表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
61/80

半鬼と獅子

――――???地下 武器庫


れい様!! そこに何か…!!」

「!!」

(やば…!)

 もう間に合わない、そう考える暇も無いほどの速度。

 残されたなけなしの猶予では、覚悟を決めることも出来ない。


 (…死…!)

麗の脳内に過ぎる一文字

 しかし

 ピタ…!

 それは彼女の寸前で悠々と動きを止めた。

「……は?」

 その行動に麗は驚きの余り、理解出来ないといった表情で固まり、絢華あやかも困惑、じんは僅かではあるが面食らっているという状況に陥る。


 確かに山盛りの殺意や敵意は感じる、だが攻撃はしてきていない。

 これ程の絶好の機会に攻撃をしていないのだ。


 奇怪で理解し難い敵の行動に、全員に困惑と焦燥の気配が滲む。

 そして、その者は満を持した様に悠々と喋り始めた。


「おはよう、諸君、お初にお目にかかる…といっても暗闇だから顔は見えていないがな、私は獅子藤 武士(ししどう たけし)、この街の領主をしている者だ」

「…っ!!」

「え!?」

「此度は君達へ提案を…」

「…あ、あぁぁ…っ!!」シュダ!

 武士の言葉を遮り、止まっていた怒りによって、全身を蹴り動かされた絢華が叫びながら駆け出す。

「待て!絢華!」


 ヒュン!!


「貴様ぁぁぁぁ!!」

 暗がりの中、憎き相手を目前にした絢華が我を忘れながらも正確に武士の首へと刃を振るう。

 しかし


 ガッ!


「!!」

 絢華の全力の怒りを込めた一撃も、武士はかざした腕一本で軽く受け止めた。

「…突然何だ?君は」

「私は不知火 絢華…!母と父…そして貴方に殺された者達の仇を討つため…!」

「ふむ、そうか」

 武士が心底くだらなそうに相槌を打った瞬間


 ヒュドォ!!


「…ぁが…!?」

「邪魔だ」

 刃を止めていた腕が消え、一瞬のうちに絢華の腹を打ち飛ばす。


 ガシャァ…!!ガラガラ…


「身の上話なら後で聞いてやる」


 暗闇の中、飛ばされた絢華にぶつかった箱から出て来た鉄くずや木片が飛び散り、地面へ叩きつけられる音が嫌な程にうるさく響いた。


「絢華さん!!」タタタ…!

 麗が音の響いた方へと駆け寄り、色々なものに埋もれた絢華を探し始める。


「……」

 その姿を軽く一瞥し、ふぅと武士が息を吐く。

「…さてと、まずは要件を…」

 そして、白々しくは口を開きかけたその時

「!!」


暗闇を撃ち抜くように放たれた一つの鉄拳が、彼の眼前まで迫っていた。


 ドゴォッ!!


 凄まじい打撃音と共に武士の体が吹き飛ぶ。

 そのまま武器庫の入口を飛び出して、勢いよく反対側の壁へと激突し、巨大な丸いくぼみを作り出した。


「…硬いな」

 先程まで武士が居た場所に迅が立っている。

「…倒したの?」

「いや、まだだ」

 迅の視線の先には、うつ伏せに倒れた武士が口と鼻から垂れた血溜まりの中で、立ち上がろうともがいている姿があった。


「行け、あいつは俺が止めておく」

 武士の元へ歩きながら二人へ指示を出す。

「…わかった!」

 そう返事した麗は、苦しそうに腹を抑えた絢華に肩を貸し、ゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫?動ける?」

「…は、はい…すみません……怒りを…どうしても抑えきれなくて…」

「しょうがないよ、私でも絶対にそうなる自信あるもん」

「…ありがとうございます…もう大丈夫です…」

 絢華は麗の肩から離れ、深呼吸をしてからしっかりと前を向いた。


「…良し、行くよ!」

「はい…!」

 二人が走り出す寸前、絢華は迅の方を見つめ

「…どうか、お願いします…!!」

 彼の背に思いを託し、駆け出して行った。






「あぁ、任せろ」

 迅は遠ざかる絢華へ、託された思いへの言葉を決意する様に呟く。


 そんな迅の前には、今まさに立ち上がろうとしている一人の男が居た。

「…ぶっ!」ブシャァ!

 片鼻を抑え、もう片鼻から鼻血の固まりを飛ばす。


「話は、終わったか?」

 その男は待ちくたびれたと言わんばかりに迅へと問いかけると、違和感を感じたのか口をもごつかせ

「…ふぅぅ………っ…プッ…!」

 折れた歯を血や唾液と共に口から吐き出した。


「…久々に痛いのを貰った、私の旧い友人にも似た威力の攻撃をされた記憶がある」

「律儀に待っていたのか?」

「あぁ、こちらにも考えがあるのでな」

「そうか、悪いがそれには付き合えない」


「まぁ待て、まずは自己紹介と行こう、私は知っての通り獅子藤 武士、この街の領主だ」

「…鉄切 迅(かなきり じん)、聞きたいことはそれだけか?」


「ふふ、そう焦るな、俺達は意志や考えを持っている人間だ、戦う以外の選択肢を持つ事が許されている、それを蔑ろにしてただ目の前の敵へ殴り掛かるのは、君らが敵視する妖魔と同じでは無いか?」


「独りよがりな欲望の為に人を殺し、その者達の意思も、命すらも奪ったお前がそれを語るのか? 俺が戦うのは妖魔では無い、友や無辜の民を脅かす悪しき存在だ」


「……ふん、随分と立派な志だ」

「答えは示した、後はお前次第だ、戦うと言うなら付き合おう」

「その言葉は、君達が討魔隊だという答えと受け取っても?」

「何度も言わせるな、次はお前が示す番だ」

「…ではその中に、灰沢一派へと情報を流している者がいる可能性は考えた事があるか?」

「……」

「いや失礼…不要な揺さぶりだった、私が殺し合う前にしたい話というのは一つ」

「…………」


「私と協力しろ、さもなければ私達は共倒れだ」

「…………」

「突然の事で理解したくないだろう、大丈夫だ、軽く話してやる……まず、君達の存在は灰沢一派から聞いた、そして君達に懸賞首をかけるように指示したのは、他でも無い灰沢一派からの命令だ、その直後に君達が現れ、今の状況へと至っている」

「……」


「……私の予想では君達は灰沢一派と敵同士の関係だ、そして、今日の昼頃…君達が捕まる前に奴らによる再調査が決定した、元から協力的だとは言えない関係だからそれは仕方が無いと考えていた、ではどうして君達の存在を明かしてまで、私にそれを警戒させたのか…」

「……」


「断言しよう、これは奴らの策だ、私達を潰し合わせ、弱った所を一網打尽にする…厄介な討魔隊、そして香と私達を労せず、隠密に処理できるという筋書きだ、私はそうならない為に君達への敵意を抑え、ここに取引を持ちかけている」

「……………その取引で、俺達に得は?」


「無論、君達の安全を保証しよう、懸賞金を取り下げ、君達がこの街で常夜桜に干渉しない行為であれば全て見逃そう、おまけで常夜桜の力を遠ざける護符もやる、効果は私で立証済みだ、どうかな?」


「………成程、悪くない、この街で普通の生活を送るなら、俺達は危険も魅了もなく安全に過ごす事が出来ると言う訳だ」

「…残念だがこれ以上はまけられない、いい答えを期待しておこう」

「…………ふむ」


 迅は軽く悩んだ仕草をして、すぐに答えを出した。

「…答えを伝える前に言いたい事が三つある」

「………何だ?」


「…一つ目、商売の基本は信頼」



迅が腕を垂らし、体から力を抜く。



「二つ目、俺達は討魔隊だ」



 そして、次の瞬間



「……三つ目…」



 その姿が、武士の視界から消えた。



「!!」


「…お前は」


 声の響いた方向は視界のすぐ真下、自身の懐へと潜り込み、拳を握っている。

 先程喰らったその拳は、より固く握りこまれ、滲み出す凶悪性と破壊力は先程とは比べ物にならない程に増していた。


「そのどちらも理解していない」


正に鉄拳とも言うべき、その一撃が


 ズドォォ!!


 武士の腹へと痛烈に撃ち込まれた。


「……うぐぁ…っ!!」


 ビキビキ…バキン…!


 武士の背後にあった壁の天井まで亀裂が広がり、廊下全体が僅かに震える。

「がはっ!!」ブシャァ…!

 その揺れの震源地、爆発の中心に居た男の顔が歪み、大量の血を吐き出しすと、ぐったりと俯き、動かなくなった。


 パラパラ…


「………」

 迅が拳をめり込ませたまま、動かない武士を睨み続ける。

 傍から見れば決着の様に思えるが、彼の表情は未だに緩まず、欠片たりとも油断を許さない目をしていた。


「……っ…」

 その表情に応えるように、武士の体が震え始める。

「……くくく…」

 やがてそれは不気味な笑い声へと変化し


 ガシ!


「………あぁ…勿論…!」

「…っ」


 血を吐きながら腕を掴んだその彼は、


「理解っているとも…!!」


 不敵な笑みと、楽しむかの様な浮かれた眼を向け、目の前の敵へと睨み返した。




 迅の腕を握る手が更に硬くなり、鋭い爪が伸び始め、握られた腕にくい込み始める。

(…っ…やはりか…)



 彼が残された腕を掲げると一瞬の内に肥大化し、爪の生えた凶暴な獣腕へと変化した。


「…!」

 突然の変貌に、反射的に迅が視線がにそちらに移る。

 パッ…

意識が僅かにそれた瞬間、武士は腕を離した。

「ふっ!」ドゴ…!

 そして蹴りを放ち、ギリギリ攻撃が当たらない位置まで迅を蹴り離す。



 迅はすぐに立ち直し、再び距離を詰めようと足に力を入れる。

離れたと言っても、ほんの人一人分程度、一歩踏み込む事が出来れば再び攻撃の当たる距離。


 だが、その一歩を踏み込むより早く


「ゔぉ”ぉ”ぉ”ぉ”!!」

「!!」


 ドゴォォッ!!


雄叫びと共に振るわれた武士の巨大な腕が迅の体を完璧に打ち捉えた。


「…っ!!」

 咄嗟に防御するが、己の上半身と同じ大きさをした拳の威力を止めきれず、足が地面から離れ、廊下伝いに凄まじい勢いで殴り飛ばされる。


 ヒュゥゥ…!!


 すぐに武士が見えなくなるほどの速度で宙を飛ばされていたが、迅は冷静に体勢を整え

「…ふん!!」ズザザザザァー!!

 地面を削り焦がしながら、二本の足だけで踏ん張るように着地した。


「…かなり飛ばされたな…」

飛ばされた方向を見ながら呟く。

(……凄まじいな、これが奴の底力か…)

想像よりも遥かに強靭な膂力。

迅は敵ながらにして感心の思いを巡らせる。



 ドドドド!!

「…!」

 飛んできた方向から地鳴りのような音が響き始める。

その音が何者かの足音である事を迅はすぐに理解し、拳を構えた。

「…来たな」

明らかに人間の足の回転率では無い数の足音。

まさに四足の獣が迫るが如く、厳かでそれでいて荒い、しかしその中にも気高さを感じさせる様な軽やかな重低音。


 ヒュヒュン…!


 それに混じり、二本の刀が小さな風切り音を鳴らしながら迅の目の前まで迫る。

「ふん…」バキン!

 迅はその内の一本を裏拳で軽く砕き、もう一本を素手で掴み、息をするように握り折った。


 シュダ…!


 砕かれた刀が地面に落ちると同時に、闇の向こうから先程より少し小さくなった手が現れ、今度は掌底を放つ。


 ズガァン!!

 迅は再びそれを防ぎ、飛ばされること無く少し下がっただけの位置で堪えた。

「……ふぅ…」

 息を吐き、防御を解いてから、僅かな光を頼りにその姿をしっかりと見定める。


 辛うじて人の面影が残る焦げ茶色の体毛に覆われた怒れる獣の顔。

 輪郭をなぞる様に生えた雄々しく、そして荒々しい鬣が首元まで激しく包み、その気高さと凶暴さを遺憾無く見せつける。


「……獅子か…名は体を表す…という奴だな」

 感心する様に呟いた迅は再び拳を構える。


 開いた口からは幾本も生え揃った鋭い歯が並び、本来犬歯があるであろう位置からはより鋭利な牙が剥き出しにされ、その殺傷力を隠そうともしていない。

 地面を蹴る足と腕には人の姿を僅かに保ったまま焦げ茶色の体毛に覆われ、その先からはそれぞれ細く長い、牙以上に尖った爪が、それを持つ者の攻撃性を雄弁に表していた。

 その背丈は凡そ十尺を超える程に肥大化し、本来は四足歩行である筈の獅子が二足歩行で立ち尽くし、猫背であるにも関わらずその巨躯によって迅を見下げていた。


(…やはり属性は獣…並大抵の者は扱い切れない力だが…)

「……俺が分かるか?」

「…グルル……アァ…分かル…」

 先程よりは僅かに稚拙な口調だが、唸り声をあげながらしっかりと返事をする。



 ――けもの属性、人が持つ事で妖魔でおける所の変化に近い能力を扱える様になる属性。

 武器を介する必要なく、己の肉体を変貌させる力だが、それ故に危険性は計り知れない。


 まずは、自身へなだれ込む圧倒的な力と肉体の変化、そしてそれに伴う精神の凶暴化に耐えきれなければ、その者は自我と理性を失い、力尽きるまで戦い続ける本当の獣と化してしまう点。

 死に瀕する程の鍛錬を詰んだ猛者か動物に育てられた野生児くらいでないと、己の中になだれ込む野生には耐え切れないと言われている程である。


 次に、人体との感覚の乖離。

 当然、体の大部分が他の生物へと変わる以上、体の動きや五感の鋭さが大きく異なる。

 こちらは訓練や経験である程度の慣れを行えるから対策は出来るが、それでも戦いとなれば圧倒的な経験と訓練した上で、己の体を完全に理解し尽くし、頭ではなく本能で動かせる、ある意味”野生の勘”を持ち合わせていないといつしか体を動かす事もままならなくなってしまう。


 しかし、その力たるや強力無比の一言。

 人では持ちえない膂力、素早さ、感覚、そして生物毎に持つ能力や殺傷力は他の属性とは全く異なる正に「異質」の力として、恐れられていた。


 そして、その一つの完成系とも言うべき存在が今、鉄切 迅の前に立ち塞がっている。



 だが、当の彼はそんな怪物とも言うべき存在を前にしてなお…


「…成程…手強いな…」


 一切の動揺を見せることなく、静かに眼前の敵を見据えていた。

※面白いと思っていただけたなら高評価やブックマークの登録、是非お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ