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真面目にやるだけが成功への道ではないという不都合な真実についての一考察

1.職員食堂と海老フライ


 ラムネ星歴2,155年3月の第3金曜日、「日本昔話再生支援機構」のクローン・キャスト用職員食堂はクローン・キャストたちでごった返していた。

 職員の中には日本昔話のキャラクターが目立つ。乙姫と鉢かつぎ姫がトレイを手に談笑しながら空席を探している。桃太郎と浦島太郎がドリンクバーでソフトドリンクを選んでいる。鬼が島の鬼どもが長テーブルをひとつまるごと占拠して喚いている。地球での昔話再生から帰還したばかりで、変身解除を後回しにして職員食堂にかけつけたキャストたちだ。

 

 毎月第3金曜日は、地球から取り寄せた特別な食材を使った高級定食が半額で提供される日。これを目当てに、機構本部内のクローン・キャストはもちろん、自宅待機の非番のキャストまで職員食堂におしかけ、昼休み開始15分後には高級定食は売り切れてしまう。昼やすみギリギリに帰還したキャストたちは変身解除を後回しにして職員食堂に駆けつけてくるのだ。


 クローン・キャストとは、その名のとおり、クローン人間の演技者たちである。何を演ずるか? ラムネ星の並行世界である地球上の日本昔話だ。奇異な話に聞こえるだろうが――というより、聞こえて当然なのだが――この背景には、宇宙空間を揺るがした一大事件がある。


 今から100年前、ラムネ星は宇宙のダークマターからエネルギーを取り出そうとして失敗。時空を歪めて地球に通じる穴をあけてしまった。それだけではない。この穴から巨大なエネルギーが地球の日本に向けて噴出。日本人の脳から「日本昔話」の記憶を保持する能力を奪ってしまった。


 地球上でも最高峰の科学者と巫女たちが集まり将来予測をしたところ、日本人が昔話記憶の70パーセントを失うと日本人とその国土が消滅することが判明。地球はラムネ星に損害賠償を請求してきた。

 巨額の賠償額を払えないラムネ星は、日本人および「日本昔話」に登場する動物、モノなど全キャラクターに変身できるクローン・キャストを作って「むかし、むかし、あるところの日本」に送って昔話を最大頻度再生することを提案。


 つまり、同じ昔話が発生する回数を極限まで増やせば、その記憶も補強されるはずだというアイディア。これが地球側に受け容れられ、ラムネ星に「日本昔話再生支援機構」が設立され、沙知のようなクローン・キャストの製造・訓練・派遣を行うことになった。


 元々ラムネ星人と地球人は姿形も生態系も酷似しているのだが、クローン・キャストは「むかし、むかし」の日本人――そんなものを実際に見た者はいないのだが――そっくりに作られ、なおかつ、昔話に登場する生き物はもちろん、茶釜やお地蔵さんのような物体にも変身でじるよう遺伝子加工されている。

 

 クローン・キャストによる日本昔話再生が始まって80年、日本人の昔話記憶の喪失はマイナス50パーセントで下げ止まっていた。


 その日、小梅(クローン・キャスト製造番号2019)は非番で自宅待機だったが、高級定食目当てに戦闘ロボットで厳重に警戒されたクローン・キャスト専用シャトルで本部にやってきた。

 食堂内を隅々まで歩き回ってようやくゲットした空席で、小梅はほっと溜息をつく。目の前のトレイには「むかし、むかし、あるところの日本」産の伊勢海老のフライと黍団子の皿。「浦島&桃/ダブル太郎コラボ・エビフライ定食」だ。


 小梅がエビフライを三拝して箸を付けた、その瞬間、

「セ・ン・パ・イ」

弾けるように能天気な声が小梅の背中に浴びせられた。小梅は、驚いて海老フライを取り落とす。

 振り向きざまに怒鳴る小梅。

「ど阿呆! 食べてる人間の後ろから、急に声かけんな! 驚いて、海老フライを床に落としたじゃねぇか! 地球産の伊勢海老だぞ、あたしゃ、これだけを楽しみに生きてんだ!」


「『3秒ルール』があるから、大丈夫っすよ」

小梅の背後で、満面に笑みを浮かべて答える、少年のクローンがいた。その手には、小梅が落とした海老フライ。

―—うんっ、この男は? 浩太だ。浩太じゃないか! 二度と顔も見たくないあいつが、なぜ、あたしの前に? しかし、今は浩太がなぜ自分の前にいるかより、落としたエビフライだ。

「『3秒ルール』って、なんだ?」

「食べ物を床に落としても、3秒以内に拾えばバイ菌がつくヒマがないんです。自然界の法則です」

「とか言って、なんで、あんたが海老フライを拾ってる?」

「小梅先輩って、きれい好きそうだから、『3秒ルール』があっても拾ったものは食べたくないと思って。ボク、代わりに食べてあげます」

「あんたが、食べる? ノー、ダメ、あ・り・え・な・い。 海老の場合は、3秒を10秒に延長してもいい。拾ったフライを、あたしの皿に戻しなさい」


「じゃ、これ、海老フライをどうぞ。先輩、前に座って、いいすか?」

浩太が小梅の皿にエビフライを戻したと思うと、ちょうどそのときに空いた向かいの席にちゃっかり腰を下ろす。

「『いいすか?』もなにも、もぉ、座ってるじゃないか。あのさぁ、あたしは、あんたの顔も見たくないんだけど。『舌切り雀』が終わったときに、あたしの周囲5メートル以内に近づくなと言ったよね」

「そうでしたっけ? ボク、先輩に嫌われるようなこと、しました?」

「したでしょ! あんたのせいで、あたしのクローン・キャストとしての輝かしいキャリアは地に堕ちるとこだったのよ!」


2.盗み食いと葛籠つづら


 2か月前、小梅は日本昔話『舌切り雀』を再生した。小梅が主人公の舌を切られるスズメを演じ、浩太はその他スズメ3羽の中の1羽だった。その時、浩太は、昔話再生を失敗させかねない不始末を仕出かしたのだ。


 親切なお爺さんを雀たちの秘密の隠れ家「雀のお宿」にお連れするところまでは、『舌切り雀』のストーリー通りに進んでいた。

 スズメに変身した小梅は親切なお爺さんと意地悪なお婆さんが暮らす家に転がり込み、お爺さんに可愛がられて、居つく。ある日、小梅はお婆さんが作っているノリを食べてしまい、怒ったお婆さんに舌を切られ、山に逃げ込む。

 お爺さんは小梅の身を案じて、山の中に探しに来てくれる。お爺さんと出会えた小梅は、わざわざ探しに来てくれた御礼にお爺さんを「雀のお宿」にお連れする。そこで、極上の酒と山海の珍味でおもてなしするはずだった。


 ところが、浩太以下3羽の「その他スズメ」が台所から出してくるのは、ポッキー、野菜スティックに缶ビールだけ。職員食堂のコックたちが腕によりをかけた珍味はどこに行ったのだと浩太を問い質すと、浩太たち3羽の腹に収まってしまったという。あの瞬間の全身が凍り付くような恐怖を、3ヶ月経った今でも、夢にみる。

 

「あんたのせいで、『舌切り雀』は不成立になりかけた。スズメに変身するのは、全身が痛くてもの凄く辛いのに、それを我慢して頑張ったあたしの努力が台無しになるとこだった」

浩太を前に、怒りがふつふつと湧いてくる。

「ボクも、辛い思いしてスズメに変身してましたよ。それに、あれ、ボクひとりで食べたんじゃないすから。健太と宗太が一緒に食ったから、全部なくなったんすよ」

「2人とも、あんたの後輩でしょ。あんたが、そそのかしたに、決まってるわ」

 

「小梅先輩、忘れちゃいました? ご馳走がなくても、ボクらの歌と踊りをお爺さんが喜んでくれたから、『舌切り雀』は成立したんすよ」

「あれは、昔話の成立率が下がってきて『昔話成立審査会』が基準をゆるめたからだ」

「いいえ、『審査会』の判断は適切だと思います。舌切り雀とお爺さんは偶然山の中で出くわすのだから、「雀のお宿」に御馳走が用意してある方が不自然だって、審査会は言ってました。元々の昔話が変なんですよ」

「そんな事を言い出したら、昔話なんて、変なのばかりじゃない」


 浩太が小梅の目をのぞきこんでくる。

「小梅先輩、もっと大切なこと、忘れてません? 昔話のシナリオでは小さい方の葛籠つづらを選ぶはずのお爺さんが、大きい方の葛籠つづらが欲しいと言い出した時の方が、もっとヤバかったと思いますけど」

 そうなのだ。家に帰るというお爺さんに「お土産です」と大きな葛籠つづらと小さな葛籠つづらを差し出すと、親切で慎ましいお爺さんは小さいほうの葛籠つづらを持ち帰る――というのが、昔話のストーリーなのに、あの日、お爺さんは「そうじゃのぉ、ご馳走にありつけなかった婆さんのために、土産は大きい方をいただいて行こうかのぉ」と言い出したのだ。あの瞬間も、今でも夢に見る。


「あの時上手に説得して、小さい方を持って帰らせたのは誰でしたっけ? 小梅先輩?  健太?  宗太?  それとも……」

「あんただよ、浩太」

それは事実だから認めないわけにいかない。大きな葛籠つづらに執着するお爺さんの耳元で、浩太は

「昔話では、良いお爺さんは、みんな小さい方を選ぶんですよ」

 とささやいたのだ。

あの瞬間、小梅は息が止まりそうになった。だって、完全にネタばれじゃないか。

 ところが、お爺さんは、

「ほぅか、それなら、小さい方にしようかのぉ」

 と言って、小さい葛籠つづらを持ち帰ったのだ。


「思い出してもらえました。あの説得が良かったとプロジェクト管理部長に評価されて、ボクは、今、大ブレイク中なんです。この2ヶ月で、『桃太郎』、『一寸法師』、『聴耳頭巾』と3件つづけて主役に抜擢され大成功。『勝率10割・奇跡のクローン・キャスト』って、みんなの噂になってるんすから」

浩太が鼻をひくつかせる。

「そうなの? あたしは、そんな噂、耳にしたことないけどね」


「小梅先輩は、最近、調子はどうなんすか?」

 小梅の中で一度収まりかけていた怒りがまた湧いてくる。

「浩太、あんたさぁ、それ、あたしの成績を調べた上で訊いてる? だとしたら、あんた、『人でなし』だよ。あたしは、『舌切り雀』から後、3戦全敗です。どうやら、あたしの運を、全部、あんたに取られちゃったようだね」

「あっ、そうとは知らなくて。でも、小梅先輩は優秀だから、そのうち、また勝ち始めますって。それで、ボクの方すけど、今度は、すっごいビッグチャンスが回ってきたんす」

「へぇ~、ラムネ星と地球の間にある暗黒宇宙に追放されることにでもなった?」

「そんなわけ、ないっしょ。ボク、来週、『浦島太郎』役を演じるんです!『日本昔話成立支援機構』が仕掛ける昔話の中でも、出演者数が最多で、海中に豪華な竜宮城のセットまで作る、一大プロジェクトの主役ですよ!」

浩太が得意満面の笑顔になる。


 もうこれ以上、この阿呆に付き合ってられない。ここまで相手してやっただけでも、『蜘蛛の糸』のお釈迦様並みの慈悲というものだ。小梅は浩太を突き放しにかかる。

「あら、それは、おめでとう。そんなビッグスターが、3戦全敗のシケたクローン・キャストに用はないでしょう。そろそろ、他の席に移ってくれるかな? ほら、ずいぶん席も空いてきた。あたしは、あんたのことをきれいさっぱり忘れて、この海老フライに集中したいんだよ」

「はい、はい、分かりました。じゃ、ボクも昼飯とします。じゃ、先輩、また」

「『また』はない。ゼ・ッ・タ・イ・ニ・ない。さっさと、消えな」

注文カウンターの方に歩き去る浩太の後ろ姿に「二度と来るな」視線を送り続ける小梅だった。


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