表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
51/80

奇襲

―――襲撃から数時間後


日が傾き、空の陰りが僅かに濃さを増す時間。


「はぁ…疲れた…しかも収穫無し…」

「……寝たい」ボソッ

「思い違いかしら」

 外に出ていた三人は、何とかして隠し通路への入口を見つけようと街中を駆けずり回ったが、遂には見つからず、重たい足取りで帰路に着いていた。

 改めて作戦を立てる為に宿へと戻り、遠目からその様子を見た途端、三人全員が何かを感じ取ったかのように走り出し、着くや否やその惨状に呆然と立ち尽くす。


 家中に張り巡らされた根の様な物、破れた玄関や庭への障子、穴だらけになった庭、そして何より無人と化した宿が三人の心を強く掻き乱した。

 辰之助たつのすけが中に入り、辺りを見回しながら祈る様に宿全体へと呼びかける。

「…おーい!!誰か居ないかー!?」


 しかし声は帰ってこない。

 ただただ無情な沈黙が響くだけ。

 目を背けることなど出来ない現実を、宿の惨状と沈黙はこれ以上なく雄弁に語っていた。


「……っ…!」

 辰之助が玄関に居る二人の方へ振り返り、怒声をあげる。

「おい! どうなってんだ! あいつ…じんは強いんじゃないのか…!?負けないんじゃ無かったのか!?」

「……私も…信じられないわ…」

「……」

「くっ…!」

 すると

 ゴンゴン!

「!!」

 ただ立ち尽くすしか出来ない三人の耳に二階から謎の物音が聞こえる。

 咄嗟に階段の上を見上げるが、二階への道である階段を木の様なものが塞ぎ、通る事は愚か向こう側の様子を見る事も出来ない。

「誰か居るのか!?」

 辰之助が問いかけるが、返事は無い。

「…どいて」ボソッ

 痺れを切らしたのか、弥宵やよいが中に入って階段を上り、腕を振りかぶると木の根を思い切りぶん殴った。

 バゴォ!!

 と道を塞いでいた根が粉々に砕け散り、二階への穴が開く。


 少し警戒しながら、二階へと三人が歩くと廊下の先でひっくり返ってる男の姿があった。

「……あててて…誰だよ…人の脱出を邪魔しやがって…」

 藤沢組の若頭であるその男は頭を擦りながらゴロンと起き上がる。


 そしてその一連の動作を見ていた三人は、その正体に心底ガッカリしていた。


「何だ、お前か」

「何だとは何だ、失礼なガキだな! つーかお前ら誰だ」

「答える義理は無いわ、他の三人はどうしたのかだけ、知ってたら教えて頂戴」

「ん?おぉ!あんた! 中々の美人だなぁ! 髪真っ白なのが気になるが…ふひひ、そうだなぁ…態度次第で教えてやらん事も…」

「あ”?」

「…ちっ…じゃあこっちも答える義理はねぇな! あの色男が二人連れてよろしくしてんじゃねぇの!?」

 パシュン!!


 男の真横を刃物が掠める。

「…私、今だけは仏になってあげる…これで一回目、あと二回ね」

「……っ…!はっ! い、今更この俺がそんな脅しで…!」

 ヒュ…!ピイィン…!

 男の開いていた胡座の真ん中に包丁が深々と突き刺さる。

「…二」

「ひぃぃい…!!」ドタドタ…!

 それに怯え、壁際まで後ずさりをして背中を壁にぶつける。


「くそ…!女が調子に…!!」

 先程突き刺さった包丁を抜いて攻撃しようと柄を持った瞬間…


 ストン…!


 頭の真上、指一本分程の距離へと包丁の刃が突き刺さった。

「これで最期、次は当てる」

「……は、はへ…!」

 体から力と血の気が失われ、持っていた柄からも手が滑り落ちて行く。

 灯黎あかりは既に四本目を携え、何時でも投げれる状態。

「よく考えて話しなさい」


「…わ、わわ…! 分かった…!教えてやるよ…!だから…それは下げてくれ……な?…な?」

「……ふん…最初から意地張らないでそうしなさい…」

「…ふぅ…ちっ、覚えとけよ、あばずれが…」ブツブツ…

「何か言った?」スッ…

「な、何でもねぇよ! へへへ!」

「…早く言いなさい、今私は機嫌が悪いの」

「………俺も全部は知らねぇよ、だが俺の知る限りはあいつは負けて、連れ去られた」

「…本当?」ボソッ

「……あ、あぁ!無様だったぜ!女の人質を取られて何も出来ずに降参したんだ…!偉そうにしてた癖に口だけの雑魚だったんだよ!!はっ! 本当、あんな雑魚に負けた事が恥ず…!」


 ズガァァン!!!!


 言葉を遮り、弥宵の腕が男の真横へと壁を破って突き刺さる。

「………………へ…?」

 唖然とする男の視界には鬼の形相と化した弥宵の顔が映っていた。

「…貴方が…迅さんを語るな」ガシ…!

 腕を引き抜いた弥宵が鬼の形相で男の胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。

「……っ!?」

 自分よりも小さな女、しかも子共に軽々と持ち上げられる異常な状態、男の足は伸ばさずとも地面へと立てる高さにも関わらず、今の彼の感覚は大男に持ち上げられ、地に足も付かずに、抵抗もままならない状態だと無意識に錯覚していた。

「…次…迅さんを馬鹿にしたら…」

「……ひっ…!」

 凡そ風貌からは考えられるはずのない、とてつもない覇気に男は当てられ、付いている足から力が抜けて震え、いつしかその震えが全身へと移っていく。


「殺す」

「はっ…!はっ……!」

「……分かった?」

「…っ!」


 息が詰まり、返事を返せない男を壁に押し付けて、更に睨みつける。

「分かった?」

「……ひっ、は、はぃぃ…!!」


「……ちっ…」

 パッ…ドサ…!

 弥宵は舌打ち投げ捨てる様に男を解放し、尻餅を付く男を見下しながら口を開く。

「次は気をつけて喋らないと、首を折るから」

 パッ………ドサ…!

「はぁ!はぁ、はぁ……!」

 解放されても尚、先程の圧力が脳内にへばりついて男は立てずに全身を震わせていた。


「…という訳で、どうせ勝てないんだから答えなさい」

 後ろから歩いて来た灯黎が諭す様に話す。

「…っ!答えろ答えろって…俺は何も知らねぇんだよ!!」

「あっそ、じゃあ用済みだね…」 スッ…

「ひぃ!わ、分かった!! あいつを連れてった奴…多分だけど獅子藤ししどうの嫁だ…確か咲夜さくやって名前だった…!一回だけうちの事務所に夫婦で来て…美人だったからよく覚えてる…!だがそれ以外はマジで知らねぇんだよ!」

「……」

「行っていいか? もう良いだろ!? 喋ったんだから殺さないよな!?」

「いや、迅さんを馬鹿にしたからとりあえず百発殴る、死ぬかどうかは貴方が決めて」

「はぁ!?ま、待て!」

「やだ」

「…その女は何で貴方達の事務所に?」

「…し、知らねぇ…奥に行って…暫くしたら戻って来てそのまま帰ったんだ」

「…そう、分かった…」

「灯黎さん、殴っていい?」

「待って、こいつの事務所に行きたいわ、それまでは我慢しなさい、というか貴方が殴ったら死んじゃうから」

「……ちぇ…」ボソッ


「…さてと、じゃあ私は宿を見て回るから二人はそいつ見てて」

 灯黎は立ち上がると、二人へ呼び掛けながら階段を降りていく。

「分かった、気をつけろよ」

「了解」ボソッ




 警戒しつつ、仄暗い宿の廊下とその向こうにある庭と居間を軽く見通す。

 当然、人の気配は二階の三人以外からは感じない。

 念の為に厨房の扉を開き、中へ入る。

 真ん中まで移動し、廊下より暗い厨房の中を少し目を凝らしてを見回すが勿論、誰もいない。

 ただビッシリと、石で出来た壁と床にも木の根が張られており、部屋全体がひび割れている様になっているだけだった。

(…やっぱり何も無い…か…)

 ガコン…!

「!!」

 とひび割れた石壁の欠片が剥がれ、床へと落ち、崩れて飛び散る。

 一連の音に反応した灯黎が、ゆっくりと振り返る。

 何も無い、石が剥がれた部位から木で出来た壁が見えるだけだった。

「……ふぅ…」

 灯黎が安堵の溜息を漏らし、厨房を後にする。


 居間は特に何も変わった所は無く、ただ壊れたちゃぶ台と荒れた形跡があるだけで済んでいる事を確認すると、最後に庭へと足を踏み入れた。

 所々に人が通れる大きさの穴が空いているが、今はそれ以上に真ん中に空いた大きな穴がどうしても目に入ってしまう。


 大穴の縁へとしゃがみ、下を覗き込む。

 一見すると底無しの様に感じるが、以外と深さは無く、目を凝らすとほんのりとだが底らしきもの見えた。

「…ん? あれは…根っこかしら…?」

 今朝の推理を確認するように軽く香りを確認する。


「?」

 不思議な事に何も匂わない。

 更に目を凝らし、その正体を探ろうとしていると。


 ザ…


 自身よりも数歩後ろに離れた位置から足音が聞こえる。

 それ以外は聞こえない…そう、”それ以前”の音すら何も聞こえなかった。

“この瞬間”、ここに現れたかの様な…

「っ!」

 灯黎が咄嗟に振り向きながら短刀を懐から取り出し、引き抜こうと柄と鞘を掴んだ、その時…


 バコォン!

「!?」

 二階の壁を突き破って、待機していた筈の三人が勢い良く飛び出してきた。

 あまりにも突然過ぎる出来事に、灯黎はの意識と視界が三人の方へと移り、後ろへ現れた者の確認を”一瞬”怠ってしまう。

 振り返った時、僅かに見えたのは風になびく艶やかな黒髪と、こちらへ手をかざし、命令する様な気取った動き。


 それを思い出したかのように意識を引き戻し、視界を合わせた瞬間。


「さようなら♪」

 煽る様な別れの言葉によって耳を埋め尽くされ、同時に目の前に迫る木の触手によって視界が埋め尽くされた。


「っ!!」

 ガキィン!!

 辛うじて持っていた短刀で頭を狙っていた触手を防ぐが、体が僅かに浮き上がり、全身を浮遊感が襲う。

 ドガァ!

「うぐぁ…!!」

 そして触手が短刀から離れた次の瞬間、背中へと衝撃が走り、意識が僅かにかき混ぜられる。

 痛みに脳が反応し、衝撃によって息が一瞬止まったが今は苦しんでいる場合では無い。

 足場は無くなり、いつしか風が真下から全身を囲う様に強く、激しく吹き付けていた。

 先程飛び出した三人もどうやら穴へと器用に落とされたらしく、少し遅れてだがしっかりと落ちて来ているのが見えた。


 さっき覗いた時に底は見えていたがそれでも高いのは変わらない、落ちればタダでは済まないことは分かりきっている、何とか対応をしないといけない。

 …それは分かっている、分かっているが、どうも体の動きが鈍い。

 なぜだか力が入りにくい、全身が言う事を効かない。

 思考も纏まらなくなってきた、さっきより瞼が重い。

 耳に吹き付ける風の音が強くなっていく、うるさい。


 景色が黒ずんできた、さっき壁にぶつけられたせいかもしれない。

 いずれにしろ体が言う事を聞かない…


(……まずい…)



 黒く狭まる視界の中で、唯一見える光景

それは

「灯黎さん…!!」

 右手に布に包まれた武器を握り、目いっぱい手を伸ばしている弥宵の姿だった。




 ガシ!!

「…よしっ…!」

 無抵抗で落ちる灯黎の手を弥宵が掴み、抱えるように引き寄せる。

 落ちていく最中、彼女の握っていた武器を思い切り振りかぶると、その勢いで布がほどけ、遥か上から差し込んだ夕闇の光に呼応するように微かに輝いた。


 離れた位置から男を掴んで共に落ちていた辰之助が一瞬、弥宵の方へと視線を送るとその光が目に入る。

「……あれは…!」

「ぎゃああぁ!!助けてぇぇー!!かーちゃぁぁん!!」

「うるさい!黙ってろ!!」


大きく、そして鈍く輝く彼女の武器がそれは…

「…斧…!?」

全てが鋼鉄で出来た巨大な両刃斧だった。


「……日ノ輪…!」

弥宵が斧の名前であろう言葉を控えめに叫ぶ。

 その名の由来とも言えるであろう、血が混じったようにほんのりと赤みがかった、鋭重で堅い鉄の塊。

 北欧神話の雷神が握る戦鎚を思わせるそれは、見るだけでも絶望的な破壊力によって本能が叫び声をあげてしまいそうになる。

 遠くから見ていただけの辰之助でも、その武器が放つ圧倒的な存在感に気圧されて、思わず唾を飲み込んでいた。

「…ふん!!」

 ガツン!!

 そんな巨大な斧が勢いよく振り下ろされるとその刃が岩へと入り込み、下に一本の線を引きながら、穴の側面を切り裂いて降りていく。


 ガガガガッガガッ…!!


 落下の勢いも急激に弱まっていき、底へと到達すると同時にピタリと止まって、灯黎を抱えた弥宵が安全に着地した。


「ふぅ…」

弥宵が溜息を着き、灯黎をゆっくりと下ろし、壁にもたれさせる。

 スタ…

「…ありがとう…弥宵…ぅっ…」

 灯黎の方は意識が戻っているが、まだ少し混濁しているようで軽く頭を抑えている。

「……大丈夫ですか?」ボソッ

「…大丈夫よ…動けるわ…」

 意地なのか平気なのかは分からないが、灯黎は立ち上がって、軽く辺りを見回す。

「辰之助は?」

「ん」

 弥宵が指を指していた少し離れた位置に、二人の男が落ちてきているのが見えた。


 ガガガガガ…!!


「うぉぉ!!止まらねぇぇぇ!!」

 ドサドサァ!!

「ぐぁぁっ!」

「うげぇ!」

 二人はそれなりの勢いで地面へとぶつかり、五回転ほど地面を転がり、そのまま痛そうな声を上げて動かなくなった。

 どうやら弥宵の様には行かなかったらしい。

「ちょっと…大丈夫?」

 灯黎が少しおぼつかない足取りで、弥宵と共に落ちた二人へと近づく。


すると二人は文句を言いながらゆっくりと起き上がりながら、文句を垂れ流し始めた。

「このガキ…ちゃんと着地しろよ…!」

「…この野郎…生きてるだけありがたいと思えよ…!」

「くそが…ムカつくガキだな…! いつもなら殺してやるのによ…!」

「どうせ、全身痛いから出来ないだろ? はっ」

「それはお前ぇだろうが、見栄張んな、ガキが」

「見栄を張ってるのはお前だ、さっきから腕抑えてるの丸見えだぞ」

「お前ぇだって、さっきから微妙に苦い顔で足さすってんだろ」

 少し痛がってはいるがかなり元気そうに子供の様な口喧嘩を始めた。


「……はぁ…」

「やれやれ」ボソッ

残された二人はその様子を遠くから呆れた顔で見ていた。

※面白いと思っていただけたなら高評価やブックマークの登録、是非お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ