ドゥニーズの過去3
執事と共に現れたのは、50代ぐらいの強面の男性。白いコック帽が縦に長い。俺は緊張した。
……ああ。よりにもよってプライド高そうな奴がきた。そのコック帽の長さがプライドの証に見えるぜ。
俺はダメ元で頼んでみた。
「……乳製品が入ってない食べ物が食べたいな」
すると、案の定、シェフは顔を更に顰めた。
「申し訳ありませんが、それ以外の料理は受け付けません。御用がなければ失礼致します」
すたすたとシェフは去っていった。
貴族って何だ? 偉くないの?
あの対応……あれだ。高校生の時に男の同級生が悪ふざけて「チーズバーガーのチーズ抜き下さい!」って頼んだ時の定員さんの反応に似ている。
俺めっちゃショック。その同級生を馬鹿に思ったけど、俺も同類になっちゃったよ。チクショー!
「俺はサロモン君と出かける。執事も付いてきて」
ちょっとヤケクソ気味な俺はサロモン君の手を握って外へ出ようとした。
きっと、外食出来る場所があるはずだ。そこになら、乳製品を抜いた食べ物がある筈。お金は執事が持っているだろう。後、執事には護衛になってもらわないといけない。俺はもう怖い思いはごめんだ。
サロモン君はキョトンとした目で儂を見る。
めんこ……和んでる場合じゃないぞ儂!
レーヌさんが「ドゥニーズ。執事からくれぐれも離れないでね」と釘を刺す。
分かってるぜ!
俺はグッと親指を立てた。
レーヌさんが目を見開いて親指を見たから、「あっやべ。はしたなかった」と思って少し反省。
金髪の幼児が「一緒に行く!」と追いかけて来た。
「うん。一緒に行こっか」
小さい子には外の世界を沢山知ってもらいたいね。
あっ儂この金髪の子の名前知らないわ。迷子になった時の為にも訊いておこう。
「君の名前は?」
「ジャンだよ! 忘れるなよっ!」
「ごめん。ごめん。ジャン君。君は俺達の騎士だ。だから、俺達を守る為に君は決して離れてはいけない。離れた時、俺達は死んでしまう。分かったかな?」
……小さい子相手に大仰に言ってしまった。これぐらい言っておかないと不安だしなぁ。この子、活発的な感じだから、すぐどっか行っちゃいそう。
ジャン君は「死んじゃう!? 分かった! 俺が守る!」と張り切った。
……めんこい。儂幸せ過ぎて死にそう。……もう死んでるか。
サロモン君が「ジャンに俺って教えないでよ」と眉を潜めた。
あっしまった。儂とした事がついウッカリ。
「ごめんね。私よ。私。ジャン君も私って言ってね」
どうじゃ。儂の乙女力。半端ないじゃろ? ドヤッ!
「俺は俺が良いっ!」
ああ……手遅れだった。ごめんよ。サロモン兄ちゃん。君、言葉遣いに厳しそうだね。どうせ、そのうち周りに触発されて「俺」になるから許してよ。
「ドゥニーズ」
サロモン君が儂を責めるように見ます。
私の胸が高鳴るわ!……すまん。反応してます。マジで許して下さい。そんなに睨まないで下さい。
儂は土下座した。真面目な人を怒らせるの怖い。
「申し訳ありませんでした」
生前は良く使ったなぁ。土下座すれば、みんなドン引きして、全て解決する。最高な手段だ。
ジャン君も儂の真似をした。……あかん。これはあかん。チラッとサロモン君を見ると……君は本当に5歳児か? と疑問になる程、無表情にこっちを見ていた。
儂はどうすれば良いのじゃ……ひ孫にそんな風に見られるなんて、生きていけない!
「ぐぅ〜」
なんじゃこの音は? 誰の腹の虫じゃ? え? サロモン君が恥ずかしそうにお腹をさすってる。ほほう。食欲がある様で何より。
「さあ。行こう」
シャバの空気を吸いに行こうではないか。
馬車に初めて乗った。牛車には乗った事はあるが、牛と違って早かった。それに……牛は気まぐれで動かない時あるから、馬はちゃんと動いてくれるで偉いなぁ。
暫く道なりに進むと、小ぶりな緑色の実が付いた葡萄畑が斜面に広がっていた。
収穫まで後3ヶ月というところだ。楽しみだなぁ。
葡萄畑はとにかく広かった。
痩せた土地で葡萄は良く育つ。降水量が少なかったり、寒かったら更に良い。気温差があるとなお良いと聞いた事がある。
という事は暫くは土地が痩せた場所が続くんだな。とちょっとがっかりした。
暇な儂はサロモン君に質問する。
「普段は何を食べてるの?」
人は食べないと生きていけないから、サロモン君が何にも食べていない事はない筈だ。
「煮た果物だよ。ここでは、執事さんがこっそり作ってくれるよ」
ほお。厨房はきっとあの神経質なシェフの城。料理人は他の人に厨房を使われるのを嫌う者がいるから、あのシェフは絶対嫌うタイプだ。という事は怒られない様にこっそり厨房を執事は使っているという事か。儂は執事を労る様に膝を叩いた。
暫くすると、村が見えた。建物がメルヘンチックで可愛い。壁が隣の建物と違う色でカラフルだった。
フランスというよりもドイツ寄りの建物だ。俺の記憶と違うのは住民の服装だ。女性は肌を隠す布地の面積が大きいし、ロングスカートの者しかいないし、髪を布で隠している。ジーンズを履いてる者などいない。
馬車を降りて、儂らは村を回った。ジャン君が目をキラキラと輝かせているから、「ジャン君。忘れてないよね?」と釘を刺しといた。
「わ、忘れてないやい! 俺がみんなを守るんだ!」とジャン君。「俺」と言ったあたりでサロモン君から冷ややかな視線が向けられたのは気のせいだな。
看板に何の店か絵で分かる様にしてある。靴だったり宝石だったり……フォークとナイフの絵を見つけた。執事の服を引っ張って「ここに行く!」とその店に向かった。
そこは当たり前だけど洋食店だった。執事が「……そんなにお腹空いてたんですね」とちょっと呆れている。
違うよ。サロモン君の為だからね!
ウェイトレスのお姉さんが俺たちをテーブルまで案内する。メニュー表を渡されて俺は固まる。
……文字読めない。喋れるけど、書けないし読めないんだよね。
ジャン君もみたいで、サロモン君に「読んで!」ってねだってる。サロモン君はゆっくりメニューを読み上げていく。
やったぜ! それを聞いてればメニューがわかるぜ!
「じゃがいもとチーズのガレット。ツナと玉ねぎのケーク・サレ。マルゲリータ。トマトのスープパスタ……」
おお!? サロモン君が食べれそうなものあった!
「はい! トマトのスープパスタが食べたい!」
サロモン君は呆れた様に「はいはい」と頷く。
ん? 儂ジジイなのに5歳児に大人の対応された。地味にショック。
「サロモン様は食べたいものないの?」
身体が欲している食べものを食べるのが、健康に良い。儂の意見を押し付けたらあかんな。
「うーん」とメニューと睨めっこするサロモン君。
「ドゥニーズが頼んだのかなぁ」
儂の目はキラッと光った。(※外見は美幼女です)
「でも、どうせ、お腹痛くなるから……いいや」
「ほほう」
儂は手を顔の前で組んだ。……ジャン君も真似しおった。ジャン君はサロモン君の横に座っているので、サロモン君にその様子が見えないから良かった。見えたら、儂また叱られる。
その後、元気なジャン君がマカロンを頼んだ。儂はトマトのスープパスタ。……マカロン良いなぁ。儂お腹いっぱいだから、一口だけ貰おう。
注文を受けたウェイトレスの後を儂はてこてこ付いていった。サロモン君が「どこ行くの?」と声をかけてきたが儂は悪戯好きな笑みを浮かべといた。




