表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛

恋は盲目少女に光差す

異世界恋愛の定番、女性視点から敢えて外してみました。

男性視点らしいストレート感情多めな恋愛です。

 冒険者が集う、クリスティアの街。

 その中でも一番の安宿で、僕は途方に暮れていた。


「どうしよう、ダンジョンで女の子を拾ってしまった……」


 この世界を創造した神は人々に祝福として特殊な能力を、試練としてダンジョンを与えた。

 ダンジョンの攻略は容易く人の命を奪うほどに過酷なものであったが、代わりにありとあらゆる資源を生み出し、国や人を富ませていた。


「だけどまさか、ダンジョンで女の子を拾うことになるとは……」


 それも僕みたいな弱小冒険者が、である。


 住んでいる家なんて、隙間風が吹き荒れるようなオンボロの宿屋だ。

 食事だってその辺の草を食べて空腹をしのいでいる。


 神様から貰った祝福も冒険向きじゃないし、一緒にダンジョンへ行ってくれる仲間も居ない。

 冒険者以外でやれそうな仕事だって、この街には何も無かったし……。


 ともかく、とてもじゃないけど今の僕には他人を世話してあげられるほどの余裕は無かった。

 まったく、無い無いだらけで嫌になる。


「かといって、今さらダンジョンに戻してくるなんて真似はできないしなぁ」


 簡素なベッドの上には白いワンピースを着た、僕と同じ十六歳ぐらいの女の子がスヤスヤと眠っている。


 彼女はダンジョン内にある小部屋の床に倒れていたのを、偶然通り掛かった僕が発見したのだ。

 どうしてそんなところで寝ていたのかは分からないけれど、モンスターがあちこちに跋扈(ばっこ)するような場所に置いてけぼりなんて出来なかった。

 だからこうして宿まで運んできたは良いものの……。


「仕方ない、衛兵に頼るのは嫌だったんだけど。人の命がかかっているしね」


 特に怪我もしていないし、胸が上下しているから生きているとは思う。

 だけど僕は医者じゃないし、何かあったら大変だ。

 街の衛兵だったら面倒をみてくれるし、診療所にも連れていくだろう。


 それに、僕なんかがこんな安宿に女の子を連れ込んでいると周囲にバレたら悪評が立ってしまう。

 たしかにこの子は服装こそみすぼらしいけど、中々美人で……。


「うわあっ!?」


 僕が不躾にジロジロと彼女の顔を眺めていたら、突然女の子が起き上がった。

 危うく頭どうしが衝突するかと思ったよ……。


 ってそうじゃない。

 これじゃ僕が彼女に何か変なことをしようとしたと勘違いされても仕方が無いぞ。


「す、すまない。僕はただ、キミの様子を(うかが)っていただけで……」


 うぅ、(はた)から見ればなんて苦しい言い訳だろう。


「……?」

「えっ?」


 何か文句の一つでも言われるかと思ったけれど、彼女はベッドの上でキョロキョロと辺りを見回していた。

 それも、目を瞑ったまま。


「……す、すみません。どちらさまですか? ここはいったい……?」


 あれ?

 僕の事が見えて、いない……?






 ◇


 ここは街にある宿だから安心して、と言って僕は少女から一旦離れた。


 ――明らかに彼女の様子はおかしい。


 やはり僕には手が負えないと判断し、ゴーンという街のヤブ医者を呼んでくることにした。


 ちなみにヤブ医者と言っても腕が悪いわけじゃない。

 むしろ街一番の名医と言ってもいいだろう。

 ただ性格に難があって、『女はタダ、男は金貨』という法外な値段をふっかけるような奴なのだ。

 ちなみに金貨一枚で半年は暮らせる額だし、僕だったら一年は余裕で暮らせるぐらいの大金だ。


「何だいその顔は。アタシは可愛い子が好きなだけだよ。なんか文句があるのかい?」

「……別に何も無いよ。ただ男に対して、もっと優しくしてやれと言いたいだけだ」

「ふんっ、ナニを取ったらアンタもタダで診てやるよ」

「それは本気で勘弁して」


 治療に使う細いナイフを片手に、ニヤっとこちらを見てくるゴーン。

 すでに婆さんと言っていい年齢だが、小さな身体から放たれる得体の知れない圧力に僕は思わず縮み上がりそうになる。



「で、どうだったんだよ。本当に彼女は目が見えないのか?」

「あぁ。と言っても、これは怪我や病気というより、元からさね。だからアタシの祝福でも治療することはできないよ」

「……そうか」


 ベッドの上でニコニコとしている少女に聞こえないように、僕とゴーンは壁際でコソコソと話し合っていた。

 怪我や病気じゃなかったのは良かったのだが、結局のところ何も解決していない。

 仕方がない。厄介ごとの予感しかしないけれど、事情を聞くしかないか。


 僕はなるべく驚かせないようにゆっくり近付くと、穏やかな口調で彼女に話し掛けた。


「お待たせ。念のために医者に診てもらったけど、問題は無かったようだよ。……あ、そうだ。自己紹介が遅れて申し訳ない。僕はメージュ。クリスティアの街で冒険者をしている者だ」


 彼女には見えていないだろうが、ベッドの前で膝立ちをして目線を合わせながら自己紹介をする。

 冒険者らしくない振る舞いだけど、これはもう僕の癖なのだ。

 それを何となく感じ取ったのか、ベッドの上の少女は背筋を伸ばしてから口を開いた。



「あっ、さっきの男性……ご親切にありがとうございますっ! 私はリアラと申します。あのっ、私……生まれつき目が見えなくて。なにか失礼なことをしていたらごめんなさい……っ」


 見えない不安からか、慣れない環境に置かれたせいか。

 少し()()()()としながらも、リアラと名乗った少女は礼儀正しく答えてくれた。


「ふふっ。ここは安全だから、何も心配いらないよ。だけど目が見えないってことは、普段キミはどうしていたんだい?」


 ここはなるべく、いきなり核心を突かないようにやんわりと聞いてみる。


「普段……メイドのシーラが私の面倒を見てくださっていました。そうだ、シーラ!! 彼女が居てくれたから私は……」


 何かを思い出したのか、突然泣き始めてしまったリアラ。


 だがそのメイドが居た、という手掛かりは得られた。

 どうやら彼女はどこかの御令嬢だったようだ。

 これ自体は全く良い情報では無かったけれど……。


「おい、メージュ!! ちょっとコッチに来な!」

「……話の途中ですまない。ゴーン先生に呼ばれたから、ちょっと席を外させてもらうね……」


 そう言って再び僕は壁際に立っているゴーンの元へ逃げ戻る。そこでは思った通り、ゴーンは怒りの形相で僕を睨みつけていた。

 分かってる、言いたい事は分かってるってば……!!


「ちょっと、どうするんだい!! メイドなんて貴族の家にしか居ないじゃないか!! なんつーもんを拾っちまったんだい!!」

「ど、どうしよう……僕が貴族の令嬢を拾ったなんてバレたら、タダじゃ済まないぞ……」


 もう嫌だ、今からでもダンジョンに返しちゃダメかな……ダメだよな、うん。


 とにかく……もっと詳しい事情を聞いてみよう。

 もしかしたら温厚な家族で、今も彼女を探しているかもしれない。

 無事に送り届ければ何も問題はないはずだ。


 僕はサッと気を取り直し、ベッドサイドに戻る。

 リアラはさっきよりも少しは落ち着いた様子だったが、涙は止まらない様子だ。

 何があったか分からないが、よほどそのメイドが大事なのだろう。

 これ以上泣かせたくはないけれど……仕方がない。


「申し訳ない。事情を把握するために、キミのことを聞かせてもらえるだろうか?」


 なるべく僕は傷付けないように、優しくそう問いかけた。



 ◇


 少しずつ事情を聞いてみたが、どうやらリアラはこのライラック王国の隣にあるキトゥス国のお城に住んでいたようだ。


 だが彼女は目が見えないことを理由に、城の中にある部屋から出されることは無かったらしい。

 家族すら会いにも来ず、真っ暗闇の中で寂しい思いをしながら今まで暮らしてきた。


 そんな彼女の唯一の心の支えが、メイドのシーラだった。彼女だけはずっと傍で、自分の身の回りの世話をしてくれていたという。


 だがそんな日々にも、唐突に変化が訪れた。


「戦争……?」

「はい。ある日突然、シーラが私に『キトゥス国は戦争を仕掛けられ、現在この城も襲撃を受けています。この隙に私と一緒にここを逃げましょう』と言ったのです。それで私は……」


 彼女が家族よりも信頼しているメイドの発言だ。

 だからシーラに従い、混乱のどさくさに紛れて城から脱出した。


「ですが逃げる際中に追手に捕まりそうになり……シーラは私に転移魔石を使い、自身は囮となったのです」


 なんとそのメイド、キトゥス国の宝だった“転移の魔石”を宝物庫から拝借してリアラを逃がしたらしい。

 なんていうか……随分と用意周到なメイドだな。


「ただ、どこに転移するかまでは分かりませんでした。私も意識を失ってしまっていたみたいで……」

「そこを僕が見付けたというワケか。しかし、まさか転移先がダンジョンだったとはね。運が良いというか、悪いというか……」


 事情をある程度聞いたところで、僕は再度ゴーンの元へ。

 本日三度目のヒソヒソタイムだ。


「どうしよう。戦争とか最上級のゴタゴタだったよ……」

「はぁ……だから言ったじゃないか。まったく。アタシを面倒事に巻き込まないでおくれよ」

「悪かったって。でもどうして彼女は城に幽閉されていたんだろう。目が見えないだけでそこまでする?」

「そんなのアタシの知ったこっちゃないよ。ただまぁ。風聞の問題か、それとも……」

「「祝福、か」」


 やはりそれしかないよな。

 どの国でも王子や王女の祝福というのは重要な問題だ。

 長子であっても、次男以下が優秀な祝福をもって生まれたらそちらが後継ぎになる、なんてことはザラにある。それ程どの国でも祝福が絶対視されている。使えない王子を城から追い出すことだってあった。



「それとなくどんな祝福なのか、アンタが聞いてみりゃあ良いじゃないか」

「う、いや。なんで僕が」

「他に誰が聞くっていうんだい」

「あのなぁ、他人のプライベートな部分は聞きづらいんだぞ!?」


 そんなことを言い合っているうちに、リアラと名乗った少女がこちらを見ていた。

 しまった、途中でヒートアップして声が大きくなってしまっていたようだ。



「これが私の祝福です。もしかしたら、敵国は私のこの能力を狙ったのかもしれません」


 彼女はそう言うと、何もない空間から不格好な黒い土偶を召喚した。


「こ、これは……!」

「なんてことだい。アタシは奇跡を見ているようだ」


 通常、無から何かを生み出す祝福なんて滅多に存在しない。

 それこそ神の御業だからだ。

 魔法を放つ魔導士の祝福だってかなりのレアで、このゴーンも治療魔法のお陰で昔は王城勤めをしていたほどだ。


「私の祝福は『創造』。思い描いたものを創り出す力です。ですが……」


 それが本当ならとんでもない能力だ。囲い込んで幽閉したくなるのも分かる。

 ……だが彼女は生まれつき、目が見えない。

 人形を作ろうと思っても、暗闇しか見たことが無いから真っ黒な土偶しか作れないのだろう。


「おい、メージュ」

「……分かってるよ。これももしかしたら、神のお導きなのかもしれない」


 ゴーンにそう返すと、僕は深呼吸をしてからリアラに尋ねることにした。



「聞いてくれ、リアラ。もしもキミの目が見えるようになると言ったら、どうする?」





 ◇


「すごい……コレが光、というものなのですね」


 瞑ったままの目からつぅ、と涙を一筋流すリアラ。

 彼女は生まれて初めて、ありのままの世界を見ていた。


 それを可能にしたのが僕が今発動している祝福だった。


 僕の祝福は『コネクト』。

 自分の見たモノを、触れた相手と共有できるといった能力だ。


 彼女は僕を通して流れてきた映像を見ることで、光と色を感じ取っていた。僕の右手をしっかりと握りながら、彼女は感動に打ち震えている。


「僕の『コネクト』があれば、キミは他の人と同じように生活ができる。それどころか、その『創造』の祝福があれば裕福な暮らしも可能だろう。しかし……」


 今ではリアラにお試しで作ってもらった物がベッドの周りに溢れている。

 キラキラと輝く新品の剣や盾、宝石や土偶まで、何でも思い通りに作れるようだ。

 ……いや、土偶は必要ないと思うけれど。


 そんな素晴らしい能力も、残念ながら能力を解除したら消えてしまうというデメリットがあった。

 更に他にも問題はある。乱用し過ぎれば必ず目立つし、彼女を狙う人物だって現れるはず。そうすれば彼女を狙う者たちだって噂を聞きつけてここへとやってくるだろう。


 だからこの能力を隠し通しながら暮らすのは、かなり難しい。

 それになにより……


「――はい。私は……シーラを助けに行きたいです」

「そうか……」


 彼女に残された家族はもはやそのメイドだけだ。

 助けてやりたいと思う気持ちも当然だよな。


「恐らく、この子の国を狙ったのはバーラック王国だよ。最近戦争を起こしたって噂を聞いた。バーラックとウチの国は交易もあるから、いつか情報がバレて連れ戻されるだろうね」

「……そうだね。だから僕は、ミードのダンジョンへ行こうと思う」

「――なんだって!? ちょ、アンタ死ぬ気なのかい!?」


 僕の言葉にゴーンは目を見開き、悲鳴にも似た声を上げた。

 一方のリアラは意味が分からず、一人でアタフタとしている。


「あの、そのミードっていったい……?」

「コイツが言ったのはミード(神酒)というダンジョンさ。通称『冒険者の楽園』と呼ばれている。そのダンジョンの最奥には、死者さえも蘇生するエリクサーがあるとかっていう、(いわ)くつきのダンジョンなんだよ。……だけどね。アタシから言わせたら、ありゃあただの地獄だ。命が幾つあっても足りやしないよ」


 そんなこと、僕だって分かっている。

 だけどたった二人じゃ、あの王国に太刀打ちなんてできっこない。


 だからあのダンジョンの秘宝が必要なんだ。

 エリクサーを使ってリアラの目を治せば、彼女は完全な存在となる。


 その証拠に、彼女が試しに作った剣は簡単に鉄を切った。なんでも、メイドに読み聞かせてもらった物語に出てきた万物を斬る英雄の剣をモデルにしたそうだ。


 視力さえ戻れば、持ち前の想像力と合わせてもっと凄い武器だって作れるようになるだろう。

 メイドの一人を救うぐらい、どうとでもなるに違いない。


 それにリアラの為だけじゃない。

 僕にとっても、あのダンジョンを攻略する価値がある。

 あの最難関のダンジョンを攻略したという名声があれば、僕は胸を張って実家に戻れる……。

 そうすればきっと、僕が彼女のメイドを救う手助けだってできるようになるんだ。



「僕と君が組めば、何だってできる。だから僕と一緒に、ダンジョンを踏破してくれないか?」


 リアラは瞑ったままの瞳で僕の顔を見つめている。

 それは悩んでいるのか、はたまた僕のことを見極めようとしているのか。


 あまりの緊張で、彼女と繋いでいる僕の手は汗でビッチャビチャになっている。


 暫し無言の時間が過ぎ、僕が手を離してしまおうかと思った頃。

 リアラは覚悟を決めた表情で、重たい口を遂に開いた。


「……私の命、全てメージュさんに預けます」




 ◇


 そうして僕がダンジョンでリアラを拾ってから、半月が経った。


 晴れて冒険者となった僕たちは短期間で目覚ましい成長を遂げていた。

 目の見えない彼女をいきなり命の危険に晒すのは不安だらけだったけど、それは全くの杞憂だった。


 恐怖なんかよりも、リアラは見えることの喜びと好奇心に溢れていた。

 恐ろしいモンスター相手にも積極的に攻めていて、僕よりもよっぽど冒険者らしかった。


 全てを切り裂く魔法の剣を。

 何者も拒む頑強な鋼の盾を。


 僕が状況を『コネクト』し、リアラが『創造』で打破する。

 僕と手を繋いでいる間の彼女は、文字通りの無敵になったのだ。


 お陰で比較的難易度の低めなダンジョンは危なげなく踏破できるようになった。


 戦闘技術の(つたな)さはあるものの、彼女の祝福はそれを補って余りあるほどに強大だ。

 まぁ何故か生み出す土偶は相変わらずブサイクな土偶のままだったけれど。


 その土偶も、まるで命を吹き込まれたかのように動くようになった。

 物語の中に出てくる伝説のゴーレムを彷彿とさせるような働きを見せ、コイツのお陰でダンジョンのトラップは無効にできたし、移動もかなり楽に進めるようになった。

 って言っても、本当はコイツにワザとトラップに引っ掛からせていくだけなんだけどね……。



 冒険者としての生活にもだいぶ慣れた僕たちは、満を持してミードのダンジョンへと向かった。


 そこでも数々の困難に襲われたけれど、僕たちが歩みを止めることは無い。

 モンスターやトラップを退け、数日かけて前へと着実に進んでいく。



 過去の僕では到底辿り着くことのできないダンジョンの奥深く。

 震えあがりそうな恐ろしいモンスターも、彼女が隣りに居れば僕は戦える。


「大丈夫か、リアラ」

「平気です。メージュさんがこうして手を握ってくれているので!!」

「……ああ!! 絶対に手を離すなよ」


 一人じゃないということがこんなにも勇気をくれるとは。


 今までの僕は、生まれた場所を追い出された恨みを晴らすためだけにダンジョンに潜っていた。

 だけど今はもう名声を掴んで家族を見返す、だなんてどうでもいい。


 この小さな手を護りたい。

 大事な家族を救おうとする彼女を助けたい。


 ……でも、もし僕たちがエリクサーを手に入れることができたら。


 彼女の目が見えるようになった時。

 僕はどうなってしまうのだろう。

 また独りぼっちになってしまうのかな。


 それはなんか嫌だな。

 僕も彼女の家族の一人になれたらいいのに……。




 こうして攻略開始から四日ほど経った頃。

 僕たちは漸くミードのダンジョンにある、最奥の間に辿り着いた。


 最奥の祭壇には神像が鎮座している。

 これに祈りを込めれば、めでたく目標達成だ。


「やっとついた……」

「やりましたね、メージュさん!!」


 ここまでの苦労を思い出し、僕たちは抱き合って喜んでいた。

 最初の頃は手を繋ぐのさえちょっと恥ずかしかったけれど、今じゃまるで熟年夫婦のようだ。この半月の間、同じものを見て寝食を共に過ごしてきたら、自然とこうなってしまった。


 ともかく、これで念願のエリクサーを得ることができる。

 リアラの目を治したら、彼女の家族を救いに行くのもきっと上手くいくはずだ……!!


 ……だけど、現実はそう甘く無かったようだ。



「クハハッ!! 『創造』の祝福がここまで強力とはな。創造の女神と不老不死のエリクサー、俺に譲って貰おうか……!!」




 ◇


 とつぜん僕たちの背後から現れたのは、豪華な鎧をまとった屈強な騎士だった。

 そしてその隣りには、メイド服を纏った黒髪の少女が無表情で(たたず)んでいる。


「だ、誰だ――!?」

「えっ、あなたは……?」


 騎士の方はともかく、危険なダンジョンの中にメイド服とは随分と不釣り合いな恰好だ。

 だが、美しい黒髪に黒のメイド服……他にもリアラに聞いていたメイドの特徴といくつか共通している。


 もしかしたらこの少女こそが、リアラが助けたがっていたシーラなのかもしれない。

 実際に姿を見たのはリアラも初めてのはずだが、繋いでいる手を通して彼女の動揺が伝わってくる。


「シーラ……無事だったのね……!!」

「やっぱり、この子が……でもどうしてここに?」


 本当に彼女がシーラなら、リアラを逃がすためにバーラック王国に囚われているはずだ。

 だが今の彼女は特に鎖に繋がれているわけでもなく、自分の意思でそこにいるようにも見える。


「クハハ、驚いたか? コイツは元々我が国(バーラック)のスパイだぜ。それをコイツは土壇場で裏切りやがって……」

「なっ、スパイだと!?」

「だから俺が捕らえ、調教し直したんだよ。まったく、手間取らせられたぜ」

「そんな、なんてこと……シーラ、私です! リアラですよ!!」


 メイドはリアラの呼びかけに対し、表情を一切変えることもない。

 それどころかまるで他人に挨拶をするかのように、美しい濡れ羽色の髪を揺らしながらカーテシーでお辞儀をした。


「クククッ、残念だったな。コイツはもう俺のモンなんだよ。さぁて、と……」


 騎士は僕たちのことを馬鹿にするように笑ったあと、スタスタと神像に近付いていく。


「おい、何をするつもりだ! 神像は僕たちが先に見つけたんだぞ!?」


 思わず止めにかかったけれど、騎士は聞く耳を持たない。

 それどころかコイツはシーラにナイフを投げ渡すと、彼女の首元に当てさせた。


「それ以上近付いたら、コイツに自死させる。それは創造の女神様も不本意だろう?」

「そ、そんな……っ!」

「ぐっ……卑怯者が!! それでも貴様は騎士か!?」

「ふん、何とでも言うがいい。おっと、下手な真似もすんじゃねぇぞ?」


 こうなったら、リアラに何か騎士の裏をかけるような武器を作って貰うしか……と思ったが、隣りにいたリアラはすっかり取り乱してしまっていた。

 それどころかカタカタと震え始め、出現させていた全ての武装を解除してしまった。


『創造』の能力はリアラの思い通りに出せるけれど、消すのも彼女のメンタル次第なのだ。

 まさかこんな場面で弱点を突かれてしまうとは……。


「では神像よ。死者をも蘇らせる、不老不死のエリクサーを俺に(もたら)(たま)え。……おおっ!?」


 神像は僕らの努力なんて関係なく、騎士の願いをあっさりと叶えてしまった。


 キラキラとした光が神像から騎士へと降り注ぐと、アイツの手の中に小さな小瓶が現れた。おそらくあの瓶の中に入っている液体が伝説のエリクサーなのだろう。



「クッ、クハハハッ!! やった、やったぞ!! 遂に俺は……!!」

「お前……いったいそれをどうするつもりだ!?」

「あん? そんなもの、飲むに決まっているだろうが。この不老不死の身体と創造の女神の力でこの世界を手に入れてやる。所詮、祖国でさえも踏み台にしかすぎぬ……そうそう、貴様はもう用済みだ。俺の『洗脳』の祝福があれば、たとえ盲目だろうと思い通りに動かせるのでな。――シーラ、その男を殺せ」


 騎士の男が命令すると名前を呼ばれたシーラはコクリと頷き、こちらへと駆けだした。


 「やめて!」とリアラが叫ぶも、彼女は止まらない。

 持っていたナイフを片手に、素早い動きで僕へと襲い掛かってきた。


 リアラの武器が消えてしまったせいで、こちらはかなりの劣勢だ。

 仕方なく自分で予備に持っていた剣で応戦するも、相手が早すぎて捌ききれない。


 恐らくシーラは何か戦闘系の祝福を持っているんだろう。

 動きがやたらと鋭く、遂に僕は攻撃を喰らってしまった。



 ◇


「ぐふっ!!」


 咄嗟に腕でガードするもその隙間を縫われ、脇腹に重い衝撃が走る。


「メージュさん!!」

「はははっ、姫を護るナイトにしては軟弱過ぎるな! シーラ! さっさとコイツにトドメを刺せ!」


 ぐううっ……このまま大人しく殺されてたまるか。


 身体を襲う激痛に耐えながらも、ナイフを持ったシーラの腕を必死で掴み続ける。

 どう考えても女性とは思えない力強さだ……でも、死んだって離すものか。


「シーラ! 止めてっ、メージュさんは私を救ってくれた人なのよ!!」

「逃げろリアラっ! 今の彼女は……キミの知っているシーラじゃないんだっ!!」


 しかしリアラは僕の制止を無視し続ける。

 泣きながらシーラにしがみついて、必死に止めようとしてくれていた。


 くそっ、僕が死んだらリアラが連れていかれてしまう。

 暗闇の世界からやっと抜け出し、せっかく外の景色を知ることが出来たのに……ちくしょう、何か策は無いのか!?


「お願いシーラ……私、ようやく貴女の姿を見れたのに……シーラを真似た人形だって、今なら上手にできるのに……!!」


 リアラは泣きじゃくりながら、手の平からシーラと同じ姿をした小さな人形を生み出した。

 どうやら最初に見たあの真っ黒な土偶はモンスターではなく、シーラがモデルだったようだ。

 目が見えない中でも、リアラは彼女を想って人形を何度も作り続けていたのだろう……。


 敵国のスパイだったとはいえ、きっとシーラも彼女を愛していたに違いない。

 その証拠に……そうだ、これならもしかすると……!!


「ごめん、リアラ。実は一つ、キミに隠していたことがある」

「え?」

「僕の祝福……『コネクト』は、自分の見たモノを相手に伝えるだけじゃない。相手の記憶や感情を、自分の中に取り込むこともできるんだ……」


 これは僕の大事な秘密だ。

 過去に人の記憶を覘いて自分自身が傷付き、それ以来封印していたもう一つの能力。


「もしかして」

「……あぁ。僕はコイツに触れ、記憶を覘かせてもらった。そしてシーラの本当の気持ちも。だから繋がせてもらうよ。一度は切れてしまった、二人の絆を」


 リアラとシーラに触れている今なら、それができる。

 二人を救えるのは――僕しかいない!


「コネクト、発動っ……!!」


 空いている方の手をリアラの頭にそっと乗せる。

 二人の間にいる僕を中継し、意識が両方を行き来していくのを感じる。


 ――成功した。これで記憶が共有され、過去の思い出が甦るはずだ。


「うぐっ……」

「……シーラ!!」


 情報を一気に脳に叩き込まれた影響か、シーラが床に崩れ落ちた。

 だがお陰で正気を取り戻すことができたみたいだな。


 息を荒くさせながら、僕を見上げるシーラ。

 その潤んだ黒い瞳には、動揺と罪悪感が混ざっていた。


「……すまない」

「良いさ……それよりも――あとは頼んだ」


 僕の言葉の意図を理解し、シーラはナイフを持った手を引いた。

 そしてヨロヨロと起き上がると、今度は騎士の方へと向き直る。


「ふっ、無駄な足掻きを。そんなナイフ一本で何ができる。貴様はイイ女だったが、こうなってしまっては仕方がない。俺が直々に始末してやろう。安心するがいい、貴様の大事な姫様は俺が大事に使ってぎゃあああっ!?」


 シーラは騎士の台詞を最後まで聞くことなく行動に移した。

 持っていたナイフを投擲し、瓶を握っていた手に見事ヒットさせたのだ。


 完全な不意打ちを喰らってしまった騎士は地面にエリクサーを取り落とし、瓶はコロコロと転がっていった。


「貴方は一々、喋り過ぎなんですよ。――さぁ、リアラ様。手伝っていただけますか?」

「シーラ……えぇ。メージュさんを傷付けた報いは受けていただきましょう!!」


 リアラの手から次々と現れる凶悪な武器たち。

 それを手にしたシーラが騎士に向かって駆けていく。


 あの様子ならもう、大丈夫だろう。


 僕は薄れゆく意識の中、男の悲鳴を聞きながらゆっくりと目を閉じていった。





 ◇


「あれ? ここは……?」


 重たい目蓋を開いたものの、薄暗くて状況が良く分からない。

 と、誰かが自分の(そば)にいることに気が付いた。


「天国ですよ、メージュさん」

「そうか、僕は死んだのか……って、リアラ?」


 天使にでも声を掛けられたのかと思ったけれど、それは何度も聞き慣れたリアラの声だった。

 ここで(ようや)く、ついさっきまで戦闘中だったことを思い出す。


「アイツは……エリクサーはどうなった!?」


 ガバっと起き上がると、そこはまだミードのダンジョンだった。

 部屋もあの最奥の間のままだ。


 シーラに刺されたお腹をさすってみるも、痛みがない。

 というより、傷は完全に治っている。なぜ……?


「ふっ、ふふふ……あははは!!」


 何がどうなったのか分からず慌てている僕の様子を見て、リアラは大口を開けて笑っている。


「リアラ、まさか君は……」

「ふふっ。感謝してくださいよ? とっても貴重なお薬だったんですからね」


 そういって悪戯が成功したかのように微笑むリアラだが、彼女の目は開いていない。

 それはつまり……


「リアラ様は、自身の視力よりメージュ殿の治療を優先しました……全ては私の所為です」

「そう、か……」


 リアラの隣りに立っていたメイド服姿の少女が悔しそうに呟いた。しかしこればっかりはシーラの所為ではないし、責めるつもりもない。

 むしろ僕がもっとしっかりしてさえいれば……!!


 だけど当の本人であるリアラは何故か嬉しそうにニコニコとしている。


「いいんです、気にしないでください。こうして無事にシーラも帰ってきたことですし。……それとも、メージュさんはもう私なんて用済み、なんですか?」


 コテン、と首を傾けて僕に尋ねるリアラ。

 どうやらコレは本心で言っているようだ。


「いやまさか……キミのことは……その……」

「ねぇ、メージュさん。私が見た、初めての景色って何だったか……覚えていますか?」

「初めて見た……景色?」


 それって僕が住んでいた、オンボロ宿屋のこと?


「私が見た最初の光は、メージュさん……貴方でした。あの時、メージュさんはこの手で私に触れながら、優しく微笑んでくれていました。あの光景は一生忘れることができません」

「そう、か……で、でもっ……」

「ふふっ。今度は臆病を治すエリクサーでも探しますか?」

「うぐっ、違う!! ただ僕はキミの幸せを願っ……むぐっ!?」


 ちゃんと説明しようとして慌てて開いた口を、強引に塞がれてしまった。


「ふふっ、メージュさん、顔が真っ赤ですよ?」

「か、顔色なんて見えないだろ!? 今は『コネクト』してないぞ!」

「いーえ、分かります。……私には、分かっちゃうんですから」


 そ、そんな馬鹿な……僕の能力が無くても!?


「あのお淑やかだったリアラ様が……こんな男を手玉に取るような真似を……」


 僕とメイドの二人はあまりのショックに、ガックリと頭を垂れた。

 その様子を見ていたリアラはケタケタと明るく笑う。そんな彼女の楽しそうな声は、いつまでもダンジョンの中を木霊(こだま)し続けていた。



 こうして僕達はミードのダンジョンから無事に生還することができた。

 エリクサーでリアラの目は治せなかったけれど、お互いに一番欲しかったものは手に入った。


 僕は名声よりも大事な人と、それを守る勇気を。

 リアラは愛する家族を。



 クリスティアの街に帰還したのち、僕たちは新しく旅に出ることにした。

 僕とリアラにメイドのシーラを入れ、改めて三人の冒険者パーティになったのだ。


 生まれ変わった今の僕には、新しい夢がある。

 それは広い世界をもっともっと冒険すること。

 彼女の知らない光を沢山見せてあげたいんだ。


「さぁ、次はどんな景色を探しに行こうか!!」



 ~完~





最後までお読みくださりありがとうございました。


異世界恋愛ジャンルで男性視点が少ないと思い、筆をとってみました。

漢視点でも面白かったよ?と思ってくださった方!!

是非とも広告下の☆☆☆☆☆から評価いただけると幸いです!

少しでも違った風が吹けるように応援をください!!m(_ _)m


ブックマークや感想等の応援もドシドシお願いいたします!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原始時代が舞台の異世界恋愛も投稿しています。 興味のある方はユーザーページからどうぞ(小声)
― 新着の感想 ―
[良い点] あったかい人達だぁ(。>﹏<。) どこかのダンジョンに願いを叶える宝玉がありますように… あっ、違う世界かw
[良い点] 男目線もいいですね。主人公が頼もしくてよかったです。 [一言] せっかくなら連載で見たかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ