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伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
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記憶の底

スァァ…!


(…っ…首を飛ばされた…)


 風に飛ばされる様になすがまま視界が宙を舞う、だが咲夜さくやに焦りは無い。


(……まだ、私の"本体"は生きている…)




 ――世に蔓延る妖魔には大きく分けて二種類の体質がある。


 一つ目は生物体質。


 変化により人の姿と妖魔の姿を切り替える事が出来る体質。

 この世界に蔓延る妖魔の大半はこの体質であり、礎静町いしずちょうにて辰之助たつのすけ達と相見えた紅重べにしげ兄弟や天姫あまひめ花魁もこちらに当てはまる。


 生物と変わらぬ弱点や形を持ちつつ、欠損などの普通ならば後遺症を残す程の痛手も瞬時、または時間が経てば完璧に再生する事が可能。

 しかし、勿論限度はある。


 手や足などの末端、目などの「人であっても即死にはならない」程度の欠損は再生する事が出来るが、首を落とされたり、体を分断されたりと「生物として機能が出来なくなる」程の深手を負えば、体が再生出来ずに灰のように崩れて死んでしまう。


 要は「他より頑丈で再生できる生物」がこちらの体質という事になる。




 そして、二つ目は無形体質。


 こちらはその名の通り、"特定の形を持たない"のが特徴。

 本体である"核"を中心に一つの性質を持ち、火は火、水は水、そして樹木は樹木、と決められた性質を好きな形に作り替える事が出来る。


 咲夜は樹木の体を自由に組み換え、美しい顔や肉体を作り出し、戦いの最中にもその形を絶えず変え続け、絢華あやか達を苦しめていた。


 触覚や視覚の位置も自由に設定する事ができ、咲夜の様に人の形に拘る者も入れば、鳥や魚の形をとる物も居る。


 咲夜の操る触手も文字通り彼女の手足そのものであり、分身は己の核を一欠片埋め込み、簡単な意志を持たせる事で自由に戦わせていた。

 これは己の命を分け与えるというのに等しい行為のため、破壊されればその分自身への痛手ともなる事から、咲夜自身も乱用は出来ない。



 そして、この体質と戦う上で幾つも厄介な点があるが、その中でも最たるものは《《核を壊さぬ限り死なない》》という点である。


 核が無事ならば、首を落とそうが体を分断しようが、バラバラにしようが死なない。

 核は基本的に胴体の中心、生物で言う心臓のある位置に固定され、そこを破壊されれば無形の妖魔はあっさり死ぬ。

 無論、当人もそれは理解している。

 故に無形の妖魔達はそこを守る為に多くの策を弄するのが鉄則。


 体を変え続け、心臓の位置を固定化させない者、そもそも近付けぬように広範囲を攻撃する者。


 だが、今の咲夜にはそれは無い。


 体を別の何かへ変え続ける想像力も、近づけぬようにする攻撃も無かった。




 この瞬間に打てる策が尽きた彼女は、一つの賭けに出た。



 それは、辰之助が"無形体質の弱点を知らない"という賭け。



 無形体質のもう一つ厄介な点をあげると「数が極端に少ない」という事。


 つまり、相手がその特性を知らない可能性が常にある。



 咲夜は彼が何体の妖魔と戦ってきたかは知らない。

 故に、これは経験値と天運の戦い。


 今は体と首が離れているせいで操作が効きにくいが、数秒あればあれば引っ付けられる。



 落ちゆく視界の中、自身の首を落とした相手を視界に捉えた。


「…くっ…」


 首を切り落とした後、咲夜の体より少し先に行った位置で技の連射による疲労のせいか、片膝をついて深呼吸し、小刻みに震え、項垂れている。


 追撃する気配は無い、咲夜の様子も見ずに休憩しているかのように呼吸を整え、落ち着こうとしていた。


 つまり、賭けは咲夜に軍配が上がった。


「……っ!」ニヤリ…

(……好機…! まだあの氷女が戻る気配は無い…! 一人ずつなら確実に殺せます…)


 吹き出しそうな感情を笑みで抑え、心の中で己の勝利を確信する。



 ドサドサ…ゴロゴロ…



 宙を舞っていた首が着地し、同時に胴体と首から細い根を出し、お互いに絡み合わせる。


 シュルル…


 瞬く間に切られた部位は繋がり、先程と変わらない咲夜がそこに立っていた。


(…左足が不能なので、動いたら擦れる音で気づかれてしまいますね……余計な事はせず、ここから心臓を貫きましょうか)


 今は一時の戦いが決着し、この場は無音の空間になっている。

 ちょっとした音でも、鳴らした瞬間勘づかれてしまうだろう。


 咲夜は慎重に、しかしていつも通り無駄無く辰之助の背へと手をかざす。


(さぁ、奴を殺せば後は…)



 その時だった。



(…簡…たん…)



 一瞬、項垂れる辰之助の背中に、胸の奥底が詰まる様な重たい既視感を覚えた。

 普段ならそんなのは関係無く攻撃を放てていたが、今はそれが出来ない。

 だがその感覚や躊躇に不快さは微塵もなく、寧ろ愛しさを感じてしまっていた。



 彼女がこの世において愛しさを感じる唯一無二の存在。



 それは獅子藤 武士(ししどう たけし)に他ならない。


 彼女は今、辰之助と武士を重ねていた。


(何故…!?)


 咲夜は辰之助に、若き日の武士の後ろ姿を重ねていた。


(…あんな男に…あの人の面影が…!?)


 力なく項垂れ、疲れ果てた武士の後ろ姿。


 それは幾度となく見てきた姿であった。

 何かあればすぐ常夜桜の前で座り込み、あの様な姿で愚痴を零していたからだ。


 何度も何度も、その光景を見てきた。



「……っ…」


 だが、今回の感覚は違う。

 そんな擦り切れた後の武士では無い。


 若く、情熱溢れる"かつて"の武士。


 そう。


(…私が一目惚れした…あの頃の…)

「!!」ドクン…


 と自身の中に眠る《《何か》》が内側から叩かれるように目覚めようとしている。



 それは"記憶"


 彼と出会った時の記憶と、その果てに起きた末路に打ちのめされる彼の姿の記憶。



(……それが、あの男と重なっている…)



 それを理解すると、叩かれていた記憶の扉が開く感覚がした。




 そこから這い出てきたのは、多くの思い出に紛れた一つの記憶。



(…あぁ、そうだ…思い出した…)



 それは、咲夜が犯した罪。



(…私が、あの女()を…)



 妖魔になる前の







(殺したんだった)




 最後の大罪であった。

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