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伐魔剣士  作者: ヌソン
幕間 彩の譚
23/80

すれ違い

「お呼びするまでこちらでお待ちください」

暫く屋敷の中を歩き続けた後、二人は客間へと通されそこで待機する事となった。

ゆったりとした時間が流れる中、備え付けの菓子を食べながら麗がここに来るまでずっと疑問に思っていた事を辰之助に聞く。

「そういえば、何で討魔隊に入ったの?」

「前も言ったが、利害の一致と言うやつだ」

「その利害って?」

「…俺はとある男を探してる、復讐する為に」

「……」

「討魔隊に協力すれば、そいつに関して持っている情報を渡して協力してくれると虚に言われた」

「…ふーん」

「ま、自分の目的の為に誰かと行動するってだけだ、終わればここを出ていく」

「……ちょっと私と似てるね、そっちは見返りがあるけど…」

「……そうであって欲しかったよ…」

「?」


辰之助の顔が僅かに陰り、その目に怒りと悲しみ、そして憎しみが浮かび上がっていき、この場に居ない誰かを睨む様に目付きが鋭くなっていく。

麗の手は菓子を食べる事をやめ、その辰之助の姿に驚きながらも目を逸らさず、正確には逸らせずに見つめていた。


少し経ってから、おもむろに目を瞑り、軽く深呼吸をした辰之助が立ち上がり、怒りを孕んだ足取りで部屋から出ていく。


「…厠へ行ってくる」

「……う、うん…」

麗の返事を待たずして、辰之助は足早に廊下を歩いていった。

「……場所…分かるのかな…」



(……駄目だ、あいつは何も悪くない…落ち着け)

廊下を歩く辰之助の頭の中を、怒りが支配している。

(…あいつは故郷を守りきった…それでいいんだ、俺とは違う)

己の弱さと不甲斐なさに対しての怒り、そして故郷を守りきれた麗への僅かな嫉妬、その二つが辰之助の根源に潜む怒りを煽る材料となっていた。

辰之助自身あの場に残っていたら、自分でも何をするか分からなかった。

もし止められていたら、声を荒らげて麗に八つ当たりをしてから出て行った可能性もある。

それを抑えられないと確信したからこそ、辰之助は部屋から出て来た。

ただ故郷を純粋に守りたかっただけの少女を、復讐に塗れた自分の言葉で傷付けない為に。


辰之助は逆立つ心を必死に抑え、廊下を歩き続ける、すれ違う人に目もくれず行く場所も考えないまま見知らぬ屋敷を進んでいく。

その最中、一人の男とすれ違うと辰之助の足がピタリと止まった。

「!!」

辰之助にとってはすれ違っただけ内の一人でしかない筈の男。

本来なら気にしない無意識に認識し、覚える事も無いであろう筈の存在。

だが、辰之助は足を止めてしまった。


否…勝手に止まったのだ。


自分の意思ではなく、本能がそうさせるように。

ピタリと止まり、動かなくなった。

人とすれ違う、そこには感情も思いも何も無い、人間が持つ交流方法の中で最も早く終わり殆ど効果など無い、勝手に起こるだけの意思疎通方法。


だが、男はその一瞬で雄弁過ぎる程に語った。

内に秘める意志の強さ。

決して挫けぬ心の強さ。

軍をも圧倒する兵としての強さ。


あらゆる”強さ”という概念が形を持っているかの様なその気配に辰之助は戦慄し、足を止めたのだ。

「……」

恐る恐る男の方へと振り返ると向こうもすでに辰之助の方を向き、何も言わず静かに見ていた。


中性的な美形の顔、灯黎に似た常に睨む様な形の僅かに細い目と目尻に施された深紅の目張り、ほんの少し薄い肌色、肌と同じ色の僅かに伸びた繊細な髪という、いかにも細身の美男子と言った風体の男が立っていた。

しかし上半身に纏っているのは丈の短い肩から掛けた羽織と腹に巻かれたサラシのみ。

そこから見える体には極限まで鍛え上げられ、練り上げられている美しい筋肉の曲線と流れが駆け巡っており、誰であろうと一瞬目を奪ってしまう程の気配と近寄りがたい威圧感を醸し出している。

「……」

男は変わらず無言で研ぎ澄まされた刀の如き視線の刃を向け続けられている辰之助は呼吸を忘れてしまいそうな程の重圧を全身に受け続けていた。

「……っ…」


「……貴様…」

完全に気圧され固まっている辰之助に向かって、男はゆっくりと静かに口を開く。

「…弱いな…」

「!!」

麗との会話で鮮明に浮かんだ忌まわしきあの日の光景、それによって思いだしてしまった復讐心と乖離した己の実力

今痛感している最も脆い部分を見知らぬ男に見抜かれ、挙句真正面からその事実を突きつけられる。


「…お前に…!」

「……」

「何が分かる…!」

目前の男から放たれる重圧、そこから生まれた恐怖心をムキになって生まれた意地を張っただけの怒りで抑え、辰之助は歯を食いしばり睨み返しながら一歩一歩男へと近づく。

「今会ったばかりの奴が、俺の何を…!」

「ならば聞こう、今会ったばかりの奴に見透かされる程度の強さで何を成す?何を守る?」

男は毅然とした態度を一切崩さず、見下すような目を辰之助に向けている。

「っ…!」

「一度復讐以外の強くなる理由を見つけろ、目的や信念の為に無茶をするのは勝手だが決して死に急ぐな」

「………」

「…いや、後ろ半分に関しては俺が言えた事ではなかったな、忘れてくれ」

独り言の様に話しながら後ろへ振り向き、本来進んでいた方へ歩き始める。

「…おい、一人で勝手に…!」

遠ざかる男を止めようと手を伸ばすが足が動かず、追いかける事が出来ない。

立ち去る寸前に僅かに辰之助の方へ視線を向け、男は言い聞かせるように呟く。

「互いに、精進していくとしよう」

辰之助は静かに立ち去っていく男の背中を眺めることしか出来ず、視界から消えて暫く経った後にようやくその場から動くことが出来た自分を心底嫌悪しながら、僅かに再燃した怒りを抑える為に再び宛もなく廊下を歩きだした。

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