九ミリの私
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たたっと駆けた。寂れた街に私のスニーカーのなんともこう鈍い音が響く――軽快には駆けられない。それは元より私の運動神経がイマイチだから――。「恰好悪いからせめてローファーにしなよ」と先輩からは言われるのだけれど、私はスニーカーがいい。当該先輩よりやはり脚力がないからだ。まったく羨ましい。彼女に筋力で敵うはずもない。どうやら先輩二人が敵を囲みこんでいるらしい。ほっと一息。「私の仕事は今日もなさそうだ」――というあたりに自らの愚かしさを感じた。本件はそもそも私が預かったはずだ。なのにどうあれほっとするだなんて……。
そのときだった。私の目の前に、二十メートルはあるだろうけれど、敵と思しきチンピラ風の男が立った。
先輩の男性〇〇さんが「馬鹿! じっとしてんな! 逃げろ!!」と咆えた。
でもその様子は私にとっては異次元で――。
「○○!!」
先輩男性にそう名を呼ばれとき、私はもう撃たれていた。
先輩がその男に飛び蹴りをかまし、その男に九ミリを連射したのが見えた。
うつ伏せに倒れた私の目線にかろうじて、先輩の顔が映った。
駆けてくる、駆けてくる。
そばまで来てしゃがんで、私のことを仰向けにして抱き上げた。
「おい、死ぬなよ、おいっ」
「それは運次第だと思います」
「くそっ……ああ、世の中はなんてくそったれなんだろうな」
「死にたくないです。どうか病院に……。まだ死にたくないんです」
そんなことを言ったら、てっきり頬を引っぱたかれるだろうと思っていた。
でも先輩はそんなこと、しなかった。
「早く来い、とにかく早く!!」
ケータイで救急車の到着をせかした。
「ああ、くそっ、くっそ。おまえのこと、殴ってやりたくなんぜ」
やっぱりそうか。
「でも、生きます」
「どうしてだ?」
「生きたいからです、〇〇さんにも迷惑はかけたくありません」
○○さんは口を歪め、だけど優しげに笑った。
○○さんは救急車へと肩を貸して運んでくれた。ストレッチャーで運ぶべきなのに――彼の優しさとせっかちさがそうさせたのだろう。
「ごめんなさい……」
「なにがだ?」
「だって、私は迷惑を――」
「いつか言ったな。俺の後輩はおまえだけなんだよ。かわいくないわけねーだろうが」
素敵なセリフだ。
こんなカッコいいセリフ、他に誰が吐けるだろうか。
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あるいはえらく近い距離でもターゲットを「殺るという指示だった。だけど、たぶんかなり遠い距離だ、銃声が確かに聞こえた。護送車に移されようとしたその男性、確かに彼は顔面に弾をもらって死んだ。〇さんの仕業だと思い、私は慌てて逃げた。それは所定だ。まさにそういう指示を受けていた。
急ぎ本部に帰ったのである。○さんも○○さんも○○さんもいた。ああ、なんだか申し訳ないなあと思った次第だ。
「なんだか申し訳ない。〇〇ちゃん、そう考えてるでしょ?」
○○さんにずばり言われ、私は身を正した。
常に見透かしたようなところがあるのが○○さんである。
スペシャル男性○○さんの「打ち合わせが終わったんだから、とっとと飲みに行こうぜ」という進言に対して、相棒である○○さんは「やだ」
「や、やだなのかよ」
「○○ちゃんが良いっていうならいいよ」
「だってよ、○○。どうしたい?」
「い、行きます」多少どもってしまったが、そう思いきった。「ご一緒させてください。お願いします!」
先輩二人は顔を見合った。
「いいよ」とだけ、声を揃えて言ってくれた。
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うまい焼酎を出す居酒屋。
三人の好みが合うのが焼酎なのである。
そもそもこういった店でしか会話も弾まないだろう。
「そもだよ、○○ちゃん」
「はい、なんですか?」
「おおぅ、いい返事だ。だけどだな○○ちゃん。きみと私たちとは、どうしたって住む世界が違うのだよ」
私は少々むっとなった。
「確かに私の経歴は自衛官だったっていうだけです。でも、それなら○○さんだって警察官だけだったって話じゃないですか」
言ってしまってから「失言だぁ」と思わされた。私は○○さんをとても尊敬している。元刑事だったからだろう。とても鼻が利くし、それに戦闘能力だって群を抜いている、卓越している。だからどうしようもなく申し訳なくなって……。
すると最強女性先輩○○さんは「怒らないよ。この馬鹿も怒ってない」と言い、相棒である○○さんの頭を引っぱたいた。微笑ましく見えたけれど、失言の後悔は消え失せない。
「○○ちゃんよ、言っとくぜ。おまえがどれだけはっちゃけて、俺に迷惑かけようが、俺は絶対気にしたりしねーよ。これ以上の言葉が必要なら言ってくれ。クサい文言、考えてやんよ」
私は泣きだしてしまった。つらくてキツい仕事だけれど、こういうヒトが先輩がいるから、私は際限なくがんばってやろうと思うんだ。それにしても、この男性はきっと、自分がどれだけ魅力的なのか、知らないんだ。それは損なことだろうと思うのだけれど、彼自身は未来永劫、やはり異性にモテたいだなんて思わないだろう。
ほんとうに最高だなと思う。
私のいまの職場環境は得難いものだと考える。
でも、いまの私はまだまだ情けないから、九ミリを持つくらいがやっとだ。
いつかもう少し大口径の銃を持たせてもらったとき、私はもっとクールになっているだろう。




