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伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
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執務室の攻防③

―――桜亡廊さくぼうかく 大通路に通じる道




 じんの援護により、武士たけしの追撃から逃れた三人は安堵も束の間、すぐに歩みを始めていた。


 ドゴゴ…!!


「ひぇぇ…すげぇ音だ…どんだけ激しい戦いしてんだ…」


 残された者達が奏でる戦いという名の音が衝撃と化し、彼らの周囲を揺らしていた。


「それで、考えってのはちゃんとしてるんでしょうね? ここで勘とか言ったら張り倒すわよ」

「おう、任せとけ、と言ってもさっきと似たような事をするだけだ」

「似たような事?」

「あぁ、少し待ってろ…」


 灯黎あかりの疑問符を突っぱね、辰之助たつのすけは深呼吸を行い、目を瞑る。


「……"龍技りゅうぎ"…」ズズ…


 目を掴む様に龍の痣が蠢き、同時に辺りの風が揺れ始め、辰之助を囲むように円を描いて巡りだした。


 そして


「…"風詠かぜよみ"…!!」



 ブワァ…!!



 辰之助が目を開くと同時に一際大きな風が周囲へ散っていく。

 数秒後には遠くにすきま風の様な音を残すまでに落ち着き、一見は何が起きたかは分からない。


 当然、灯黎と男も何をしているのか理解出来ていなかったが、辰之助はすぐに二人の方へと振り返り


「…ふぅー…! よし、行くぞ! かなり近い!」

 と嬉しそうに一人走り出した。


「はぁ!? ちょっと待ちなさい!!」

 怒りと困惑を見せながら、灯黎もすぐに追いかける。


「おい! お前ら早いんだから置いて来んじゃねぇよ!!」

 少し遅れて男も後ろから二人へついて行った。




 目的地へ向かいながら灯黎は辰之助に問い掛ける。


「今のは何? 穴で使ってたのと何が違うの?」


「"空詠"は壁の向こうや広範囲の気を手とかの触覚で感じ取って中を確認する技だが、こっちは気の流れを目で見る技だ、範囲が狭いし壁の向こうは見れないが、疲れにくいし長持ちする」


「壁の向こうが見れないなら、どうして二人の場所が分かるの?」

「一箇所だけ微かだが戦いの気が流れている、かなり激しい戦いの様だが、少しづつ弱まり始めている…」

「…なら急がないとね、もっと早く走れる?」

「あぁ、問題ない…!」


 すると辰之助は後ろから着いて生きていた男の方へ走りながら振り返り


「そういう事だ! 先に行っとく!! お前も早く来いよ!!」

 と大声で呼びかけ、二人は倍以上の速度で駆け出して行った。


「…………はぁ!?」


 男はその言葉と行動の速さについていけず、息を切らした間抜けな怒り声を発し、息を整える為にその場で止まった。


「あいつら…ぜぇー、マジでよぉ… !ゲホッゲホッ…!! 」



 咳をしながら悪態をつく男だったが、


(……ん?いや、これって…)


 同時に脳裏へ一つの考えが過ぎった。







 ―――桜亡廊 執務室前



「ここだ…」


 二人が立ち止まったのは、扉があったであろう枠のある場所が木の根らしき物によって塞がれている部屋。


「…何これ…木? それともこういう扉?」


 灯黎は三回ほど軽く叩くが、明らかに扉では無い密度の音が響いただけに終わる。


「……どうする? 私達、締め出されてるみたいだけど」

「任せろ」


 そう言いながら辰之助は幹へと近づき、刀を抜いた。


「…少し離れててくれ」

「……分かった」


 灯黎の返事の後、すぐに刃先を扉に蓋をする何かへと突き刺した。


 グサッ…!!


「…すぅぅ…」


 刀の柄をより強く握り、深く息を吸う。


「……"龍技"…!」


 すると辰之助の頬へ龍の痣が蠢き、先程よりも強い風が巻き起こった。


 ヒュォォォ…!!


 耳をつんざく爽やかで甲高い風音。


 巻き起こされた風がそう望むかのように、刀を突き刺した場所へと容赦なく吸い込まれていく。


 ヒュォ…


 そして、いつしか風がピタリと止み、一瞬の静寂が訪れ


 次の瞬間



「…"とどろき"…!」



 カッ…!!




 まるで風船が破裂したかの如く




 バゴォォォォ!!




 扉を塞ぐ木の根が全て弾け飛んだ。


「……ふぅぅ…! 行くぞ…!」


 パラパラ…


 降り注ぐ木片と砂煙が収まるのを待たずして、二人は部屋の中へ突入する。


 シュタァッ!


 部屋へ一歩踏み込んだ瞬間、鼻腔に血なまぐさい匂いが突き刺さる。

 そして二歩進んだ足元には二つの腕らしき潰れた肉片が落ちていたのを見てしまう。


「…っ!!」


 動揺と祈りを込めて踏み出した三歩目、開き始めた視界の先、二人が目にしたものは…




「…っ…まだ来るのですか…厄介な…!」


 部屋の奥に佇み、こちらへ敵意と驚愕の眼差しを忌々しそうに向ける咲夜の姿。


 それと、その近くにもう一人


「…ぁ……か…ぁ…!」


 木の根に手足を拘束され、同時に首を絞められている絢華の姿がそこにはあった。


 かなり激しい戦いだったのか、二人は息も絶え絶えになり、部屋の至る所にへこみや傷が入っている。

 地面にはボロボロに枯れた枝や花の残骸。


 当人達の体も絢華は右腕を失い、咲夜も右目の辺りがボロボロに枯れ落ちており、左足も同じように枯れ、触手で無理矢理支えているだけで再生出来ていない様子だった。


 その戦いも今、決着がついたのだろう。

 咲夜の腕は鋭い根へと変わっており、今にも絢華へトドメを刺そうとしていた。


 だが絢華が死んでいる訳では無い。

 危機な事には変わりないが、間一髪間に合った。


 故に、二人に迷いは無い。


「「!!」」


 それを確認した瞬間、双方は言葉も意思疎通も交わす事無くそれぞれの脳内が己の成すべき行動を瞬時に弾き出し





「…"龍技"」ヒュ…


「…!」シャキン…!




 臆する事無く、瞬きの内に行動へ移った。




 最初に動きを見せたのは辰之助。


「…"名残微風なごりかぜ"…!!」


 ヒュォ!!


 一瞬で咲夜へと狙いを定め、技を放つ。


「…!!」


 一瞬にして距離を詰められ、根の操作が間に合わない咲夜は咄嗟に両腕で辰之助の振るう刃を辛うじて防いだ。


 ザクッ…!!


「…くっ! 虫共が…!!」


 腕の半分程度まで刃が食い込むが両断とまでは行かない。


(…っ! 何だよこいつ、硬すぎるだろ…!)


 クラッ…

 その愚痴に連れられた様に視界が微かに点滅する。

(…さっきの…反動が…!)


 "轟"と"名残微風"、"龍技"の中でも特に体へ負担のかかる二つを連続で使用した弊害が辰之助の体を蝕んでいた。


 全身へ一気に襲い来る疲労感と倦怠感。

 腕に力が入りにくくなり、足の感覚が微妙に覚束無い。

 視界がほんの僅かに縮み、正面以外への認識がぼやける。


 徹夜後や貧血に近しく、体が重たくなる症状が全身へくまなく覆いかぶさって来ていた。



 日常生活の中なら、多少の違和感はあれど出来るだろう程の反動。


 だが今は戦いの場、命のやり取りが生まれ、一時の気も抜けない。

 必然的に日常よりも感覚を鋭くせざるを得ないこの状況ではその"多少の違和感"すらも生死を分かつ重大な要因となる。



 それは辰之助も理解していた、理解した上で


(…頼む、耐えてくれよ…! 後で死ぬほど…!)


 その無茶を押し通す覚悟と意地を


「ふぅぅぅ…!!」ギリィ…!


(寝かせてやるからよ!!)


 歯を食いしばって、自身の体へと叩き付けた。




「ふんっ…!」ググ…!


 やけくそ染みた覚悟と共に緩んでいた腕に先程よりも力を入れ、刀を押し込んでいく。


 ミシミシ…!


「…っ!!」

(この男…!)


 バキィ…!!


 という破砕音と共に咲夜の両腕が地面へと落ちた。

 そこで止めることはせず、その勢いのまま首へ刃を食い込ませる。


 ガッ…!!


 だが、鉄にぶつかったような頑強な音と感触が腕を伝い、それにより首へめり込む程度の位置で止まり、動かなくなってしまった。


「…ちっ! 硬ぇんだよ…さっきから…!!」

「…失礼ですね…乙女の体は…!!」


 咲夜もすぐさま切られた腕を生やし、逃がすまいと左手で刀を掴み、右手を辰之助の顔の前へと突き出す。


「!!」

「柔く脆いものとして扱いなさい!!」


 その時、瞬間的に辰之助の直感が危険信号を発した。


 ズォ!!


「ぐおっ!?」


 首を傾け、咲夜の手から飛び出た鋭い棘を頬を掠めるギリギリで躱しす。


 頬から飛び散る鮮血を気にも止めず、辰之助は突き出された右手を掴み、逃がさないようにしっかりと握りしめた。


 手に伝わる感触は人のそれでは無い、樹木に近い硬くザラザラとしたぬるい感触。


「これが柔く脆い乙女の体かよ…!」

「……ええ、その通り…」


 すると咲夜は何かを念じる様に絢華の方へ視線を送る。


「っ!!」




「ふふ…鬼であっても、こーんな風に少し力を入れるだけで…」


 ギリィ…!


「…ぁ…ぁ………ぎ…!」


 次の瞬間、絢華の首を絞めていた根の力が増していく。


 ギリギリ…!!


「…ぁ…………っ……………!!」


「すぐに壊れてしまいますからねぇ…!!」


 咲夜が勝ち誇ったかのように悪どく笑い、辰之助へと視線を戻す。


 だが


「……は?」


 辰之助も同じ様に勝ち誇った顔で笑っていた。


「…ふっ…!」

「………何故…?」




「……ぐ……ぶっ…!」


 絢華の目が虚ろなものへと変わっていく。


 この男は自身を止めるので精一杯。


 今から行こうとも私が止めて二人とも殺す。


 つまり、絢華は助からない。



 そう考えていた咲夜は絞める力は緩めないままに混乱していた。


(何故…!)


 先程まで抵抗の意思が見えていた手足も最早動いていない。

 それに幾ら変鬼していようが、首を折られてしまえば生き延びる事は絶対に不可能。



「なのに何故…貴方は…!」


「……それはな…!」


 ミシ…!


 絢華の首元から、嫌な音が響き始める。


 その瞬間だった。



 シャキン…!



 鋭利に輝く純白の短刀を両手に持った一人の人間が砂煙の中から現れ


 スパパパ…ァン…!!


 絢華を縛る五本の触手を




「"月冰つきおり"…」




 瞬く間に切り離した。




「…あぐ……!!」

「……っと…!」ガッ…


 解放された絢華がその人物へ、力なく寄りかかり、相手もそれを優しく受け止める。


 切り落とされた根は刃の通った部分のみが凍りつき、動きが鈍っていた。


「…っ…はぁー! ゲホッゲホッ!! ありが…ゲホッ! とう…ございます…灯黎様…ゲホッ…」


 血が混じる咳と荒い呼吸、喉を潰されかけたせいか声も掠れている状態で、絢華は必死に礼を述べている。


「…遅くなってごめんなさい、すぐに部屋の外へ運ぶわ…倒れてた麗もそこに居る」

「…っ…麗様は…ゲホッ…! 無事…なんですか…!?」


 自身のせいで一人の少女の命を危機に晒した事を後悔する様に、掠れた声のまま縋り付くように絢華は尋ねる。


「…息はあったけど…助かるかは分からない、とにかく急ぐわ、ちゃんと捕まってなさい…!」

「…っ………はい……」

「辰之助!すぐ戻るからそれまで耐えて!!」


「応!!」


 辰之助の空元気な返事と共に絢華の膝裏と背中を持ち上げ、横抱きの様な姿勢で出口の方へと駆け出した。


 シュタ!


しかし、その姿を咲夜は確かに見ている。

「舐められたものですね」


「……っ…」


「…この私がおめおめと…!!」

 再び咲夜が念じると斬られて先の凍った触手の一本が辰之助の方へと向かってくる。


「…っ…!!」


 ズド…!!


「ぐぁっ…!!」


 防ぐ手段の無かった辰之助は脇腹へモロに喰らい、触手ごと壁へと激突した。



 ドガァァ…!!パラパラ…



 その間も絢華を抱えた灯黎は振り返ることなく部屋の出口へと走る。




「…逃がす筈無いでしょう…!」


 邪魔者を退かした咲夜は、既に足元から新たな根を生やし、行く手を阻もうと動いていた。

 その事を灯黎は察知していたが、対抗する気など無い様に、一心不乱に出口へと駆けていく。


 シュルル…!!


 咲夜の足元から細かい根が幾本か伸びていく。


 絢華との戦いでかなり体力を削がれ、更に左足の代わりに支えているのもあってか、その数は多いとは言えない。


 だが、その全てが鋭く、速い。


 灯黎達が部屋を出るよりも先に、彼女へ追いつきそうな程の速さ。


 このまま行けば、逃げ切れない


(…逃げ切れる筈が無い…! 私の攻撃から…!)



(そうね…このままじゃ追いつかれる)


「…"このまま"じゃ、ね」 


 少し余裕のある、微笑む様な灯黎の呟き。



 同時に咲夜の動きが一瞬止まった。


 だがそれは、灯黎の呟きが聞こえたからでは無い。


 聞こえたのは…




 ヒュォォォ…!




 龍の息吹が如き風音と気配、そして



「…そういえば、言ってなかったよな…」




 それを纏う男の声だった。




「!!」ゾク…!


 瞬間、脳裏に過ぎったのは大木の遥か上を悠々と過ぎ去る一匹の龍。


 気が滅入る程に高く、想像もしたくない程に遠い、そんな場所からこちらを見下しているような光景。


 咲夜はその意味を理解し、その上で恐怖に意志を埋め尽くされる。


「…っ… 死ねっ!! 蛆虫めが…!」


 気が付くと、灯黎へ向けていた全ての根の方向を切り替え、先程飛ばした男の方へ向かわせていた。


 スドドド…!!


「……はぁ…! はぁ…!」


 砂煙ごとその場所を突き刺し終わると、咲夜は正気を取り戻し、冷静になる。


(…今の…光景は……もしや奴と私の実力差? いや…そんな筈は…それが本当なら先程の攻防で奴は私を仕留めていた……つまり今のは…?)


 その考えを示す様に


「…あっぶな…!」


「…っ…!」


 ズザァ…!!



 根の突き刺さる砂煙から飛び出した人影が、灯黎と咲夜を隔てるように滑り込んで来た。


「そう…俺がどうして笑ってたか」


「……」


「在り来りだが…」



 "龍技"



 男は先程と同じ構えを取る。


 防げない筈は無い。

 だが恐怖が、その確信を鈍らせる。


「…あいつらを信頼してるからだ!!」

「!!」




 "名残微風"




 咲夜の体がようやく動き、何かの行動を取ろうとした瞬間




 ヒュォン!!




 一陣の風がその首元へ吹き込み…




「…っ…」




 スァァ…!!




 咲夜の頭が、宙を舞っていた。

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