【第7話】
表のやかましい光は入ってこず、地面にはゴミ袋と粉と注射器が散乱している。腐敗臭と妙な生臭さが漂い、殆どの人は寄り付かない。王都クリスタ,ネオン街6,4番道路,16番の隣の路地裏だ。今、私は張り込み調査をしています。
そして、その16番の建物こそ組織”カラカサ”の本拠地だ。特に騒がしい音もせず、大型の木製リアカーが何台かあるだけで、ただの商会かなんかだと思われているが、実態はそうじゃない。ただいつもと違うことは、やけにリアカーの出入りが激しいくらいかな?
「おいおい! それはB3区行きだ!」
「次はD9区方面……次はまたB3!?」
「いきなり注文が来やがって……まーた国家か?」
「うるさい! 俺らにとっては好都合で高利益な取引なんだ」
……だいぶ騒がしい、とっとと黙らしてやりたいなぁ。そう燥いでもしょうがないので、とにかく待ち続ける。内部構造は全て把握しているので、攻略は簡単だ……まあ全員ふっ飛ばせばバレてないことになる……な?
石が掠る音をたてて、ぞろぞろと荷物が運ばれていく。そろそろかな……
「ん? 珍しく忙しそうですね……」
「……! お、お疲れさまです!」
裕福そうな男が何人かガタイのいい大男を連れて、荷運びに話しかける。どうやら”顧客”のようだ
「時間だってのに……本陣を疎かにしてないだろうな?」
「は、はい! 事前に完璧に済ませておきました!」
「ふむ……よろしい、場所と行き方は今までと同じでいいのかね?」
「はい、今宵もご贔屓に……」
なかなか悪い会話ですな……とにかく時は来た。後に数十名来るだろうから、しばらく待と――
「貴様、先程から路地裏で何をしている」
「……はい?」
先程の護衛の男の一人に見つかってしまった。ここは路地裏、そして行き止まり、逃げることはできない
「まさか……ヤクでもやってるんじゃないだろうな?」
「やってませんやってません! ただ……その……」
私は手を振り首を振り、全力で弁明する。しかし男は眉を真っ直ぐにしたままの字にしたまま言う
「……そうか、ならいい」
「ならいい? それって――」
「”国家秘密”だ」
……なるほどね、完全に理解した。男は囁くように私に言った。まさかあのクズ勇者が行動するとは、思ってもなかった……多少期待はしてたけど。こいつは護衛のフリをした国のスパイ。どうやら国側も”カラカサ”を潰しに来たようだ
そのまま男は護衛対象の後を追い建物の中へ入っていった
ここまでは完璧、後は始まるのを待つだけだ
気配を消し、会場へ忍び込む。ついでに余計な警備員には眠っていただいた
「お集まり頂いた紳士淑女の皆様!! 今宵も極上のモノが揃っております!!」
拍手が鳴り響き、会場に声のない熱が沸き起こる。怪しく光るスポットライトに薄暗い広間、体育館のような舞台に黒い服を纏い仮面をつけた男が言う
「そして今回は……なんとこの者達までいきますよ!!」
「お父さっ……お母さっ……」
「どこ………ここ……」
「出せっ! 出せよっ! 」
舞台外から滑車付きの檻に入れられた……一人は10代くらいの尻尾のある少年、もう一人は同じく十代後半らへんの長い耳を持つ少女、そして一部鱗を持ったまだ幼い少女が、ボロボロな布を羽織っただけで連れられてきた。……亜人、差別は多く、このように売られることも多いようだ。群衆は歓喜を帯びたざわめきを起こす。こいつら含めてクズだらけだ
って、ん? あそこに要るのは……
「……飯田!?」
私は限りなく小さな声で叫ぶ。どういうことだ? 護衛はスパイしてるけどあいつはここに居る……何が起こっている?
「さあさあ、まずは本編から……30ゴールド!!」
仮面の男がそう告げ、オークションが始まってしまった……だが、始めさせるわけがない
「『裁きの神雷・絶』……!」
「続いて46ゴール――ンガッ! ガハァ……」
男が膝から崩れ落ち、動かなくなる。予想外の事態に、今度は驚きのざわめきが起こる
「お、お前ら! 辺りを見てこい!!」
「わかってるよ!! 中も見ろよ!!」
警備員たちと顧客の護衛が動き始める。私はまず捕らえられた少年少女たちの檻を消す
「お、檻が!?」
「助かっ……た?」
私は高い足音を立てながら舞台へ登る。まだ正体は隠したままだ
「……!? お、お前! いきなり何をして――ウッ」
私を咎めに来た男に先程の技を撃ち、意識を消し飛ばす。生きている価値はない
「ここに集まっている者よ……貴方達は何をしているかわかっているんですか?」
「何って! 無礼だぞ!! お前のような下級国民の小娘は!!」
「”下級国民の小娘”……ですか」
ゆっくりと力を抜き、再び解放する。薄汚れた羽織りははだけ、背中に翼と光輪が現れ、白いベールを纏う。例の姿だ
「この世を統べる者に対して……”下級国民の小娘”ですか?」
「お前……指名手配の!!」
そういえば指名手配されてたっけ
「……この世と光の都クリスタを創生し、統べる者【女神 クリスタ】」
「女神……クリスタ……!? おま……貴方様は!?」
悲鳴と足音が辺りに響く。逃すわけはない、圧を出す
「逃げるなんてしませんよね?」
「ヒ、ヒィ!!!……」
私に物を言ってきた肥満の老人は、ガクリと腰を抜かした
「クソッ……女神だかなんだか知らねぇが、荒らされちゃあ困るんだ!! 行くぞ!!」
哀れなことに、私に対抗するものが数十人、カラカサのメンバーだろう
「食らえ!!『火炎球』!!」
「凍てつけ!『氷結せし槍』!!」
「飲まれろ!『常闇の沼』!!」
あらゆる魔法と、凶器による攻撃が飛んでくる
「『聖なる障壁』……やはり万能ですね」
気品を頑張って保っているが、マジで便利。全ての攻撃を防ぎきる
「その程度ですか?」
「おのれ…… 焼き尽くせ!『終焉の獄炎』ッ!!!!」
超高位魔法……こんな物を使えるのに、なぜこんな組織に入ったんだ?もったいない……
「いいでしょう……『終焉の獄炎』」
私も同じ技を放つ。もちろん、私のほうが強い
「く、くそぉ……俺が……この俺がァ!! アァァァ!!!」
そのまま押し負けた男は、白く、そして黒く光る炎に飲まれていった。一応保護してあげたので、中度の火傷程で済んだだろう
「……なぜ生きている。なぜ俺は生きている!!」
「……多少の慈悲ですよ」
そう言ったが、男は泣いていた。なんか闇落ち主人公みたいなやつだな。こいつの事情を覗いてみよう……許可降りたね
成績優秀、文武両道だった彼は、魔法学を専攻し、誰からも愛され、敬われて生きてきた。しかし、そんな人生も彼が17の時に崩れ去る。追い越されたのだ。追い越したやつは、まさに才能の塊。数日で、ほぼすべての魔法をマスターするよなやつだった(新人の子が才能配分ミスったやつだ……)。そいつは棚に上げられて、彼は忘れられていった。小さい頃から魔法に憧れて、努力し続けた彼にとって、一生の傷となった(やっぱ主人公やろ、こいつ)。彼は非行に走り、完全に周囲から見放されて、今に至る……
あれ、私たちのせいじゃね?
「貴方、名をなんといいますか?」
「……グレンだよ。女神に対して、なんでこんな事言わなきゃダメなんだよ」
「……グレン。覚えました」
祝福してあーげよ。私のせいだし。新人ちゃんもしっかり指導しないと……
「……感動的なところ申し訳ない、ちょっといいか?」
「……飯田浩司。なぜ貴方がここに?」
変なタイミングで勇者が話しかけてくる。相変わらず生意気だが……「俺には策があるんだ」って顔をしている。私は飯田を舞台へ上げ、話をさせる
「国王、イイダの名に置いて言おう。全員拘束だ!!」
その瞬間、辺りでうろちょろしていた何人かの護衛が武器を構えて全員を取り囲む
「その震えは恐怖か? それともヤクを求めてるのかぁ?」
飯田が一人の婦人に詰め寄る
「い、いえ、違います!! 私は!! ただ単に――」
「ただ単に何だよぉ!! 言えや!!」
「わ、私……は……」
なかなかに言うな、こいつ。ちょっとは見直したぞ
「……さて、お前ら、これを全員に打て」
そう言って飯田がポケットから注射器を出す
「……! 何をするつもりですか?」
「安心してくださいな、女神様」
護衛たちが群衆たちに次々に薬を打ち込んでいく。するとどうだろうか、全員の震えが止まり、何か落ち着いた雰囲気になった
「……俺の前世は知ってるよな?」
「……なるほど。慈悲深いんですね」
おいおい、私よりよっぽど聖人っぽいぞ
「お前ら、よく聞け!! 俺が打ち込んだのは、俺が生み出した依存を止める薬だ。但し、もう一度ヤクをやったならお前らは死ぬ。後、誰かを奴隷みたいに使っても死ぬ。死ななくても、お前らがクズなことをしたら――」
そう言って飯田は私の方を指す
「この女神がお前らを裁く」
……勝手に仕事を増やすな。意外に疲れるんだからな!?
「お前らは普通に生活することを許す。財産もそのままだ。しかし、その財産をどうやって築き上げ、どんなことをしてきたのか、考えろよ!!」
どうやって築き上げたか。奴隷や違法品を売り捌き続けた者、必死に努力して財政を確保した者、それぞれがここには居る。後者はきっと、何処かで折れてしまったのだろう。それは、この飯田が一番良く知っていることだ
日が変わった頃、群衆は開放された。何もされずに開放されるのは、ちょっと甘い気もするが……ちなみに亜人の子たちは、親の元へ返したり、亜人を保護してくれるコミュニティーに導いたりした。というか、今度亜人が安心して暮らせるところを創ろう。なんで作ってなかったんだ……?
カラカサは壊滅させ、グレン以外のクズは廃人にしておいた。グレン以外はクズしかいなかったし、いいよね!
そんなこんなで騒動は終わり、平穏が訪れた
……が、事件が起きたのは次の日のことだった
読んでいただきありがとうございます
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次回は飯田視点です。作戦前と作戦後のことですね……あ、前世についても書きます(壮大なネタバレ)
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