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伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
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銭湯

――――銭湯 花見の湯


少し寂れた人気のない銭湯。

決して豪華とは言えない小さな風呂と湯船だったが、入った者を例外無く心地よい温度と香りで温め、今日の疲れを癒していく。


男女で別れ、男湯の方は辰之助たつのすけのみ、女湯の方にはれい灯黎あかり弥宵やよいがそれぞれ湯船に浸かり、暖かな一時を楽しんでいた。



――男湯


「……客は俺一人か…」

寂しい様な、ほぼ貸切で嬉しい様な気持ちと共に体を流す。

ガラガラ…

(さっさと入って…先に出とくか…)

ガラ…

湯船に浸かろうとした時、風呂場に一人の中年男が入ってきた。


頬骨を伝ってもみあげまで生えた整えられた顎髭、何処か達観した雰囲気を感じさせる鋭くも穏やかな瞳。

濃い茶髪と後ろに流れつつも少し乱れた少し長めの短髪が、その者の年齢よりも若い印象を植え付けてる。

何よりも目を引くのが、鍛えられた体に刻まれた夥しい傷の跡。

間違いなく、只者では無いという確信を否が応でも叩きつけられてしまう。


「…おや、この店にお客さんとは珍しい…」

「!!」

渋さと威厳を感じさせる、重厚で優しい、思わず聞き惚れてしまいそうな力強い声。

(歳典と同じ…もうちょい若いか…?)

「…おや、湯船に入る所だったかな?」

「あぁ、まぁ…」

「……私も、よろしいか?」

「大丈夫だ」

「感謝する」



――その頃、女湯


こちらも男湯と変わらず、ほぼ貸切の状態だがあちらとは違い少し騒がしく時間が流れていた。

「見てみてー」

麗が入口で貰った大きい長方形の布を湯に付け、ぷかぷかと浮かべて楽しんでいる。


「何それ」ボソ

同じ種類の布を頭に巻き、髪の毛を纏めた弥宵が尋ねる。

「くらげー」

「おー」

「あとこれもー」ぷかー

「何それ」ボソッ

「蛸」

「おー、さっきと同じ」ボソッ


「静かにしなさい、後それは湯に付けたら駄目よ」

「いいじゃーん、ちょっとくらい…」

「入ってからずっとやってるでしょ?」

「ぶー…」

「…ったく」

「ねぇ、それよりもさ…迅さん置いてきて良かったの?」

「あいつが残りたいって言ったの、だから大丈夫よ」

「…いや、絢華さんが…怒るかも…」

「それも含めて、あいつなら大丈夫よ」

「心配しなくても、何とかなる」ボソッ

「二人が言うなら…良いけどさ…」ブクブク…

「………」

麗の言葉に軽く頷いた後、灯黎は顎に口周りに手をかざして考えを巡らせ始める。

(正直、絢華さんよりもこの街の調査がしたいんだけど…彼女にはずっと何か感じてるのよね…)

「あ、そうだ…麗ちゃん」 ボソッ

「んぁ?」

「…さっきさ、絢華さんの持ってた短刀拾ったんだ」 ボソッ

「いや何してるの!?」

「…そこで、ちょっと気になる事があったから…虚さんから貰ったお札…後で頂戴」ボソッ

「あぁ…あのお札…良いけど…何するの?」

「後で言う」ボソッ

「分かった」

「…何話してるの?」

「ちょっとね」ボソッ

「えへへ…」

「?」


――――男湯


ザブン…!

辰之助と男が湯船へと浸かる。

「……ふぅ…」

「いくら歳が進もうと、やはりここの銭湯が一番だな」

「あんた、昔からここに来てるのか?」

「あぁ、ここが華舞奇では無い頃から住んでいる、ここも昔の恋人とよく来ていたさ」

「だとすると…三十年前か?」

「そうだな…それよりも少し前からだ…昔は混浴だったが、昨今は風紀がどうとかで規制され、いつしか別れてしまった」

「……」

「ははは、冗談だ…そんな目で見るな、青年よ」

「………昔、この街はどんな街だったんだ?」

「街とも言えるか微妙な程に小さい場所、行商人やちょっとした芸人が時折集まり、別の町に行く為の憩いの地、ほんのそれだけの場所だった、色々面白い物が見れたが、ここで生まれるものは少なかった、そこは今も変わらないか…」

「…礎静町とは逆な雰囲気だな」

「礎静町か!はははは!懐かしい名前だ!確かに、こと技術力と生産性に関しては九大都でもあそこに勝てるのは限られるだろうな…!」

「…そんな所に住んでたんだな…生まれてからずっと?」

「いいや、私も昔は行商人だったんだ…だが…」

男はその先の言葉を言い淀む。


「…やめておこう、若い者に聞かせる話ではないな…さて、悪いが先に上がらせて貰おう、実はまだ仕事が残ってる」

「…そんな忙しいのに来たのか…大変だな」

「……まぁな…ふふ、だが君と話せて昔を思い出せた、感謝する」

「…別に何もしてないんだが…まぁ謝意は受け取っておく…えーっと…」

「…あぁ、名前を言ってなかったな…といっても特に面白みも無い名前だがな、私の名は武士たけし、君は?」

「…辰之助だ」

「………成程…良い名だ、力強い鼓動と黒い意志を感じる…また君に会える事を楽しみにしておくとしよう、我が友、辰之助よ」

「…おう、じゃあな」

スタスタ…ピシャン…

(………武士…最近…どっかで聞いた気が…)

「…………ダメだ…思い出せねぇ…」

(…上がってから…灯黎に聞くか…)




―――花見の湯 受付


番台に座る老婆が少し眠たそうにしながらも、男湯の暖簾から出てきた武士の足音に反応し、軽く会釈を交わす。

「いつものように良い湯だった、ありがとう」

「あら…もうお上がりでしたか…最近働き詰めでしょう」

「…あぁ、気にするな…それも仕事だ…それにここの銭湯がある限り私は…」

「…武士さん…すみませんね」

「……どうした?」

「貴方が通ってくれるのは…非常にありがたいのですが…もう儂らも歳じゃから…もう店を畳む事になりまして…本当に勝手ですが…大変…申し訳ない…」

「…そうか…今までありがとう…」

「…いえいえ、お礼を言うのはこちらです…せっかくなので…こちらの物を…」

そう言って番台の老婆は袋に包んだ三つ程入った饅頭を手渡す。

「儂らから出来る…最大限のお礼です…これからも末永く…この街をお守り下さい」

「こちらこそ、今までありがとう」

「そう言って貰えて…儂も夫も光栄です…」


ガラガラ…ピシャ…



「ふぅ…」

武士が店を出ると同時に彼の部下らしき男が息を荒くしながら向かってきた。

「領主様…!またここにいらしたんですね…」

「…おい、これは処分しておけ」

“領主”と呼ばれた武士は何も反応を返さず、先程貰った饅頭の袋を歩きながら部下の男に投げ渡す。

「…は、はぁ…これは…」

「食いたければ勝手にしろ、私には必要のない物だ」

「……かしこまりました…」

不思議がる部下を他所に、武士は光に染った夜の道を歩く。

振り返らずに、真っ直ぐと…

(…思い出も守れぬ場所に、未練などないからな)

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