表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伐魔剣士  作者: ヌソン
二章 常夜桜編
39/80

鬼桜の宿②

――鬼桜きざくらの宿 厨房

二階の高さまで広げられた天井と音が通りにくい石の壁に覆われた厨房の中、包丁やまな板等の調理器具が置かれた廊下側の壁際に絢華あやかが腰掛け、その反対側である釜や調味料が置かれた横幅を大きく使った厨房側で灯黎あかりが料理をしていた。

少し特殊な防音加工をしているのか、声や音がくぐもっているか響いているか分からないせいで、そんなに離れていない筈の距離でも遠くから話しているように感じる様な感覚に陥る。


そんな環境の中、灯黎はまな板に置いた食材を慣れた手つきで丁寧に切り刻んでいく。

「…調味料は上の棚に」

「この壺?」

「そうです、左から塩、砂糖、胡椒が入ってます」

「…ありがとう…味噌はある?」

「同じ棚の逆側に…」

「これね」

「はい」

「……すんすん…さっきから思ってたんだけど…」

「何でしょうか?」

「ここの食材や調味料は…かなり良い物を使ってるのね、どれもこれも私の住んでる街では高級な物ばかり…」

「あぁ、はい…偶に来てくれる方の為にも少しでも美味しいものをお出ししたくて…どうせ狭くて寂れた民宿なんですから…ご飯だけでも良い思い出として残したいなって…」

「お金無いのに…良くやるわ…」

「……あはは…まぁ…それが拘りですから……私も一ついいですか?」スク

何かを孕んだ苦笑いと共に近くに置いてあった包丁を手に取り、音もなく静かに立ち上がる。


「何かしら?」

「……迅様が言っていた討魔隊って…もしかして過酷なんですか?さっき料理をする暇もないと何とか…」


変わらぬ声色、変わらぬ口調で一歩、また一歩と灯黎の後ろに近づく。


(あの馬鹿が勝手に情報を…?)

「……えぇ、その説明してくれた筋肉馬鹿とか、勝手に突っ走る女の子とか、勝手に船借りる釣り狂いのおじさんとかのせいでね」

「…あははは…苦労なされてるんですね…」

「貴方程じゃないわ、そんな人達も自分の出来る事は限界まで突き詰めてやるし、その他の皆の助けもある…難しい事は多いけど無理な事も辛い事もない…そんな場所よ」

「…そうですか、私もそんな所で暮らしてみたいです」

「ここの話が落ち着いたら、一緒に来る?いつでも人手不足だから大歓迎よ」

「そうですね…少し…経験してみたいです…」

「貴方みたいな人が来たら、こっちも助かりそうね」


灯黎の背中を捉えられる距離、右手で包丁を逆手に持ち上げ、後頭部を貫こう狙いを済ました瞬間

「……話は変わるけど…」

「…何でしょうか」

灯黎の声は一切変わらずに、雑談を続ける様な雰囲気のまま後ろを振り返る事もなく、見透かした様に平然と言い放った。


「もう足は大丈夫なのかしら?」

「!!」

ブォン!ガツン!!


「くっ…!」

振り下ろした包丁が空を切り、置いてあったまな板に突き刺さる。

灯黎は体ごと右側へと避け、絢華の方を見ながら余裕そうに睨みつける。

「危ないじゃない…!」

絢華は突き刺さった包丁を抜きながら灯黎へと一歩近づき、逆手のまま灯黎の胸元目掛けて再び包丁を振るう。

その攻撃を体をくの字に曲げる事で躱しながら、絢華との距離を取る為に後ろへと飛び、滑りも利用して壁際まで下がった。


灯黎が壁際に着く直前、絢華はまな板に置かれた包丁へと手を伸ばし、元々持っていた方を順手に持ち直すと同時に灯黎の顔面へと投げ放つ。

「!!」

顔を傾けて躱すと同時に耳元でキィン!と脳に響く様な音が鳴ったかと思うと、包丁は石で覆われた壁に根元まで深々と突き刺さっていた。

思わずその威力に灯黎は少し驚きの表情を浮かべつつ、再び絢華の方へと視線を移す。


絢華は再び腕を振り上げ、左で逆手に持った包丁を突き刺そうと目前へと迫っていた。

背中に壁を背負っていることで壁際で逃げ道は無いと考え、灯黎は腕を頭の上で交差させて絢華の手首の方へとぶつけて攻撃を防ぎ、何とか眉間に当たる寸前の位置で包丁の刃先をピタリと止めた。


グググ…!

「…っ!」

何とか受け止めたは良いが、灯黎は不利な状況に陥ってしまった。

ただでさえ高い位置からの攻撃で上を取られているのに、更に相手は掌を柄尻に重ねて更に体重を乗せていることで自身の体が徐々に沈み始めている事を感じていた。

それだけならば問題ない、普段は事務仕事が多い灯黎であろうと日頃から訓練は続けているので、一般的な成人女性並の同じ攻撃であればこの状況からでも返す事が出来る程の膂力を持っている。

しかし、今はそれが出来ない。

体格からは想像出来ない程の力に押し込まれ、あっという間に体がどんどん沈んでいく。


攻撃を受け止めた瞬間、ようやく灯黎はその疑問に気づき、考えを巡らせる。


(足の怪我は嘘ではなく本当なのは分かっている、だけど今の状態でも分かる通り…これ程機敏に動けているなら、治療の必要は無い程の怪我だったという事……それなら、迅が先に宿へと向かった事がおかしい…私達を置いてあいつが見ず知らずの人と一緒に動くなんてありえない、十中八九治療の為に先に行って治療をした……つまり彼女は治療が必要な程の怪我を負っていたけど、既に完治したという事になる…そんなの普通の人じゃ有り得ない…彼女は…!)


「ぅ……ぁぁああ!」

「…ぐっ…!貴方…人間じゃ…無いわね…!!」

「今の貴方が知る必要は…ありません…!!」

「…じゃあまずは…教えて貰える状況に…しないと…」

灯黎は後ろ側の右膝が地面に付く寸前、苦し紛れに右足による蹴りを、壁に背をぶつけながら絢華の腹へと放つ。

「ね!!」

ドス!!

その一撃が的確に水月へと命中し、絢華の表情が苦痛に歪んだ。

「がは…!!」

一瞬抵抗する力が弱まったせいで前のめりに体勢を崩していた絢華は更にその一撃を勢いよく食らってしまい、少し体を浮かせて後ろに飛んだ後、蹴られた腹を抑えながら蹲った。

「……あっ…ぶな…」

絢華が体勢を崩した時に向かってきた包丁も咄嗟に顔を傾けた事で辛うじて避ける事ができ、包丁の刃は半分ほどまで壁に突き刺さり、灯黎の方は僅かに肩を掠めただけで済んでいた。


「が…ぁ…げほ…ぉぇ…!」

呻き声と嗚咽が混ざった声で再び立ち上がろうとする絢華だが、力が入らないのか腕が震えて再び倒れ伏す。

「…ふぅ…」

壁に突き刺さった包丁を抜き、苦しむ絢華の方へ歩みを進める。

絢華もそれを察していつしか立ち上がる事を諦め、生気を失った瞳のまま何とか座る体勢まで動き、腹を抑えながら諦観の眼差しで灯黎を見ていた。


「幾つか聞きたい事があるんだけど、教えてくれる?」

目の前に立つ灯黎の顔を何もかもを諦めた様な表情で絢華は見上げる。

「…げほ…どうぞ」

「貴方が討魔隊を知ったのは?」

「…つい最近…名前だけは聞き及んでいました…まさかと思って聞いてみたら…」

「何で名前だけ?」

「…貴方達の首には懸賞金がかけられているんですよ…かなり高い額で…だけど存在自体が認知されていないせいでイタズラだとされてました…迅様からは何も聞いていません…」

「…そう、襲ったのは金目当てって事…?」

「さぁ…どうでしょう」

「……」

「話は終わりですか…?」

「いいえ、まだよ、その動きはどこで学んだの?明らかに素人では無かった」

「…………言わなきゃどうなりますか?」

「…言うまでずっと聞く…」

「…あはは…何ですか、それ…どうせなら早く殺してくださいよ……もう…」

「何か引っかかるのよね、良い食べ物ばかり揃ってたり…その動きや力もそう…それにずっと気になってた事もある」

「…?」

「さっきのお金を受け取らなかった理由、少し変だと思ったの…言い方的に街を去るんだと思ってたけど、恩があるとしても一銭すら貰わないのは少し変だし…蓄えがある様な様子もないから……何というか…これから死のうとしている人の行動に感じるの」

「……言ったでしょう…私には、お金を受け取る資格なんて無いって」

「…いや、だから宿代として渡そうと…」

「……ここは宿なんかじゃありませんから」

「え?」


「…昔…私が住んでいただけの普通の家です、一度空き家になったのを買い戻して、少し改築したのを、この日の為に宿として急遽作り直しました…灯黎様は私がどうやって迅様と出会ったか知っていますか?」

「…麗から聞いた、借金取りに追われていたのを…まさかそれも仕込みだったり…?」

「…借金を借りたのは本当です、確かに蓄えはありませんが…決して生活が苦しい訳ではありません……狙いはこの時期に彼らが取り立てに来る事、それを狙ってわざと滞納していたんです」

「………つまり…私達が来るのを…知ってた?」

「……はい、それが私に与えられた任務ですから…」

「…任務?貴方…何者なの?」

「………それを答えた事で…何か変わりますか?」

「…変わる?」

「…私の正体を知る事で…この人生が…少しでもマシになりますか?」

「……意味が分からない…何を言ってるの…?」

「貴方の言う通りですよ!もう死にたいんです!早く殺して下さい!せめて思い出の詰まったこの家で!どうせ…もうすぐ私は殺されます…!だから…!」

ドタドタ…!


ガラ!

「何か騒がしいけど大丈夫!?」

れいが厨房の扉を開き、外にいた全員が中へと入ってくる。


「…灯黎、何があった?」

辺りを軽く見回してじんが問いかけた。

「……その事は…」チラ

「?」

「…言っても大丈夫?」

「…どうぞ、隠す必要も無いので」

「ありがとう、ゴホン…私から説明します…」

その後、灯黎が要約しながら絢華の本当の目的を自分が知る限り全て話した。

「…そうか」

迅がつぶやくようにそう答えた後、厨房の中には重い沈黙が流れ続ける。


それに耐えられなくなったのか、絢華は迅に向かって土下座をして涙ながらに謝罪を始めた。

「騙して本当にすみません…!貴方の善意を踏みにじり、あまつさえ利用した事…それを許して頂けないことは重々承知しております!貴方が望むならどんな罰であろうと甘んじて受けます!どうぞ!何なりと…!」

「いや、気にするな…元から知っていた」

「……なんなり………え?」

「正確にはお前がただの人では無い事、それでいてあの二人に抵抗しなかった事、その二つから薄々違和感を感じていた、そうなれば目的があって近付いたと疑っても別に不思議じゃない筈だ」

「…じゃあ何故わざわざ…私を運んで治療を…?もし貴方を殺すつもりならそこで…!」

「幾らお前が鬼でも足を怪我した不意打ち程度の攻撃で死ぬ程、俺は弱くないからな」

「…え?」

「……あ、絢華さんが鬼?そうなの?」

「そうだろう?灯黎」

「……まぁ、大体は察しがついてたわ、確信を得るまでは少し秘密にしとこうかと思ったけどね」

「珍しいな、お前が言い淀むとは」

「自信なかったら流石に言いたく無いわよ…」

「…え、その、お二人は…どこで…」

「私は足の治りが早かったのと、蹴った時の感触に妖魔特有の違和感を感じなかった、大体この辺りかしら」

「迅様は…?」

「勘だ」

「か、勘!?そんなので私の正体が…!?」

「……そんな事だろうと思った」

「なんか…納得いきません…!!」

「私もいつもその気持ちよ」

「灯黎さん、本当に苦労なされてるんですね…」

「貴方もこっちに来たら毎日苦労するわよ」


「それともう一つ、お前をここに運ぼうと考えた理由だが」

「?」

「悪意や敵意を感じなかった、俺達を騙そうとする意志を持ち、何かを企んでいるのに気づいても、そこが無い以上俺達を攻撃する事は無いと判断したから、全員を麗に連れてこさせた」

「もし…私が攻撃していたら?」

「女を殴りたくは無いが、その場合はやむを得ないだろう」

「……っ…」ゾワ…

「今は問題ない、そうなったら灯黎にやらせる」


「いやそれより私、さっき襲われたんだけど?」

「……なんだと?本当か?」

「…………そうです、貴方の友人を私は明確な殺意を持って襲いました…だから…」

「なら、灯黎は生きている理由はなんだ?」

「…それは…私が負けたから…」

「灯黎、お前はどんな攻撃をした?」

「ちょっと前のめりになってた所を水月に蹴り、その後は立てずにもがいていたわ」

「…妙だな、肉体的な強さに加え、俺の感覚では技量と速さ以外は灯黎に勝てる要素は無いと感じている…確かに急所への蹴りは痛撃となるだろうが…それで立てない体では…」

「!!」

それ以上の推測を押し止めるかの様に絢華は突如懐から短刀を取り出しながら素早く立ち上がり、刃が迅の首に届く寸前で止める。


「はぁ……はぁ……!」

(…さっきより早いじゃない…それに…!)

「この攻撃で私が貴方に敵意を持ってると…分かったでしょう!?」

(…短刀…それを持っていたのに…どうして私には包丁で…)

「……」

「…だ、だから私に…罰を…!」

「…これが”攻撃”だと?」ガシ…

迅が絢華の手を掴み、押し返す。

「!!」 ググ…

「…相手を殺す事など微塵も考えない、ただの素振りを…攻撃と言うか…」ググ…

「…ぐ…!」

絢華は咄嗟に両手で握るがまるで歯が立たず、抵抗も虚しく、じわじわと押し返される。

(な、何なの…!?この力…!)

徐々に絢華の方へと向かう短刀だったが二人の間まで来た時、ピタリと止まり、再び迅の方へと刃先が向く。

「次は無い」

「!?」

「次、明確な殺意を持って俺を殺さなければ、お前の望む罰は与えない」

「っ!」

「それが、俺を騙したお前への罰とする」

「…はぁ………はぁ…っ!!」

「鬼であるなら全力で振るえば良いだけだ、それで簡単に俺の体は貫ける」

「………はっ……………はっ…!」

「しっかりと殺せ、その瞬間お前が望む罰を与よう」

「…っー…!」

「……」

「………っ…」パッ…

諦めた絢華の腕が下がると同時に短刀が手放され、足元に落ちる。


カラン……カラン…

偶然にも弥宵の足元にその短刀が転がっていき、彼女はそれを嬉々として拾い、近くにあった厚紙でしっかりと包んで懐へ入れた。


残響が止んでほんの数瞬後、絢華は解放されたかのように身体中から力が抜け、その場に膝を着いた。

ドサ…

「……っ…はぁ……はぁ…!何で…!」

「………」

「どうして貴方達は…見ず知らずのこんな私の事を…見捨ててくれないんですか…!?」

「……」

「…ほんっとに…!余計なお世話なんですよ!私はもう死にたいのに…!この思い出の家で死にたいだけなのに…!ずっと…私を生かそうとして…!何がしたいんですか!?本当は今頃死ねていた筈なのに…!」

涙を流し、苛立ちからか歯を食いしばって頭を掻き毟るかの様に頭を抑える。

荒い呼吸による汗と悔し涙、鼻水や涎が混ざった液体が絢華の顔から地面へと滴っていた。



「…なんで…何で…!」

傍から見たら惨め極まりない。

こんな子供のように癇癪を起こし、行き場の無い怒りを己を人にぶつけている。

(いつから私は…こんな…)



その姿を無表情で見ていた灯黎は

「……そうね、確かに余計だったわ、ごめんなさい」

そう言って動き出した灯黎は自身の持っているものと落ちている包丁、その他の調理器具をテキパキと洗って片付け、調理途中のものを処理して厨房から出ていく。

「明日起きたらすぐに出るわ…お金も渡す、来る途中に銭湯と良さげなお店見つけたから、諸々はそっちで済ませましょ」


「絢華さん…」

「麗、行くぞ…」

「…………」

「…今は灯黎に従え」

「……うん…」

辰之助たつのすけも後に続き、その後ろから麗と弥宵と迅も着いていく。


「……」チラ

「……ぐす………ひぐっ…」

厨房から出る直前、麗は蹲って泣く絢華に、思わず憐れみの眼差しを向けた。


「麗ちゃん…?」ボソッ

「……っ…ごめん…すぐ行く…」


「………」


ピシャ…!

面白いと思っていただけたなら高評価やブックマークの登録、是非お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ