桜の都
――――桜都・華舞奇 外門前
ほんの少し暗くなり始めた街道に鎮座する僅かに開いた重厚な門、その入口の前の道で多くの荷車や馬車が並び、運んできた荷物の検査を順番に受けている。
「…いやぁ、前までこんなのは無かったんですが…最近は厳しくなりましたねぇ…」
少し気まずそうな声で御者の男が口を開く。
中では同じ荷台に集まった五人が思い思いの状態で待機していた。
男の言葉を受けて、猫服の完成が間近に迫った灯黎が言葉を返す。
「…大丈夫よ、そんな気はしていたから」
「ふわぁ…ねぇー、長いー、まだー?」
そんな灯黎の膝に頭を乗せていた麗が退屈そうに欠伸と共に言葉を放つ
「もう少しだから我慢しなさい、あと邪魔」
「ぶー、いいじゃん、ぬくぬくしてて気持ち良いもーん」
「……はぁ…」ボソ…
馬車の後ろの縁から顔を出して腕を垂らし、時折後ろに着いている見知らぬ人に手を振りながら面倒臭そうに弥宵が呟く。
「…着く前から疲れた…」ボソッ…
そんな光景を頬杖をつきながら見ていた辰之助もつられて呟くように喋りだす。
「…にしても、ここまで来たら外からでも桜の香りがするんだな」
「私は匂いが濃くて逆にちょっと辛いよ…」
その話を聞いていた街の方を立ち姿のまま見続けている迅が考えながら静かに言葉を紡ぐ。
「……桜の香りと呼ぶにしては…妙に生臭い感触だな」
「…どういうこと?」
「俺達はそれを調査しに来たのだろう?」
「…迅、いつもみたいに言葉が微妙に足りなくて分かりにくいのはやめて、ちゃんと濁さずはっきり言いなさい」
「…これは俺の直感だ、変に警戒させて混乱は避けたい」
「大丈夫、貴方の勘は霊以外だと大抵当たるから」
「…ここまで来て、少し感じている事があった」
「…………」
「…それは話にあった事以上の何か…言葉にするなら…巨大で深く掻き混ぜられ、この街の奥底にこびりついた人の想いの様なもの…記録には残らない心残り…それが生臭い感触だと思っただけだ」
「…つまり、誰かの欲望の上にこの街は存在してる気がしてるって事?」
「あぁ…その通りだ、俺達が進もうとしたならば、間違いなくその者との戦いになる、用心しろ」
「了解、三人とも聞いた?」
「聞いたよ」
「了解しましたー…」ボソッ…
「はっ……寝てた…」
それぞれに緊張が過ぎる中、いつの間にか検査の順番が回って来ていた
中に居た五人と御者の男は外へと出され、担当者が中の荷物検査を行った。
それが一通り終わり、ようやく街の中に入れると思った瞬間、思い出したかの様に担当者の男が近づき、淡々と喋り出す。
「すみません、刀や武器となる物は依頼証明書が無い限り押収させてもらいます」
「えぇ!?せっかく弥宵さんから貰ったのに!?」
「…せっかく作ったのに…」 ボソッ…
愚痴を言いながら、弥宵は大きな布を被った自身よりも大きい何かを馬車からとりだしている。
「それは困るわ、中で何かあった時に護身として持っておきたいの」
「そうは言っても領主である獅子藤様の命令ですので、我々にはどうする事も出来ません」
「うぅ…悲しい…もうお別れ…」
「…こればっかりはな…」
「お金と材料くれたらまた作ってあげるから…」ボソッ
「持ってないぃ…」
「中に入らない事には始まらないから、しょうがないわ」
そう言った灯黎は男に向かって近づき、懐から取り出した数枚の金貨をこっそり握らせる。
「はい、これで大丈夫でしょう?」
「……ゴホン…御協力感謝します、ようこそ桜都・華舞奇へ」
わざとらしく気だるそうにそう言った検査員は次の荷車の方へと向かっていった。
「え?あれ?渡さなくていいの?」
「少し話せば分かってくれたわ」
「良かったぁ…!」
(悪い女だ…)
検査を通過した五人は再び進みだし、門の中へと入っていった。
中に入ってから御者が五人に感謝の言葉を贈る。
「ここまでの護衛ありがとうございました」
「えぇ、こちらこそ」
「特に何もしてないけどねー」
「そういうのは思っててもいうな」
「ははは、また機会があればお願いしますね」
そういって深く頭を下げた御者の男は馬車と共に、街の中へと去っていく。
「じゃあねー!」
人ごみの中に消えて行った馬車に向かって大きく手を振って見送る麗、それをよそに灯黎は街の案内表を見ていた。
「良いところあるかしら…」
「何をしてるんだ?」
「宿を探してるんだけど…」
「ねぇ!私もあっちに行っていい!?」
「待ちなさい!うーん…」
「金はあるのか?」
「そこは問題ない、任務遂行できるための資金は常に確保してるわ」
「う…耳が痛い…」
「……やっぱり駄目ね、直接確認しないと決められないわ、全員集合、そろそろ宿も埋まり始める時間だから急ぐわよ」
「分かった、おい麗!行くぞぉ!」
……シーン…
「ん?どこいった?」
「…さっきどっかに走っていったよ」ボソッ…
「何で止めなかったの!?」
「声かけたんだけど…聞く耳持たずに止まらなかった…」ボソッ
「…ったくもう!探すわよ!迅がお金を持ってて!絶対に無くさないでね!」
「…心得た」
辰之助達が気づくと同時に、当の麗は人ごみと建物の間をすり抜ける様に街の中心に向かって素早く無邪気に駆けていた。
(人がこんなに居るの初めて見た!!礎静町よりもずっと多い…!これが都会…!?)
高揚、期待、それから生まれた一種の焦燥を胸に少し息を荒げながら進む。
しばらく走り続けていると、目の前にひらひらと小さい桃色の何かが落ちて、甘く爽やかな香りが鼻を掠める。
「…ん?すんすん…さっきよりいい匂い…」
更なる期待に脳と心が支配され、より香りが濃く感じる方へと自然に体が引き寄せられていく。
「……すんすん…近い…そろそろ」
酔っぱらったかのように足元をふらつかせながら、目をつぶって嗅覚だけを頼りに本能のまま歩みを進めていく。
「……っ!」
気付けば開けた場所に出たようで、辺りの籠っていた音が途端に鮮明になった。
ゆっくりと目を開き、目前の光景を視界に入れた瞬間、麗の頭に爆発したかのような衝撃が走る。
「……綺麗…」
そこにあったのは、巨大な桜の木。
この広い街に守られるが如く、その桜は文字通り街の中心へと君臨していた。
自分の体の何倍もある太い木の幹、見上げれば遥か遠くにある様な高さの木の枝が街の五分の一程度まで延び、その先からは幾重にも連なった花弁の一枚一枚が街の明かりに照らされ、生きているかのように煌めく。
その花びら達も絶え間なく街へと舞い散り続け、甘美で濃厚な桜の香りを街全体に振り撒いていた。
桜都・華舞奇が誇る「常夜桜」
その美しさは永遠に枯れることは無く、まるで極楽にいる様な香りと景色を見たものの脳裏に焼きつかせる最高の桜。
思わず目が離せない、その美しさに自然と体が吸い寄せられる。
自分を飲み込んでしまいそうな程に大きく、立派な木の幹、今にも触れられそうな程にそれは近づいてくる。
「……………すごく…綺麗…」
夢の様な光景、最早麗の頭には常夜桜の見せる極楽浄土しか存在していなかった。
だが、幾ら手を伸ばしてもそこには届かない、暫くして胸元に何か硬い物が当たっている感触に気づいた。
「……なにこれ…」
少し正気に戻った頭でふとその感触の正体を探る。
その正体は頑丈な木柵だった、どうやら常夜桜には近づけないようにかは分からないが丸く柵に囲われているようだ。
「……別に近づくだけなら…」
と誘惑に耐えられないまま乗り出した瞬間、空から突き落とされた様な仰天と共に恐ろしい光景が目に入る。
ヒュォォォオオ…
常夜桜の周りには地面が無かった。
その周りだけぽっかりと穴が開き、底がうっすらとも見えない程の深い闇が広がっているばかりだった。
底無しの穴に響く風の音がより恐怖を掻き立てる。
柵は桜を守る為のものでは無い、人が死なない為のものだったのだ。
「ひゃぁ!」
驚きで思わず体を引き戻し、尻もちをついて倒れてしまう。
ドシン…!
「…ぁいたた…」
ゆっくりと立ち上がり、痛みと恐怖によって正気に戻った麗へ後ろから声を掛けてくる男がいた。。
「おい」
「!!」
「……」
腕を組み、表情一つも変えずにその男は麗を見ている。
「迅…さん?」
「……無事か?」
「え、うん…さっき死にかけたけど」
「……」
「…?」
「…行くぞ、この桜には近づくな」
「…あ、待ってよ!!」
二人が来た道を戻ろうと歩き出した瞬間
「おい!!いつになったら返すんだよ!」
少し離れた路地裏から男の怒声が響き渡る。
「…も、もう無理です…!許して…!」
その直後、震えた若い女性の声が続いた。
目をやるとそこには太った男と痩せた男の二人、そして太った方に縋り着いた女性の姿が写った。
どうやら借金を返せなくて取り立てられている様だ。
そのやり取りが聞こえているであろう周りの人も助ける様子はなく、見飽きたようにその場所を少し避けて素通りしていく。
「……ねぇ、あれ…」
「…借金か…ろくなものでは無いな」
「助けようよ…!」
「自業自得だ、借りたなら返せなかった奴が悪い」
「……」
「無理ですじゃねぇんだよ!俺達だって商売なんだ!恨むならてめぇの人生を恨め!」
「なぁ、こいつの宿デカかったから売ればそれなりに良い額になるんじゃねぇか?」
「や、やめて!それだけは…父と母が残した大事な宿なんです…!お願いします…!」
「返さねぇお前が悪いんだ」
「そ、そんな…」
「せっかくだしこいつも売るか、顔は良いしそれなりに良い値が付くだろ」
「そうすっか、おら、立てよ!」
「いやぁ!やめて!!離して!!だ、誰かぁ!助けて!!」
「うるせぇな!行くぞ!!」
「やめろぉ!!」
「あ?」
女性を連れ去ろうとした男達の前に麗が声を上げて立ち塞がる。
「その人を離せ!」
「何だ?嬢ちゃん…邪魔すんなよ」
「うるさい!とにかく離せ!」
「……はぁ、あのな…餓鬼が出しゃばっていい話じゃねぇんだ、どきな、痛い目見るぜ?」
「…こいつはな、借りたもの返さなかった悪い奴なんだ、だからお仕置してやろうとしてるんだよ」
「借りたものは返しました!!でも貴方達は借りた覚えの無いものに利息をつけて無理矢理…!」
「うるせぇ!黙ってろ!!」
バシン!!
男が女性の頬を叩く。
「あぅ…!」
「この世はな、騙された方が悪いんだよ」
「可哀想だとかは思うなよ、俺達だって”商売”なんだからな!!」
「分かったらどけよ、嬢ちゃん」
「この…!」
スタスタ…
「…!!」
麗の後ろから来た足音、それが止まると同時に路地裏に声が響いた。
「その”商売”とやらが、女を殴る事か」
「あ!?」
「結構な事だな」
「迅さん!!」
「また増えやがった…!」
「……麗、こんな所で騒ぎを起こすな」
「………でも…」
「……」
迅は言葉を発さず、言い聞かせる様に麗を見つめる。
「……ごめんなさい…」
「……………」
その答えを聞いた迅は何も言わずに路地裏へと入り、麗の横を通り過ぎて二人の男の前で立ち止まる。
「…その女を離せ」
「ちっ、また馬鹿が来やがった!良いか!?この女は…!」
心底イラついた表情で太った男が迅に近づく。
「貴様に騙された、か?」
「あ、あぁ!そうだ…こいつが…!」
「…友から聞いたが、商売の基本は信頼だ」
「…はぁ?」
「なのに何故、人目に付くような場所でこのような信頼が落ちる様な事をする?」
「……はっ…分からねぇか?見せしめだよ!」
「違うな、お前は他に相手が居ないんだ、商売相手が」
「あぁん!?」
「大方、無茶な利息をふっかけたせいで夜逃げされたりしたのだろう、その結果残ったのはそこの女だけ」
「……っ…!」
「だから逃がさない様にした、囲み、脅し、意志を踏みにじって絞り続けた」
「ごちゃごちゃうるせぇな!何が言いてぇ!?」
「怯えているのだ、貴様は」
「!!」
「奪われる側を、知っているからな」
「…っ!黙れぇぇ!!」
チャキ!
男は匕首を取り出して、迅の腹に勢いよく突き刺した。
ドス!
「……はぁ……はぁ……っ…!」
パキ…
次の瞬間、迅の腹に刺さった筈の匕首が砕けて、その破片が地面に落ちていく。
「…は、はぁ…なんで…」
「…ふん…酷い刃だ、ろくに手入れもされていない、弥宵が見たら殺しにかかるだろう」
「…ひ、ひぃ…化け物…!」
男は逃げようとするが、足がすくんでピクリとも動かない。
「…俺はここで騒ぎを起こしたくない、よって一つ取引しよう」
「……ぁあ…ぁ…!」
「取り立ては諦めてここを去るか、取り立てを続けるか」
「…はっ…………はっ…!」
「……後者の場合は…」
「…………あっ……か……ぶくぶく…」
「……まだ話の途中だ…起きろ………ちっ…」
迅は残った細い男の方へと視線を移す。
「…ひぃい!すみません!許して下さい!」
「怯えるな、取引をしていただけだ、商売の基本だろう?」
「は、はいぃ!すみません!」
「お前とも取引をしよう」
「な、何でしょうか…!」
「この男を連れて帰るか…」
「はいぃ!!喜んでぇ!!」
タタタタタタタタタ…!!
「……行っちゃった…」
「…取引成立だ」
「取引というより脅しだったよ…でも良かったー、私が殴りに行く前で」
「もう危険な事はするな」
「大丈夫だよ、私強いし!」
「そういう問題では…」
「そ、それより!そこの人大丈夫なの!?」
「……」
麗は少し小走りで倒れていた女性の元へ駆け寄る。
殴られて腫れてはいるが綺麗で端正な若い大人の女性の顔をしており、服もボロボロだが黒い布に赤黒い柄と裾には曼珠沙華があしらわれた少し豪華な印象の着物を着ていた。
「…だ、大丈夫です…あ、あの…」
「…ん?何ですか?」
「その…本当に…ありがとうございます…!」
「にひひ、全然いーよ!人を助けるのは当たり前だもん!」
「俺は取引しただけだ」
「……まだ言ってる…」
「何とお礼をしたらいいか…!」
「…お礼か…せっかくだ、これをやろう」
ドサリ…
「……これ…は?」
「今俺たちの持っている分の全ての金だ」
「うぇ!?良いの!?」
「…そ、そんな…こんな大金…!」
「や、やばいんじゃない?灯黎さんに怒られるよ…」
「も、貰えません!!助けて貰って…こんなの…!!」
「ほら、この人もこう言ってるし…!」
「勿論、タダでは無い」
「え?」
「貴様は宿を持っているんだろう?」
「…は、はい…」
「その金でそこに暫く泊まらせて欲しい」
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