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伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
54/80

違和感

―――――数十分後…


「…ふわぁ…」スタスタ…

 一人の男が木で出来た暗い廊下を退屈そうに提灯を持ってあくびをしながら、のそのそと歩く。

(…どうせ、脳ぶっ壊された廃人しか居ねぇのに、見張りなんて要らないだろ…)

 この暗い道を歩き、異常が無いかの確認。

 男の仕事はそれだけだった、最初は楽だったが今は退屈でしかない。

 最近は人が入ってくる事も減ってきた、最早この仕事の必要性も感じていない程にひたすら惰性に自分の役割をこなす。

 何とか退屈を紛らわそうと、牢に入れられている囚人を死なない程度にいたぶったり、捕まった女性の中で美人を探し、廃人なのをいい事に勝手に行為に及ぶ事もあったが、最近はそれも飽きてきた。


(…反応無い女抱いても面白くねぇ…あぁー、良い女居ねぇかなぁー…ツラが良くて、活きのいい従順な奴…)

 一通り見回りが終わったので、部屋へ帰ろうと足を進めている最中、丁度歩いていた先から女の声が聞こえた。


「誰かぁあああ…!!」

「!!」

 男の嗜虐心をくすぐる若い女の泣き叫ぶ声。

 頭で考えるより早く男は足早に歩いていく。

 少しずつ近づく嗚咽、それとは別に聞こえる荒い呼吸。

「……ひひ…」

 目の前に迫る頃には込み上げる笑いを抑えきれずにいた。



 声の主がいる牢屋へ辿り着く。

 そいつは顔を見るなり、縋り付くように頭を下げ始めた。

 黒く長い髪に涙で晴れた、少し垂れ気味な切れ長の目を持つ端正な顔つきの若い女。


 間違いなく美女と言って差し支えない程の水準の女が、俺を見るやいなや頭を下げて必死に懇願し始めた。


「お願いします!助けて下さい…向かいにいるあの女の子…私の妹なんです…!!持病があって…今すぐ帰って薬を飲まないと、このままじゃ…… !」

 女が指した牢屋の先には顔は見えないが少し背丈の小さな女が横たわり、苦しそうに浅く呼吸をしていた。

「どうせすぐ死ぬんだ、ほっとけ」

「そんな…!両親も死んで…私に残された唯一の肉親なんです…!残り少ない命でも…そばに居たいんです」

「……ゴホン…で?俺にどうしろと?薬取ってきて欲しいってか?」

「…ここから出して下さい…私の家の棚の中に薬があります…!金庫に入れてて…私しか番号を知らないんです…!」

「そうか…いやー、出してやってもいいが……相応の見返りがねぇとなぁ…」

「……見返り…」

「おう、何でもいいぜ」

「………でしたら…」

「?」

「……私を好きにして頂いて…構いません…」

「!!」


 瞬間、男の中で大噴火が起きる。


「…妹の命の恩人です…それで妹が助かるなら…」

「……きひっ…! そうかよ、何でも良いんだな」

「……………はい…何なりと…」

「分かった分かった、出してやるよ、ほら」カチャカチャ…

 腰にかけていた鍵で牢の扉を開く。

 いつもより興奮しているせいか、少し開けるのに手間取ってしまったが何とか開く事が出来た。


 ガチャ…ガリガリ…


「……じゃ…行くか…」

「待って下さい…!妹も背負って行きたいです…行って帰ってくるだと間に合わないかも知れません…」

「…ちっ…」カチャ…

(…面倒だが、妹に死なれて後追いでもされたら困る、それに姉がこれなら妹も期待できるそうだ…ふひひ…!)


 再び鍵を手に取り、次は手間取ることなくあっさりと扉を開く。

 ガチャ!

「おらよ」

 務めて気だるそうに男は中に入る事を促す。

「麗ちゃん!!」タタタ…!

 女が横を通り過ぎて中に入る時に僅かに香った甘酸っぱい爽やかな香りに、本能と下腹部が燃え滾る感覚を覚えていた。


「ほら、お姉ちゃんだよ…一緒に行こ? ね?」

「いいから早くしろ」

「………………」

「?」

 突如、姉の返事が返ってこなくなり、片膝を着いて下を向いた体制で動きが止まる。

「おい!」

「………………」

「…ちっ…早くしろよ!!」

 焦らされ続けているせいかあっという間に我慢の限界に達し、牢屋の中に入って二人の方へと歩く。

 その女の斜め後ろに立って肩へと手を伸ばした瞬間。


 ジャラリ…


 何故か牢の鍵を持っていた妹がこちらを見た途端、舌を出して小悪魔の様に笑った。

「!?!?」




 男の脳が一瞬止まる。

 その隙を付いて絢華が下がってきた男の顔目掛けて拘束されたままの両腕を振り上げる。

 ゴチィン!!

「ぁが!?」

 見事に拘束具の部分が顔の中心に直撃すると、鈍い音と男の叫びが牢に響き、仰け反った男の顔から辺りに大量の血と何本かの歯が飛び散った。

「麗さん!!」

「はぁい!」

 絢華の合図を受けて麗が飛び起き、しゃがんだままの絢華の肩を踏み台にして飛ぶと、仰け反る男の顔を全力で踏み付けた。

「よいしょっ!!」

 ゴッ!!

「へぶぁ!!」

 ドサ…!!

「行くよ、絢華さん!!」

 タタタ…!

 男が倒れ、二人はその横を通り、素早く出口へと向かう。

「こ……の…!!」


 ガシャァン、ガチャ!


 男が状況を理解し、二人に敵意を向けた時には既に扉を閉じられ、鍵をかけられた後だった。

「ぁが…ぐ……ぞがぁ…! 」

と喚き、そのまま気を失った。

「いえーい!!完璧―!!」

 怒りと痛みに悶える男の前でれいは絢華の手を取り、ぴょんぴょんと跳ねて大喜びする。

「はぁ…良かったです…上手くいって…」

 絢華あやかは緊張の糸が解けたのか、大きく息を吐き出し、嬉しそうに胸を撫で下ろしていた。


「二人とも、良くやった」

「うん!じんさんも出してあげるねー!」

「感謝する」

 ガチャ!

「…よし、第一関門は超えたな」

「…この人はどうするの?」

「……放っておけ、行くぞ」

「はい!」

「おー!」


 男など居なかったかの如く歩みを始めようとする三人。

 しかし

「……っ!」

 ズキン!

「……ぁがっ…!!」ドサ

 絢華を再び激しい頭痛が襲い、その場にうずくまってしまった。

「…絢華さん?」

「さっき言っていた頭痛だろう、大丈夫か?」

 迅が絢華の隣へ膝を着き、様子を伺う。



 ズキズキ…!!

(……何…!?)

 先程までとは違う、段違いの苦痛。

「ぅ…っ……はぁー!はぁー!」ガクガク

 呼吸する度に痛みが蘇り、息を止めると痛みが溜まっていく。

(…!!頭が…割れる…!)

 何かが無理矢理、頭をかち割って頭の中に入ろうとしてくるような感触が脳内で収縮を続けていた。

「………うぶ…」

「!!」

(……気分が…っ…!)

「…ぅぉぇぇえええっ…!!」 ビチビチャ…!!

 無限に続くかのような地獄に身体が耐えかねたのか、込み上げてくる物を止める事が出来ずに思わず嘔吐してしまう。



「絢華さん!!」

「…深呼吸しろ、ゆっくりだ」

「うぉ!!気持ち悪ぃ…!」

「黙ってて!」

「寿、そいつは構うな」

 周りが少し騒がしい、心配してくれているんだろうか。

 だけど静かにして欲しい、頭に響く。



「―い、絢華、―こえる―」

「―んでこうなっ―るの!?」

 声が脳内で何度も何度も反射して、何を言っているか聞こえなくなってきている。

 不快な金属音と共に周りの声が耳に入る度、汚く蠢くように拡散し、より一層苦痛を与えてくる。


 お願い…止めて…!



『………お願い…』


 !!


『……あの人を…』


 また…この声と言葉…


『…止めて…』


 貴方…は…


『……を…』


 一体…?


『……………………………ころして…』




 ……"私"…




 プツン!!


「がはぁー!!はぁ……はぁ…!」

「……絢華?」

「大丈夫!?私の事分かる!?」

「…はい…」

「良かったぁ…」

「…お二人共…」

「よぉし、改めてしゅっぱー…」

「待て…」

「…ガク……もー!何!? 何で止めるの!?」

「………迅様…」

「…貴様…本当に絢華か?」

「え?」

「…麗様…」

「何言ってるの!?どこからどう見ても…」

「…すみません…」

「へ? 何で謝ってるの? 悪い事なんて何も…」

「…違います…どうやら私…」

「…?」



 呟くように訴える絢華が、何処か絶望した視線を二人に送る。

 一見すると、ようやく希望が見え始めた矢先に絶望するという、普通に考えたら余りにも情緒が不安定すぎる様に思える言動。


そんな異常な絢華と目を合わせた迅は



「……寿…"そいつ"から離れろ」


何かを感じ取った。


絢華が戦う理由は「両親を殺された事への復讐」と「自身が殺した者達への償い」


ではもし、その全てが"嘘"だとしたら?


両親を連れ去った相手が誰かすらも分かっていないのに、鬼ではあるがただの町娘である彼女が、どうやって獅子藤の痕跡へと彼に気付かれずに辿り付けたのか。


そもそも何故「連れ去られた」と分かったのか。


その後に何故、殺し屋として懐に入ろうとしたのか。


そしていつ、どういう経緯で常夜桜が妖魔だと知ったのか。



小さな違和感を感じる絢華の行動や記憶。


ただ説明していないだけで周りから事情を聞いた可能性も、偶然見たという可能性もある。


どうであろうと、絢華にとって都合良く進み過ぎている。


人を殺して、心が病み、罪悪感から死を求め、かつての思い出に浸り、死んだ夢を継ぐ…


間違いなく、凄絶と言わざるを得ない人生だ。


だが、それら全てが"嘘"だとしたら?


そうでなくとも、彼女の意思に関わらず"仕組まれている"としたら?


彼女の人生そのものが、"他の誰かの意思"によるものだとしたら?


何処からかは分からない、分からないが。


常夜桜が妖魔である事は、恐らく最初から知っていた、その傍に居るのが獅子藤である事も。

彼女は知っていた、知りながら生まれた。


知っている者として、”もう一度”生まれた。


迅の脳裏に過ぎる、突拍子も無い微かな疑問。


「お前は…何者だ…鬼か? 妖魔か?」

「……」

絢華は答えない。

最初は自分でも何が何だか分かっていない様子だったが、それも次第に落ち着きを見せる。


そして、再び吐き出しそうな表情でゆっくりと口を開く。


「私は…」




「…生きては、いなかった様です」

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