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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

願いを叶える魔法 授けます

作者: 水白ウミウ

 竜族が好む香草を練り込んだ特性調合薬は効果覿面だった。


 作戦決行の口火は切られた。


「あの額の傷と薄青の両翼膜、間違いねえ、人食い竜だッ!!」


 田園要塞都市の塀の外、風吹きあれる荒野に降り立つ蒼き冷気を身に纏う竜。

 昼間の乾燥し灼熱の荒野は一変し曇天に覆われ肌寒さを覚える。さらには深く暗く透き通った紺の色の瞳に睨まれた周囲の大人達は息をのむ、背中に染み広がるじっとりとした不快な汗に一層体温を奪われる。


 ヤツの被害は要塞都市の人口4分の1に迫る、それも子供や若い女性を狙い空より舞い降り生きたまま丸呑みにして再び空へと舞い戻る。先日は近隣の産業要塞都市から派遣された討伐組のリーダーをブレスで氷漬けにして葬った。


 それから数日後、リーダーを失った討伐組は夜逃げするように要塞都市から消えていた。


「やっぱりダメだ、あんな化け物に……勝てっこねぇよ!」


 余りの恐怖に優男はうろたえ声を上げてしまう。

 陣形から外れ、竜に背を向け縺れながら防衛壁に向かって走り出す。

 絶対に敵に背を向けてはならない、忠告はあったのだが。

 

「バッ、馬鹿ヤロウ、戻れッ 戻れッーーーー」


 屈強な川魚屋の店主が叫ぶが――時既に遅かった。


「今は目の前の竜に集中を、陣形を立て直して下さい。1度見切られれば討伐は一層困難となります……たった30秒動きを押さえ込む、各自の役割を全うして下さいッ」


あの恐ろしい人食い竜を殺すには多少の犠牲を想定して臨むようにと。無論そのことを直接参加団員に伝えはしないが皆分かっているだろう。全ての作戦計画と討伐方法は想定の下、狂いは生じなるはずが無い、全てはあの方の指示通りなのだから。


 何時もと様子の違う人間達を察したのか竜は周囲の様子に気を配りながら、地面を叩きならし威嚇するように1歩ずつこちらに、要塞都市に向かって近づく。目標を見据え真っ直ぐ、踏みならした大地は凍てつき凍り導線を示すように……要塞都市防衛門入り口を示す2つの大岩を結ぶ線上を超えるその時。

  

「今ですッ!! 昇天のせし太陽に向かい、杖を掲げよ!!!!」


 穴を掘り土中に隠れていた都市団員が飛び出すタイミングに、それまで地上で対峙して萎縮していた一般市民の団員達も懐に忍ばせていた小さな杖を頭上に構え叫ぶ。


「魔女メラルドの名において命ず、生きとし全ての者見下ろしひれ伏す灼熱の太陽よ、我が前に阻む蒼き息つく氷竜、その熱波の檻にて封じ込める檻となれ!!!」 


 その直後、黒く厚い雲が避け割れ隠されていたギラメク太陽と灼熱の日光がが荒野に降り注ぐ。


 周囲は一瞬にして燃え上がるが如く、竜の歩いた導線や冷気で凍てついた木々から湯気が立ち上り水滴になる間もなく溶け消える。その熱気は氷竜自身にも降りかかり、美しく光り周囲を映り込む表皮の鱗は濁り、大汗を搔くように全身から水がしみ出し地面に滴る。その水たまりも程なくして渇き干上がり湯気となり霧散する。


 ピンと張って天を向いていた竜の尾の先は焼ける地面へと力なく張り付き、揺らめく翼は水気を失い表皮がボロボロと剥がれ落ちる。


 未だかつてない哀れな竜の姿に団員達は歓声を上げるのだが―― 


「本体の動きを止めるだけの魔法、そう言ったはずです」


『猛けき竜は竜脈をも支配し、己の手足が如く操り、必ずや獲物を狩る』


 二人目の犠牲者は獣肉を扱う小太りの店主だった。

 思い出したのは遥か以前に聞いた言葉ではあったが、正にあの方の言葉通り。


「だず……たす……けてく――ゲボッ」 


 突如地面から生えた氷の杭に体を突き抜かれ弾ける血しぶきごと凍り付く。


 苦悶に歪めたまま鮮血に染まる赤い氷の結晶となった男の姿、他の団員達に動揺が広がるのは明白だった。


 だが此処陣形を崩すわけにはいかなかった、強力だが授かった全ての魔法は1度きり使い捨て。再度の使用はおろか団員達は初歩の魔法を使える程度の素人。そんな素人でも使えるよう魔道具に術式を付与し部隊を整えるように指示したあの方の偉大さ、それに何として報いなければならないのだ。


 ここは自分が何としても――。

 

「陣形を立て直して下さい。僕ならとうに覚悟は出来ています!!」


 大岩の物陰から飛び出してきたのは一人の幼い少年だった。手に持っているのは自分の背丈ほどもある長い長剣。言葉とは裏腹に持つ手は恐怖に震えているのか切っ先は定まらない。


 だが少年の眼光は赤く輝き竜にも負けぬ鋭い目つき、愛剣は一族に代々伝わる家宝であると。あの方が今回の作戦において、唯一興味を持ち会って話をした少年。運命を変えられる人間だと。


「さぁ、皆さん。子供に負けている場合ではありません、臆するな、敵を見据え強く杖を握り持てる気力を注ぎきるのです!」


「そうだまだ俺達だっているんだぜ!! なぁ、そうだろみんなッ!!」


少年の奮起に触発されて大人達の目にも闘志が戻るのが分かった。

  

 こうなることをあの方は分かっていたのだ。マントに付与した魔術により、臭い姿を暗ましていた予備選力としての伏兵が周囲から6人余り現れる。


 戦いには数も重要だが、特に魔法による戦闘行為において個々の式が魔法の精度威力に直結する。一度落ちかけていた団員達の式が仲間の増援によって一気に最高潮に高まった。お膳立てはあと一つ、どれは自分の役目。


「ギャアーーーーーーヅ」

 

  氷竜が堪らず咆哮する。人を喰って賢くなるという竜には察したのだ、このままではマズいと。だがそれはこちらにとって最大の好機を知らせる角笛にも聞こえた。

  

「スキル発動【魔術延長エンチャント】此処にいる全ての魔術者の魔術効果時間を超過せよッ!!」

 

付与されていた魔術効果が切れかけ光を失い始めていた杖が、再び閃光を放ち天へと光道を作り太陽の檻が勢いを増して赤く燃え上がる。氷竜の周囲を囲む大人達の額から全身から滝のような汗が流れる程の熱量が一帯を包む。このまま竜を焼き尽くすのではともう程の業炎、だがこれでは焼き切れない――だが足止めはコレで十分だ。


いま一度の咆哮は明らかに力ない弱々しい鳴き声。

 

「今だ小僧、絶対俺達が押さえ込んでやっからッ!」

「必ず、1発で仕留めろオオッ!!!!」


「はいッ!!!!」


両手で力一杯握り全ての気力と体力と僅かな魔力を込める大人達

 完全に動きが停止した氷竜。

 少年の輝く瞳はその一瞬を見逃すことは無かった――。


 切っ先がブレること無く氷竜の正面、体の中心に構え前に踏み込みだ右足に重心を移動、脇を締め飛びかかる寸前の体勢。そのまま大きく一度だけ深呼吸しお腹から声を張り上げる――


「魔女メラルドに誓います! 僕の持つ勇気と魔力の全てをこの剣の一振りに込め、目の前に立ち塞がる恐ろしく憎い凍てつく悪しき氷竜、一刀両断、未来永劫、僕達の町に安息を齎す一撃を僕は与える事、いま此処に!!」


『呪文に正解不正解は無いの、どんな言葉でも良いから貴方の気持ちと願望……それと全ての魔力をその剣に注ぎ込みなさい! そうすれば必ず竜を倒せるわ』


 此処にはいないはずの魔女メラルド様が少年と一つになって見えたのは自分だけだったのだろう。あの方の戦いの勇姿は酷く美しく恐ろしいその姿。

 


「お疲れ様です、全て終わりました」

 

……後はあっけないほどに宿敵、氷竜は殺された。


 魔女の力が付与された少年の剣の一振りから放たれた一筋の紅い閃光は、太陽の檻ごと貴鉱石を超える竜の鱗を容易く切り裂き胴体から尻尾、口先までを真っ二つに切断。まるで2体の竜が横たわるように半身にし肉体からしみ出す蒼い血は煮えたぎり蒸発して薄霧となって消え失せていった。残った微かな魔力も残った檻の残炎で焼き尽くされ程なくして消失しし氷竜は息絶えたようだった。


 田園要塞都市に長きにわたって厄災を齎し続け氷竜は此処に死んだ。


『願いは達成された対価を頂きましょう』

 

 代償として尊い2名の命と全ての力を出し切り力付いて意識を失う男達、竜を切断し黒焦げとなり剣としての命を終えた少年の相棒が地面に突き刺さり、持ち主は何かに導かれるように項垂れたまま荒野をゆっくりと歩み砂嵐の中に姿を消す。


 魔女の力を使う代償は軽くは無い、それは皆分かっていたことだ。


 全ての事の次第を見届け立ち尽くすのは自分、燃えさかり灰になろうとしていく竜の亡骸を幾ばくか見つめてしまう。何度目かの依頼に関わったが……今だに事の終わりに残る、この自分の気持ちのやり場だけはまだどうしようも無く呆然としてしまう。

 


『支払われた対価全てのではまだ足りない、この意味は分かるわね?』


 ズキンと頭の奥底に響くあの方の言葉で我に返る。

 自分に任せられた仕事を成し遂げねば。


 そうでなければ自分はあの方の側にいる資格は無い、何も無い自分の命を助けて貰ったあの人に返せる唯一の対価であり出来る事。

  



『お帰り~~どうだったかしら、全て万事上手くいった……わね。その顔は』


 恐れ多くも屋敷の玄関で出迎える魔女メラルド様。


 大人びて瑞々しく艶めく吹き込む風になびく銀髪と対照的に、推さなく小さな背丈で愛用の金色色の杖をしろ肌の小さな手で握りしめながら出迎える姿。可愛らしさと大人びた凹凸が不整合で恐ろしい妖艶な魔女、心を強く引き込まれる。


「お迎えありがとうございます、主様のお察しの通り万事依頼完結。また不足の対価となる少年の剣と……っしょ、こちらを」


「ふふつ」


 ほんの一瞬、ニヤリと笑みを浮かべた主の表情は悍ましい。

 

「ありがとう。よく頑張ったわね」 


 だが直ぐに日常の落ち着きある”最強魔術者 魔女メラルド”と称される主の様子に戻っている。素の表情を見せる数少ない一瞬は、また次の依頼を達成した時にのみ見せていただける。


 それは恐れ多くも恐ろしくも欲しくて堪らない……どんな事をしてでも。


『今夜の~~儀式はぁ~~なに、しよう~~♪』

 

 浮かれている主の顔、それを従者である私が作りだしたのだ……。

 

ただ気になることが一つある、聞いても良いのだろうか?


 全てを見透かされる主に対し疑問を持ったままではかえって失礼である。それがこの主従関係でのルールでもある。だから聞かねばならない。 

  

「恐れながら……良かったのですが、そんなボロボロの剣と……竜の心臓で」


『分からない? 少年が冒険者になって世界を救うはずだった未来で共にする剣、そして僅かに体の中心から外れ切断分離しこの姿になってなお微かに鼓動する竜の心臓』


『未来の可能性を秘めた対価は無限大の価値を持つ、ふッ……フフフッ あははは』


 一体この偉大な魔女たる主様には何が見え何を考えているのか、それは従者たる自分には遠く考えの及ばない事である。


『ん~長話はこれくらいにして』

『さすがに心臓を捌くと血まみれで臭うわね……まずは私特製の薬草風呂に入って体を清めていらっしゃい。そしたらご飯にしましょう! 珍しく海の幸が手に入ったの、お腹すいたでしょ~~さぁ、早く行った行った』


 自分の体を見回して余りの汚さ、時間が経って蒼黒くなった竜の血で汚れる自分に今更ながら気付く。嗅覚も捌く時の悪臭で消失していたのだろう、再び口腔を抉る生臭い臭いで吐き気をもよおす程。主に失礼は許されない。


 緊張の糸が切れ重くなった体を引き釣りながら、主に一礼し風呂場へと向かったのだった。

 また次の依頼を成し遂げ最後を見守り、必ずや対価を持ち帰り、あのご褒美を得るために。今日は体を休めよう。


 

「そうでした、最後に一つ言い忘れたいた事を」 


 魔女の力を借りる対価は決して軽くはない、全てを失う覚悟で何を得る成し遂げようとするのであれば魔女メラルドをお尋ね下さい。我が偉大なる主が貴方の望みを叶えてくれましょう、どんな望みであろうと魔女メラルドの魔法でその願いを必ず。


「申し遅れました、私は事の顛末を全て見届ける従者アレスと申します。どうぞお見知りおきを、ご用目の際は是非ともお声がけ下さい……ではまた」


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