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創作

 


 とりあえず私は調味料の棚を漁った。


 ……ない。……ない。ん? これは!?


 黒い液体の入った瓶を見つけて、もしや醤油か!? と期待してコルクをぽんっと抜いて香りを嗅いでみる。


 ……フルーティな香りね。お醤油じゃない。やはり、この国にはない……の……ね……。


 私はその瓶を持ちながら真っ白になった。


 侍女が「それは何ですか?」と私から瓶を奪い香りを嗅いでみる。


 フランシスさんが「私が手作りしたウィスターソースです」と説明した。


 作るならお醤油にして下さいよ。とドゥニーズはフランシスさんに理不尽な事を思ったのであった。


 結果。ドゥニーズは蕎麦の麺の調理を諦めた。


 うん。諦めましょう。世の中諦めが肝心ね。


 すると、扉がノックされた。私は「はーい。どうぞ〜」とフランシスさんに訊かずに勝手に扉を開ける。すると先程の牢番が我が家の執事を連れてきた。


「ドゥニーズ様へ食材を運んできたそうです」と牢番。


「お嬢様の頼み通りに食材を運んできましたよ。はい」と執事。


「本当! ありがとう!」と私。



 我が家の執事が監獄まで食材を運んできてくれた。どうやら昨夜のうちに馬車をわざわざ領地まで飛ばして父に会いに行ったそうだ。そしたら、「ふむ。ようやく儂の作物の良さが分かったか。ありったけ持っていくと良い」と父は快く食材を渡したそうだ。婚約破棄についても伝えたが、「……婚約してたのか?」とまさかの反応だったらしい。


 執事は母にも伝えたそうで、「……今ね、大変なのよ。ドゥニーズが婚約破棄されたから、どういう事だと貴族からの使者がさっきから来てうっとお……失礼。兎に角、貴族への対応で忙しいから、ドゥニーズのお遊びには貴方が付き合ってあげて」と相手にしてくれなかったそうだ。


 父は協力的だが、母は婚約破棄騒動の対応に追われているそうだ。


 それはそうと、私は目の前の新鮮なサーモンに目を輝かせた。


「大きなサーモンね〜」


 執事は「さようでございますね。農産物を抱えていましたら、漁師がこのサーモンと交換してくれと頼まれましてね。お嬢様はきっと食材の種類が増えた方が良いだろうと思いまして、交換に応じました。いやはや、私の判断は間違ってなかった様で何よりでございます。はい」と白髪によく似合う丸眼鏡のブリッジを指で押さえた。


 お爺ちゃんな執事なのに徹夜をさせてしまったわ。目のクマが酷いわ。


 私は気を遣って「良かったら、ご飯食べていってね」と隅に置かれた椅子を執事に勧めた。


 執事は「いやはや。ドゥニーズ様はお優しいですね。ではご馳走になります」と椅子によっこらせと座った。



 ところで、さっきから侍女とフランシスさんは何してるんだろう? 蕎麦の麺を見て議論してるわ。 お醤油が無いのにどうするつもりかしら?


 まあそんな事よりも、このサーモンを切るわよ〜。


 ふふふふふふふふふふ


 またしてもドゥニーズは包丁を握り暴走したのであった。






 哀れな蕎麦の麺を救ってくれるのは、犯人のドゥニーズでもなく、料理人のフランシスさんでもなく、平民出身で家で普通に料理をするテレーズであった。


 テレーズは家で料理する時に、限られた食材で調理しなければならないという平民ならではの試練を何度も経験していた。即ち、別の世界の自分の調理法をそのままなぞるしか出来ないドゥニーズや、メニューの為にわざわざ食材を発注しているフランシスさんには無理でも、テレーズの料理の応用力があればそれなりのモノが出来るという訳だ。


 テレーズはウィスターソースを蕎麦の麺に絡めるという提案をした。フランシスさんは蕎麦の麺からして未知数すぎてお手上げ状態だったが、これまでの料理人としての経験からテレーズを補助した。


「隣国の料理ナポリタン。そんな風にでしたら、この麺も何とかなるかもしれません」


「なるほど、このウィスターソースの味の濃さで麺の風味を誤魔化すのですね」


 蕎麦の風味抜群のこの麺の風味を誤魔化すなど、言語道断だ! とドゥニーズなら言うだろうが、その犯人はまたしても、テレーズやフランシスさんにとってとんでもない代物を背後で生み出していたのであった。


 そんな事もつゆ知らずにテレーズとフランシスさんは蕎麦の麺の誤魔化しにかかった。


「ではナポリタンに入っている玉ねぎ、人参、ピーマンを入れましょう。何故か知りませんが、大量にありました」とテレーズ。


「ピーマンはエグくなる危険がありますので念のためにやめときましょう。野菜こんなにありましたっけ? まぁこの際気にしないどきましょう」とフランシスさん。


「なるほど。では、ピーマンをやめてウィンナーを入れましょう」とテレーズ。


「ウィンナーよりも豚のミンチ肉にしましょう。ウィスターソースで焼くミンチ肉は美味しいです」とフランシスさん。


「なるほど。ではそうしましょう」とテレーズ。


 テレーズは豚のミンチを焼き、ある程度火が通ると、フランシスさんが包丁で切ってくれた薄切りの玉ねぎと短冊切りの人参を炒める。そこに蕎麦の麺を投入した。


 ここにこだわり深い者がいたら、麺は蒸し焼きにしてから具を入れるんだと教えてくれただろうが、生憎ここにはそんな知識を持つ者はいなかった。


 炒める蕎麦の麺にウィスターソースを投入した。芳ばしい香りが厨房に広がる。


 椅子に腰掛けていた執事が「おやおや。美味しそうな香りですねぇ」と和んだ。


 暴走中だったドゥニーズも芳ばしい香りにピタリと動きを止めて、テレーズの手元を覗いた。


「面白い事してるわねー。こんな料理初めて見たわ」


 ウィスターソースで焼く麺。多分、絶対に前世で見た事のある筈のドゥニーズだったが、記憶が部分的にしか思い出せていないので、ドゥニーズとしては初めて見た事になる。


 テレーズはドゥニーズに呆れた。


「たくっ。勝手に作って置いて放置とは酷すぎます」


「悪かったわ。もうしない。もうしないから、これもどうにかしてくれないかしら?」


 ドゥニーズはバツが悪そうに大皿を指した。そこには……サーモンの刺身で作った大輪の薔薇が咲いていた。


 この国……ラフィネに住む者は生魚など食べない。お腹を壊す危険があるその料理にテレーズとフランシスさんは顔を引きつらせた。


 フランシスさんは「……もちろん焼くんですよね?」とドゥニーズに訊いた。


 勝手に焼いてしまえば良いのに、わざわざ訊く辺り優しい人なフランシスさんであった。


 そんな気遣いなど、到底出来はしない絶賛欲望に忠実中なドゥニーズは偉そうに宣った。


「焼く? あり得ません。これは生が良いのです!」


 あり得ないのはあんただよっ!? と考えがシンクロしたフランシスさんとテレーズであった。







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