坂道濁り湯
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃん、最近お風呂入ってる?
いや、ばっちい意味じゃないよ。夏場だと、暑いじゃん? 湯船に浸かるのが面倒になって、シャワーで済ませているんじゃない? ってニュアンスだから。
僕もこの頃はシャワーだなあ。汗っかきだから朝夜にくわえて、じっとりしてきたと感じたら、すぐ浴びるようにしている。
確かに、シャワーだけだとさっぱりはするんだ。けれど疲れが抜けない感があるんだよねえ。ちょっとぬるめでもいいから、どぶんと湯船に浸かってゆっくりしたい気も……してこないかな?
お風呂って、いつの時代も一定の需要があるよね。僕も複数の温泉がある場所に出かけたら、ついいろいろめぐって見たくなっちゃう。ネットとか旅行雑誌で見つかる場所もいいんだけど、マイナーな場所もなかなか捨てがたい。
ひょっとしたら、こーちゃんの好きそうな、いわくつきのお風呂に出会えたりしてね〜。ふふふ。
実はねえ、少し前にそんな不思議な話の残るお風呂について、ちょっとお邪魔する機会があったんだ。そのときに聞いた話、耳に入れてみないかい?
そこの露店風呂は、知る人ぞ知るマイナーな温泉宿にあった。
上から見ると、ひょうたん型のふちを持つその風呂は、時間によって染まる色が違ってくるのだとか。
やや高い位置に設置された、数ヶ所の木の樋から絶え間なく注がれるお湯。それは陽が出る前は無色透明で、磨き上げられたガラスのごとく、お風呂の底をのぞくことができる。
そこに陽が当たって、数時間経った午前中は白く。午後から日暮れにかけては、じょじょに茶褐色を帯びていき、陽が落ちてしまうと色は少しずつ抜けて透明に戻っていく……。そのサイクルを、ひとつのお風呂で行っているらしいんだ。
実際には掃除をはさむから、色の抜けるがままに任せることは、めったにないようだけどね。
初めて聞いた時、僕は「汚いお風呂だな」と思ったよ。
こーちゃんも知っていると思うけど、濁り湯の濁りは、先にも話した空気とのふれあいによって生じるもの。本当にフレッシュなお湯は、朝一番の透明に近い風呂なんだ。
それ以降は、悪い言い方をすると「溜め置き」された湯に浸かることになる。更に午後になって茶色くなるということは、入った人の汚れなんじゃないの? てな具合にね。
でもね。これと同じ現象は、たとえ屋内に設置された内湯であったとしても起こってしまうと聞いたんだ。だから汚いわけじゃないんだ、とも。
くわえて、ちょっと不思議な話も聞いたし、あわよくば……。
僕は実際に訪れて、確かめてみた。あえて平日を交えた三泊四日の予定でさ、一日目は純粋に湯を楽しんだ後、二日目はお湯を見張って時間を過ごそうとしたんだ。ヒマな学生の時分だからできた、荒業だね。
――え? 旅行に来ておきながら、やることが不毛すぎる?
気になったことはしっかり解決しとかないと、いやな気分しない? 自分の中での風評が覆されれば、気兼ねなく利用できるんだけど……変かな、やっぱり。
でも、そのときの僕はついやっちゃったんだよね。勢いには勝てないよやっぱ。
真っ先に朝風呂をいただき、それからはだいたい30分から1時間おきに風呂へ出入りし、身体を洗いながら、僕はお湯を観察する。ついでにどれだけの人が出入りするかも。
平日真っただ中ということで、午前中の利用客は両手の指で数えるほどだった。湯船の面積に対し、微々たる人数でしかない。無遠慮に湯船の中で身体を洗い始めるような御仁もおらず、お昼どきを迎える。
露天風呂とも見比べてみたのだけど、お湯の濁り具合は遜色ない印象だ。どちらも牛乳100パーセントじゃなかろうかという、真っ白加減。それでいて、牛乳どころか濁り湯によくある硫黄の臭いが立つ気配すらない。
いよいよ妙だと思い始める僕の頭は、じょじょにあらかじめ聞いていた不思議話へシフトしていく。
これもまた地元の人に知られたことだが、あそこの風呂は「坂道濁り湯」の別名を持つ。
濁り湯に入っていてのんびりしていると、まれにぐらりと身体が傾ぐ感覚に、襲われることがあるのだとか。
それだけなら、単にめまいを覚えたことと大差ないだろう。だが同時に、湯船にあふれるお湯には波が立ち、一緒に傾いているように思われるのだとか。
ちゃぽん、じゅぼんと音を立て、勝手にあふれ出ていくお風呂の湯。それがおさまる頃には、湯船のかさは半分ほどにまで減っている。お風呂自らが傾き、中身を取り換えんとしたかのようにも思えたとか。
直後、樋から出てくるお湯の量は急激に増し、しぶきを立てながらあっという間に風呂の中を、湯で満たし直してしまう……。
そんな不可解な現象に出くわしたという話が、ちらほらと聞かれるのだとか。
二日目の検証が終わる。内湯と外湯の変化のタイミングが連動しており、どうやら外気や人の出入りその他による、汚れでないことが分かったよ。ここの源泉が持つ、特徴なんだろうか。
三日目は、今度はとっくり湯船に浸かるプラン。件の不思議話を探ってみる。これは露天風呂で遭遇したという談のみがあり、その日はもっぱら露天風呂を利用したよ。
ここは小高い山の上にある。風呂を囲う低めの生け垣からは、ふもとの街並みと、その間を縫って走るバスの姿も確認できた。海こそ見えないが、ときどき思い出したように電車が線路に乗って姿を現し、ここまで警笛を響かせながら走っていく。
景色を楽しむことは好きだけど、のぼせには気をつけないといけない。せっかくの不思議と、区別がつかなくなっちゃうからね。
ずっと湯船に浸かっていたい誘惑を跳ね除け、昨日と同じように、僕はある程度の時間を置き、何度もお風呂を利用した。
断続的に入浴すること、数時間。時計はすでに午後5時をまわり、ぼつぼつ辺りも暗くなってきた。
温泉周りも眼下の町にも灯がともされはじめ、僕は茶色くなった湯の中へ身を沈めている。他に露天風呂を利用する客の姿はなく、ときおり訪れるのは、垣のすき間を通り抜けてくる涼風のみ。
今回のスパンで、湯船に浸かって20分ほど。もうじき夕飯に呼ばれるかなと、背中を預けていた石のふちに手をかけたところで。
ぐううっと、身体が勝手にのけぞるのを感じた。倒れるとまではいかなくても、気を抜くと足元が滑って、仰向けのまま湯船に倒れてしまいそうだ。
「来たな」と、僕はあげかけた腰を再び下ろす。聞いていた通り、ほどなく水面もこれまで以上に音を立て、背中側へ引っ張られていく。
ちょうどジェットコースターが、坂を登って高みへ高みへじりじり上っていくかのようだ。その傾き具合は、湯船のふちを掴まないといけないほどだったさ。
そんな僕のずっと後ろで。
ちゃぽんと水音が立ったかと思うと、ほどなく「じゅるじゅる、じゅるじゅる」という音が続いた。
話に聞いていたのとは、少し違う。上から何かが落ちてくる音かと思っていたけど、これは明らかに水をすすっているものだ。
岩を掴んだまま、半身になって振り返る。
奥に見える街並みや生け垣は、すっかり見えなくなっていた。それどころか、ひょうたんの「底」にあたる風呂のふちまで。
代わりに目に映るのは、いまの湯の色にも負けない、茶褐色の上くちびる。人のものなど比べ物にならない大きさのそれが、先に挙げたものたちをすっかり隠し、空間を占拠している。
そうして僕たちがお椀に口をつけてみそ汁をすするように、くちびるはこの風呂を傾けて、茶褐色の水を思い切りすすっていたんだ。
だが、僕の視線に気づいたか。ものの数秒足らずで、景色が元に戻ってしまう。街、生け垣、風呂のふちが再度現れ、背中を襲っていた傾きもぱっとなくなる。
ふう、と息を吐く僕の頭に、いきなりお湯が注がれた。どっと勢いを増した樋からのお湯が、本来降り落ちる場所から外れて、僕の脳天に着地をし始めたわけだ。
風呂のかさは、確かに半分近く減っていたよ。けれど数ヶ所からどんどん注がれるお湯のおかげで、元の湯量を取り戻すのに、何分もかからなかったんだ。
人間だけじゃなく、あのくちびるの主にとっても、この温泉の湯はありがたいものなんだろうな。




