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断罪

 



 鋼の剣の刃が私の頬すれすれを高速で横切る。シャンデリアに灯された光を刃が反射して私の目を眩ませた。身の危険を感じ、背筋が凍る。心臓が早鐘を鳴らし、耳にまでその音が響き、脳が震え、ある記憶が蘇った。


 その記憶の中の私は包丁を握りひたすら生魚を捌いた。酢飯を握り、上に生魚の切り身を載せる。


 この国にはその様な料理は無い。主食はパンだし、魚は生では先ず食べない。お肉料理が主流だし、米など見た事ない。


 この世界ではないその世界の記憶。でも、何故か懐かしさに心が震えた。


 ……食べたい。その不思議な料理が無性に食べたい。


 気がつけば一筋の涙が頬をつたう。



「ふん。人並みには恐怖心を持っているようだな」


 その偉そうな口調の男は、この国の第二王子だ。私に剣を向けたのはその王子の取り巻きの一人の騎士見習いの男。王子は騎士見習いの男の後ろで高みの見物をしている。一応、ある令嬢を庇う様に立っているが、私が怖くて仕方ないらしい。



 ……ああ。そうだった。今は私の断罪中でした。すっかり忘れてました。



 今日は貴族達が多く通う高等学校の卒業式。卒業パーティーでは男女ペアでダンスを踊るのがこの学校の卒業生の決まり。ペアになるのは主に婚約した男女だ。私はこの第二王子様こと、ジャン様と10歳の頃から婚約を結んでいる。


 私の身分は公爵令嬢。ワインの産地で有名な土地を治める父を持つ一人娘です。父は貴族としては未熟だが、農家としては立派です。現地視察と評して葡萄畑のお手伝いを良くしている。ワインにかける情熱は農家の中ではトップクラスだ。だが、領主としては未熟……。それを補うのが公爵夫人である母だ。母が父の代わりに領主の仕事をしている。


 その母は父によく似たのほほんとした性格の私の将来を案じて、早々に婚約をさせた。何でそこで第二王子なんだ。という疑問が出てくる。第二としても王妃になる可能性がある。のほほんとした私に王妃が務まるはずがない。


 母はとてもしっかりしていたが、ここでどうやら判断ミスしたと私は思う。母は言っていた。


『大丈夫。次の王様は第一王子に決まってるから』


 だが、その後第一王子は病気で亡くなった。こればかりは仕方ない。母を責める気はしない。寿命なんて神様以外わからないのだから。


 それから私は王妃になるべく、勉強を強いられた。厳しいマナーレッスンの日々。16歳〜18歳まで通う今の学校に通ってから、ぼーっとできる授業中が唯一の私の救いの時間だった。


 王妃になる予定の私に多くの生徒達が媚を売ってきた。休憩中はその対応で忙しかった。何を言っても大袈裟に褒めてくる生徒達が不気味に思えた。


 疲れると、私はある禁断症状が出る。


 ……何でも良いから刃物で斬りたい。


 男子限定の剣術の授業に飛び入り参加し、剣の刃を撫で回す。その時にポツリと言われたのが『死神』だった。私がその発言者の男子に視線を向けると死に物狂いで逃げられた。公爵令嬢に失礼な奴だ。私だって人は斬らない理性は残ってるわ。


 もっぱら授業用の剣を拝借しては、そこら辺に生えてる木を斬りつけた。流石、貴族の学校。良い斬り味だと笑っていた。勝手に校内の木を斬る私を叱りたい先生はいただろうが、私は将来は王妃の予定だし、剣を笑いながら振り回す生徒が不気味すぎて関わりたくないのか、誰も叱らなかった。


 ……まあ。素直に白状しよう。私は王妃になんてなってはいけない女だ。お洒落や恋愛に何て興味がない。男だったら剣振り回しても、カッコよく見えるが、女だとおてんばだと陰口を叩かれる。王妃候補失格だと密かに言われても事実なので痛む心は無かった。


 そして、突然現れたのは平民の少女ミラだった。ミラは珍しいピンクの髪の持ち主の転入生だ。貴族ばかりの学校に平民を通わせてみるのは、貴族が平民の暮らしを知る為に必要な事だと校長は唱えている。


 気質が平凡な私は平民と仲良くなれると思い、彼女に頻繁に話しかけた。彼女は遠慮深い性格だったのでとても好意的に思えた。けど、少し不思議な事がある。私が禁断症状で木を斬りつける時に何故かすぐ側にわざわざ来て「お許し下さい!」と涙を浮かべるのだ。


 私は[立ち入り禁止]と張り紙を貼ったのに何故わざわざ立ち入った? ミラの叫びに慌てて来たのは私の婚約者であるジャン様やこの騎士見習いの男クレマン、ミラと同じ平民出身のディオンだ。


 ジャン様とクレマンは私を責める。


「平民に剣を向けるとは見損なったぞ!」とジャン様。


「女性に剣を向けるとは騎士として失格です」とクレマン。


 ジャン様。私は彼女に剣を振るってません。クレマン。私も女性ですし、騎士じゃありません。


 ディオンは冷静にミラに聴いてる。


「何で張り紙を無視して入ったの?」とディオン。


 ディオン。私の心からの疑問を代弁してくれてありがとう。後でお礼に父特製のワインをあげるね。


 ミラはディオンの言葉が聞こえなかった様で、ジャン様とクレマンに泣きついた。


「私が悪いのです! 卑しい身分にも関わらずドゥニーズ様と仲良くしたいと思ってしまったのです! 申し訳ございません!」


 ドゥニーズとは私の名前です。私はミラの言葉に喜んだ。


 ……んん? 仲良くしてくれるの? わーい。嬉しいなー!


 私は剣を持ったまま笑顔で彼女の元へ近づこうとして、険しい表情の2人の男に阻まれた。


「やめろ! 彼女を傷つけるな!」とジャン様。


「貴女には弱者を労わる精神は無いのですか!?」とクレマン。


 何言ってんのこの2人? あっ。この剣がいけなかったんだね。私は剣を鞘に納めた。


 明らかにホッとする男2人。そんなに怖かったですかね。


 誤解を解くべく私は説明した。


「私はミラを傷つけるつもりはありませんよ? 彼女が近づかなければの話しですが……」


 私の禁断症状の時は本当危険ですから、近づかないでね。という意味だったがこの男2人は何かを勘違いしたようで、ミラに「俺たちが守るから」とか何か言ってます。


 話に追いつけない私はその場を静かに離れました。




 そんな様な事がチラホラありまして、とうとう我慢出来なくなったジャン様は卒業パーティーのダンスの相手から私を外しミラをパートナーにしました。


 ……誤解を解くのって面倒なんですよね。そう思っているから、しわ寄せが今来たのだが……。


 ジャン様は私を指差し、全生徒の面前で宣言します。


「貴様との婚約を破棄する! これより、俺はミラと婚約を結ぶ!」


 そう言われて、私は喜んだ。


「はい! 分かりました! 破棄を受け入れます!」


 王妃教育から解放されるぅ。嬉しいよぉ。


 戸惑うジャン様。でも、頭を切り替えて悪い笑みを浮かべます。


「……良いのか? 破棄した後、貴様は罰として監獄で労働するのだぞ?」


 な、なんと!? それはなかなか斬新な体験ですね! 内容は何かな? わくわく。


 貴族には向いてないので、労働階級の様な仕事をしてみたかったんだよね!


 ジャン様は内容を説明して下さいました。


「貴様は罪人の為に料理を作るのだっ! 貴様が作る料理で死人が出ても構わんぞ? 何せこの国にはいらない罪人達だからな! はっはっはっはっ」


 な、何だとっ!?


 私は思わず違う世界の記憶の中の自分が知ってる行動を起こした。両膝を大理石の床につけ、両手と額も床につける。


「ありがとうございます!!」


 ジャン様は神様でございます! 思わず惚れそうになりました!



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