として、貴女に今一度結婚を申し込みます」


「、ぅ……ぁ」


「お願いします。貴女の真の夫となる栄誉を、どうかこの卑しい私めにお与え下さい」


嬉しそうに。綺麗に溢れ落ちた涙。


――ぶあっ。


まるで沸騰したように顔が熱くなったナズナは思わず家令とメイド達へ顔を向け、うんうんっ。何度も頷き「どうぞ」と言わんばかりに両手を出し促す彼等に、ゆっくりと顔を戻す。


見上げて来る沢山の“青”に動かした両手。その手は花束を受け取り抱き締め、ぽすりと青い薔薇へ顔を埋めた。


途端に立ち上がったルカはナズナを抱き締め、顔を上げた彼女の視界には泣きながら幸せそうに微笑む見目麗しい男。




心臓に悪い。




それだけしか考えられず、再び青い薔薇へ顔を埋める。


『奇跡』『夢叶う』の花言葉を持つ、正真正銘の“奇跡”の花へ。







思いが通じ合った。


その事実が出来た為、そしてナズナも否と言わなかった為。その日に漸く初夜を行う事となり、それからはメイド達によるお肌磨き。


あれよあれよと準備が整えられていき、青い薔薇で飾られた夫婦の寝室。両隣の部屋とは、室内から行き来出来るドア。各々の私室。


寝室のベッドに座るナズナは、ルカの私室のドアが開いた音に咄嗟に顔を向ける。バスローブ姿。惜しみ無く晒された胸筋から腹筋。


また、顔が熱くなった。


隣に腰を下ろしたルカも、どうやら緊張しているらしい。女性に触れるなんて人生で初めてのこと。しかもその相手が、心を奪われた女性。


緊張するに決まっている。心臓が壊れそうな程に暴れ、呼吸がし難い。


どちらも落ち着かない中で、……あの。口火を切ったのナズナの方だった。


「言う事では、無いと分かっているんですけど……祖国では、恋人とは普通の行為で。その……は、じめてでは……」


「……人数は」


「ひとり、です。回数は片手で数えられるくらいで」


「そう……ですか」


「あの、だからっ」


意を決したようにルカを見上げた彼女は、


「上手くできないので一緒に協力して気持ち良くなりましょうっ」


そうじゃないだろう。……っとの言葉は呑み込んだ。どこかズレている。


しかしナズナの顔が真っ赤で真剣だったから、なんだか緊張が薄れた。


この人は、ちゃんと本音で向き合ってくれるのだ。と。


そもそも最初から向き合ってくれていた事を思い出し、途端に可笑しく思い笑ってしまった。


「わ、わら……っ」


「いや、すまない。……ふふっ。大丈夫です。協力、しましょう。一緒に。ゆっくりと」


そう言って彼女の頬を撫でたルカは言葉通りに顔をゆっくりと顔を寄せて行き、反射的に目を瞑ったナズナはその唇を静かに受け入れた。











『呪われた公王』が結婚式を挙げる。


その情報すら瞬く間に各国へ届き、『呪われた公王』と『捨てられた聖女』の結婚式を嘲笑する者達。様々な品で取引があっても、その嘲笑は消える事は無い。


送られて来た招待状に参列の返事をするのは、社交界での話題作りの為。


周辺の王族、貴族。各代表が公国へ集って初めて、彼等はこの式が大規模なものだと知る事となった。


「見栄を張るなど見苦しい」


そう言ったのは誰だったか。賛同し笑っていたのは、どのような者達だったか。


どこ迄も2人を嘲笑い見下す彼等は、


「新郎新婦のご入場です」


純白のカーペットを歩く2人に釘付け。




――人生で初めて目にする程の、絶世の美形。


絹のように白く輝く髪と青い瞳を持つその男性は、背筋を伸ばし凛と歩みを進める清廉な女性。彼女へ甘く蕩けるような目を向け、最大限の気遣いでエスコートをしている。


来賓の者達なんて視界に入っていないかのように。


だれだ、あのおとこは――




全員の心の声が一致し、同時に新郎……『呪われた公王』なのだとも理解する。しかし、脳が許容する事を拒否してしまう。


噂を耳にした者も、写真を見た者も。実際に目にした者も。全ての者達が驚愕に硬直する中、粛々と式は進められるのだから理解が追い付かなくなり始める。


醜い化け物……の筈。それが事実だった。なのに、なぜ。呪われているのに、なぜ。


何故、捨てられた聖女があんなにも美しく……。


混乱と困惑の来賓達の視界では、唇を合わせ幸せそうに微笑み合う2人。只の、幸せな結婚式。


嘲笑しに来た彼等は現実感が無く、信じ難い光景に……よく分からないまま拍手を送っていた。本当に、意味が分からないが。


そんな彼等の疑問は、恙無く終わった結婚式の後。披露宴で晴れることに。


王国からの代表。ナズナを捨てた王太子。


王太子に気付いた見目麗しい男。ルカは、ナズナと共に歩み寄る。しっかりと、ナズナの腰を抱いて。


王太子の横で恍惚とした表情で熱視線を送る伯爵令嬢には、僅かな視線すらも向けずに。


「お久しぶりです。王太子殿下」


「あ……あぁ。その、変わった……の、ですね」


「えぇ。『聖女』で在るナズナのお陰で」


「な、に」


「彼女には初めから、私がこの姿に見えていたようで。その所為で少しの誤解は有りましたが……。ですが心を通わせた日の夜に、私の呪いを解いて下さったのです」


「……んな、そんな事は……そのおん……彼女は、聖魔法は使えない筈……」


「おや。まさかとは思いますが。突然拉致した相手に無条件で協力すると、本当にそう考えていたのですか?」


「――!」


「無知な娘ならば御し易いと。残念ながら、ナズナは人の悪意に敏感で。ずっと王国を見極めて居たと教えてくれましたよ」


「……いや、まさか。そんな事を考える筈がありません。どうやら誤解があったようですね。彼女には、王国の暮らしが合わなかっただけですよ」


「えぇ。そのようで」


全て知っている。


そう言葉に含ませ伝えて来るルカに、必死に表情を取り繕う王太子。は、今後の友好をと口を開く。


「素晴らしい式でした。今後とも、良き隣人として共に在る事を願います」


「こちらこそ。しかし、ひとつ申し訳ないことが。どうやら私は心が狭いようでして。私の目の届かぬ場へ妻を送り出す事に、強い怒りを覚えてしまうのです。ずっと……城で大切に囲って居たい程に。ですのでどうか、ご容赦を」


『聖女』として無理難題を要請するのなら、如何なる手段を用いても必ず叩き潰す。


……と、いうところか。それは心が狭いと云うよりも、『10年にも及ぶ虐待をしておいて今更掌返しはしないだろうな』との牽制。


協力をする気など塵程も無いのだろう。青い目に剣呑の色が滲む。


「んっ」


無意識にナズナを抱き寄せ、その際にルカの指がナズナの弱い箇所へ触れたらしい。鼻に掛かった小さな声と僅かに身を捩る仕草に、王太子は息を呑み凝視。


王国では見なかった“女”の表情。仕草。僅かなりとも、惹かれるものがある。


しかし。ナズナを隠すように。身体を動かし向き合ったルカは、彼女の頬へ手を添えた。


「すみません。くっつき過ぎてしまいました」


「大丈夫ですよ。お話の続きを」


「今終わりました。疲れていますよね。少し、休憩しましょう」


「平気ですよ」


「私が休憩したいのです。どうか付き合って下さい」


「んーふふっ。はい。分かりました」


「ありがとうございます」


可笑しい。と小さく笑うナズナは王太子と伯爵令嬢へ挨拶をし……ようとしたが、その前にルカが腰を抱いた腕で促したので会釈に留める。


話は聞こえていたらしく休憩へ向かう2人に声を掛ける者はおらず、凝視しながら見送るだけ。……あれは、少し……


度が過ぎる執着なのでは。


その場の全員がそれを察し、なんとなく居た堪れない感覚に。嘲笑する為に遥々足を運んだのに、実際は『呪われた公王』の重い愛を見せられドン引き。


先程の『城で大切に囲って居たい』発言は、心底からの言葉だったのだと誰もが察した。特に女性達は、一瞬さえもルカと視線が交わらなかった事で確信している。


呪いを解いてくれた存在。それは確かに、深く愛する理由となる。一途に。盲目に。


例えその呪いを解いた方法が、不可抗力だったとしても。


「美談に言ってましたが。身体を深く繋げたら解けていただけ、ですよね」


「箔が付くでしょう?」


「『呪いを解いてほしいー』って人が出て来たら、どうするんですか」


「私にお任せ下さい」


「なにをする気……」


にっこり。言葉を返さずに綺麗に笑うだけなので、これは訊いちゃダメなやつだ。と判断し、軽く肩を竦めてからルカの肩に凭れる。


休憩室のソファー。ふわふわな感触に眠気が誘われて初めて、疲労しているのだと自覚した。流石に自身の披露宴をこのまま途中退場は無作法過ぎるので、その眠気は押し殺すが。


「ぇ、ちょっ……と!」


「ダメですか?」


「ぅ……」


顔が良い。声も良い。そして可愛い。


ダメだと分かって居つつも抗えないのは、ナズナも心底からルカに惚れているから。好きだと、愛してると毎日伝えて来る彼に絆され続けているから。


しかも狡い事に、彼は自分の顔の良さを把握していない。それは、今迄醜いと嘲笑されていた故の結果。今更、自分の顔なんてどうでも良い。


ナズナがこの顔を好きなら、それだけで満足。


しかし彼女は顔で選んだのではなく、最初から公王を選んでいた。醜い……『呪われた公王』だったルカを。予め写真で、姿形を知っていたのに。




この人はやっぱり『聖女』なのだな。




そう改めて実感するルカは、観念して首の後ろへと両腕を回して来てくれる彼女をソファーへと沈める。


この後、家令から確実に説教をされる事を確信しながら。それでもその確定の予想を、さっさと思考の外へ投げ捨てて。


「愛しています。ナズナ。私だけの聖女様」


「そろそろ“人”として愛して下さいよ」


「もう少しだけ。許して下さい」


「仕方のない人ですね」


「はい。本当に」


自覚があって何より。


苦笑するも唇を薄く開いたナズナは、とても嬉しそうに笑むルカに目を伏せ――その全てを受け入れるのだった。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


n番煎じですが、私は初めて煎じるし書きたかったので書いた作者です。どうも。




↓ちょっとしたおまけ設定。


この後。

呪いが消失したので神聖な力を用いた契約は不要と、正規の手順を踏んで白紙に戻します。

王国と主人公ちゃんとの関係性を、完全にまっさらにする為に。

勿論王国側は説得しますが、どうやら契約の主導権は『公王』にあったようなので恙無く白紙となりました。

良かったね。


公国としても完全に王国との縁を切り独立しそうですね。

王国の後ろ盾が無くなったからと資源やらを狙い争いを仕掛けて来る周辺諸国をあれよあれよと吸収し、領土拡大して正式な“王国”として成長していきそうです。


ルカの生き甲斐は「ナズナに美味しいものを沢山食べさせる事」になりました。

主人公ちゃんは沢山食べられるようになって、結婚式時点で日本人の標準体型となってます。

元の体型と比べると、ややぽちゃ。

恐らくこれ以上は遺伝子や腸内環境的に太れないかと。

でも貴族としては痩せ過ぎなので、ルカとしてはもっと太ってほしいと思ってたり。


愛されていますね。




たのしかったです。




【追記】2023/10/10

感想へのお返事をしています。


○読者様へ。

感想にて批判を書く場合は自己紹介文を一読して下さい。

今後は作品説明に注意文を記載致します。


【更に追記】2023/10/15

沢山のご感想とご指摘や誤字報告、感謝致します。

『気になる点』がありましたら、一度感想欄にて似たようなご指摘が無いか調べて頂けると幸いですm(_ _)m

そして沢山の評価ありがとうございます!

日間総合1位の画面はスクショしました。へへっ。

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― 新着の感想 ―
凄く良かったです! 告白シーンが特に好き 短編故に駆け足感もあったので長編版か後日談とかも読んでみたいです
[良い点] 全体的に読みやすく、隠し設定?的なモノをあちこちに散りばめてあって感想欄を読んで答え合わせをしたりするのが楽しかったです。呪い解けてよかった!幸せになれよ!って思いました(笑 [気になる…
[良い点] 楽しく読ませて頂きました(^^) 読み終わった後の爽快感があり、幸せな気分で星が押せました! 召喚された可愛そうな聖女さまが、聖女の力を持って活躍して愛される様になる みたいなお話では…
感想一覧
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