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伐魔剣士  作者: ヌソン
序章 最初の決意
21/80

始まりの終わり

色々と考えた結果、とりあえず序章を終わらせることになりました。

礎静町を出て数日、同じような景色が続く鬱蒼とした森の中を歩き続けて、ようやく

開けた場所が見え始めた時、麗の体を初めての感覚が包み込む。

潮っぽい香りに穏やかに打ち付ける静かな波の音が心地よく脳裏に響き渡り、気持ちの良い涼やかで柔らかい微風が時折肌を優しく撫で、眼前には青く美しい大海原が広がり、木々に囲まれた森の中から抜けた事も相まって開放感がより全身を駆け巡る。


海と共に眼下を埋め尽くすのは大きな街の風景、礎静町以上の賑わいを見せ、少し沖の方では大きな船が何隻もひしめき合い、それぞれが自身の獲物を自慢げに市場へと運ぶ様子も僅かに見える。


「この街の名は「潮都・魚ノ霧(ちょうと うおのきり)」、この国に存在する最も発展した九つの街”九大都”にその名を連ねています

「最も豊かで最も平和」と称されるこの街が、我々討魔隊の拠点です」

「…良い所だな」

海とは真反対の山から一通り景色を楽しみながら千彩の説明を聞いている辰之助の横で麗は初めて見る海に大興奮し、大はしゃぎしているせいで何も耳に入っていない。

「わぁー!!海!海だよ!辰之助!ほら!見て見て!」

興奮のあまり辰之助を叩いたり、移動しながらぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねて上に乗っている虚がそれに合わせて上下に振り回されてしまい、苦しげな鳴き声をあげながら飛ばされまいと必死にしがみついている。


「そうだ!泳ぎに行っていい!?良いよね!?」

「…あの、これから私達の本拠地に…」

「じゃあ行ってきまーす!」

突拍子も無い提案を出した瞬間、千彩の制止も振り切り、一目散に駆け出した麗は街の屋根を飛び跳ねながら海の方へと全速力で向かう。

「…やばいぞ!追いかけろ!お姉!」

「え!?私!?なんでぇ!!」

突然よばれた紗那は驚きながらも背中に比那を抱えたまま走り出し、麗の後ろを必死に追いかけていく。


「…っはぁ…しゃあねぇ、先に行っとこうぜ、その内来るだろ」

その光景を見ていた晃次郎は頭を掻きながら呆れたように溜息をつき、一番大きな屋敷を指差した。

「…そうだね、ならさっさと行こ」

千彩も少し不服気味にそれに同意し、辰之助も困惑の色を見せながら二人の後に続き屋敷へと向かって歩き始めた。


『待っ…下…い!後…、後で遊…で良……で今は…!!』

街の上を素早く軽やかに飛ぶように駆ける麗の頭へと虚が必死に語りかけるが、飛び跳ねながら移動しているせいで上下に激しく揺れてしまい時折手が離れて、途切れ途切れにしか言葉が伝わっていない。


「待てーい!なぁお姉!もっと早く!」

その後ろから比那を背負った紗那が屋根には登らずに全速力で下の道から追いかけている。

「ねぇ!もう、元気なんだからさ…!比那がぁ…走ってよぉ!!」

「義足は走るとやたら疲れるんじゃ!!」

「私もずっと背負うのは疲れるよー!」」

息を切らしながらも紗那は必死に走るが、どうしても追いつく事が出来ない。

「ていうか…麗さん早くなってない!?」

「流石儂の見込んだ女じゃ、もうお姉よりも早い!」

「分かってるなら自分で走ってよー!それに比那が引き込んだ訳じゃ無かったと思うんだけど!?」

「なはは!頑張れがんば……ん?」


言い争いながら走る二人の頭上を細く柔い何かが意志を持つような動きと共に凄まじい速度で飛来している事に、上を見上げた比那だけが気づく。

「なぁ、お姉」

「何!?」

「もう大丈夫そうじゃ」

「はぁ…!?なんで!?」

「糸」

比那の答えを聞いた紗那がふらつきながら立ち止まり、比那を背負ったまま肩で荒く息をする。

「…ぜぇ…はぁ…!走った…意味…!」

「しゃあないしゃあない、儂らも屋敷に向かうか」

「流石に…降りるよね…」

「頼んだ、お姉」

「ひぃぃぃん…!」

紗那は息を整える間もなく再び走り出し、大量の汗と涙を流しながら来た道をそのまま戻っていった。


「ん?」

変わらず屋根の上を飛び移りながら走っていた麗が後ろに迫る僅かな風切り音を感じ取って振り向くと、陽の光に反射して小さく輝く何かが首元目掛けて追いかけて来ているのが見えた。

それに気づいた麗は一瞬立ち止まり、振り向きつつ僅かな動きでそれを躱す。

礎静町での僅かな戦いの中で急成長した彼女の目から見たら何の問題もなく対処出来る速さだが躱した後、目の前に細い糸が目に映る。

(…糸…だよね…これ?私達を狙ってる?)


頭の上でぐったりと疲れた鳴き声を発している虚も麗と同時にその存在に気づく。

『…麗様、これは我々のニャアァ!?

虚が何かを伝えようとした瞬間、麗が虚の体を掴んで、落ちないようにしっかりと左腕の脇に抱える。


「虚さんも狙ってるってことは…敵だよね」

ニャァ!?ニャァオ!

虚が何かを訴えるようにじたばたと麗の腕の中で暴れている。

「この街を守りたいんだよね、大丈夫…分かってる…!」

ニャガッ!?にゃぅ…

麗の言葉を聞いた虚は驚きの鳴き声を発した後、腕の中で諦めたように力が抜け、ぐたりと成すがままの態勢になる。


躱した糸は少し進んだ位置から勢いそのままに方向を変え、より速い速度で二人の方へと向かって来ていた。

それを確認した麗は腰にかけた刀を鞘ごと咄嗟に引き抜き、右手で握ったまま向かって来た糸を上に飛んで躱す。

空中へと飛び上がった麗は地面から離れた右足の膝裏へと鞘を当て、足を曲げて鞘を挟んだ後に柄を握り、刀を引き抜く。


糸は彼女が飛んだ位置より少し進んだ所からほぼ直角に曲がり、最初とは比べ物にならない速さで向かって来ているのが光の反射のお陰で辛うじて確認出来ていた。

麗は頭が下に向いた体制で右腕を交差させながら身を捩り、向かってきた糸を何とか躱して、空へと向かっている糸を斬る為に全力で刀を振るう。

「!!」

すると目の前から糸が消えた。

(!?え、やばい!?外した!?)

決して外したわけではない、攻撃は完全に細い糸を捉え確実に当たっていた、だが刃が当たる寸前までは限界に達していた糸の緊張が一瞬で緩み、事切れたかのようにふわりと頼りない感触へと変わったかと思うと、刃が空を切る音と共に目の前から糸が消えていた。

(どこ…!?)

余りにも一瞬の事に困惑しながら辺りを見回すが当然糸は見当たらず、焦りながらも咄嗟に振り切った刀の方へと目を向ける。

「!!」

そこには振り切った刀へと張り付き、ゆらゆらと嘲笑う様に糸が揺れていた。

(っ…!)

驚きと焦りが脳を埋め尽くすが幾ら経っても糸は揺れているだけで動く気配が無い。

(…もう一回…!)

時間が生まれた事で僅かに落ち着いた麗は攻撃のために腕を引こうとした瞬間、麗の目の前にキラリと光る何かが視界の上から現れた。

(なにこれ…曲がった…針…?)

糸の先に付いていた能蜂の鉤爪の様に丸く、抉れるような形の少し大きな針。

(これって…もしかして…)


昔、盗みに入った旅人の部屋で見た事がある。

細長い棒の先に糸が付けられてて、その先にこんな感じの針が付いてて…

確か…その後、親分に聞いた名前は…


「…釣り竿の針…?」

(え、もしかして今…大きめの釣り針に襲われてるの!?どういう状況!?)

混乱する麗をよそに、降りてきた釣り針は凄まじい速さで刀の柄とそれを握る麗の手へと巻き付き、解けない程に絡まった状態で何処かに向かって引っぱられる。

「あぇ!?うぅわぁぁあぁぁーー!!」

ここまで糸が辿っていた軌跡が倍の速さで逆再生され、上下に揺れたり、回転したりを何度も繰り返し、じわじわと麗の気力を削る。

「こん…のぉ…!!」

何とか解こうと右腕を無理矢理伸ばされた状態で動かすが、引っ張る力が強すぎてまともに動かせないのと糸の先に付いている曲がった針が糸へと引っかかって、全く解ける気配がしない。


気が付けば急速に移り変わる光景も完全に見た事の無い物へと変わっていき、それに比例して引っ張られる力と速度が徐々に落ちていく。

「うぇぇぇ…目が回るぅぅー…」

ゥニャァァァ…

目まぐるしく変わる景色に二人は完全に酔ってしまい、最初は抵抗していた麗だったがその気力も失い、左腕に抱えた虚を落とさない様にする事しか出来ずにいつ終わるかも分からない高速移動の町巡りを必死に目を瞑ってひたすらに耐え忍んでいた。


いつしか耳に入る風切り音も無くなり、右腕を釣られたまま足の付かない場所で体の引っ張られる感覚がピタリと止まった。

「うぅぅ…気持ち悪いぃぃ…」

「おーい」

ぶん回されたせいで頭がぐらぐらしている麗の耳に大人びて飄々とした聞き慣れない男の声が聞こえる、麗は未だに回る目をゆっくりと開き、揺れが落ち着くにつれ声の正体が釣り竿を肩に掛けている男だと理解し始める。


どんどんと鮮明になっていく男の全貌、半開きのたれ目気味な目へとはめ込まれた海の様に青い瞳、微笑んでいるように見える微妙に口角の上がった口、顔立ち自体は声の感じより若い印象だが真っ白な髪色がその印象を止める。

染めたというより白髪の様に見えてしまうせいで顔は若いのに老人の様な印象を麗はその男に感じた。

「よぉ、初めましてだな」

男の砕けた口調と軽い雰囲気の内に潜む警戒心と僅かな敵意を感じ取ってしまい、思わず萎縮し、ガチガチに緊張した状態で挨拶を返す。

「コ、コンニチワ、ハジメマシテ…」

「…怯えすぎだ…別に取って食ったりなんかしねぇよ」

「ア、ハイ」

「よし」

「……えっと、貴方は…?」

「そりゃあ、ここにいるんだから討魔隊の端くれに決まってんだろ」

「…へ?ここ?」

麗がとっさに辺りを見渡す、男の座っている場所は屋敷を囲う塀の上でその奥には大きな屋敷が見えた。


「知らなかったのか?」

「さっき来たばっかで…そういえば千彩さんが何か言ってたけど…」

「ん?千彩?お前、千彩の知り合いか?」

「え…は、はい」

「……」

千彩の名を聞いた男の雰囲気が一変し、麗は返事が返ってくるまで唾を呑んで待つことしか出来ない。

「…っ…くく…」

男が下を向きながら空いている手で顔を抑え、笑う様に小刻みに震えている。

「…?」

「だーはっはっはっは!!!」

「!?」

「ばっかやろぉ!千彩の知り合いならそう言いやがれ!!」

「へ?ご、ゴメンナサイ?」

「敵かと思っちまったぜ!いやぁ悪い悪い!」

「あぅ、あぅ」

突然膝を叩きながら耐えられなかったかのように爆笑し始め、困惑する麗の頭を撫でる様に軽く叩き始めた。

ニャァン…

麗の頭を叩いていた男は虚の鳴き声を聞いた瞬間、驚きの声と共に虚の方を見る。

「んぉ!?虚もいるじゃねぇか!今気づいた!」

ニャ!?ニャァァァア!!

男の言葉に反応した虚が怒りの声を上げ、麗の腕の中でじたばたと暴れている。

「はっはっは!!ほんとすまんなぁ!ほれほれ」

男は大笑いしながら虚の頭や顎を優しく撫で始めると途端に落ち着いていき、十秒も経たぬ内に心地よさそうに喉を鳴らしている。


「ま、最初くらいは正面からちゃんと入ってみな!」

そう言った男は肩に掛けていた釣り竿を持ち直してゆっくりと麗を下ろしていく。

彼女の足が地面に付いたのを確認してから手に絡み付いていた糸をあっという間に解き、糸を回収する。

「あ、これ返す」

おもむろに置いていた鞘を麗へと放り投げ、それを上手く掴む。

「…これ、さっき投げた…」

「落ちたら危ないから回収しといた、次からは気をつけろよ」

「ありがとうございます…ごめんなさい…」

「良いってことよ、さて、そろそろか?」

「…そろそろ…?」

麗が刀を鞘に納めながら、男の言葉に反応すると横の方から次は聞き覚えのある声が聞こえた。

「麗!」

「辰之助!」

辰之助と千彩と晃次郎が現れ、麗は安心と喜びの声をあげる。

「先に付いてたんだな」

「いや着いたというか…連れてこられたというか…」


「おーい!」

「はぁ…!はぁ…!疲れだぁぁぁぁ…!!」

二人の会話を遮って、次は比那と彼女を背負った紗那がヘロヘロになりながら現れ、四人の前で力尽きたように倒れ伏した。


「もう無理ぃぃ…」

「よく頑張ったの、お姉ぇ」

比那は倒れ伏した姉の上に乗っかりながら、その頭を優しくポンポンと撫でている。

「比那のせいだよぉ…」

「晃次郎、お姉ぇはもう無理そうじゃから申し訳なんじゃがおんぶ変わってくれ」

「へいへい、ほいっと」

晃次郎は紗那の上に乗っかっていた比那を軽く持ち上げ、肩車の体勢で持ち上げる。

「……何故肩車なんじゃ?」

「楽だから」

「門の上の方に顔ぶつかるんじゃが」

「しゃがむから大丈夫だ」

「優しいのぉ」

「お前も姉には優しくしろよ」

「お主は姉に優しくされる様にな」

「うるせぇな、投げるぞ」

「すまん」

肩車状態で話しながら門の方へと歩いていく二人。

その後ろには千彩に方を貸して貰い何とか歩く紗那の姿があった。

「…しゅ…しゅみましぇん…足が限界じぇ…晃次郎さんにみょ…ご迷惑を…」

「大丈夫だよ、紗那ちゃん、あとあいつはそういうの気にしないよ」

「うぅ……情けない…」

再び涙を流しながら前の二人よりも遅くフラフラと門へと歩いていき、全員が門の前に立った時、上から先程の男が飛び降りてきて、門の真ん前に歩きながら楽しそうに話し出す。


「ここは我らが討魔隊の拠点にして、我らが主、鋼導 兆(こうどう きざし)の住まう磐石の砦!その名をとって”兆邸(きざしてい)”と俺らは呼んでいる!最初は恥ずかしがってたが、最近は諦めてくれた、因みに俺が兆と出会ったのは…」

「良いから早く本題に言ってくれよ、いっつも馬鹿みたいに長ぇんだからよ」

「あのクソ長い伝記は二回も聞きとうない」

「かー!お前らには難しいかぁ!愚かな奴らだ!…まぁいい、ともかくこの門を潜った瞬間、二人は討魔隊として戦う事になるが、大丈夫か?」

「…俺は少し事情があるが、出来る限り協力はしよう」

「…嬢ちゃんは?」

「……」

「…麗さん?大丈夫ですか?」



「…うん…勿論!千彩さんとか晃次郎さんとかみたいに、沢山の人を守って、いっぱい助けて…皆を笑顔にする格好いい討魔隊の一人になる!」

「……よぉし!よく言った!じゃあ…!」

男が門の扉へと手を付け、力を込めると重く分厚い扉が少しづつ開き始める。


ギィィィイイイ…!


一際大きな音が鳴り扉が完全に開かれる。

中に広がる見た事ないほど綺麗で広大な庭園とその奥に鎮座する金菊邸よりも更に大きいであろう屋敷が視界へと飛び込んでくる。


「…歓迎するぜ、親世代達」

男が真ん中に引かれた石造りの道を歩き、麗以外の全員がそれに続いて歩いていく。


「………」

一瞬だけ、礎静町の思い出が脳内を駆け巡る。


――大丈夫だよ、親分

私、頑張るから


覚悟を決め、麗は少し遅れて門の先へ一歩を踏み出す。

そこからは誰よりも軽い足取りで屋敷へとその歩みを進めて行った。


運命の歯車、その最後の一つが嵌め込まれた事を告げる軽快な足音が、この魚ノ霧へと響き渡った。

こっからどうやって話繋げるか…


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