星洗いのマーク
これはある夜の出来事です。
ちよちゃんが空を見上げていると、ひとつの星が落っこちるように林の中に消えていきました。星を近くで見てみたかったちよちゃんは、こっそりと家を出て、林の方に向かいました。広い林のどこに落ちたのか、足元に気をつけながら探しましたが、星は見つかりませんでした。
がっかりしたちよちゃんが家に戻ろうとした時です。水の音が聞こえました。ちゃぷちゃぷ、と、何かを洗うような音が聞こえてきます。その音が聞こえる方に歩いていくと、小さな池にたどりつきました。そして、小さな影を見つけました。ちよちゃんは、そろりそろり、と、近づいてみます。
そこにいたのは、クマのような、タヌキのような、イヌのような、見たことのない動物でした。池の水で手を洗う音が、さっき聞こえた音の正体です。あまりにもせっせと洗っているので、ちよちゃんはおかしくなり笑ってしまい、クマのような、タヌキのような、イヌのような動物は驚いて固まってしまいました。
「笑っちゃってごめんなさい。何してるの?」
「星を洗っているの。」
「星?星って…さっき落っこちてきた星?」
「そうだよ。お空から落ちてきた星をぴかぴかに洗うのが、ぼくのしごとなんだ。」
けっけのある体。丸い顔。ふわふわの短い尻尾。ちよちゃんはこの子がなんという名前か分からなかったので、名前を聞くと、
「ぼくはマーク。星洗いのマーク。」
と答えてくれました。ちよちゃんも、
「わたしはちよ。星を探しに来たちよ。」
と真似して答えました。
マークは言いました。
「ぴかぴかになった星はもう一度お空に戻ることができて、今度は流れない星になれるんだ。ぼくのお母さんのお母さんのお母さん、そのまたお母さんのお母さんのお母さんから、ずっと言われてる。」
マークはせっせと星を洗っています。ちよちゃんには手を洗っているようにしか見えませんが、マークの手には星があるそうです。ちよちゃんも、星を洗ってみたくなりました。
「手伝おうか?」
「大変に見える?」
「ううん。」
「洗ってみたいの?」
「いいの?」
マークは少し考えてから「いいよ。」と言ってくれました。ちよちゃんは見えない光に手をそっと合わせ、水と、光と、風をくしゃくしゃにしました。手が冷たいような温かいような、不思議な感じでした。どんなにくしゃくしゃにしても、きれいに洗えているのか分からないので、マークに聞きます。
「わたし、ちゃんと洗えてるかな?」
「うまいよ。」
「ありがとう。」
その後も、ちよちゃんはマークといっしょに星を洗いました。落ちてきた星はひとつだけだと思っていたのに、たくさんたくさんありました。
「この星はお空に戻れる?」
「戻れそうだよ。」
「もう落っこちてこない?」
「それはどうかなあ。」
「落っこちてきてほしい?」
「それはどうかなあ。」
ちよちゃんはマークとお喋りをしながら、星を洗い続けました。ぴしゃぴしゃの水がかがやいて見えます。ちよちゃんにも、光る星が見えた気がしました。
たくさんの星を洗った後、マークは林の奥から草木をこんもり持ってきて、星たちの上に被せました。こうやって隠しておくと、明日の夜に空に戻るというのです。
少しくたびれたちよちゃんに、マークが聞きました。
「見に来る?」
「見に来てもいいの?」
「ぼくは明日も洗うからここにいるよ。」
「じゃあわたしも、明日ここに来るね。」
ちよちゃんはマークと約束をしました。
次の日の夜。たくさんの星が空にありました。
「あっちこっちに光るあの星は、昨日マークが洗った星なんだろうな。お父さんやお母さんに聞いても、「見えない。」って言うんだもん。」
ちよちゃんはなんだか嬉しくなりました。ちよちゃんとマークにしか見えない、不思議な星。
「もう落っこちてこないでね。ちょっぴり寂しいけど。」
ちよちゃんは今日もこっそり家を出て、林の奥の池に向かいました。辺りを見回してみましたがマークの姿がありません。何度も名前を呼んでみました。返事がひとつも返ってきません。
ちよちゃんは、さみしい気持ちになりました。最後に、もう一度だけ大きな声で、
「マーク!」
と、呼びました。
すると、空の星がひとつ、くるんと揺れて落っこちました。
「流れ星…?」
ちよちゃんは落っこちてくる星に、三回お願いをしました。
「マークに会えますように、マークに会えますように、マークに会えますように。」
池が、ほんの少しだけ、光ったように見えました。そして後ろから、がさがさ、と音がしました。びっくりしたちよちゃんが振り向くと、
「ちよちゃん、今夜も手伝ってくれる?今、ひとつ落っこちてきたんだ。」
と、マークが草むらから出てきました。何も見えないものをすくった形の、小さな両手を前に出しながら。
ちよちゃんはぽかんとしました。でも、すぐににこっと笑って、
「いいよ!」
と答えました。
もしかしたら、今日もどこかで、ちよちゃんとマークが仲良く、星をぴかぴかに洗っているのかもしれません。
おわり
ひらがなの方がいいかなと思ったので表記はひらがなですが、
ちよちゃんは千夜のつもりで書いていました。
一度、流れ星を生で見てみたいです。三回お願いできるといいな。