勘違い
―――翌日早朝
昨日のこともあり、鬼桜の宿に残る事を決めた五人。
その中で最初に起きた灯黎が一人、朝が冷え込む季節になって、冷たく乾いた風が吹きすさぶ華舞奇の一欠片を借りて作られた宿の外で思い詰めた表情を浮かべて考え事に耽っていた。
(……)
常夜桜の性質と能力について、推測だがある程度納得出来る答えに行き着いたのも束の間、状況は以前と変わらず、それどころか問題は増えていくばかり。
常夜桜の魅了が直撃する感覚は
「嗅覚」と「視覚」の二つ
香りで引き寄せ、花びらの美しさで「人間のみ」をこの街に留まらせる。
何故人間だけに効果があるのかは謎だが、今はそれを考えていても仕方がない。
本体は狩りを行わず、獅子藤 武士やその部下達に人の遺体や血を運ばせてそれを糧にする、というのが全員で出した結論であった。
これは獅子藤達に狙われるまではある程度安全ではあるが、こちらには灯黎と辰之助という人間がいる為、街から逃げるには二人を見捨てるか常夜桜の力を無力化しないと難しいという事になる。
魅了の強制力にも寄るが妖魔の力と言うなら恐らく根性だけではどうしようもないだろう。
いつ敵に勘づかれるか、狙われるかも分からない状況、動ける者達だけで援軍を呼びに行こうにも、魚ノ霧との距離は遠い、時間がかかれば残された者が危ないのは分かりきっている。
何より初日で迅が藤沢組を叩き潰している事も忘れては行けない。
それが原因で少なからず相手にも情報が流れている可能性も無いとは言いきれないからだ、そもそも解呪して血が送られなくなったことで遅かれ早かれ勘づかれるだろう。
そうなれば尚更時間は無い、だが強行手段を取ろうにもこちらはそもそも敵の居場所を知らない、戦いたくても攻めようが無い。
街の住人もおそらく何も知らないだろう、知っていてもこんな危ない事に首を突っ込む理由も義理もないのだから協力は望めない。
つまり今の状況は
逃げる事は出来ない。
向こうにこちらの存在が知られている可能性がある。
敵の戦力も測れずに進む事も危険な状態。
援軍を呼ぶのは現実的に厳しい。
現地の人の協力も難しい。
他の策を取ろうにもこちらの人数と情報が足りなすぎる。
という状態だった。
最悪、迅を一人で突撃させて、他は援護に回れば獅子藤を倒すことは出来るかもしれない、だがそれでは根本的な解決にはならない。
元凶は常夜桜だ、あれを何とかしない限りこの街の悲劇も終わらない。
物理的な攻撃が効くかは分からない、伐採で殺す事が出来たら楽だがあの大きさのものを両断する事は難しいだろう。
あらゆる方向で自由が効かないほぼ詰みに近い状態であり、このままではいたずらに日数を重ねていき、より不利になる事は目に見えていた。
「はぁ…」
(どうしようかしら…)
無意識に常夜桜の方へ向いてしまう顔と体が更に不安を加速させる。
「……っ…」
(…今はこっちが風上ね…それでも濃い香りがしてくる…)
風はかなり強いがそれでもお構いなく、常夜桜は魅了の力を街全体にばらまいている。
(…にしても街全体を覆えるほどの力なんて…初めて見た…しかもたった一体……いや一本で? それにあんな大きな木を支えるなんて…一体どんな頑丈な根っこが張ってるのかしら…)
「……」
(…そういえば…この街にある穴…あれってどう出来たのかしら…埋め立てた? にしては街全体がもり上がる程なんて…あまりにもお金がかかりすぎる……守る為にしてももう少しやりようは…)
「……根っこ…」
(まさか…)
灯黎の頭に一つの考えが過ぎ、地面に手を付ける。
(この街の地下全体に…根が張り巡らされてる…? でも普通、植物の根は体を支えて栄養を土から吸収するためのもの…でも妖魔である常夜桜がそれをする必要はない…出来るなら操って吸収なりしているはず…なら何故…)
「……スンスン……あ…成程…」
(…香りの為ね……今日のような風が強い日だと香りを飛ばされてしまう、街の中心から離れてるこういう所では特に効果が薄い…そうなると釘付けにする魅了の力が半減する…根はそれを防ぐ役割……根で吸収しないとなると…恐らく幹か桜本体の更に根元で餌を食べる…それで大穴が出来るような形に成長した…じゃあ獅子藤達がそこに行く為の道もどこかにある筈…死体を投げて入れる訳にもいかないはずだし、運んでいる所を見られる訳にもいかないから恐らく入口はそこら辺に点在してると考えてもいい…そうと決まれば…)
宿の方へと体を向け、歩き出す。
扉を開き、中に入ると外からでも聞こえる程の大きな声で
「起きなさい!!全員集合よ!!」
朝礼の始まりを告げるのだった。
しばらくして
「……という感じに考えたんだけど、どうかしら?」
先程思い至った考えを全員へと伝える。
無理矢理起こされた麗は半分寝ているがそれ以外はちゃんと聞いていた。
「……つまり、今日はその抜け道を探す日にすると言うことですか?」
「そういう事」
「もし予測が外れていたらどうするんだ?」
「もう一度考える…その時間があればね」
「……誰が行くんですか?」ボソッ
「私と辰之助と弥宵、二人が人間だから、今日は中心には行かないようにしましょ」
「……俺はどうする?」
「貴方は殴り込みに行ったせいで顔が割れてる可能性あるでしょ?」
「私は?」
「絢華さんも何人かは顔見知りの人が居る筈よね、怪しい動きをすれば危ないわ」
「…確かに、この街にいて長いですから…」
「…むにゃ…わらひは?」
「勝手に動くからダメ」
「……ぐぅ…」
「…だが中心に行くとなると俺と絢華と弥宵か寿が最適だろう?」
「そうならない為に、今日は頑張るのよ」
「…私、どっちにしろ休みないんですけど」ボソッ
「いつもの事よ」
「……そうだ…この人はそうだった…」ボソッ
「ゴホン! ともかく今日はそれで決まり、貴方達は待機よ」
「おー…むにゃむにゃ……ぐぅ…」
「お前はもう二階で寝てろ」
「……うん…寝りゅ…」
そういった麗がのっそりと立ち上がり、目を擦りながら部屋を出て廊下を歩き、左右にフラフラと揺れながら階段を登っていった。
「…あの子、本当に大丈夫…?」
「多分…大丈夫だ」
「そこは言いきらないんだ」ボソッ…
―――数十分後
開いた玄関には辰之助、灯黎、弥宵の三人、それを家の中から見送る迅と絢華の姿があった。
「それじゃ、…護衛とお留守番よろしくね、二人共」
「はい、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「うん、それと麗には大人しくしておくように伝えてて」
「はい」
「あとお昼寝は良いけど夜寝られなくなるから程よい所で起こしといて」
「は、はい…」
「ついでに、今ある食材で作れる料理を…」
(……意外と過保護なんでしょうか…)
絢華と灯黎の会話の後ろで、既に外で待っている辰之助と弥宵の二人だったが、玄関を出てから辰之助は弥生が背負彼女の身の丈以上に大きく、布に覆われた弥宵の武器をずっと見ていた。
そのままだと地面につくからか、少し斜め掛けされたそれは少し分厚く、下の持ち手のような部分からから上に行くにつれて巻かれていた布が広がる形状は、異様な存在感と危険な雰囲気を滲ませている。
(…麗と同じくらいの大きさあるよな…幅もでかい…一体なんだ?)
「…………」 ジー
「何?」ボソッ
「……あ、いや、デカいなぁと思って…」
「…そうだね」ボソッ…
「……重くないのか?」
「普通かな、私か迅さんなら片手で振れる、持ってみれば?」ボソッ
背負っていたそれを下ろして、幅の広がっている方を地面へと付け、辰之助より少し前の方にチョイっと倒す。
「うぉ…!」ガシ
あまりにも突然の行為に驚きながらも、持ち手の方を辰之助は右手で掴んだ。
体が持っていかれる感覚、それを止めようと力を込める。
『何やってんだよ、ビックリした』
と彼がそう言える状態ならば言っただろう。
実際、辰之助もそう言おうと思っていた。
しかし…
グォン!
「とぁ!?」
一瞬で言える状態では無くなってしまった。
ドサ!
ふと気が付いた時には辰之助は重そうな音を立てて倒れた”それ”の横で仰向けで寝転がっていた。
(……は?)
持ち手を掴んだ次の瞬間に、辰之助は倒れないように体重をかけたはずだった。
だが、右手が引き抜かれるかと思うような衝撃のあと、全身がひっくり返る感覚を経て、いつの間にか空を流れる雲を見せられていた。
(…なんだ…これ…!)
右手側を見る。
持ち手と地面の間に作られた隙間へと手は置かれていたお陰で潰れてはいなかった。
そこから手を引き抜いて立ち上がり、今度は両手で掴み腰を使って持ち上げようと力を込める。
「ふん!!」グググ…
(別に不思議な力がある訳でも…能力のせいでもない…)
一応持ち上げることは出来る、だが一気に持つ事は出来ない、一気にあげることも到底不可能。
(ただひたすらに重たい…!)
徐々に徐々にあげていき、辰之助が限界を迎えるまで持ち上げるも、地面から一尺分も行かない程度しか持ち上がらなかった。
「……がぁ…!!」ドサ!
「残念でした、初めてにしては上出来だよ」ボソッ
「はぁ…………はぁ……!」
「まぁ、鬼の筋力前提だしね…よいしょ」ボソッ
弥宵がそれを片手で掴みんで少し力を込めると、軽く持ち上げて自分の体に立てかける。
「っ…!」
「…こういうのは…あんまり気にしない方が良いよ、私も化け物扱いは嫌だし」ボソッ
土が付いた場所を軽く払ってから、再び斜め掛けで背負う。
「…したいならすればいいけどね」ボソッ
「……いや、それはしないが…疲れた」
「ちょっと、何してるの?」
丁度、宿から出た灯黎が汗だくの辰之助を見て呆れた様に溜息をつきながら歩いてくる。
「…話は終わったのか?」
「えぇ、待たせてごめんなさい、行きましょう」
―――鬼桜の宿
灯黎達が宿を発ってしばらく後、絢華は麗が起きたのを確認すると、大きな洗濯籠と共に二階にあるそれぞれの部屋を出入りしていた。
その姿を、迅は二階の階段近くで見ている。
入れ終わってパンパンの山盛りになった洗濯籠を持ちにくそうにしながら、フラフラと二階の廊下を歩いていた。
「…………ん……んしょ…!」
「手伝った方が良いか?」
見かねた様に迅が絢華へと話しかける。
「い、いえ…大丈…夫…です! 重いけわけでは無いので…!」
「……そうか…」
「どうか…お気になさらず…ゆっくりとお寛ぎを…ぐぬぬ…!」
と言いながら迅の前を通り過ぎ、階段を恐る恐る降りていく。
ギィ…………ギィ……
一段目、二段目と足元と前が見づらい中でも、ゆっくり着実に進む。
しかし
「…よい…しょ…!」
三段目へと足を乗せ、二段目に残されていた足を持ち上げた途端
バキ!
「え!?」
経年劣化のせいか立っていた階段の床がへこみ、元からギリギリだった絢華が焦りと片足立ちになった事で完全に体勢を崩し、真っ逆さまに顔の方から落ちていく。
「!!」
全身を覆う浮遊感、視界を遮っていた布団が辺りへ舞い、視界が開けた時には目の前に迫る床。
(…また…!?)
絢華の脳裏に過ぎった昨日の記憶。
驚いて危うく厨房へと倒れそうになった時、掴んでくれた彼の手。
ほんの一瞬の記憶しかでしかなかったそれが、落ちゆく今の絢華の感触と
ガシ!
ピッタリ重なった。
ドササササァ!!
「んぅ!?」
居間でボーっとしていた麗が、物音に驚いて心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫!? 凄い音したけど!? ってうわぁ…」
階段の上から四段目辺りから玄関まで、辺り一面に布団の川ができ、その中心には迅と、迅に抱きかかえられるように彼の上に倒れている絢華の姿があった。
「……二回目だな…」
「何が?」
「すみません…大丈夫ですか?」
「おーい」
「鍛えているからな」
「何が二回目なの?」
「…えーっと……まぁ…この状況が…です…」
(この状況…?)
絢華が迅の上で倒れて、迅がそれを抱えている→絢華は迅に抱きしめられて寝た事がある→二人は一緒の布団で寝た事がある→男女が一緒の布団で…
(つまり二人は…)
ぽくぽくぽく、ちーん
(そういう事ぉーー!?///)
「ふ、ふーん…そんなことがぁ…へぇ…///」
立ち上がる二人から顔を逸らし平静を装う。
逸らした顔は鼻血を吹きし出そうな程に真っ赤に染まり、その頭の中では大混乱を起こしていた。
(えー!? 昨日初めて会ったんだよね!? 夜中もそんな音しなかったけど!? ていうか大人って皆、そんなにすぐ親密な関係になるのぉ!? 凄ぉ…!///)
立ち上がった迅は何も言わずに顔を逸らしている麗の方をじっと見ている。
「……えっと、どうしましたか?」
「いや…」
(…あれだけの言葉で何があったのかを理解したのか…何も考えていない奴だと思ったが…昨日の推理と言い…案外切れ者だな…)
「何でもない…」
「そ、そうですか…」
(何だろう…麗様とか顔見えないけど耳真っ赤だし…迅様はそんな麗様を真面目な顔して見てるし…絶対お互いに勘違いしてる…)
「それよりも…」
絢華が自分の周りを見渡す。
「はぁ…」
(…お片付けしないと……自分のせいとは言え…ちょっと堪えるなぁ…)
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