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準備

 


 その後私は呆気にとられた第二王子と全生徒達を尻目に王都レジェにある別邸に帰った。私は監獄で働く準備をする事にした。


 出迎えてくれた執事にことの次第を説明した。


「ーーという訳で私は監獄で働く事になったの。父にはワインはもちろんだけど食材を監獄まで送る様に言っといてね。後、母には海外からの食材の調達を頼みたいわ」


 あれもこれも作りたい! 何で今まで私は食材を切らずに木なんて斬っていたのよ!?


「なんて」と木を侮辱するが、木に罪はない。ストレス発散に斬り刻まれた罪なき木に謝りなさい。


 理由としては、淑女たるもの料理などしてはいけないと教え込まれていたからなのだろう。が、淑女たるものが剣を振るうなど論外だろう。料理の方が遥かにマシである。


 そんな世間の常識から逸脱しているドゥニーズは混乱中の執事を尻目に自室に向かい夜会用のドレスを脱ぎ、衣装部屋で質素で実用的な服を探した。だが、どれもこれも刺繍が素晴らしかったり、布が滑らかで素晴らしかったり、デザインが美しかったり、つまりいちいち高級品だった。


 ……全然ない。乗馬用の服装はシンプルだが、料理するには違和感がある。


 私は自分のクローゼットから探すのを諦めた。


 ……そうだ。もう私は王妃にはならない。だったら高価なドレスなどいらないわ。売っ払って実用的な服を買いましょう。


 でも、困った。どうやって売れば良いの?


 この国ではない世界の私の記憶にはその様な知識はない。今の世界の私にもその様な知識はない。


 何やら怒ってる侍女テレーズが衣装部屋に入ってきた。


「お嬢様! ドレスを脱ぐなら呼んでください! ドレスをこの様に乱雑に置かれては皺がよります!」


 私はタイミングよくきた侍女に向き直る。因みにドレスを勝手に脱いだ事に関する反省はない。


「ちょうど良いところに来たわね。 このドレスってどこで売れるのかしら?」


 突拍子も無い発言に侍女は半眼になる。


「……ええ。知っていました。お嬢様が人の言う事を聞く様な人間ではないと。……そのドレスを売ってどうするつもりですか?」


「料理を作りやすい服を買うの! もう私は王妃にならないから、この様に動きにくいフリフリなドレスは要らないわ」


「……すいません。意味が解りません。一から説明して下さい」


「卒業パーティーで私は全生徒達の目の前でジャン様に婚約を破棄されたの。私はそれを了承した。更にジャン様は監獄で料理人として労働する事を強要してきた。私はそれを了承した。以上よ」


 侍女は私の前で掌をひらひらさせた。


「気は確かですか? ジャン様は確かに身分は王子で偉いですが、お嬢様も相当偉い身の上です。断ろうと思えば余裕で断れますよね? 旦那様が農家に溶け込んでまして、時々私と同じ平民に思えますが……。奥様は国王陛下の妹君なので、お嬢様はジャン様の従兄妹ですよ。忘れてませんか?」


 おおう。偉い身の上の私に気は確かですか?とはなかなか失礼ですな。母は偉くて父は農家の平民……。いやいや、誤解してますよ。確かに父は土遊び大好きな農家ですが、血筋は公爵ですよ。気質は完全に農家だが……。


「ジャン様は私の事を慮って婚約を破棄して下さったのよ? おまけに天職まで与えて下さった。断る理由はないわ」


「……お嬢様。料理がお好きなのでしたっけ? 料理をする姿を見かけた事がないのですが……」


「料理は好きな筈よ! 見た事ないのは当然ね! 料理した事ないもの!」


 別の世界ではいざ知らず。今の世界の私は料理を作った事はない。厨房にも入った事はないのだ。


「そ、そうですか。でも、お嬢様がこんなにやる気があるのは初めてですね。私は応援してます。後、ドレスを売らずとも質素な服を買えるお金はちゃんとあります。私が手配しておきましょう。後、調理道具も欲しい物がありましたら私に言って貰えれば買いに行きます」


「そうなの!? ありがとう!!」


「……お嬢様は今まで物をねだった事がありませんね。ひょっとして、ご自分にお金はないと思ってませんか?」


「えっ、あったの?」


「あるに決まってますでしょう!」


 自分にはお金があったらしい。知らなかった。だってお金もらった事も触った事もないもん。


 ドゥニーズの様な大貴族の令嬢は大概は執事か侍女がお金を管理する。そして、お金が足りるかどうかなど心配は不要だ。大概何でも買える程の財力を持っているのだから。


 それは置いといて、どうやらこの侍女が協力してくれるので夢の料理ライフを送れそうだ。


 楽しみで今日は眠れなさそうだ。……眠れないついでにお城の図書館に行こう。






 私はご近所にあるレジェ城を徒歩で訪れた。王妃教育で毎日訪れていたそのお城。顔見知りの門番に挨拶した。


「ご機嫌よう」


 門番はいつも通り、「お疲れ様です」とお城に入っていく私に敬礼した。……が、門番は途中で違和感を感じた。



 ドゥニーズ様の雰囲気が違う。


 いつもはバッチリ化粧だが、見たところすっぴん。格好がいつもは高級ドレスなのに、あれは乗馬服? 髪はいつもは凝った髪型なのに、今は1つで縛っているだけ。しかも、いつもは馬車なのに徒歩なのだ。何より、いつも暗い表情なのに生き生きしてる。



 噂では第二王子が卒業パーティーで婚約破棄を宣言したらしいが……楽しそうだなぁ。


 楽しそうなドゥニーズの様子に門番もつられて楽しい気分になったのであった。





 勉強嫌いな私はかつては図書館に嫌悪感を抱いていた。しかし、今はその逆。沢山の料理本に目を輝かせていた。分厚い本を開いて見ると料理の挿絵までついている。大興奮だった。


 分厚いお肉にソースが載った料理にこれはフォアグラにキャビアを添えた料理、お肉のパイ包みの料理……ん? 違う世界の私が知ってる料理がない。


 図書館をくまなく探したけど、見つからない。途方に暮れた。そして、ハッと思い出す。王妃教育の為に入った事のある部屋……禁書が眠る部屋だ。


 あそこには海外の情報が詰まっている。違う世界の私が知っている料理だって載っているかもしれない。





 禁書の眠る部屋の前には騎士が扉を警護していた。これまた私はいつも通り、顔見知りの騎士に挨拶した。


「ご機嫌よう」


 騎士はいつも通り、「お疲れ様です」と部屋に入る私に敬礼した。……が、騎士は途中で違和感を感じた。(以下ほぼ同文)





 いつもは難しい文字が並ぶ本に目眩を覚えたが、今は違う。どうしても知りたい情報があると面白い。海外の本のページをひたすらめくる。……あった。国の名前はプリュス。ここよりずーっとずーっと遠くにある島国だ。この国の名を知っている人間なんて、よほどマニアックな人だろう。私は今初めて知った。


 そのプリュスの調味料の挿絵に見覚えがあった。茶色の滑らかな泥っぽいもの……味噌というらしい。この黒い液体は、醤油。


 野菜を煮たスープに味噌を溶かしたものが食べたい。生魚の刺身に醤油をかけたい。……この2つの調味料は何としても手に入れたい。


 入手方法を調べると、現地調達か数少ない輸入品を購入するしかないそうだ。


 それでは長期間食べれない。……どうすれば良いかなぁ。


 隅の方に麹と書かれている。……これさえ入手出来れば味噌も醤油も作れる。乾燥した麹なら長期間保存出来そうだ。欲しいなぁ。


 私はプリュスの食材が載ったページを日が昇るまでずっと眺めていたのであった。






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